40話
再臨祭が終わって1週間が経った休日。
アルギスの姿は、貴族街と商業区の間、王都魔術師協会の前にあった。
「久しぶりに来たな……」
聳え立つ角柱状の建物を見上げたアルギスは、書類ケースを手に、玄関ホールへと足を踏み入れる。
ぼんやりと天井全体が光を放つ玄関ホールには、以前と同様、受付に腰を下ろした職員がニッコリと微笑んでいた。
「魔術師協会へようこそ。登録証はお持ちでしょうか?」
「ああ」
受付の前までやってきたアルギスは、書類ケースを脇に抱え、ポケットから登録証を取り出す。
アルギスが登録証を差し出すと、職員は流れるような動作で金属製の箱へと翳した。
「確認致しました。どうぞ中へお入りください」
(……さて、協会幹部の塔はどんなところかな)
淡く明滅する登録証を手にゲートを抜けたアルギスは、薄い笑みを浮かべながら、最奥の塔へ向かっていく。
すると、やはりというべきか、入り口の前には警備の男が立ちはだかっていた。
「ここからは立ち入り禁止になっている」
「これを見せれば入れると聞いているが?」
厳めしい顔で片手を突き出す警備の男に、アルギスはマリオンから受け取ったメダルを見せる。
アルギスの持つメダルに目を丸くした警備の男は、入り口の横にずれると、恭しく頭を下げた。
「これは失礼しました。どうぞ、ご入場ください」
(前来た時も思ったが、それなりに偉いらしいな、マリオン)
態度を急変させる警備の男を尻目に、アルギスは塔の入り口へ足を進める。
ガラス製の扉を開けた先には、天井の中心がくり抜かれたホールのような空間が広がっていた
「どこまで続いているんだ……?」
果ての見えない天井の穴に、アルギスは下から覗き込もうと歩いていく。
程なく、アルギスが穴の真下に来た時、徐々に足元が輝き始めた。
「な、なんだ?」
アルギスが困惑する中、魔術陣は輝きを増しながら、床の半ば程まで広がっていく。
やがて、魔術陣が広がり切ると、アルギスの立っていた場所へ角柱のようなものがせり上がった。
「……説明くらいはしてほしいものだな」
案内すらないことに眉を顰めつつも、アルギスは突如現れた角柱をしげしげと観察する。
腰のあたりまである細い角柱には、中心に小さな窪みが開いていた。
「まあ、普通に考えればここにメダルをはめるんだろうが……」
窪みとメダルのサイズを見比べたアルギスは、試しにと角柱へメダルを乗せる。
すると次の瞬間、魔術陣の描かれていた床が、ゆっくりと回転しながら浮かび上がったのだ。
「な!?」
床が天井の穴を抜けて上昇していく中、アルギスは目を剥いて辺りを見回す。
戸惑うアルギスをよそに、魔術陣の輝く床はあっという間に数十の階層を超えていった。
「……やっとだな」
床が少しずつ減速し始めると、アルギスはようやく目的の階へと近づいたことを悟る。
やがて、塔の頂上付近の階へ辿り着いた床は、2つある扉の内、豪奢な扉へアルギスの体が向くように回転を止めた。
「……行くか」
反対側の簡素な扉を一瞥したアルギスは、停止した床を降りて、豪奢な扉へと向かっていく。
アルギスが扉を引き開けると、不機嫌そうにソファーへ腰掛けたマリオンの姿が目に入った。
「久しぶりじゃないか、アルギス・エンドワース。まあ、座りたまえよ」
(な、なんだ、この圧力は……)
ソファーを指さすマリオンの笑顔に、アルギスは得も言われぬ不安感を感じる。
壁際に置かれた天井まで届く本棚を横目に見つつ、対面の席へ腰を下ろした。
「あ、ああ、久しいな。元気にしていたか?」
「ああ、元気だったとも。君が来るのを、ここで2週間も待つくらいにはね」
アルギスが躊躇いがちに声を掛けると、マリオンは不穏な空気を漂わせて笑みを深める。
しばしマリオンと見つめ合ったアルギスは、逃げるように顔を背けた。
「……それは良かった。私の方は王都の襲撃について調べていて、あまり休めていないんだ」
「そのことだ!先週1週間、協会内に居たせいで暇だと思われた私まで駆り出されたんだぞ!?……結局、ワイバーンは意味の分からない術式が灰にするし!」
アルギスをビシッと指さすと、マリオンは肩を怒らせて憤慨し始める。
しかし、ピクリと眉を上げたアルギスは、食い入るように再びマリオンの顔を見つめた。
「あの時の雷の矢について、なにか知っているのか?」
「だいたい約束をしたからには――ん?ああ、あれはおそらく雷属性の第八階梯”破天招雷”だ」
身を乗り出すアルギスに、マリオンは説教を止め、事も無さげに言葉を返す。
マリオンの回答を聞いたアルギスは、落ち込んだ表情で背もたれに体を預けた。
(俺も、それなりに調べたつもりだったんだがな……)
「なんだ、君もあの術式が気になっていたのか?」
アルギスがぼんやりと机を見つめていると、マリオンは目を輝かせながら顔を近づける。
はたと顔を上げたアルギスは、未だ表情に影を落としながら頷いた。
「……ああ。それで、おそらくというのはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ、あの術式自体は”破天招雷”で間違いない」
睨むようなアルギスの視線を受け流したマリオンは、気楽な調子で肩を竦める。
もったいぶるようにマリオンが口を閉じると、アルギスは一層訝し気に目を細めた。
「では他に何が?」
「あの魔術は、矢を中心に術式が展開されていた」
難しい顔で腕を組んだマリオンは、言葉を選ぶように例の魔術について解説を始める。
マリオンによれば、例の魔術は未確認の技術による、術式の遠隔起動がなされていたというのだ。
「……これがどういった仕組みで成されたか、私にも皆目見当がつかないんだ」
(マリオンに何もわからないなら、王都で調べても無駄か……いったん保留だな)
悔し気に唸るマリオンをよそに、アルギスは情報収集の優先順位を下げる。
そして、気持ちを切り替えるように首を回すと、穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、ずっと調べていたが、私には何もわからなかったんだ。助かった」
「ああ、気になったことがあったら、また聞きたまえ」
アルギスの返事に気をよくしたマリオンは、眉間に寄っていた皺を緩める。
しばしの沈黙の後、アルギスは目を伏せて、躊躇いがちに口を開いた。
「……そうだな。今度からはそうさせてもらう」
「ほう!では今回だけ許してあげよう。紅茶でも飲むか?」
アルギスが首を縦に振ると、マリオンは目を輝かせながら前のめりになる。
マリオンの勢いにたじろぎつつも、アルギスは小さく頷き返した。
「……貰おう」
「少し、待っていたまえ」
ニンマリと笑ったマリオンは、膝に手をついて席を立つ。
そして、足早に扉へ向かうと、アルギスを残して部屋を出ていった。
(さて、聞きたいことは聞けたが、どうするか……)
既に目的を達成したアルギスは、1人残された部屋を見回して頭を捻る。
ややあって、諦めたように目を瞑ると、静かにマリオンの帰りを待つのだった。
◇
目を瞑ったアルギスがウトウトとし始めた頃。
カップを乗せたトレイを手に、マリオンが部屋へと戻ってきた。
「いやいや、待たせてしまったな」
「気にしないでくれ」
苦笑いを浮かべるマリオンに、アルギスは欠伸をかみ殺しながら手を振る。
机にカップを置くと、マリオンは朗らかな笑みと共に、再びソファーへ腰を下ろした。
「さて、他に聞きたいことはあるか?」
「……”例のダンジョン”について、王都にはどの程度情報が入ってきている?」
躊躇いがちに口を開いたアルギスは、マリオンへ探るような目線を送る。
一方、考え込むように首を捻ったマリオンは、腕を組みながら目線を上向けた。
「王都に今ある情報としては死霊系なことと、相当に難易度が高いということくらいだな。あとは魔物の種族についても、ある程度は入ってきているが……」
「なるほどな」
マリオンが言葉を区切ると、アルギスは不敵な笑みを浮かべながら、書類ケースへと手を掛ける。
程なく、ゴソゴソとアルギスが取り出した書類に、マリオンは好奇の目を向けた。
「む?なにを持ってきたのかと思っていたら書類か?」
「ああ、まあ見てみろ」
おどけるように肩を竦めたアルギスは、取り出した書類の束を机の上に伏せる。
裏返された書類を拾い上げると、マリオンは怪訝そうな顔で目を通し始めた。
「なに……?」
しかし、1枚2枚と読み進める内に、マリオンの表情は驚愕に染まっていく。
やがて、全ての書類を読み終えると、マリオンは目を剥いたまま、勢いよく顔を上げた。
「これは……!?」
「楽しかったか?」
黙ってマリオンの様子を眺めていたアルギスは、カップを机に置きながら首を横に倒す。
クツクツと笑い出すアルギスに、マリオンは不満げな表情で書類を突き返した。
「……ここに書かれていることは事実か?」
「調査隊の情報が間違っていなければ、事実だろうな」
あっけらかんと肯定したアルギスは、受け取った書類へと目線を落とす。
慣れた仕草でページを捲るアルギスの手には、レオニードからの報告書が握られていた。
(元は雷の矢について聞くための交換条件だったが、役に立ったな)
小さく安堵の息をつくと、アルギスは持っていた報告書を書類ケースへ仕舞う。
一方、少しの間黙り込んでいたマリオンは、なおも伏し目がちに口を開いた。
「……禁忌の霊廟とやらは、やはり”瘴気溜まり型”か」
「なんだ?その”瘴気溜まり型”というのは」
小さく零れたマリオンの呟きに、アルギスは思わず質問を返す。
すると、マリオンは顔を上げて、講義でもするかのような口調で話し出した。
「ああ、別にきっちりと決まっているわけじゃない。研究者がそう呼んでいるだけなんだが――」
マリオンの説明によれば、この世界のダンジョンは”瘴気溜まり型”と”古代の遺産型”に分けられる。
そして、”瘴気溜まり型”が発生と消滅を繰り返すのに対し、”古代の遺産型”が消滅することはないというのだ。
「もっとも、古代の遺産型は太古の昔から存在しているというだけで、消滅しないとは言い切れないがな」
「……”古代の遺産”とは何なんだ?」
聞き覚えのない情報に眉を顰めつつも、アルギスはマリオンへ質問を重ねる。
しかし、すっかり冷めた紅茶に口をつけたマリオンは、興味なさげに肩を竦めた。
「さあね?わかっているのは大陸に3つある巨大な塔というだけだ。いつからあるかすら、わかっていない」
「どこにあるんだ?」
ゲームに登場しないダンジョンへ興味が湧いたアルギスは、目を輝かせて前のめりになる。
ソワソワと返事を待つアルギスに、マリオンは不思議そうな表情で首を傾げた。
「なんだ、興味があるのか?……ソラリア王国以外だと確か、アルデンティアとトゥエラメジアだったかな?」
(2つは他国か。……まあ国内だったとしても、学院にいる間は難しいな)
ダンジョンの位置が分かると、アルギスは途端に興味を失う。
そして、ため息をつきながら、不満げに背もたれへ寄りかかった。
「はぁ、そうか」
「こんな話になるとは思っていなかったな」
つまらなそうに毛先を弄んでいたマリオンは、アルギスに視線を戻して苦笑いを浮かべる。
まるで話したいことがあるかのようなマリオンに、アルギスはソファーに深く座りなおした。
「どんな話をすると思っていたんだ?」
「君が前に魔族を捕まえたことがあっただろう?」
アルギスが先を促すと、マリオンは待っていましたと言わんばかりに話し始める。
真っすぐに目を見つめられたアルギスは、公都の冒険者ギルドで魔族を拘束したことを思い出した。
「ああ、そう言えば、そんなこともあったな」
「随分、あっさりしているんだな……」
アルギスの反応に肩透かしを食らいつつも、マリオンは誤魔化すように大きな咳ばらいをする。
そして、満面の笑みと共に、1人ウンウンと頷き始めた。
「その件について、やっと王宮が褒美を認めたんだ」
(すっかり諦めていたが、まさか認められるとは……)
唐突なマリオンの報告に、アルギスは目を丸くして言葉を失う。
しばしアルギスが驚きを隠せずにいると、マリオンは嬉し気に目を細めた。
「初めて子供らしい顔を見られた気がするよ」
「……なぜ今、認められたんだ?」
生暖かい視線から顔を逸らしたアルギスは、声のトーンを落として口を開く。
不審がるアルギスに、マリオンはニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
「それは貴族派の追及に王宮が負けたからだろうな」
(一体、なにをしているんだ……)
貴族派が王宮に対する抗議を繰り返していた事実に、アルギスは内心で大きなため息をつく。
しかし、対面に座るマリオンは、誇らしげな様子で胸を張っていた。
「私も協力したんだぞ?君を直接確認するために、わざわざ屋敷まで出向いたんだ」
「……なぜ私に協力する?」
「私とソウェイルドは、学院時代からの仲だからな。それに君のことも気に入っている」
「父上と、同窓……?」
ソウェイルドの年齢を思い出したアルギスは、20代半ば程にしか見えないマリオンをまじまじと眺める。
すると間もなく、ニッコリと笑うマリオンの背後には、ドス黒い魔力が揺らめき始めた。
「それ以上は、口にしない方が身のためだぞ」
「……どうやら、そのようだ」
底冷えするようなマリオンの声に、アルギスは両手を挙げて天井を見上げる。
ややあって、魔力を霧散させたマリオンは、元通り朗らかな笑顔を浮かべた。
「まあ、いずれ王宮から連絡がいくだろうから、欲しいものくらいは決めておくべきだろうな」
「世話になったな。……では、私はそろそろ失礼するよ」
チラリと壁に掛けられた魔道具確認すると、アルギスは書類ケースを手に取って席を立つ。
ゆっくりと扉へ向かうアルギスの姿に、マリオンはどこか懐かしむような表情で声を上げた。
「また、ここへ遊びに来るといい」
「……ああ、そうだな」
マリオンの声に足を止めたアルギスは、振り返って不敵な笑みを見せる。
そして、すぐに前を向き直ると、音もなく部屋を後にするのだった。
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