22話

 入学から3ヶ月が経ち、アルギスが学院での生活にすっかり慣れた頃。


 試験期間を迎えた学院の空気は、ひりついたものとなっていた。



(つい目が覚めてしまった。……今日は早めに修練場にでも行くか)



 ムクリとベットから起き上がったアルギスは、欠伸をかみ殺しながらも、素早く着替えを済ませる。


 そして、剣を手に部屋を後にすると、既にお馴染みとなった魔導昇降機へ足を向けた。



(乗り慣れたら、本当にただのエレベーターだな)



 アルギスが扉を閉めるや否やレバーを降すと、魔導昇降機はブルブルと音をたてて動き始める。


 腕を組んで壁へ寄りかかるアルギスをよそに、速度を上げながら1階へと降りていった。


 

(それにしても試験か。……講義を見るに、そう期待できそうにもないがな)



 ボンヤリと中空を眺めていたアルギスは、退屈な講義を思い出し、不満げに顔を歪める。


 ややあって、魔導昇降機が動きを止めると、ため息をつきながら扉を開けた。


 

(まあ、実技はそれなりに楽しめるだろう) 


 

 気持ちを切り替えたアルギスが廊下を進んでいくと、未だ灯りに照らされたホールでは、目の下に隈を作った生徒たちが必死で荷物を運びだしている。


 しばらくして荷物を運び終えた生徒たちは、ヨロヨロと息も絶え絶えにホールを去っていった。



「……生産職の課題も、大変そうだ」 


 

 生徒たちの様子を茫然と眺めていたアルギスは、唸るような呟きと共に寮を出て行く。


 まだ日も登らない暗がりの中、迷うことなく修練場へと向かっていった。



「こんなに先客がいるとは……」


 

 アルギスが足を踏み入れた修練場では、既に多くの生徒が汗を流しながら剣を振っている。


 居並ぶ生徒の中から必死な表情で素振りをするイリスの姿を見つけると、アルギスは手を挙げて近づいていった。


 

「相変わらず早いな、いつもこの時間にいるのか?」



「……ああ、君か」



 素振りを止めたイリスは、流れる汗を拭いながら、剣を降ろす。


 しかし、アルギスの顔を見た途端、眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「剣については済まなかった……」



「おい、いつまで言っているんだ。いい加減、会うたびに謝るのを止めろ」



 落ち込んだ様子を見せるイリスに、アルギスは顔を顰めながら、鬱陶しそうに手を振る。


 すると、目を丸くしたイリスは、口をポカンと開けて言葉を失った。



「……謝るな、と怒られたのは初めてだな」



「律儀にも限度があるだろうが、まったく」



 少しの間が空いて苦笑いを見せたイリスに、アルギスはホッと息をつく。


 そして、イリスから目線を外すと、いつもより人の多い修練場をぐるりと見回した。



「それにしても、この時間からこれほどの人数がいるとは思わなかったぞ」



「ああ、この時期はいつものことだ。……皆、クラスの昇格を目標にしている」



 釣られて修練場へ目を向けたイリスは、訳知り顔で力強く頷く。


 気迫のこもったイリスの表情に、アルギスは意外そうな顔で首を傾げた。



「お前もか?」



「いや、私はこれでも一応Sクラスだが……」



 首を横に振りつつも、イリスはどこか後ろめたそうに口を閉ざす。


 歯切れの悪い返事に眉を顰めたアルギスは、落ち込んだ様子で俯くイリスの顔を覗き込んだ。



「なんだ。その割には、随分と浮かない顔をしているな」



「……ああ。在籍している、それだけだからな」



 躊躇いがちに口を開いたイリスは、目を伏せたまま、自嘲気味な笑みを見せる。


 徐々に目を潤ませ始めるイリスに、アルギスはぎょっとして口調を和らげた。



「なんだ急に、どうした?」



「姉上は、この時期には騎士団への入団が決定していた。……卒業も首席だ」


 

 色が白くなるほど強く拳を握りしめると、イリスは震える声で話し出す。


 一方、イリスの言葉でルシアの笑顔を思い出したアルギスは、途端にげんなりとした表情に変わった。



「……何もアレと比べることは無いだろう」



「兄上も既に血統魔導書を継承し、後継者としての教育が始まっていた。……私は剣聖の出涸らしだよ」



 目の端に溜まった涙を拭ったイリスは、悲し気な微笑みと共に首を振る。


 憂鬱な雰囲気を醸し出すイリスに、アルギスは苦笑いを浮かべながら、肩を竦めた。


 

「まあ私にはよくわからんが、精々頑張れ」



「……君はワイズリィの嫡子として、重圧を感じないのか?」



 まるで他人事のようなセリフに、イリスはむっとした顔を上げる。


 しかし、一転して不機嫌そうな表情を浮かべたアルギスは、呆れ交じりに、ゆっくりと首を振った。



「父上の功績と私に何の関係がある?それに、その称号で態度を変えるのはいつも他人だ。私ではない」



「っ!そう、だな……」 



 顔色も変えず言い放つアルギスに、イリスは下唇を噛みしめながら悔し気に俯く。


 そのままイリスが黙り込むと、アルギスはため息をついて、修練場へ目線を移した。



「……せっかく2人いるんだ。模擬戦でもどうだ?」



「え?あ、ああ、私としては構わないが……」



 アルギスの提案に戸惑いつつも、イリスは顔を上げて頷く。


 修練場を眺めていたアルギスは、比較的人の少ない壁際へと足を向けた。

 


「多少狭いが、まあいいだろう。ついて来い」 



「周りには、それなりに人数がいるぞ?」 



 脇目も振らず進むアルギスに対し、イリスはキョロキョロと辺りを見回しながら、後を追いかけていく。


 やがて目的の場所までやってくると、アルギスは足を止めて、イリスと向き合った。



「どうせ、近くで模擬戦が始まればいなくなる。さっさと構えろ」



「…………」


 

 剣を向けるアルギスに、イリスもまた、無言で剣を構える。


 じっと見つめ合った2人は、体と剣を魔力で包むと、どちらからともなく斬りかかった。



「フッ!」



「ハァア!」 



 鋭く交差した2人の剣は、閃光をまき散らしながら、ぶつかり合う。


 

 それからしばらくの間、無言で剣戟の応酬を繰り返していた2人が、息を切らし始めた頃。


 アルギスの首の寸前にイリスの剣が止められる形で、模擬戦は終わりを迎えるのだった。



「ハァハァ、くそっ。……次は勝つ」



「なあ、君は死霊術の家系だろう?なぜ剣術にこだわる?」



 苛立たし気に顔を歪めるアルギスに、イリスは好奇心を含んだ口調で質問を投げかける。


 すると、息を整えたアルギスは、不敵な笑みを浮かべて、イリスの目を見つめ返した。

 


「決まっているだろう。私は欲した物を必ず手に入れる、それに生まれは関係ない」



「……ハハハ!それはまた、随分と剛毅なことだ」 



 宣言ともとれるアルギスの返答に、イリスは目元を抑えて屈託のない笑い声をあげる。


 やがてイリスがひとしきり笑い終えると、アルギスは満足げに頷いた。



「やっと、マトモな顔に戻ったな。では、私はこれで失礼する」



「あ、おい……生まれは関係ない、か」



 遠ざかっていくアルギスの背中に、イリスは我知らず反芻する。


 溢れ出すように漏れたイリスの呟きは、王都に響く鐘の音に流されて消えていった。





 燦燦と太陽の輝く、同日の昼下がり。


 昼食をとり終えたアルギスは、戦闘講義の試験のため、校舎横のコロシアムへとやってきていた。



(入学試験を思い出すな……)



 入学試験を受けたコロシアムには、今も100人近い生徒が落ち着かない様子で試験官の到着を待っている。


 アルギスが懐かし気に目を細めていると、レイチェルが剣を片手に近づいてきた。



「もし試験で当たっても、手加減はいらないわ」 



「ふむ、随分とやる気だな」



 いつになく闘志を燃やすレイチェルを、アルギスは珍しいものを見る目で、まじまじと見つめる。


 一方、緊張を抑えるように熱い息を吐いたレイチェルは、手ぶらのアルギスに首を傾げた。



「ええ、まあね。そういう貴方は大丈夫なの?」



「ああ、特に問題はないな」



 訝し気に顔を覗き込むレイチェルに、アルギスはあっけらかんと言葉を返す。


 すると、レイチェルは一度大きなため息をついて、残念そうに肩を落とした。



「……そのようね」



(なんで俺と話すと、皆元気がなくなるんだ……)



 レイチェルの姿をイリスと重ねたアルギスは、切なさを紛らわすように青い空を見上げる。


 受け入れがたい事実にアルギスが頭を悩ませていると、各々が箱を抱えた講師たちが姿を現した。



「諸君、今日は最高の試験日和だな。講師の顔ぶれがいつも通りなのはご愛嬌だ」 



 男くさい笑みを浮かべたブランドンは、AクラスとBクラスの担任講師と共に生徒たちの前に立つ。


 そして、持っていた箱を地面に置くと、真剣な表情で口を開いた。


 

「事前に告知した通り、1年の前期試験では1対1の模擬戦のみが評価の対象だ。組み合わせは今から無作為の抽選で決定する」



(やっとか。出来れば、今のルカと戦ってみたいが……)


 

 試験の規定を説明するブランドンをよそに、アルギスはコロシアムに集まった生徒を見回す。


 やがて説明を終えたブランドンが箱の蓋に手をかけると、横に立っていたBクラスの講師が耳元に顔を寄せた。



「……おっと、忘れるところだった。一応、指名制度なんてものもあるんだが――」 



 バツの悪そうな顔をしたブランドンは、頭を搔きながら説明を再開する。


 再び生徒たちが説明に耳を傾ける中、アルギスは肩で風を切りながら近づいてくるレベッカが目に留まった。



「……何の用だ?ファルクネス」


 

「私はあなたを指名するわ!アルギス・エンドワース!」


 

 目を合わせることなく尋ねるアルギスに、レベッカはすかさず試験の模擬戦を申し込む。


 ざわつく生徒たちの間を抜けると、アルギスはレベッカと共にブランドンの下へ向かっていった。



「……指名制度に拒否権は?」


 

「もちろん、断る権利はあるぞ。どうする?エンドワース」



 アルギスへ顔を向けたブランドンは、腕を組みながら返事を待ち始める。


 顔を顰めるアルギスに、レベッカはニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべて詰め寄った。

 


「ま・さ・か、逃げたりしないわよね?」



(元気なままなのは、コイツだけか……) 



 グイグイと身を寄せるレベッカに、アルギスは顔を背けながら目頭を押さえる。


 そして、しばしの逡巡の後、諦めたように首を縦に振った。


 

「……いいだろう。その挑発、乗ってやる」



「他に指名制度を利用したい者はいるか?」



 2人のやり取りを眺めていたブランドンは、手を挙げながら他の生徒たちを見回す。


 しかし、静まり返ったコロシアムに手を挙げる者は、1人としていなかった。


 

「……いないようだな。では、ファルクネスとエンドワースは抽選の間に試合を始める。2人とも学生証を預けてくれ」 



「ああ」



「ふふふ、目に物を見せてやるわ」



 ブランドンへ学生証を渡した2人は、対照的な表情でコロシアムの中心へ向かっていく。


 同時に、遠巻きに様子を眺めていた生徒たちは、講師の指示に従いコロシアムを囲む座席へ上がっていった。



「ではこれより、”Sクラス”アルギス・エンドワースと”Sクラス”レベッカ・ファルクネスの試合を始める」 



 アルギスとレベッカの間に立ったブランドンは、2人の顔を見比べる。


 緊張感を高めるレベッカをよそに、アルギスは観客席で行われている抽選に目を奪われていた。


 

(へぇ、あの箱の中身は魔道具だったか)


 

「アルギス・エンドワース!やっと、この時がきたわね!」



 アルギスと離れて向かい合ったレベッカは、鼻息荒く杖を構える。


 一方、抽選の様子から目線を外したアルギスは、ため息をつきながらレベッカへ向き直った。

 


「……さっさと終わらせよう」


 

「なによ、その態度!私だけバカみたいじゃない!」



 アルギスが疲れたように首を回すと、レベッカは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


 腹の虫がおさまらない様子のレベッカに、アルギスは不信感を湛えながら腕を組んだ。


 

「なぜ、それほど私にこだわる?正直言って、私はこの試験にもそこまでの思い入れはないぞ?」



「……大事なのは、試験なんかじゃないわ。私はあなたの家が奪ったものを取り返す、それだけよ!」



 話は終わりだとばかりに体から赤い魔力を噴き出したレベッカは、キッとアルギスを睨みつけながら再び杖を構える。


 レベッカの魔力へ呼応するように、アルギスの体からは黒い霧が揺らめいた。



「双方、用意はいいな?では――始め!」

 


 戦闘の開始に備える2人から距離を取ると、ブランドンは声を張り上げる。


 じっと睨み合っていた2人は、試合開始の宣言と同時、弾かれるように行動を開始した。



「火球!」 



(無詠唱か、さすがに前見た時のままとはいかなそうだな……)



 試合開始早々に飛び出すレベッカの火球を、アルギスは素早く距離を詰めて躱す。


 そして不敵な笑みを浮かべると、パチリと指を鳴らした。



「軍勢作成。無詠唱での術式行使は、お前だけの特権ではないぞ?」



 アルギスの体から溢れ出た黒い霧は、レベッカを取り囲むように迫る。


 次の瞬間、レベッカの背丈を超える程高く立ち昇り、大量のスケルトンへ変化し始めた。



「この程度で終わるわけないでしょ!――灼熱の炎!」



 即座に後退レベッカから溢れ出た魔力は、扇状に広がる炎へと変わり、たちまちスケルトンを焼き尽くす。


 煙と混ざり合って黒い霧へ戻っていくスケルトンをよそに、アルギスは既に次なる呪文を唱えていた。



「――闇より出でし力、拘束の術を此の身に宿し、我が敵の自由を奪いたまえ。黒鎖呪縛」

 


 アルギスから滲み出した黒い魔力は、黒い3本の鎖へと姿を変えながら、霧と煙に視界を覆われたレベッカの背後へと這い寄っていく。


 そのまま鎖に拘束されるかに思えた時、レベッカは突如地面を転がり、術式の効果範囲から抜け出したのだ。

 


「あっぶないわね!なによ、これ!?」



 やや遅れてレベッカの背後から飛び出した黒鎖は、3本全てが空を切る。


 想定外の展開に、勝利を確信していたアルギスは、目を見開いた。


 

(なに!?今、どうやって俺の魔術を察知した?……《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ)



――――――――



【名前】

レベッカ・ファルクネス

【種族】

 人族

【職業】

ウィザード

【年齢】

 13歳

【状態異常】

・なし

【スキル】

・直感

・詠唱省略 

【属性】

 火

【魔術】

・攻撃系統

・妨害系統 

【称号】

 ――



――――――――



 

(”直感”、だろうな。ゲームではただの回避率アップだったが……実際はどの程度避けてくる?)



 レベッカのステータスを確認したアルギスは、ゲームと現実の仕様の違いに目を細める。


 ややあって、ジリジリとした熱さにふと顔を上げると、膨大な魔力を杖に集めるレベッカの姿が目に飛び込んできた。



「これでもくらいなさい!――天を焦がす炎よ、その力を以て我が道を開け!紅蓮の焔!」



「……少し、油断しすぎたな」



 レベッカの杖頭で球体を成す炎に、アルギスはポツリと呟きを漏らす。


 高熱をまき散らす球体から真っすぐ伸びた熱線は、勢いを落とすことなくアルギスを飲み込むのだった。

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