21話

 休日を挟み、週が明けた初日の夕暮れ時。


 教室の椅子に腰かけたアルギスは、つまらなそうに頬杖をつきながら講義を受けていた。



(……退屈だ)



「えぇ要するに、使役系統における使役魔物の作成とは――」 


 

 ぐったりとするアルギスの目線の先では、今もローブを纏う男が黒板を背に講義を進めている。


 淡々と続いていく講義に、アルギスは閉じそうになる目を擦りながら眠気と戦っていた。


 

「ふわぁ……」



「随分と忙しそうにしているな、エンドワース君。では、そんな君に、この問題を答えて貰おうか」 



 欠伸を繰り返すアルギスに気が付いた講師は、意地の悪い笑みと共に背後の黒板を指さす。


 唐突な指名に周りの生徒たちの視線が集まる中、アルギスは音もなく椅子から立ち上がった。



「使役系統の本質は、属性魔力による瘴気の代替にある。ただし、唯一希少属性とされる――」 



「……もう、結構だ。ありがとう、エンドワース君」



 つらつらと話し続けるアルギスの声を遮ると、講師の男は面白くなさそうに教科書へと目線を落とす。


 再び始まる退屈な講義に、アルギスはため息をつきながら腰を下ろした。



(今後は本の一冊も持ってくるべきだな……ん?)



 手持ち無沙汰になったアルギスが教室内を見回していると、前の席でコクコクと舟をこぐ少女が目に留まる。


 時折揺れる金糸色の髪からは、特徴的な尖った耳が見え隠れしていた。


 

(アイツは確か同じクラスの……) 



 見覚えのある後ろ姿に、アルギスは名前を思い出そうと考え込む。


 しかし、いつまで経っても、少女の名前を閃くことは無かった。



(まあ、誰でもいいか)



 すっかり思い出すことを諦めたアルギスは、背もたれに寄りかかって目を瞑る。


 やがて、教室にベルの音が響き渡ると、講師の男は持っていた教科書をパタリと閉じた。



「――では、本日の講義はここまでとする」



「……やっと終わったか」



 待ちわびていた講義の終了に、アルギスは背筋を伸ばしながら席を立つ。


 そのままアルギスが重たい足取りで教室を出ると、廊下には壁に寄りかかって腕を組むエミリアの姿があった。


 

(エミリアが、なぜここに?)



「やあ、エンドワース。いい休日を過ごせたか?」



 教室を去る生徒の中からアルギスを見つけたエミリアは、含みのある笑みを浮かべながら声を掛ける。


 真っ直ぐ近づいてくるエミリアに、アルギスはうんざりした表情で足を止めた。



「……ああ、非常に有意義だったよ。それで、私になにか用か?」 


 

「君に、すこしばかり話があるんだ。ただ、ここだと少々問題があるので、私の部屋まで来てもらえるかな?」



 止むを得ずアルギスが質問を返すと、エミリアは張り付けたような笑みのまま、上の階を指さす。


 有無を言わせないエミリアの態度に、アルギスは眉を顰めながら口を開いた。



「拒否権は?」



「残念ながら、無い」



 きっぱりと言い切ったエミリアは、静かに首を横に振る。


 取り付く島もないエミリアに、アルギスはがっくりと肩を落とした。



「……そうか」 



「それでは、向かうとしようか」 



 くるりと踵を返したエミリアは、以降何も話さず、校舎の中を進んでいく。


 やがて教員室へ辿り着くと、アルギスを難しい顔で見つめながら椅子に腰かけた。



「さて、わざわざご足労願って申し訳ないが……早速、特別講義の一件について話を聞きたい」



「特別講義の一件?何の話だ?」



 エミリアの対面に腰を下ろしたアルギスは、片眉を上げて首を傾げる。


 机の上で両指を組むと、エミリアは怒りを抑えるように大きく息を吐いた。

 


「……君のパーティは、ルカ・ファウエル及びそのパーティメンバーのガーゴイル討伐に助力した。間違いはないか?」



「ああ、気が向いたんでな。助けたんだ」



 頬をひくつかせるエミリアに、アルギスは気にした様子もなく言葉を返す。


 すると、エミリアは眉間に皺を寄せながら身を乗り出した。


 

「ではなぜ、報告をしなかった?休日もあったはずだ」



「討伐したわけでもない魔物の報告をしろ、と?初耳だな」

 


 問い詰めるようなエミリアの口調に苛立ちつつも、アルギスは肩を竦めて薄い笑みを見せる。


 しばらくアルギスと見つめ合っていたエミリアは、目を逸らし、呆れ交じりに首を振った。

 


「……常にしろとは言っていない。だが、ガーゴイルだぞ?それも1階層にだ、異常だとは思わなかったのか?」



「思わんな。事実、私のパーティが先に遭遇していれば苦も無く討伐したことだろう」



 得意げに足を組んだアルギスは、エミリアの詰問を鼻で笑う。


 悪びれる様子の無いアルギスに、エミリアは青筋を立てながら目を細めた。

 


「ほう、ファウエル達に譲ったのにか?」



「……獲物を横から奪うほど、落ちぶれていないものでね。さて、もういいかな?」


 

 エミリアの視線を受け流すと、アルギスは平静を装って席を立つ。


 しばしの沈黙の後、エミリアは不機嫌そうにヒラヒラと手を振った。



「……ああ、もう帰ってくれて構わない」



「そうか。では、失礼」



 小さく腰を折ったアルギスは、早々にエミリアへと背を向ける。


 そして、教員室を出ると、来た時同様、重たい足取りで寮へと帰っていった。



◇ 



 静けさが街を包み込み、住民はすっかり寝静まった王都近くの小都市。


 とある屋敷で貴族然とした男とドレスを纏った少女が向かい合っていた。



「もう一度だけ聞くわ。どうなったって?」



 ソファーに腰かけた少女は、自身の爪を確認しながら不快げに足を組む。


 すると、目の前に座る男は、顔を青くして頭を下げる。



「……申し訳ございません、シェリー様。それが、残念ながら失敗したようで」


 

「ねぇ、謝って済む問題じゃないの。小型とはいえ”筐”まで出したのよ?ちょっと無能過ぎない?」


 

 背中を小さく丸める男に、シェリーは不快げに顔を歪めながら吐き捨てる。


 シェリーに睨まれた男は、慌てて顔を上げると、躊躇いがちに口を開いた。



「どうやら、標的は問題なかったようなのですが……」


 

「へぇ、じゃあ何が問題だったか教えて貰えるかしら?」



 不快げに目を細めたシェリーは、しどろもどろに話す男へ先を促す。


 シェリーに怯えつつも、男は小さな声で報告を始めた。



「詳細は分かりませんが、実は――」


 

「……エンドワースの乱入ですって?」



 男の報告を聞き終えたシェリーは、伝えられた内容に耳を疑う。


 怒りで顔を赤く染めていくシェリーに、男は頬を引きつらせながら頷いた。


 

「はい。どうやら、そのようで……」



「チッ!」



 機嫌を窺うような男を無視して、シェリーは俯きながらガリガリと爪を噛み始める。


 しばらくしてハッと目を見開くと、男を睨みつけるように顔を上げた。



「……エンドワースは、一緒に排除できないの?」



「どうでしょう……。公子だけならば、可能かもしれませんが……」


 

 シェリーの問いかけに眉を顰めた男は、腕を組んでウンウンと唸り出す。


 歯切れの悪い男に、シェリーは苛立ちを隠すことなく指でカツカツと机を叩いた。

 


「出来るか、出来ないか。はっきりして貰える?」



「あの家に手を出せば、今は公都に籠っているワイズリィを呼び寄せることに繋がりかねません。わざわざ眠っている”竜”の尾を踏むこともないかと」



 意を決したように口を開くと、男は震える声で一息に話しきる。


 しかし、黙って男の話を聞いていたシェリーは、突如どす黒い怒りを滲ませ、ビキビキと青筋を立てた。

 


「……オイ、テメェ。私の前で”竜”って言葉を出すなと、言わなかったか?ア”ァ”?」

 


「っ!申し訳ありません。失念しておりました……!」



 激高するシェリーに顔を青ざめさせつつも、男は反射的に頭を下げる。


 男とシェリーが揃って口を閉ざすと、2人しかいない部屋には、痛いほどの沈黙が満ちた。



「チッ!……次言ったら殺すから」


 

 どうにか怒りを抑え込んだシェリーは、底冷えするような低い声で釘をさす。


 流れる汗をチーフで拭う男をよそに、なおも苛立たし気に足を組み替えた。



「……勇者はどうする気なの?」 



「勇者に関しましては、既に国外への派遣が決まっておりますのでご安心ください」 



 ホッと安堵の息をついた男は、一転して表情を明るくする。


 誇らしげに胸を張る男に、シェリーもまた、小さく安堵の息をついた。


 

「そう、ならいいわ。それで、いつ頃ソラリアを出るの?」



「英雄派の動きにもよりますが……恐らくは年の終わり頃になるかと思われます」 


 

 シェリーの機嫌が元に戻ると、男は嬉々として報告を再開する。


 すると、これまでへの字に歪んでいたシェリーの口元は、一転して満足げに弧を描いた。



「それなら、計画の実行はその頃になるわね。用意を進めておきなさい」



「かしこまりました。……あの、首領は何か仰っていましたか?」 


 

 深々と頭を下げた男は、ゴクリと唾を飲みこむと、恐る恐るシェリーの表情を覗き込む。


 縋るような男の視線に、シェリーは訝し気な顔で眉を顰めた。



「首領……ああ、その件なら問題ないわ。”取引”だもの」



「あ、ありがとうございます……!」



 ややあって、シェリーがニコリと微笑むと、男は憑りつかれたような笑みを浮かべて頭を下げる。


 再び室内に沈黙が降りる中、頭を下げたまま、喜びに身を震わせていた。



「……精々、頑張って頂戴ね」


 

 席を立ったシェリーは、なおも頭を下げ続ける男を、侮蔑と憐みの混じった目で見下す。


 そして、ドレスの皺を整えると、嗚咽を零す男を1人残し、部屋を後にするのだった。

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