30話

 禁忌の霊廟を出て10日目の昼下がり。


 予定より遅れたものの、公都へと到着したアルギスは、ガタガタと揺れる馬車の窓から、エンドワース邸の建つ丘を眺めていた。



(つい最近まで住んでいたはずだが、随分と昔に感じるな……)



 アルギスが外の景色を懐かしんでいる間にも、馬車は公都の門をくぐり、屋敷へ向かって大通りを進んでいく。


 やがて、城壁の門扉が近づいてくると、アルギスは窓から目線を外して、ため息をついた。



「やっと、到着したか」



「はい。ご無事の到着をお慶び申し上げます」



 疲れた表情で首を回すアルギスに、マリーは目を細めながら頷きを返す。


 対照的な表情を浮かべる2人を乗せた馬車は、庭園を抜けて屋敷へと向かっていった。



(そろそろ、用意をしておくか)

 


 先触れの騎士が横を通り過ぎていく中、アルギスは拡張バックから、精緻な金の透かし細工がされた革の書類ケースを取り出す。


 程なく、屋敷の前で動きを止めた馬車の扉が開かれると、ジャックの穏やかな笑みが目に入った。



「お帰りなさいませ、アルギス様」



「ああ、今戻った」



「……お疲れとは思いますが、部屋に来るように、と旦那様からの伝言でございます」



 馬車から降りたアルギスへ頭を下げたジャックは、心苦しそうな口調で口を開く。


 遠慮がちに顔を上げるジャックを尻目に、アルギスは書類ケースを小脇に抱えて玄関口へと歩き出した。



「このまま向かう」



「かしこまりました」



 屋敷へと足を踏み入れた2人は、頭を下げる使用人たちの間を抜け、回廊を進んでいく。


 そして廊下へと足を進めると、真っすぐに2階へと登る階段へ向かっていった。



 それから、2階の廊下を歩くこと数分。


 執務室の目の前までやってきたジャックは、アルギスの前へ進み出て、音もなく扉を開けた。



「どうぞ」



「ああ」


 

 身だしなみを整えたアルギスは、ジャックの開けた扉をくぐり、執務室へと入っていく。


 実に5ヶ月ぶりとなる執務室では、ソウェイルドが上機嫌に椅子へもたれかかっていた。


 

「久しいな、アルギス。まずは王都からの帰還、ご苦労」



「はい。父上もご壮健なようで何よりです」

 


 楽し気に口元を吊り上げるソウェイルドに、アルギスは真面目くさった表情で頭を下げる。


 ややあって、アルギスが顔を上げると、ソウェイルドは指を組んで机に身を乗り出した。



「うむ。しかし、少々到着が遅れたようだが、何か問題でもあったか?」



「いえ……ですが、こちらを」


 

 ピクリと眉を上げたアルギスは、遠慮がちに持っていた書類ケースを机に置く。


 口を閉じて机から離れるアルギスに、ソウェイルドは訝し気な目線を向けながら、書類ケースを取り上げた。



「これは?」



「国王派の動きについて。気にしていらっしゃったようなので、私なりに調べておりました」



 ソウェイルドが書類ケースに目線を落とすと、アルギスは努めて冷静に報告書の内容を伝える。


 想定外の返答に、これまで眉間に皺を寄せていたソウェイルドは、目を見開いて血相を変えた。



「なにっ!?」 


 

(この食いつきようか。……ペレアスに褒美をやらなくては)



 嬉々として書類ケースを開けるソウェイルドに、アルギスは内心で顔を顰める。


 やがて、報告書を読み終えたソウェイルドは、満足げな表情で机にしまい込んだ。


 

「こういうことならいい。……では、学院での成果をお前の口から聞かせてくれ」



「はい。それでは――」


 

 満面の笑みを浮かべて言葉を待つソウェイルドに、アルギスは学院での生活について静かに語り始める。


 しばらくしてアルギスがレベッカを下したことを伝えると、ソウェイルドは露骨に表情を明るくした。



「そうか。よくやったぞ」 



(……やはり、英雄派とも仲は悪そうだ)


 

 報告を終えたアルギスは、歪みそうになる顔を隠すように無言で頭を下げる。


 しばしの沈黙の後、アルギスが顔を上げると、ソウェイルドは小さく息をついて、途端に険しい表情を浮かべた。



「良い報せの後で聞くのは心苦しいが、お前はパーティへの参加を嫌っているそうだな?」



(国王派の情報だけでは誤魔化しきれなかったか……)



 声のトーンを落とすソウェイルドに、アルギスは冷や汗をかきながら目線を彷徨わせる。


 部屋に再び沈黙が広がる中、ソウェイルドは目頭を押さえながら大きなため息をついた。



「はぁ……無能と関わりたくない気持ちも分かるが、せめて派閥のパーティくらいは参加しろ。いいな?」



「……承知、しました」



 傲慢な物言いに辟易しつつも、アルギスは諦めたように首を縦に振る。


 すると、ソウェイルドは鷹揚に頷きながら、表情を穏やかなものへ戻した。



「差し当たっては来週、お前の生誕を祝ってパーティを開く。楽しみにしておくといい」



「はい。是非に」



 上機嫌な様子のソウェイルドに、アルギスはぎこちない微笑みを返す。


 しばらくの間、アルギスを見つめていたソウェイルドは、机の書類に目線を落としてヒラヒラと手を振った。


 

「では、話は以上だ。もう下がって良いぞ」



「失礼いたします」



 粛々と頭を下げたアルギスは、執務に戻るソウェイルドへ背を向ける。


 そして、がっくりと肩を落としながら、カリカリとペンの音が響き始める執務室を出ていった。



(……夕食までもう少しあるな)



 アルギスが扉を開けた先の廊下には、来たとき同様、ギラギラとした太陽の光が差し込んでいる。


 足早に自室へと戻ったアルギスは、疲れ切った表情でソファーへ腰を下ろした。



(一先ず、難は逃れたんだ。少しだけ休憩しよう……)



 目を閉じたアルギスがパタリと横に倒れ込むと、間もなく部屋にはスヤスヤと寝息が聞こえ始める。


 結局、夕食の時間を過ぎても、アルギスが目を覚ますことはなかった。




 陽の光に満ちていた公都が暗闇に染まりきった頃。


 パチリと目を開けたアルギスは、伸びをしながら体を起こした。



「……寝入ってしまったな」



 アルギスが壁際の魔道具を見上げると、時刻は既に日付を回り、真夜中となっている。


 そのまま、何とはなしに室内を見回していた時、執務机の上に置かれた拡張バックがアルギスの目に留まった。



「くわぁ」


 

 欠伸をかみ殺したアルギスは、ソファーから立ち上がって、執務机に近づいていく。


 そして、上に置かれた拡張バックを拾い上げると、中に広がる闇へと手を差し込んだ。



(”死霊王の栄冠”……移動中は試す暇がなかったな) 



 拡張バックから引き抜いたアルギスの手には、禍々しい王冠が握られている。


 暗い紫色のオーラを纏う死霊王の栄冠は、月明かりを反射して妖し気に輝いていた。


 

「地下で試してみるか」



 死霊王の栄冠から顔を上げたアルギスは、軽い足取りで部屋を出ていく。


 やがて、人気のなくなった廊下を抜けると、鍛錬場のある地下へと階段を降りていった。



(ゲーム内と、そもそも別のアイテムなのか?いや、それにしては一致する点が多すぎる……)



 地下の通路を歩くアルギスの脳内に、様々な考えが浮かんでは消えていく。


 考え込みながらアルギスが足を進めていると、目の前にはいつの間にか鍛錬場の扉が現れていた。


 

「……一応、奥でやろう」



 鍛錬場の扉を開けたアルギスは、鉱石の灯りに照らされた薄暗いホールを進んでいく。


 やがて中心で腰を下ろすと、死霊王の栄冠を地面に置いて、ゆっくりと目を瞑った。



「――我が闇の力を以て、仮初の命と為す。死霊作成」



 術式の完成と同時に、黒い霧に包まれた死霊王の栄冠は、紫と黒の混ざり合う不気味な光を放ち始める。


 仄暗い光が徐々に輝きを増す中、アルギスの体からは、通常の死霊作成と比べ物にならない量の黒い霧が吹き荒れた。



(期待外れでなければいいが……)


 

 辺りを包み込む黒い霧が死霊王の栄冠へと集まる様子に、アルギスは訝し気な表情で目を細める。


 直後、黒い霧を吸い込んだ死霊王の栄冠は、薄暗い鍛錬場にカッと眩い輝きを放った。



「っ!?」 



 じっと死霊王の栄冠を見つめていたアルギスは、目の前を白く染める閃光に思わず顔を背ける。


 ややあって、アルギスが目線を戻した先には、見慣れた巨大な骸骨が上品な赤いマントをたなびかせていた。



「ノーライフキングを作成できるアイテムだと……?こんなものが、他にもあるのか?」



 目の前に立つノーライフキングの姿に、アルギスは目を剥いて茫然と呟く。


 しかし、気を取り直すように首を振ると、次なる呪文を詠唱し始めた。



「――闇の力を以て、汝が偽りの魂を拘束する。死霊契約」



「ギ、ギ、ギィギギィ……!」 



 再び黒い霧が包み込むと、ノーライフキングは藻掻き苦しみながら倒れ込み、大きく姿を変えていく。


 頭に載せた王冠からはスパイクが生え、上品だった赤いマントは裾をボロボロと朽ちさせながら黒く染まっていった。



「ギギィ……」



 しばらくして黒い霧が晴れると、ノーライフキングは変わり果てた姿で、ゆっくりと立ち上がる。


 不自然なほど背中を丸めてなお2メートルを超える巨体には、骨に皮が張り付いただけの長い腕がぶらりと垂れさがっていた。


 

「……毎度思うが、勝手に姿を変えないで欲しいものだ」


 

 一層不気味さを増した外見に眉を顰めつつも、アルギスは久しく取り出していなかった”血統魔導書”を体から取り出す。


 自動的にパラパラとページの開かれた血統魔導書には、新たに契約した死霊が記載されていた。



――――――――



【契約死霊】

 殉難王骸

【状態異常】

・なし

【スキル】

・不滅の王権

・瘴気吸収

・詠唱省略 

【属性】

  闇

【魔術】

・破壊系統 

・使役系統 

・補助系統

 


――――――――



(幾度も全滅させられた相手だが、こうして詳細を見られるとはな)

 


 ”殉難王骸”のステータスに、アルギスはゲーム内でのノーライフキングを思い出し、懐かし気に目を伏せる。


 程なく、顔を上げたアルギスがスキル欄に触れると、血統魔導書にはスキルの詳細が表示された。



――――――――



・不滅の王権:作成された死霊の位階を上昇させる。ただし、一度に作成できる死霊の数は敵の数以下となる。


・瘴気吸収:周囲で消滅した死霊の瘴気を吸収する。


・詠唱省略:消費魔力量を増加させることで、詠唱時間を短縮し、術式の発動速度を向上させる。



――――――――



(瘴気吸収……こんなのまで持っていたのか?ゲームでは、やたらしぶといと思っていたが……)


 

 スキルの詳細を確認したアルギスは、苦々しげに顔を歪める。


 ややあって、血統魔導書を体へ戻すと、一転して楽し気に両手をすり合わせながら、殉難王骸を見上げた。


 

「まあいい。では、試してみるとするか」



「――ギギギィ」



 アルギスの命令に従い、殉難王骸が不愉快な声を上げると、周囲は黒い霧で埋め尽くされる。


 しかし、黒い霧が形を成した死霊は、アルギスもよく知る、漆黒のスケルトンだった。


 

「……敵がいない時は、発動しないみたいだな」



 期待外れの結果に、アルギスはため息をつきながら、がっくりと肩を落とす。


 不満げに表情を曇らせつつも、再度、殉難王骸を見上げた。



「……破壊系統はどうだ?」



「――ギィ」



 アルギスの命令で指先に灰黒い魔力を宿らせた殉難王骸は、間もなく、鍛錬場の壁際に置かれた的へ破壊魔術を放つ。


 すると、魔術は真っすぐに伸び、一瞬の抵抗もなく的の中心をくり抜いた。



「破壊系統の術式は使えるな……近いうちに、ギルドにでもいってみるか」



 中心から広がった罅によって崩れ落ちる的をよそに、アルギスは1人明るい口調で呟きを漏らす。


 そして、殉難王骸を送還すると、クツクツと楽し気な笑い声を上げながら鍛錬場を後にするのだった。

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