36話

 再臨祭を明日に控えた学院の昼休み。


 講義まで時間の空いたアルギスは、中庭のベンチへ腰掛けながら、準備に熱の入る生徒たちを眺めていた。


 

(あれも、生産職か……)



 アルギスがふと顔を横に向けると、前が隠れるほどの荷物を抱えた少女が目に入る。


 生徒たちの間を縫うように歩いていた少女は、校舎の前で一度足を止めた。


 

(なんだ?)



 生徒たちが行き交う中で立ち止まる少女に、アルギスは思わず興味を惹かれる。


 すると、少女はフラフラとバランスを取りながら、アルギスへと近づいてきた。



「ねえ、荷物を運ぶの手伝って」



「……ひょっとして、私に言っているのか?」



 少女に声を掛けられたアルギスは、地面に下ろされた大小2つの木箱に目を細める。


 程なくアルギスが顔を上げると、少女はキョトンとした表情で首を縦に振った。



「うん、だってここには私達2人しかいない」


 

「……なぜ私が荷物を持たねばならん」



 事も無さげに話を続ける少女に、アルギスは眉を顰めながら口を開く。


 しかし、アルギスと見つめ合った少女は、不思議そうに緑色の瞳を瞬かせた。



「同じクラスだから。クラスメイトが困っていたら助けるべき」



「クラスメイトだと……?」



 さも当然のような返事に、アルギスは訝し気な表情で少女の姿を確認する。


 小柄な体躯に大きな眼鏡をかけた少女は、金糸のような髪から尖った耳を覗かせていた。



(エルフ……そういえば、使役系統の講義にいたような……)



 特徴的な外見に見覚えのあったアルギスは、口元に手を当てて記憶を掘り起こす。


 難しい顔で目線を落とすアルギスをよそに、少女は真顔でコテンと首を倒した。


 

「あなたはアルギス?」



「ああ、そうだが……」


 

 名前を呼ばれたことにたアルギスは、思考を切り上げて、はたと顔を上げる。


 直後、少女は地面にしゃがみ込んで、置いてあった小さな方の荷物を持ちあげた。



「私はエレン・シェラー・ハミルトン。というわけで、その荷物はよろしく」



「……次の講義までは、まだ時間があるか」


 

 去っていくエレンに困惑しつつも、アルギスはポケットから取り出した魔道具で時間を確認する。


 ため息をついて大きな木箱を持ち上げると、遠くなり始めた背中を追いかけた。


 

「おい、せめて目的地くらい教えろ」



「錬金工房」


 

 駆け足で横へ並ぶアルギスに、エレンは立ち止まることなく、言葉を返す。


 エレンの視線は、隔離するように敷地の隅に配置された、石造りの防壁へと固定されていた。



(錬金術の工房か、入ったことないな。まあ、そもそも生産職以外に用の無い場所だが……)

 


 防壁で囲われた2階建ての建物を見据えたアルギスは、以降何も言わず足を進める。


 しばらくして、工房の目の前までやってくると、迷いなく扉を開くエレンへ声を掛けた。


 

「どこまで行くんだ?」



「私の研究室」


 

 続けて扉をくぐるアルギスに、エレンは相も変わらず簡潔な言葉だけを返す。


 工房の内部を見回していたアルギスは、目を丸くして、前を歩くエレンに顔を向けた。



「私の、か。学院も随分と気前がいいな」



「うん。これが私の入学する条件だったから」



「なに?」


 

「私が留学する前に、条件を国と併せて2つ出してる。私の条件は個人研究室の貸与」


 

 低い声で問い返すアルギスを背に、エレンは気にした様子もなく前を進んでいく。


 しばし会話が途切れると、アルギスは躊躇いがちに質問を続けた。



「……国の条件は?」



「戦闘講義を含む、私が傷を負う可能性のある講義への不参加特権」 


 

 両脇に作業部屋のある通路を抜けると、エレンは足早に階段を登っていく。


 一方、エレンに続いて階段に足を掛けたアルギスは、淡々とした返答に1人納得顔を浮かべた。



(なるほど。それで、あまり見覚えが無かったのか) 


 

「こっち」

 


 程なく階段を登り切ったエレンは、慣れた様子で再び通路を歩き出す。


 エレンに先導されて研究室へと向かう道中、アルギスは抱えていた大きな荷物へ目を落とした。


 

「それで、研究室まで貰って何を研究しているんだ?」



「私の研究は主に2つに分類されていて――」



 アルギスが興味本位で質問すると、エレンはこれまでの態度が嘘のように饒舌に語り出す。


 結局、研究内容の発表は、エレンの研究室へ辿り着く直前まで続いた。


 

「最終的には、それらを組み合わせて長距離を移動できる魔道具を作りたい」



「……そうか。非常に、ためになった」



 ようやく説明を止めたエレンに、アルギスはため息を交じりに頷きを返す。


 無表情な顔を僅かに緩めたエレンは、名札の掛けられた扉の前で足を止めて、後ろを振り返った。



「どういたしまして……研究室はここ」 



(やっとついたか)



 抱えていた荷物を下ろすと、アルギスは疲れたように首を回す。


 すると、エレンもまた、持っていた荷物を下ろして、アルギスにペコリと頭を下げた。



「荷物、ありがとう」



「ああ、そう悪い時間じゃなかったぞ」



 小さく息をついたアルギスは、優し気な笑みと共に踵を返す。


 そして、研究室のカギを開けるエレンを背に、元来た道を戻っていった。



(やたらと見られるが……なんだ?)



 階段を降りたアルギスが通路を歩いていると、すれ違う生徒たちは、全員がギョッと目を見開く。


 珍しいものを見るような視線に辟易しつつも、務めて無視しながら工房の出た時。


 エドワードを伴ったアリアに、ばったりと出くわした。



「お久しぶりです、エンドワース様」



「……久しいな、王女アリア」


 

 そのまま横を通り過ぎようとしたアルギスは、アリアの挨拶にやむを得ず足を止める。


 工房から出て来た様子のアルギスに、アリアはニコリと微笑みながら首を傾げた。


 

「ええ、今日はこちらにどういったご用向きで?」



「……大したことじゃない。野暮用だ」


 

 直前までの行動を思い返すと、アルギスは目を逸らし、誤魔化すように肩を竦める。


 しかし、アリアの横で会話を聞いていたエドワードは、不機嫌そうに顔を顰めながら、アルギスの前に進み出た。



「……貴方はもう少し、王族への礼儀を弁えるべきではありませんか?」



(前から気になっていたが、コイツは誰なんだ?)



 ゲームに登場しないにもかかわらず、アリアと行動を共にしているエドワードの存在に、アルギスは口元に手を当てて難しい顔になる。


 不穏な静寂が場に広がる中、じっとエドワードの顔を見つめていると、無意識に疑問が口を衝いて出た。



「貴様は、一体何者だ?」



「な!?僕はウィンダム伯爵家のエドワードだ!」



 家名すら呼ばないアルギスに、エドワードは顔を真っ赤にして声を張り上げる。


 エドワードの名乗りを聞いたアルギスは、鷹揚に頷きながら、ゆったりとした動作で学院の校舎を指さした。



「そうか。ではウィンダム伯爵家のエドワード、一旦あちらを向いてもらえるかな?」



「校舎に一体何が……」 



 未だ顔を怒りに歪めつつも、エドワードは釣られて後ろを振り返る。


 そのままエドワードがキョロキョロと学院の校舎を見回していると、アルギスは満足げに腕を組んだ。



「よし、いい調子だ。しばらく、そうやって黙っていろ」



「っ!」 



 あしらわれたことに気が付いたエドワードは、湯気が出る程顔を赤くしてアルギスを睨みつける。


 ギリギリと奥歯を噛みしめるエドワードを尻目に、アルギスはアリアへと向き直った。

 


「そんなに私がここにいるのが珍しいか?」



「ええ、錬金術の工房にやってくる生徒は限られていますので……」



 エドワードとアルギスを見比べたアリアは、苦笑いを浮かべながら口を開く。


 しばしの沈黙の後、アルギスはすれ違った生徒の視線の意味に気が付くと、少しだけ頬を赤くした。



「……そうか、今日はたまたま来ただけだ。では、私は失礼する」



「はい。また次の講義で」 


 

 小さく頭を下げるアルギスに、アリアは美しい微笑みを浮かべながら礼を返す。


 それからしばらくの間、2人はそそくさと校舎へ去っていくアルギスの姿を見つめていた。



「アリア様、エンドワース家が一体なぜここに……?」



「わかりません。ただ、それほど気にすることでもないのでは?」



 静かに首を振ったアリアは、気にするそぶりも見せず、エドワードへ顔を向ける。


 しかし、未だアルギスの去っていった方向を睨むエドワードは、顔を歪めながら低い声を漏らした。



「何をおっしゃいますか、あのエンドワースですよ?何か企みがあるに決まっています」



「そうですか……」



 滅多に見ない憤慨したエドワードの姿に、アリアは目を細めながら黙り込む。


 以降互いに口を噤んだ2人は、アルギス同様、校舎へと向かっていった。





 一方、同じ頃。


 校舎へと戻ってきたアルギスは、次の講義の教室を目指して廊下を歩いていた。

 


(結果的に、時間もちょうど良さそうだ)



 アルギスがポケットから魔道具を取り出すと、針は講義開始の15分前を指している。


 魔道具を仕舞いなおしたアルギスは、廊下で寄り集まって話し合う生徒たちの姿に目を留めた。


 

(それにしても、再臨祭か。正直、ゲームでは学校行事の1つくらいに思っていたな……)



 生徒たちの間を抜けるアルギスの脳裏には、校舎の正門にたてられた”再臨祭”の掲示が思い浮かぶ。


 アイワズ魔術学院を会場として毎年秋に行われる”再臨祭”は、『救世主の軌跡』でもイベントとなっていた。


 しかし、現実となった”再臨祭”は、単なる学院の行事ではなく、王都を挙げての祝祭だったのだ。



(王都を巻き込んだ祭では、意気込むのも無理はない) 



 生徒たちの話し声が響く廊下を横目に見つつ、アルギスは階段を上がっていく。


 やがてアルギスが校舎の2階へ辿り着くと、薄笑いを浮かべたレイチェルが3階から階段を降りてきた。



「ごきげんよう、アルギス様。この後は妨害系統の講義へ?」



「ん?ああ、そうだ」



 近づいてくるレイチェルの声に、アルギスはハッと我に返って足を止める。


 階段を一足飛びに飛び降りたレイチェルは、ニッコリと微笑みながらアルギスの隣へ並んだ。



「じゃあ、一緒に向かいましょう」



「ああ」



 無愛想な返事と共に、アルギスは僅かに速度を落として歩き出す。


 連れ立った2人が教室へと向かう廊下には、1階同様、数人の生徒が寄り集まっていた。



「……皆、楽しそうね」


 

「明日は再臨祭だからな。皆、気持ちも浮ついているんだろう」



 辺りを見回すレイチェルがボソリと呟くと、アルギスは頬を緩めながら言葉を返す。


 明るい口調で話すアルギスに、レイチェルは笑みをいたずらっぽいものへ変えた。



「それは、貴方もかしら?」



「興味深い話も聞いたしな、様子は窺うつもりだ」


 

 教室が近づく中、アルギスはグレイの説明を思い出し、楽し気に口元を吊り上げる。


 しばらくして2人が教室の前で立ち止まると、レイチェルは意を決してアルギスの顔を覗き込んだ。



「……私が同伴したいと言ったら、ご迷惑?」



「いや?だが、私の目的は生徒の作る魔道具の市場だぞ?」


 

 扉に手を掛けていたアルギスは、目を瞬かせながら、レイチェルを見つめ返す。


 確かめるようなアルギスの視線に、レイチェルは慌ててコクコクと頷いた。


 

「え、ええ。実は私も興味があったの」



「ふむ。なら一緒に行くとするか」


 

 レイチェルに頷き返すと、アルギスは軽い調子で教室の扉を開ける。


 色よい返事に胸を撫でおろしつつも、レイチェルは内心をおくびにも出さずアルギスの開けた扉をくぐった。



「でも、まさか貴方が再臨祭に行くとは思わなかったわ」



「まあ、私が王都に居られる時間も、そう長くないからな」



 レイチェルに続いて教室へ足を踏み入れたアルギスは、キョロキョロと空いている席を探す。


 さほど間を置かず、席を見つけたアルギスが歩き出すと、レイチェルは寂し気に俯きながら後を追いかけた。

 


「……明日は楽しみにしているわね」



「ああ、私もだ」 


 

 隣の椅子を引くレイチェルに、アルギスは頷きを返しながら腰を下ろす。


 席に着いた2人が講義の開始を待ち始めた時、どこからともなく近づいてきたレベッカが、アルギスをビシっと指さした。


 

「決着は”魔術大祭典”でつけるわよ!」



 一言だけ言い残すと、レベッカは鼻息荒く、ズンズンと元の席へ戻っていく。


 呆気に取られていたレイチェルは、少しの間が空いて、隣に座るアルギスへと顔を寄せた。



「……何か、先にお約束でもあったかしら?」



「……あるわけがないだろう」



 不安げな表情を見せるレイチェルの問いかけに、アルギスは苦虫を噛み潰したような顔で首を振る。


 気まずい雰囲気が流れる中、前を向き直った2人は、無言で講義の開始を待つのだった。

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