32話

 レオニードとの話し合いを終えた後。


 1人部屋を出たアルギスは、上機嫌にホールへ繋がる階段を降りていた。



(予定とはだいぶ違ったが、まあ結果的に上手くいったし良しとしよう)



「おかえりなさいませ、アルギス様」 



 アルギスが階段を降りきると、マリーはすかさずピンと伸ばした背筋を倒す。


 深々と腰を折るマリーを尻目に、アルギスはホールの隅に配置された依頼ボードへ歩き出した。


 

「マリー、1つくらい依頼をこなしていこう。元はそのために来たんだ」



「かしこまりました。どのような依頼にされますか?」



 顔を上げたマリーは、表情を明るくしてアルギスの後を追いかける。


 ややあって、依頼ボードの前で立ち止まると、アルギスは隣に立つマリーへ顔を向けた。



「お前が選べ。王都での成果を見せてみろ」



「っ!はい。直ちに」



 ニヤリと笑うアルギスの言葉に、マリーは表情を引き締めながら、前に進み出る。


 そして、目を皿のようにして、多種多様な依頼が貼られた依頼ボードを確認し始めた。



(随分と悩んでいるな……)


 

 しばらく経っても、アルギスの目の前では、依然マリーが依頼ボードと睨めっこをしている。


 ウンウンと唸りながら依頼書を取っては戻すマリーに、アルギスは痺れを切らして声を上げた。

 


「まだ、決まらないのか?」



「申し訳ございません。しかし、王都に比べて依頼の数が多く……」



 苛立ちを滲ませるアルギスに、マリーはへ向き合って、申し訳なさそうに眉を顰める。


 マリーの返事に違和感を覚えたアルギスは、振り返って公都のギルドホールをぐるりと見回した。



(……王都のギルドより活気があるのは、気のせいではなかったのか?) 



 王都よりもやや狭いギルドホールには、今も冒険者たちの笑い声が響いている。


 アルギスが訝し気にホールを眺めていると、マリーはついに1枚の依頼書を手に、コクリと頷いた。



「これ、ですね」



「ほう、見せてみろ?」



 ホールから目線を戻したアルギスは、差し出された依頼書を受け取る。


 ざらざらとした質感の分厚い羊皮紙には、丁寧な文字で書かれた依頼と地図が記されていた。


 

――――――――

 


〚急募:ジャイアント・ラットの討伐〛

 

貢献度:3

依頼主:ケール村

報酬:5万F

等級:一星級

場所:ケール村周辺の森

備考:村の周辺にいるジャイアント・ラットの討伐をお願いします。詳しくは村長の家まで。

 


――――――――



「……なんだ、これは?」



「アルギス様、これが一星級の受注できる難易度が高い依頼の中で、最も距離の近い依頼になります……」



 不満げに依頼書から顔を上げるアルギスに、マリーは体を小さくして頭を下げる。


 出鼻を挫かれたアルギスは、再度依頼書に目を落として、がっくりと肩を落とした。



「はぁ……」



「申し訳ありません」



 アルギスが大きなため息をつくと、マリーは悔し気に一層深く腰を折る。


 しかし、謝罪を止めるようにマリーの肩を掴んだアルギスは、そのまま顔を上げさせた。



「やめろ、無用の謝罪は不快なだけだ。……行くぞ」



「は、はい。かしこまりました」 


 

 突き刺すような視線に動揺しつつも、マリーは受付に向かうアルギスを追いかけていく。


 やがて、受付嬢の前までやってくると、アルギスは机の上に依頼書をそっと置いた。



「これを受注してくれ」



「かしこまりました。お二人はパーティでよろしいでしょうか?」



 依頼書を差し出された受付嬢は、額に汗を浮かべながら、アルギスとマリーを見比べる。


 顔を青くする受付嬢に、アルギスは気づく様子もなく、首を縦に振った。



「ああ、それで構わない」



「では、冒険者証の確認を……受注されました。仮に失敗した場合もご報告ください」



 2人の冒険者証を受け取ると、受付嬢は急き込むように金属製の箱に翳す。


 返された冒険者証を2枚とも受け取ったアルギスは、1枚をマリーに返しながら口角を上げた。


 

「久々の遠征だ。のんびりといこう」 



「はい!」



 ホールの出口へと足を向けるアルギスに、マリーもまた、満面の笑みを浮かべながら歩き出す。


 揃ってギルドを出ると、2人は楽し気に公都の通りを進んでいった。


 

 


 ギルドを出て数時間が経った頃。


 幽闇百足に腰を下ろしたアルギスは、目を細めながら、遠目に見える森を眺めていた。

 


(昔、遠征に来ていた森か……懐かしいな)



 ジリジリとした太陽に照らされた森は、4年前と変わらず、穏やかに揺れている。


 やがて、ケール村を囲む柵が見え始めると、アルギスは後ろに座るマリーへと顔を向けた。


 

「ここから先は徒歩で行くぞ」



「はい」



 マリーが頷いた瞬間、2人を乗せていた幽闇百足は霧へと戻っていく。


 ふわりとした浮遊感の後、2人は地面へ足を降ろした。



「さて、村長の家は分かっているな?」



「はい。こちらに」



 アルギスが村の入り口を見据えると、マリーは先導するように前を歩き出す。


 慣れた様子で影から依頼書を取り出すマリーに、アルギスは満足げ笑みを浮かべながら後を追いかけた。



(王都で冒険者活動をさせていたのも、無駄ではなかったようだ)



 普段とは対照的な位置取りで足を揃えた2人は、真っすぐに村の入り口へと近づいていく。


 すると、簡素な木製の門を守るように立っていた村人は、怯えた表情で2人に声を掛けた。



「この村に、どういったご用件で?」



「ご安心ください。冒険者としての依頼で参りました。……こちらを」



 じろじろと見つめる村人に、マリーは穏やかな笑みを浮かべながら、持っていた依頼書を差し出す。


 警戒しつつも依頼書を受け取った村人は、記載されている内容を確認してホッと表情を緩めた。


 

「これは……失礼しました。どうぞ」 



「いえいえ。では」



(うーむ。思っていた以上に馴染んでいるな……)


 

 小さく頭を下げて門をくぐるマリーに、アルギスもまた、釣れられるように村の中へと入っていく。


 木製の家が立ち並ぶ村へと足を踏み入れた2人は、目を白黒させる村人の間を抜け、村長の家へと向かっていった。



「失礼いたします。冒険者としての依頼で参りました」



 ややあって、金属で補強された木製の家までやってくると、マリーは軽くドアを叩く。


 すると、バタバタという足音と共に、皺だらけの顔に笑みを湛えた老人が扉から顔を覗かせた。


 

「これは、これは!ケール村の村長をしております、ダガンと申します……?」



 マリーとアルギスの姿を見たダガンは、一転して言葉を尻すぼみに小さくする。


 一方、依頼書を手にしたマリーは、ニコニコと微笑んだまま、小さく頭を下げた。



「初めまして、マリーと申します。こちらは……」



「……ああ、私はアルギスだ」 


 

 顔を上げたマリーがチラリと目線を送ると、アルギスは肩を竦めながら、思い出したように口を開く。


 未だ上機嫌なアルギスにホッと息を吐きつつ、マリーは持っていた依頼書をダガンに差しだした。

 


「こちらの依頼を出したのは、この村でよろしいでしょうか?」



「はい。確かにそうですが……よろしいので?」



 依頼書を確認したダガンは、再びマリーとアルギスの姿を見比べる。


 不安げに目線を動かすダガンに、アルギスは堪えきれなくなったように、マリーの前へ進み出た。



「構わん。それよりもジャイアント・ラットがどこにいるのか、さっさと教えろ」



「か、かしこまりました。……では、こちらへどうぞ」



 眉を顰めるアルギスに、ダガンは顔を青くして、ドアを開けながら外へ飛び出す。


 そして、入り口を入ってすぐの椅子に2人を案内すると、年季の入った机を挟んで向き合った。



「実は、村の畑にまで入り込むジャイアント・ラットが増えておりまして……」



(ジャイアント・ラット如きで依頼を出すのは、不自然だと思っていたが……やはり、大陸のエーテルが増えているのは事実のようだ)



 ダガンの話によれば、村で栽培している植物がジャイアント・ラットに食い荒らされていることが増加している。


 そして、栽培している植物は、貴重な資金源であることから、このままでは村の運営に差し障るというのだ。



「それで上位種がいるだろうと、ギルドに依頼したという訳なんです」



「話は理解した。ジャイアント・ラットの上位種を討伐したら、また来る」



 ダガンの話を聞き終えたアルギスは、机に手をついて席を立つ。


 アルギスが事も無さげに了承すると、ダガンは勢いよく立ち上がって頭を下げた。

 


「ありがとうございます!」



「マリー、行くぞ」



「はい」 



 後ろに控えていたマリーは、家を出ようとするアルギスを追い抜いて、すばやく出口の扉を開く。


 連れ立ってダガンの家を後にすると、2人はジャイアント・ラットが頻繁に出現するという森の境目まで向かっていった。


 

「通常のジャイアント・ラットもいるだろうからな。露払いは任せるぞ」



「っ!お任せください……!」


 

 森へと向かう道中、呟かれたアルギスの指示に、マリーは手に持った短剣をギュッと握りしめる。


 やがて、2人が森の外周へと辿り着くと、すぐさま、1メートルはあろう灰色のネズミが姿を現した。


 

「ヂィィィ」



「――我が影よ、暗き輝きを以て、刃に宿れ。瞬影刃」



 鋭い牙を覗かせながら辺りを見回すジャイアント・ラットに、マリーは影を纏った短剣で切りかかる。


 数十センチ程しかなかったはずの短剣は、ジャイアント・ラットに突き刺さると、抵抗もなく首を切り落とした。



「ヂ……」



「ふぅ……」 


 

 影を纏った短剣を引き抜いたマリーは、安堵の息をつきながら顔を上げる。


 そして、それからしばらくの間、時折現れる通常のジャイアント・ラットを切り伏せながら進んでいった。



「ヂィィィ……」



 幾度目になるかわからないジャイアント・ラットの断末魔が森に響き渡る。


 ジャイアント・ラットの死体を影に仕舞ったマリーは、残念そうな表情で顔を上げた。



「……いませんね」



「そうだな……」



 ボソリと呟くマリーに、アルギスは森の外周を見回しながら言葉を返す。


 すると、森の奥を見据えていたマリーは、訝し気な表情で草陰を指さした。



「アルギス様、あれでは?」



「ん……?」



 肩に触れられたアルギスは、背の高い植物が生い茂った草陰をじっと見つめる。


 マリーの指さす草陰には、確かに通常のジャイアント・ラットとは異なる筋肉質なネズミが、身を低くして様子を窺っていた。



「やっと見つけたか。よくやった」



「ありがとうございます」 



 上位種を見つけたことにアルギスが機嫌をよくすると、マリーもまた、花が咲くような笑みを浮かべる。


 すぐに表情を引き締めた2人は、武器を手に、油断なく上位種へと近づいていった。


 

「ヂイィィィ!」



 しかし、近づいてくる2人を威嚇するように、上位種はけたたましい叫び声を上げる。


 次の瞬間、ジャイアント・ラットが次々に森の中から飛び出してきたのだ。



「チッ!面倒くさい。アルギス様、お下がりください」 



「……いや、私が終わらせよう。来い、”殉難王骸”」



 切りかかろうとするマリーを差し止めたアルギスは、辺りを覆うほどの黒い霧を噴き出す。


 直後、漂う霧を振り払うように、背中を丸めた巨体の骸骨が姿を現した。



「ギギィ……」



「今ならスキルが使用できるだろう。やれ、殉難王骸」



 ジャイアント・ラットの群れと向き合ったアルギスは、背後に控える殉難王骸へ命令を下す。


 ギシギシと不快な音をたてながら前に進み出ると、殉難王骸はアルギス同様、黒い霧を体から溢れさせた。



「――ギギギィ」



 殉難王骸の耳障りな声と同時に、黒い霧は地面を伝ってジャイアント・ラットたちの方向へ別れていく。


 程なく、全てのジャイアント・ラットの前にとどまると、漆黒の鎧を輝かせる騎士のような死霊へ姿を変えた。



(これが、ノーライフキングのスキルか……《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ) 



 ジャイアント・ラットと向き合う死霊の姿に、アルギスは楽し気に口元を吊り上げながら、スキルを使用する。


 待ちきれないとばかりに手をすり合わせるアルギスの前に、騎士のような死霊のステータスが表示された。



――――――――



【種族】

 亡霊勇士

【状態異常】

・なし

【スキル】

・剣術

・瘴気吸収 

【属性】

  闇

【魔術】

・破壊系統



――――――――



(なるほど、さて性能はどうだ?)

 


 ステータスから顔を上げると、アルギスはジャイアント・ラットの逃げ道を塞ぐ亡霊勇士へ目線を移す。


 すると、一斉に剣を抜いた亡霊勇士は、凄まじい速度で目の前のジャイアント・ラットへ剣を振り下ろした。


 

「ギギギギ……!」


 

「ヂィ……!」



 上位種を含むジャイアント・ラットの群れは、一刀の下に首を落とされる。


 少しの間、満足げに様子を眺めていたアルギスは、しばらしくても動き出そうとしないマリーに眉を顰めた。



「何をしている。さっさと死体を仕舞え」



「し、失礼いたしました」



 茫然と目を見開いていたマリーは、ハッと我に返って、影に死体を仕舞っていく。


 やがて、マリーが全ての死体を仕舞い終えると、アルギスは軽い足取りで歩き出し

た。


 

「よし。では、村に戻るぞ」



「……かしこまりました」



 黒い霧へ戻っていく殉難王骸と亡霊勇士を尻目に、マリーはそそくさとアルギスの後を追いかけていく。


 徐々に日も傾き始める中、2人はダガンの待つケール村へと戻っていった。

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