29話
マリーと騎士の姿が消え去った後。
安堵の息をついたアルギスは、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「さて、これで用意は出来たな」
「ギィギギ……?」
逃げる気配のないアルギスに、ノーライフキングは軋むような音をたてながら首を傾げる。
ニヤリと口角を吊り上げたアルギスは、辺りを覆い隠すように、体から黒い霧を噴き出した。
「来い、”獄門羅刹”」
アルギスが名を呼ぶと同時に、黒い霧は一点に集まり、巨体を成し始める。
やがて、黒い霧が晴れると、首の無い漆黒の西洋鎧が、身の丈ほどもある湾刀を手に、片膝立ちでしゃがみ込んでいた。
「…………」
「――ギギギィ」
刀をスラリと抜いて立ち上がる獄門羅刹に、ノーライフキングは警戒を露にしながら、先ほど同様紫色の魔力を噴き出す。
しかし、姿を現した紫鎧の骸骨の数は、先ほどと異なり、たったの1体だけだった。
「やはり、貴様が召喚できる”近衛”の数は、敵の人数に制限されているようだな」
獄門羅刹と紫鎧の骸骨が切り結び始めると、アルギスは立ち竦むノーライフキングの姿に、クツクツと楽し気な笑い声を漏らす。
『救世主の軌跡』におけるノーライフキングは、遭遇した時点で、パーティメンバーの数だけ”近衛”と呼ばれる強化された死霊を召喚してきた。
ゆえにアルギスが恐れていたのは、ノーライフキング本体ではなく、複数体の近衛による波状攻撃だったのだ。
「死霊がパーティ扱いなら逃げ道を探す必要があったが……賭けに勝ったな」
誰にともなく呟いたアルギスは、近衛の鎧ごと腕を斬り飛ばす獄門羅刹に目を細める。
間もなく首を落とされた近衛が魔力へ戻ると、ノーライフキングは慌てたようにアルギスへ指を向けた。
「ギギギッ?――ギィ!」
「幽闇百足」
灰黒く光る指先を見たアルギスは、小さな呟きと共に体から黒い霧を噴き出す。
すると次の瞬間、周囲を覆う黒い霧の中から幽闇百足が飛び出した。
「チチチィィ!」
アルギスを守るように姿を現した幽闇百足は、ノーライフキングの魔術を淡く輝く甲殻で弾き返す。
身を伏せた幽闇百足が音もなく足元へ這い寄ると、ノーライフキングは再び体から紫色の魔力の溢れさせた。
「――ギギギィ」
「……獄門羅刹」
形を成し始める近衛に、アルギスはうんざりした表情で獄門羅刹を使役する。
アルギスの後ろに控えていた獄門羅刹は、再び刀を抜いて、近衛に斬りかかった。
「…………」
「ギィッ……!」
獄門羅刹が袈裟懸けに刀を振り下ろすと、姿を現したばかりの近衛は、体が斜めにずれていく。
たちまち魔力に戻る近衛を尻目に、アルギスは幽闇百足に巻き付かれたノーライフキングへと近づいていった。
「……初めて数で有利を取ったな」
「ギギ、ギギィッ!」
幽闇百足にメキメキと音をたてて締め上げられたノーライフキングは、必死で藻掻きながら抵抗する。
しかし、足をもつれさせるようにバランス崩すと、両膝をついてしゃがみ込んだ。
「ギィィィ……」
「まあ、本体のみの純粋な戦闘能力ならこの程度か」
むき出しとなった首に、アルギスは魔力で強化した剣を振り下ろす。
首を断ち切られたノーライフキングは、王冠と魔石を残して、全てが灰となり消えていった。
(それにしても、ドロップ品まで同じか……この王冠、手に入れても特になにも起きないからな)
灰に埋もれる巨大な魔石を掴んだアルギスは、不満げな表情で隣に落ちている王冠を見つめる。
ノーライフキングを倒すと手に入る王冠は、”死霊王の栄冠”と呼ばれ、物々しい見た目と入手難易度に反して換金以外の用途がないアイテムだった。
「はぁ……骨折り損のくたびれ儲けとは、よく言ったものだ」
指に引っ掛けるように王冠を拾い上げたアルギスは、すっかりお馴染みになったため息をつきながら禁忌の霊廟を後にする。
やがて、アルギスが墓地を抜けると、側に馬車の停まったテントから涙目のマリーが駆け寄って来た。
「アルギス様!ご無事でしたか!?」
「……ああ、大丈夫だ」
慌ただしく詰め寄るマリーに眉を顰めつつも、アルギスは肩の力を抜いて頷き返す。
呆れ交じりの目線に気が付いたマリーは、恥ずかし気に頬を赤らめながら腰を折った。
「失礼いたしました……」
「構わん。それよりも、傷を負った騎士はどうなった?」
首を横に振ったアルギスは、マリーの横を通り過ぎて拠点へと歩き出す。
アルギスの後を追いかけるようにくるりと身を翻すと、マリーもまた、静々と歩き出した。
「ご案内いたします」
(……さて、また問題発生だ。どう誤魔化すべきか)
ノーライフキングに貫かれた騎士と鎧に、アルギスは暗澹たる気持ちでマリーの案内についていく。
しばらくして、マリーとアルギスのやってきたテントでは、未だ顔色の青い騎士が椅子に腰かけて休息を取っていた。
「っ!申し訳ありません……!」
「気にするな。お前を死なせては、私がバルドフに顔向けできん」
立ち上がろうとする騎士を椅子に留めたアルギスは、穏やかな笑みを浮かべながら首を振る。
寛容なアルギスの態度に、騎士は目を見開いて茫然と椅子に腰を下ろした。
「ですが、よろしいので……?」
「ああ、もう終わったことだ。今は休め、しばらくしたら出発するぞ」
なおも笑顔で頷いたアルギスは、フラフラと立ち上がって頭を下げる騎士に背を向ける。
そして、そのままテントを出ると、立ち止まって、後ろに付き従うマリーへ声を掛けた。
「お前は奴が回復を終えたら報告に来い。……時間がかかるようなら、渡しておいたポーションを使って構わん」
「かしこまりました。そのように」
指示を受けたマリーは、深々と腰を折って、テントの中に戻っていく。
一方、マリーと別れたアルギスは、拠点の中心に停められていた馬車へと向かっていった。
(騎士への口止めはペレアスに任せたつもりだったが、これではな……)
程なく馬車に乗り込んだアルギスの心中には、得も言われぬ焦りが沸き上がる。
しばらくの間、アルギスが頭を悩ませていると、静かに開いた扉の奥に、マリーが顔を覗かせた。
「アルギス様、出立のご用意が整いました」
「……ああ。そうだな、では行くとしよう」
思考を切り上げたアルギスは、対面に腰かけるマリーへ首肯する。
すかさずマリーが御者に指示を伝えると、アルギス達一行は、再び空間へ溶けていく禁忌の霊廟を背に、公都を目指して走り出すのだった。
◇
禁忌の霊廟を出て数日が経ち、公都への道のりも半ばまでやってきた頃。
夕暮れが木々の並ぶ草原を照らす中、アルギスは中心に張られた巨大なテントで1人椅子に腰かけていた。
「来たか」
アルギスが呼んでいた本から顔を上げると、テントの出入り口が小さく揺れる。
少しの間が空いて、数枚あるカーテンのようなベールを左右に開いたペレアスは、アルギスの前に片膝をついた。
「お呼びだとか?」
「ああ、明日は夜明けと同時にここを出発する」
ペレアスに頷きを返したアルギスは、無表情で淡々と明日の予定を伝える。
やがて、アルギスが口を閉じると、ペレアスは立ち上がって頭を下げた。
「かしこまりました」
「待て……例の件、無しにしても構わん」
テントを出ようとするペレアスの背中に、アルギスは苛立ち交じりに吐き捨てる。
出口へ向かう足をピタリと止めたペレアスは、血相を変えて後ろを振り返った。
「これは異な事を。なにか、ございましたか?」
「鎧があれ程損傷しては、誤魔化すのも難しいだろう。それに、奴が報告すれば終わりだ」
ペレアスが再び近づいてくると、アルギスは諦めたように首を振って見せる。
不満げな表情を隠そうともしないアルギスに、ペレアスは顎に手を当てて目線を彷徨わせ始めた。
「ふむ……では、信頼を得るためにも、一応正直にお答えしましょう。問題ございません」
「なに?どういうことだ?」
ペレアスの言葉を聞いたアルギスは、一層顔を歪め、怒りを滲ませる。
アルギスの視線に顔色を悪くつつも、ペレアスは穏やかな笑みを浮かべた。
「1つ、エンドワース騎士団の鎧には、術式が付与されておりますので、傷はじき修復されます」
(確かに、それなら問題ない……しかし、なぜ俺は鎧を鑑定しなかったんだ?)
新たに頭をもたげる疑問に、アルギスは口元に手を当てながら黙り込む。
しばしの沈黙の後、顔から手を降ろすと、気持ちを切り替えるように口を開いた。
「……なるほど。それで、奴の報告はどうする気だ?」
「彼はテントまでいらっしゃったアルギス様に大層感激していたようですから……こちらも問題ないかと」
感動する騎士の姿を思い出したペレアスは、アルギスの問いかけに肩を竦める。
呆れ交じりのペレアスをよそに、アルギスは目を伏せながら考え込んだ。
「……情報提供、ご苦労。下がって良いぞ」
「いえいえ、では私はこれで失礼いたします」
ヒラヒラと手を振るアルギスに、ペレアスは再度頭を下げて、テントを去っていく。
しばらくして、1人きりになったアルギスは、拡張バックから”死霊王の栄冠”を取り出した。
(……《傲慢の瞳》よ、詳細を表示しろ)
違和感を感じつつもアルギスがスキルを使用すると、目の前には”死霊王の栄冠”の詳細が表示される。
しかし、表示された内容は、アルギスが知るものとは似ても似つかないものだった。
――――――――
『死霊王の栄冠』:《傲慢の瞳》により、この死霊王の栄冠は素材であると判明。
この素材は死霊作成、及び錬金術に使用できる。
――――――――
「なんだと!?」
表示された内容に目を剥いたアルギスは、思わず口から引きつれた叫びが零れる。
困惑と驚きをない交ぜにしたアルギスの声がテントに響くと、マリーが入り口のベールを開いて中を覗き込んだ。
「アルギス様、どうかなさいましたか?」
「……いや、なんでもない」
不安げな表情でテントを見回すマリーに、アルギスは冷や汗を流しながら、咄嗟に死霊王の栄冠を背中に隠す。
そして訝しみつつもマリーが入り口から離れると、手に持った死霊王の栄冠にじっと目を落とすのだった。
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