33話

 日は斜めに差し、徐々に影が長くなる中。


 村へと戻ってきた2人は、再びダガンの家を目指していた。



「しかし、これだけ時間をかけて貢献度は3か。二星級の昇格試験を受けられる貢献度が100であることを考えると、気が遠くなるな」



「はい。冒険者たちも、日々受付でより良い依頼を探しております」



 依頼書に目を落としながら顔を顰めるアルギスに、マリーは静々と後を追いかけながら言葉を返す。


 ややあって、顔を上げたアルギスは、不思議そうな顔で後ろを振り返った。



「お前はどうなんだ?」



「いえ、私は依頼ボードから……」



 首を小さく左右に振ると、マリーは間を置かず、ハキハキとした口調で口を開く。


 しかし、アルギスはマリーの話を遮るように、不快げに声を上げた。


 

「違う、昇格試験のことだ。報告書には、そろそろだとあったが?」



「……規定の貢献度は既に取得しておりますが、試験の時間が取れず、未だ昇格しておりません」



 足を止めるアルギスに、マリーもまた、立ち止まって頭を下げる。


 無言で前を向き直ったアルギスは、ため息交じりに歩き出した。



「……近いうちに行ってこい。私が許可を出してやる」



「ありがとうございます……!」



 アルギスの指示に目を丸くしつつも、マリーは弾むような足取りで後を追いかける。


 やがて、ダガンの家の前までやってくると、軽い調子でドアをノックした。



「失礼いたします」 



「これは、冒険者様方。本日は、もう終了ですか?」



 ガチャリと扉を開けて姿を現したダガンは、納得顔で2人を見比べる。


 何やら安堵した様子のダガンに、アルギスは眉を顰めながら依頼書を押し付けた。



「何の話だ?依頼は完了した、サインを寄こせ」 


 

「は?しかし……」



 依頼書を受け取ったダガンは、荷物1つ持っていない2人の姿に訝し気な表情を浮かべる。


 3人の間に気まずい静寂が流れる中、アルギスは思い出したように後ろを振り返った。



「……マリー」



「はい」


 

 アルギスが名を呼ぶと同時、マリーは影の中から上位種の死体を浮かび上がらせる。


 地面から突如現れた死体に頬を引きつらせつつも、ダガンを大きく頷いた。



「な、なるほど。確かに、これは……」



「確認が出来たのならば、サインを貰おう」



 再びズブズブと影へ沈む死体を背に、アルギスは茫然とするダガンへ先を促す。


 ハッと我に返ったダガンは、扉を閉めることもなく、くるりと身を翻した。



「は、はい!少々、お待ちを」 



(……意外とやることが多いな、冒険者。ゲームとは大違いだ)



 慌てて家の中へ戻っていくダガンをよそに、アルギスは扉を閉めながら、内心で愚痴を零す。


 間もなく、息を切らしたダガンが、淡い光を放つ依頼書を手に扉を開いた。



「お待たせいたしました……!」 



「……ほう」



 差し出された依頼書の変わりように、アルギスは一転して満足げに目を細める。


 ややあって、依頼書をくるくると丸めると、未だ息を整えるダガンに不敵な笑みを見せた。



「では、私たちはこれで失礼。行くぞ、マリー」



「かしこまりました」


 

 小さく頭を下げたマリーは、村の出口に足を向けるアルギスへ付き従う。


 しばらくして、村の門を抜けると、アルギスは何もない開けた草原で、はたと立ち止まった。



「思っていたより遅くなった。少しばかり、急いで帰るとしよう」



「はい」 



 アルギスの体から噴き出す黒い霧を見たマリーは、慣れた動きで距離を取る。


 やがて、黒い霧の中から幽闇百足が姿を現すと、アルギスは頭の上に飛び乗った。



「ちゃんと掴まっていろよ」



「え……?」 


 

 警告のようなアルギスの呟きに、マリーはキョトンとした顔で目を白黒させる。


 次の瞬間、2人を乗せた幽闇百足は、残像を残す程の速度で走り出した。



 そして、それから走り続けること1時間。


 豪奢な装飾の為された門扉が遠目に見えると、アルギスは安堵の笑みと共に幽闇百足の速度を落とした。



「どうやら、無事着いたようだな」



「はい。閉門には間に合ったようで」



 アルギスの背中越しに門扉を見据えたマリーもまた、ホッと胸を撫でおろす。


 程なく、幽闇百足を送還すると、アルギスは両脇に門兵の控える公都の東門へと向かっていった。



「門を開けろ」



「これは、アルギス様……!」



 フラリと現れたアルギスに、門兵たちは目を見開いて背筋を伸ばす。


 そのまま門兵たちが直立不動で敬礼をすると、アルギスはうんざりとした表情で手を振った。



「そう固くなるな。門を開けてくれればいい」



「は、はっ!……開門!」

 


 敬礼の姿勢を取っていた門兵たちは、巨大な2枚扉の左右を掴み、門を引き開ける。


 華美な装飾のされた門扉は、大きさに似合わない滑らかな動きで、音もなく開いていった。



「さて、日が落ちるまでに屋敷に戻らなければならん。急ぐぞ」



「かしこまりました」 



 既に夕暮れも近づく中、2人は門兵たちの開け放った門扉をくぐり、公都の大通りへと足を進める。


 そして、焦るように歩く速度を上げると、人ごみを抜けて冒険者ギルドへと戻っていった。



(うーむ、冒険者の依頼は時間ばかりかかって効率が悪いな。何か別案は無いものか……)


 

 しばらくしてギルドの前までやってきたアルギスは、内心であれこれ考えながら、木製の扉を開ける。


 すると、ギルドのホールに併設された酒場では、多くの冒険者が赤ら顔で酒を飲み交わしていた。

 


(随分と賑わっているな)



 調子外れな歌を横目に見つつ、アルギスはマリーを伴って、奥の受付へと向かっていく。


 2人が真っすぐに受付へ近づいていくと、机に腰を下ろした受付嬢は、不思議そうな顔で首を傾げていた。


 

「いかがされましたか?」 



「依頼の完了報告だ。処理してくれ」



 目をパチクリさせる受付嬢に、アルギスはローブの懐から取り出した依頼書を机に置く。


 丸められた依頼書を手に取った受付嬢は、淡く輝いていることに気が付き、2人の顔を茫然と見比べた。



「……本日受注された依頼の、報告でよろしいですか?」



「ああ」



 疑うような受付嬢の口ぶりに、アルギスは不満げな表情で頷き返す。


 アルギスが眉間に皺を寄せて黙り込むと、受付嬢は慌てて頭を下げた。



「し、失礼いたしました。では、冒険者をお預かりいたします」 



「……冒険者証はこれだ」



「こちらを」



 受付嬢の指示に、2人は揃って机に冒険者証を並べる。


 すると、受付嬢は素早く依頼書の内容を確認して、一度別のカードを翳した金属製の箱へ2人の冒険者証を翳した。



「依頼の完了が記録されました。冒険者証と報酬ををお渡しいたします」



(相変わらず、不思議な技術だ。錬金術はさっぱりだからな)



 依頼の処理を間近で見ていたアルギスは、魔道具の仕組みに頭を捻りながら冒険者証と銀貨の入った革袋を受け取る。


 錬金術への疑問を心に留めつつも、振り返ってマリーへ顔を向けた。



「これで依頼は完了だ。ご苦労」



「ご随行できたこと、光栄に思います」


 

 出口へと歩き出すアルギスに、マリーはニヤニヤと頬を緩めながら頭を下げる。


 一方、無言でホールの通路を歩いていたアルギスは、扉の前で立ち止まって、依頼ボードを見つめた。



「……いずれ、また来るとしよう」


 

「はい!」



 アルギスが前を向き直ると、マリーは満面の笑みを浮かべながらギルドの扉を開く。


 ギルドを出た2人は、オレンジ色に染まる公都の大通りを抜けて屋敷へと戻っていくのだった。





 冒険者ギルドの依頼を受けた翌日。


 バルドフを伴ったアルギスは、模擬剣を手に、騎士館の鍛錬場を訪れていた。


 

(ここに来るのも、久々だ)


 

「またこうして手合わせできるとは……嬉しく思います。アルギス様」



 キョロキョロと辺りを見回すアルギスに、バルドフは頬を緩ませながら、明るい声色で口を開く。


 鍛錬場から目線を下ろしたアルギスは、優し気な笑みを浮かべるバルドフへ顔を向けた。



「ああ、久しいな、バルドフ。随分と嬉しそうだが、どうした?」



「いえ。公都へお帰りになってから、騎士館へいらっしゃらないもので、すっかり剣を止めてしまわれたのかと……」



 アルギスから目を逸らしたバルドフは、笑みを恥ずかし気なものに変えながら頬を搔く。


 誤魔化すよう笑うバルドフに対し、アルギスは呆れ顔で首を振った。



「そんなわけないだろう。……来なかったのはパーティの疲れからだ」



「……なるほど。失礼いたしました」



 肩を落としたアルギスが疲れを滲ませると、バルドフは納得がいったとばかりに神妙に頷く。


 心配そうに腰を屈めるバルドフをよそに、アルギスは体に魔力を纏わせて鞘から剣を抜いた。



「構わん。それよりも、さっさと来い」 


 

「……では、行きますよ」


 

 静かに剣を構えたバルドフは、前に踏み込みながら、アルギスへ剣を振り下ろす。


 久々の威圧感に身を固くしつつも、アルギスは目前に迫った剣撃を、難なく横へいなした。



(……相変わらず、ふざけた膂力だ。身体強化なしでこれとは) 



 アルギスが衝撃に顔を歪めている間にも、バルドフの剣は隙となった胴体を狙う。


 しかし、アルギスは次なる剣閃にも反応し、鍛錬場に甲高い音が響き渡った。



「くっ!」 


 

「どうやら、腕を上げられたようで」



 アルギスが剣を構えなおすと、バルドフもまた、距離を取って剣を構える。


 小さく息をついたアルギスは、剣を中段に構えながら、穏やかな笑みを浮かべた。


 

「ああ、学院でも模擬戦の相手はいたからな」



「では、学院は楽しいですかな?」



 油断なく剣を構えつつも、バルドフは明るい口調で声を掛ける。


 バルドフの問いかけにニヤリと口角を上げたアルギスは、身を低くして、剣を下段に構えなおした。



「……それなりに楽しくやっている、ぞ!」



「ほう……」 



 首へと真っすぐ迫る切り上げに、バルドフは目を細めながら剣を振り下ろす。


 振り下ろされた剣は、切り上げを弾き返し、半身になるアルギスの胴体を掠めた。

 


「くっ……」


 

 ジンジンと痺れる腕に、アルギスは顔を歪ませながら後ろへ飛びのく。


 しかし、追いかけるように踏み込んだバルドフは、アルギスの首元へピタリと剣を突きつけた。

 


「体格差を考えず踏み込む癖は変わっておりませんな」 



「……また、負けだ」



 だらりと剣を下ろしたアルギスは、奥歯を噛みしめながら目を瞑る。


 不満げに口元を歪めるアルギスをよそに、バルドフは誇らしげな顔で顎を撫でていた。


 

「しかし、驚くほどの上達ぶりですな。坊ちゃん」



「もう、坊ちゃんという歳でもないだろう」



 子ども扱いをするバルドフに、アルギスは一層不満げに唇を尖らせる。


 すっかり感傷に浸っていたバルドフは、苦笑を浮かべながら小さく頭を下げた。



「これは失礼いたしました。ついつい、昔を思い出してしまいました」



「……まあいい。では、私たちが昔よく遠征にいった森を覚えているか?ラーデンウッドだ 」



 下ろしていた剣を鞘に仕舞うと、アルギスはふと昨日の依頼を思い出す。


 聞き覚えのある地名に、バルドフは笑みを一層深くして頷いた。



「もちろんでございます」



「あの辺りに昨日、冒険者ギルドの依頼で向かってな」



 バルドフの返事に眉尻を下げたアルギスは、昨日の出来事をぽつりぽつりと語り出す。


 アルギスの世間話に、バルドフは感慨深そうに何度も頷きながら、じっと耳を傾けていた。



「それは、よろしゅうございました」



「……それにしても、あの辺りも随分と魔物が増えたんだな」



 生暖かいバルドフの目線に、アルギスは僅かに顔を赤らめて話を変える。


 すると、バルドフは途端に難しい表情でアルギスの目を見つめ返した。



「……はい。エーテル量の増加により、ラナスティア全土で魔物の活性化が確認されております」



「公領の守りは問題ないのか?」



 バルドフの顔を見上げたアルギスは、咄嗟に公領への心配が口を衝いて出る。


 考え込むように目線を彷徨わせるアルギスに、バルドフは胸を張ってニカリと男くさい笑みを見せた。



「もちろんでございます。都市部の騎士団には継続して討伐任務を与えておりますので」



「そうか。ならいい」 



 肩の力が抜けたアルギスは、持っていた模擬剣をバルドフへ預けて鍛錬場の出口へと歩き出す。


 やがて、鍛錬場の出口までやってくると、バルドフはピタリと足を止めた。


 

「……では、己はこれで失礼いたします」



「ああ。私ももう少し公都にいる、またやろう」



 鍛錬場の中へ留まるバルドフに、アルギスは振り返って声を掛ける。


 床を見つめたバルドフは、喜びに体を震わせながら、深々と腰を折った。



「はっ!」



(エーテル量の増加か……。王都の近辺では、むしろ魔物は減ったような気がしていたんだがな)


 

 頭を下げ続けるバルドフを背に、アルギスは王都のギルドの様子を思い出しながら鍛錬場を後にする。


 違和感を感じつつも、そのまま騎士館を出ると、屋敷の裏口へと足を向けるのだった。

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