53話

 王都を出て数時間が経ち、太陽を覆う雲が徐々に厚みを増す中。


 王都近辺の森までやってきたブラッドは、巨大な岩が積み重ねられた洞窟の入り口で、キョロキョロと視線を彷徨わせていた。



「ありゃ?おっかしいな。ここのはずなんだけど……」



 しゃがみ込んだブラッドが中を覗き込んでも、薄暗い洞窟内に魔物の気配は一切感じられない。


 崩れかけた小道を降りていくと、ブラッドはため息交じりに体を魔力で強化し直した。



「……仕方ねぇ、もう少し奥に行ってみるか」



 ブラッドが飛び出した瞬間、踏みしめられた地面は、砕け散るように足跡を残す。


 その後も数メートルおきに足跡を残して、あちこちを探し回るが、一向に魔物と遭遇することは無かった。


 

(うーん、ここまで来てもいねぇのか……)



 時間だけが過ぎる中、洞窟の最奥へと辿り着いたブラッドは、ジメジメとした天井を見上げる。


 そして、煙のように消えた魔物に眉を顰めつつも、耳を澄ませるように瞼を閉じた。

 


「”気配探知”……。見つけたぞ」



 ブラッドがスキルを使用すると、何もないはずの壁際には、僅かながら気配が浮き彫りになる。


 獰猛な笑みを浮かべたブラッドは楽し気に肩を揺らしながら、スキルが反応を示す方向へと向かっていった。



「……ここ、だよな?」



 ややあって、ブラッドが足を止めた位置には、壁をくり抜いたような横穴がひっそりと佇んでいる。


 通るのがやっとの横穴を、ブラッドはしゃがみ込むように身を屈めながら潜り抜けた。



「こんなところに隠れてやがったのか!」 



 程なく、身を起こしたブラッドの口から、目の前の光景に驚嘆の声が上がる。


 壁に佇んでいた小さな横穴の奥には、ゴブリンからオーガまで大小様々な魔物の徘徊する空間が広がっていた。


 そして、その奥には、高さ4メートルを超える巨大な石造りのゴーレムまでもが鎮座していたのだ。



「アイツ、どうやって入ったんだ?……まあいいや、やりがいがありそうだし!」 



 上機嫌に大剣を抜いたブラッドは、ゴキゴキと首を鳴らしながら、全身に膨大な量の魔力を纏わせる。


 そして、続くように大剣を魔力で包み込むと、目にもとまらぬ速度で切りかかった。


 

「よっと!」



――ギャ、ギャギャ!――



 薙ぎ払われる大剣に、魔物たちは断末魔をあげながら、切り裂かれていく。


 しかし、残った魔物たちは、目を血走らせて、次々とブラッドへと襲い掛かったのだ。

 


「おいおい、1匹も逃げねぇのかよ……」



 恐れる様子もなく殺到する魔物たちに、ブラッドは頬を引きつらせながら、構えていた大剣を下ろす。


 そして、大きく息を吸い込むと、目前に迫る魔物をギロリと睨んだ。



「……ガア”ア”ア”ァァァ!」 



「ギ⁉」



 身を揺るがすようなブラッドの叫び声は、今にも掴みかかろうとしていたゴブリンをで竦み上がらせる。


 そして、そのまま空間全体へと広がるように、魔物の動きを止めていった。


 

「これで、よーし!」



 上機嫌に大剣を構え直したブラッドは、恐怖に足を止める魔物たちを次々と斬り飛ばしていく。


 やがて、全ての魔物が討伐されるかに思えた時。


 これまで不動を貫いていたゴーレムの目に、赤い光が宿った。



「……グゥウウ」


 

「お!やっと動き出したな!」



 ゴリゴリと音をたてて体を動かすゴーレムに、ブラッドは他の魔物そっちのけで駆け出す。


 残った魔物たちが徐々に体の自由を取り戻す中、大剣を下段に構えながら、拳を振り上げるゴーレムへ斬りかかった。



「グゥウウォォォ!」


 

「おらァ!」



 腰を捻るように繰り出されるゴーレムの拳と、ブラッドの大剣が激しい音を立ててぶつかり合う。


 一瞬の拮抗の後、ブラッドは大剣に振り回されるように、勢いよく弾き飛ばされた。



(堅いな……。コイツはただのゴーレムじゃねぇ)



「グウウゥ!」 



 痺れの残る腕に顔を顰めるブラッドに、ゴーレムは巨体に似合わない速度で拳を振り下ろす。


 ブラッドが打ち返すように大剣を振り上げると、両者は再び激しい衝撃音を響かせた。



 そして、数えるのも嫌になる程の打ち合いの後。


 絶え間なく甲高い音が響き渡る中、ゴーレムは痺れを切らしたように、地面を殴りつけた。


 

「グゥウウォォ!」



「なに!?……ぐえ!」 


 

 突如揺れだす地面に立ち竦んだブラッドは、たちまち振り回すようなゴーレムの裏拳に弾き飛ばされる。


 しかし、そのまま握りつぶそうと迫るゴーレムから飛び退くと、ビキビキと青筋を立てながら体中へ炎を纏い始めた。


 

「いってぇな、この野郎。……《憤怒の拳》」



 ブラッドがスキルを使用した直後、大剣を包んでいた淡い光は、へばりつくような真紅の輝きに姿を変える。


 ゴーレムよりも高く跳び上がったブラッドは、辺りにをまき散らす大剣を、ゴーレムの頭目がけて振り下ろした。



「ら”ァ!」



「グゥゥゥウォォ……!」



 ブラッドの大剣が頭から股まで一直線に切り裂くと、ゴーレムは切断面から全身に罅が入り始める。


 やがて、ボロボロと崩れ出した半身は、左右に別れて地面へと倒れ込んだ。



「ふぅー。……これ、どうやって持って帰ろう」

 


 目の前に転がっている焦げた石くれに、ブラッドは難しい顔で持っていた大剣を背負い直す。


 しかし、周りをよく見回すと、ゴーレムに踏みつぶされた魔物の一部が、いくつも落ちていた。



「なんじゃ、こりゃ?……まさか、戦闘へ飛び込んできてたのか?」 


 

 野生の魔物らしからぬ行動に頭を捻ったブラッドは、転がっている死体の中から持ち帰れそうなものを探し出す。


 やがて、辛うじて形を保っているものを見つけると、うんざりした表情で見下ろした。

 


「ちくしょう。マトモな死体は、これだけかよ……」



 ブラッドの目線の先では、左肩から先を踏みつぶされたオーガが、体のあちこちをひしゃげさせて転がっている。


 今も血を流し続けるオーガに顔を顰めつつも、ブラッドは他の魔物を燃やし尽くして、しゃがみ込んだ。



「……あーあ、また怒られるな」



 ドロドロと血で汚れていくシャツに、脳裏には事あるごとに説教をしてくるハーフエルフの同僚が思い浮ぶ。


 ため息をつきつつも、ブラッドはオーガの死体を担ぎながら出口へと足を向けた。



「思ってたより時間がかかったな。急がねぇと……」



 オーガの死体を無理矢理出口へと押し込む最中、ブラッドの口から不安げな呟きが漏れる。


 ややあって、自らも横穴をくぐったブラッドは、オーガの死体を肩に担ぎ、飛ぶような勢いで走り出した。


 

 そして、それから数十分が経った頃。


 細くなり始めた通路を抜けると、出口へと繋がる足場の悪い小道を駆け上がっていった。


 

(やっぱ降ってるか。ま、血も流れるし、ちょうどいいや) 



 程なく、ブラッドが洞窟の中から顔を出すと、外の草木はザァーザァーと降る雨に揺られている。


 地面を踏みしめる足へ力を入れたブラッドは、びしょ濡れになりながら、日が陰った森へと飛び出すのだった。





 雨に打たれながら、ぬかるんだ地面を走ること1時間余り。


 オーガの死体を肩に担いだブラッドの姿は、既に道のりの半ば程の地点にあった。



(ん?ありゃ……)



 瞬く間に流れていく景色の中に、ブラッドは木の根元へもたれかかる村人の姿が目に留まる。


 つんのめるように足を止めると、急いで元来た道を戻り始めた。


 

「おい、怪我でもしたか?」



「っ!」



 後ろから声を掛けられた村人は、這いずるようにブラッドから距離を取る。


 憔悴しきった様子の村人に、ブラッドは担いでいたオーガの死体を投げ捨てて手を振った。


 

「おいおい、大丈夫だ。落ち着けって」



「アンタ、冒険者か!?な、なら、これを……!」



 ブラッドとオーガの死体を見比べると、村人は震える手でクシャクシャになった羊皮紙を取り出す。


 介抱しようとしゃがみ込んでいたブラッドは、村人の押し付ける羊皮紙に目を丸くする。



「あ?こりゃなんだ?」



「俺達の村が、ボーダの村が襲われてるんだ……早く、これを王都に届けないと……!」



 ブラッドが不思議そうに胸元へ目を落とすと、村人は涙目で急き込むように話し出す。


 村人の話を聞けば、今朝までいつも通りの日常を送っていたボーダ村の付近に、突如魔物の群れが出現したというのだ。



「逃げ込める奴らは村へ逃げ込んだが……あの調子じゃいつまで持つかわからねぇ……」



 一息に話し終えた村人は、顔を青くして濡れた体を震わせる。


 悲痛な表情を浮かべる村人を尻目に、ブラッドはすっくと立ち上がって、オーガの魔石に大剣を突き刺した。



「……そいつは、穏やかじゃねぇな」



「俺のことなんか、もういい!さっさとこいつを届けてくれ……!」



 ゆったりとした口調で口を開くブラッドに対し、村人は息を荒くして必死で羊皮紙を押し付ける。


 しかし、大剣を背負い直したブラッドは、羊皮紙を受け取ることなく、再び村人の側へしゃがみ込んだ。



「大丈夫だ。お前ごと持って行ってやる」



「うおっ!」



 ブラッドが軽い調子で担ぎ上げると、村人は目を白黒させながら辺りを見回す。


 困惑を見せる村人に、ブラッドはニヤリと笑いかけながら、身を低くした。



「しっかり、掴まっとけよ」



「ちょ……!」



 慌てて持っていた羊皮紙を仕舞い込んだ村人は、血塗れのシャツを手が白くなるほど握りしめる。


 直後、村人の悲鳴と共に、2人の姿は掻き消えるような速度で動き出した。


 

(……しかし、どうなってんだ?ババァやジャンゴを疑うわけじゃねぇが、コイツはどう見ても本気だしな)


 

 速度を上げながら王都へと向かう道中、ブラッドは不意にテレサとジャンゴの話を思い出す。


 そして、肩の上で怯える村人を一瞥すると、難しい顔で森を駆け抜けていった。



 森を抜けて、更に走ること数時間。


 血と雨に塗れた2人の目線の先には、門扉の閉じられた王都の防壁が見え始めていた。


 

「おい、見ろ!王都が見えたぞ!」



「あ、ああ……」



 ブラッドの肩にしがみついた村人は、振り返ることなく、小さく頷く。


 すぐに空いていた手を大きく振り上げたブラッドは、一層速度を上げて防壁へと近づいていった。


 

「おーい!ブラッドだ、入れてくれー!」



 ブラッドの声が遠くへ消えていくと同時に、防壁の下部に備えられていた小さな扉が開く。


 そして、開け放たれた扉からは、若い門兵と中年の門兵が2人、辺りを見回しながら姿を現した。



「冒険者ギルドから話は聞いてたが……今日は、もう帰ってこないかと思っていたな」



「おお!イアンじゃねぇか。今日は夜番か?」


 

 防壁の目前へと迫ったブラッドは、見知った中年の門兵へ笑顔を見せる。


 しかし、ブラッドが肩に担いだ村人の姿に、中年の門兵――イアンは、一転して目つきを鋭くした。



「待て。ブラッド、そいつはなんだ?」



「俺にもよくわからんが、村が襲われてるってんで連れて来た」



 イアンが目線をズラすと、ブラッドは思い出したように、村人を肩から下ろす。


 一方、ブラッドの言葉にを耳にしたイアンは、目を見開いて固まった。



「なっ!?」



「き、騎士様!これを……!」



 茫然とするイアンと若い門兵をよそに、村人はよろめきながらも、羊皮紙を差し出す。


 ハッと我に返って羊皮紙を受け取ったイアンは、書かれていた内容に、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。



「……お前は直ちに王宮へ向かうんだ。彼は詰め所で保護する」



「は、はっ!」



 イアンが低い声で指示を出すと、若い門兵はビクリと肩を揺らして去っていく。


 みるみるうちに移り変わっていく状況に、ブラッドはポリポリと頬を搔いた。


 

(なんか、大事になってきちまったな……) 



「ブラッド、お前は……」 


 

 ブラッドの内心など知る由もないイアンは、真剣な表情で向き直る。


 考え込むような素振りを見せるイアンに、ブラッドは眉尻を下げながら肩を竦めた。


 

「悪いが、俺は一旦ギルドに戻るぜ。ババァからの依頼があるんだ」



「……わかった。村人の救助、ありがとな」



 村人へ肩を貸し立ち上がったイアンは、ブラッドへニコリと笑って踵を返す。


 そして、時折倒れそうになる村人を支えながら、防壁へと歩き出した。



「……気にするなよ。またな」


 

 イアンに声を掛けたブラッドは、2人を追い抜いて防壁へと向かっていく。


 そして、慌ただしくなる門兵たちの横を抜けると、一目散に冒険者ギルドを目指すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る