20話

 ジェイクが汗だくになって広場を走り回る中。


 入り口で様子を眺めていたアルギスは、助けを呼ぶ叫び声に涼しい顔で歩き出した。


 

「行くぞ、レイチェル。そろそろジェイクが死にそうだ」



「ええ、そうね。大変だわ」 



 心急くような返事と裏腹に、レイチェルもまた、気楽な足取りでアルギスの後を追いかけていく。



 まるで散歩でもするかのように連れ立った2人は、ゆったりとルカ達の下へ近づいていった。


 

「なにやら、面白そうなことをやっているじゃないか。私も混ぜてもらおう」



「……アルギス・エンドワース!」

 


 アルギスの軽口に振り返ると、レベッカは目を血走らせて鋭い視線を飛ばす。


 一方、レベッカにつられて振り返ったルカ達は、近づいてくる2人に目を剥いていた。


 

(……なぜ助けたのに、そんな目で見られるんだ)


 

 訝しむような視線に、アルギスはげんなりとした表情を浮かべる。


 しかし、すぐに気持ちを切り替えて広場へ顔を向けると、大きく息を吸い込んだ。



「ふぅ……ジェイク!もう戦いには満足か!?」



「ああ!もう十分だ!だから、さっさと俺が捕まる前に助けろ!」



 アルギスが声をあげると同時に、広場には、ジェイクの必死な叫びがわんわんと響く。


 焦りを滲ませたルカは、痺れを切らしたように、隣に並ぶアルギスの顔を見上げた。



「え、エンドワース君、どうするの?」


 

(ふむ、近くで見ても勇者には見えないな。手に持った聖剣はゲームと同じもののようだが……)


 

 逃げ回るジェイクをよそに、アルギスは隣でオロオロとするルカを流し目に見る。


 そして、しばし考え込んでいたアルギスの中に、1つの可能性が浮かび上がった。


 もしやゲーム内で語られなかっただけで勇者には、必要な覚醒イベントがあったのではないか、と。



(コイツが学院にいる間に命を救う人間の数を考えたら、無闇な弱体化は避けたい……もう、遅いか?)



 今後の影響についてまで思い至ったアルギスは、思わず口元を覆う。


 頭を真っ白にしつつも、無理矢理口角を上げると、ゆっくりと手を降ろした。



「……まあ、見ておけ。――軍勢作成」


 

 術式の完成と同時にアルギスから噴き出した黒い霧は、地面を伝い、ガーゴイルへと向かっていく。


 たちまちガーゴイルの足元まで辿り着くと、蠢くように黒いスケルトンへ姿を変え始めた。



「これが、エンドワースの死霊術……」



「……やっぱり、戦闘講義では手を抜いてたのね」



 黒い霧がたちまち大量のスケルトンへと変化していく様子を見ていたシモンとレベッカは、目を剥いたまま言葉を失う。


 茫然とするルカ達をよそに、アルギスは薄い笑みを浮かべながら、パチリと指を鳴らした。



「――スケルトン共よ、ガーゴイルを拘束しろ」



「ガアァ!?ガアアァァ!」


 

 纏わりつく大量のスケルトンを、ガーゴイルは鬱陶しそうに手を振って壊してく。


 しかし、破壊されている間にも、霧は次々に新たなスケルトンへと変わり、ガーゴイルの動きを拘束し始めた。



「おい、もっと早く助けに来いよ!ホントに死ぬとこだったんだぞ」



「ご苦労。悪くない動きだったな」


 

 フラフラと近づいてくるジェイクに、アルギスは素知らぬ顔で声を掛ける。

 

 飄々としたアルギスの姿を見たジェイクは、吊り上げていたまなじりを下げ、探るような目つきに変わった。



「……なあ、これにもなんか理由があったのか?」



「ああ。当然だ」



 訝しむジェイクをよそに、アルギスは藻掻くガーゴイルへ目線を移す。


 そして、スケルトンにしがみつかれたガーゴイルが徐々に動きを鈍らせる中、スッと目を細めた。

 


(……《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ)

 

 

――――――――



【種族】

ガーゴイル

【状態異常】

・なし

【スキル】

・岩石爆破

・剛体 

【属性】

 土

【魔術】

・破壊系統

・補助系統 



――――――――



(見たことのないスキルだな)



「ガア”ア”ァァ!」



 アルギスがステータスを鑑定している間に、完全に身動きの取れなくなったガーゴイルは、苦し気な声を上げながら、体に亀裂を入れ始める。


 一瞬の閃光と爆発音の後、飛び散った岩の破片は、黒い霧ごと拘束するスケルトンを吹き飛した。



(あれが”岩石爆破”だろうな。しかし、補助系統まで使うとは……)



 たちまち岩を纏い始めるガーゴイルを眺めていたアルギスは、1階層の魔物らしからぬ強さに首を傾げる。


 しかし、元通りの体へ戻ったガーゴイルが動き出そうすると、憐みの目線と共に肩を竦めた。


 

「まあ、然したる意味もないか。――軍勢召喚」



「ガアアァァア!」


 

 先ほど同様、大量の霧とスケルトンに囲まれたガーゴイルは、苛立たし気に体を震わせながら、動きを止める。


 怒り狂うガーゴイルからつまらなそうに目線を外すと、アルギスは横に立つルカへ顔を向けた。


 

「おい、ゆ……ファウエル。まだ戦えるか?」



「!うん、僕はもう回復している。いつでも行けるよ」



 試すような視線を送るアルギスに、ルカは聖剣を握りしめ、力強く頷き返す。


 傷だらけのルカと見つめ合うと、アルギスはニヤリと口元を吊り上げた。


 

「ならば、アレはお前が討伐しろ」 


 

「……ごめん、僕の剣や魔術じゃ攻撃が通らなかったんだ」



 アルギスの指示を聞いたルカは、悔しげに歯を食いしばる。


 俯きながら口を閉ざすルカに対し、アルギスは軽い調子でガーゴイルへと目線を戻した。



「問題ない。防御力は私が下げてやる」



「エンドワース君は、そんなこともできるの!?」



 落ち着き払った様子のアルギスに、ルカは目を輝かせて顔を跳ね上げる。


 一方、これまで黙りこくっていたレベッカは、震える声で呟きを漏らした。



「……嘘でしょ?妨害系統まで修めているの?」 



(妨害系統は呪術の基礎だからな。あの戦いも、無駄ではなかったか……)


 

 レベッカの呟きを耳にしたアルギスは、ふとアルドリッチとの戦いを思い出し、不快げに顔を歪める。


 ややあって、不快げに鼻を鳴らすと、誤魔化すように手を振った。


 

「私を誰だと思っているんだ。いいから、さっさと準備しろ」



「う、うん」 



 先を促すアルギスに戸惑いつつも、ルカは表情を引き締め、聖剣を鞘から引き抜く。


 次の瞬間、爆発音と共にスケルトンを吹き飛ばしたガーゴイルが、這い出すように現れた。



「ガアァァ……!」



「さて、今から妨害魔術で防御力を下げる。だが、この魔術の効果時間には限界があるからな、それを忘れるなよ?」



 警戒するように距離を取るガーゴイルをよそに、アルギスはルカへ釘をさす。


 聖剣を握りしめたルカは、ガーゴイルに向かって歩き出す直前、アルギスへと微笑みかけた。


 

「エンドワース君、本当に色々ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」


 

「……では、私もやるか。――闇より出でし力、降格の術を此の身に宿し、我が敵の力を奪いたまえ。減衰呪縛」



 アルギスが呪文を唱えると、あふれ出したタールのような黒い魔力は、ルカを追い抜いてガーゴイルへ向かっていく。


 魔力に包まれたガーゴイルの体は、纏っていた岩をボロボロと劣化させて崩れ始めた。

 


「ガアァ!?」



「ハアァア!」



 岩の鎧を失い動揺するガーゴイルに、ルカは光を纏う聖剣を手に、油断なく斬りかかる。


 振り下ろされたルカの一撃は、やせ細ったガーゴイルの胴体を音もなく切り裂いた。


 

「ガアァァア”ア”!」



「くらえ!」 


 

 ガーゴイルが苦しそうに地面に手をつくと、ルカは止めを刺そうと追撃を仕掛ける。


 しかし、ルカを避けるように飛び上がったガーゴイルは、そのまま翼をはためかせて逃げだした。



「ガアァァ……」



「こいつの翼は見た目だけじゃなくて飛べるのか!」



 誤算に顔を顰めつつも、ルカは飛び去るガーゴイルの後を追いかける。


 次の瞬間、後ろから飛んできた氷柱にガーゴイルの片翼が貫かれたのだ。


 ルカが慌てて後ろを振り返ると、迷惑そうな顔で小さな杖を弄ぶレイチェルの姿が目に入った。



「ありがとう!ハートレスさん!」



 レイチェルへ爽やかな笑みを見せたルカは、再びガーゴイルへと斬りかかっていく。


 一方、ルカの戦いを観察していたアルギスは、眉を顰めながらレイチェルを横目に睨んだ。


 

「おい、レイチェル。余計なことをするな」



「あら、ここまできて逃げられるよりマシかと思ったのだけれど?」



 棘のある苦言に、レイチェルは唇を尖らせながら言葉を返す。


 そして、一転して口を噤むと、ルカの戦いに目を奪われているアルギスからツンと顔を背けた。



(……ルカの様子に変化は無し、か。どうやらイベントでは無さそうだな) 



 不満げに頬を膨らませるレイチェルをよそに、アルギスは内心で安堵の息をつく。


 すると、隣でルカの戦いを見ていたレベッカが、顔を赤くしてアルギスをビシッと指をさした。


 

「アルギス・エンドワース!これで勝ったなんて思わないことね!」



「ファルクネス様、さすがに……」



 レベッカの態度に頬を引きつらせつつも、アリアは宥めながら手を握る。


 そのままアリアに手を引かれたレベッカが離れていくと、アルギスは1人近くに残ったシモンへ顔を向けた。



「お前も、なにか用か?」


 

「……エンドワース家が、一体どういう風の吹き回しだ?」



 眉間の皺を深めたシモンは、警戒するように腕を組みながらアルギスを見下ろす。


 じろじろと値踏みするシモンに、アルギスは悪意のある冷たい笑みを見せた。



「これは失礼。まさか見殺しがお望みだったとは」



「っ!」 


 

 アルギスの皮肉に、シモンは奥歯を噛みしめながら去っていく。


 しばらくの間、ルカとガーゴイルの戦う音だけが響く中、アルギスは大きなため息ついて、レベッカ達に近づいていった。



「……黙って見ているなら助けにいってやれ。今なら攻撃が通る」



「感謝はしないわよ」



 悔し気に杖を握りしめたレベッカは、アルギスと目を合わせることなく立ち上がる。


 続けてシモンとアリアが立ち上がると、3人は各々の武器を構えてルカの下へと駆けていった。



「良かったの?行かせて」



「ああ、どうせガーゴイルは死にかけだ。問題ないだろう」



 心配そうな表情を浮かべるレイチェルに、アルギスは気にした様子もなく言葉を返す。


 静かに首を振ったレイチェルは、目じりを下げながらアルギスの表情を覗き込んだ。

 


「もう、そうじゃないわ。……ガーゴイルを倒した手柄、とられちゃうわよ?」



(ガーゴイルが手柄?所詮、1階層の魔物だろ?) 



 不安げな表情で見つめるレイチェルに、アルギスはキョトンとした顔で首を傾げる。


 そして、ルカ達と戦うガーゴイルの姿を見ると、呆れ交じりに肩をすくめた。



「あの程度では、手柄と呼べないだろう」



「……ふふ、そうかもしれないわね」 



 アルギスの態度に驚きつつも、レイチェルはどこか納得した表情でルカ達の戦いに視線を移す。


 やがてガーゴイルが粉々に砕かれ、戦いが終わると、アルギスへ向き直った。


 

「終わったみたいね」



「ガーゴイルが倒されたなら、もうここに用はない。さっさと出るぞ」



 ガーゴイルが光となって消えていくと、アルギスは興味を失くしたようにくるりと身を翻す。


 ルカ達の姿を羨ましそうに見つめていたジェイクは、歩き出すアルギス達に目を白黒させた。

 


「え?おい、残らないのか!?」



「残りたければ残れ。私は帰る」



 困惑するジェイクの声を背に、アルギスはレイチェルを伴って出口へと足を進める。


 遠ざかっていく2人にため息をつくと、ジェイクは隣で同じように言葉を失うニアの背中を叩いた。


 

「仕方ない。行こうぜ、ニア」



「う、うん」



 アルギス達を追いかけて走り出すジェイクに、ニアもまた、小走りで後を追いかけていく。


 揃って広場を後にした4人は、真っ直ぐにダンジョンの出口へと向かっていくのだった。





 戦いを終え、全員が勝利の余韻に浸る中。


 ルカは1人、静かになった広場をキョロキョロと見回していた。



「……残念だな。今度会ったら、お礼を言わなくちゃ」



「どうしたの?ルカ?」



 満面の笑みでガーゴイルの魔石を握りしめていたレベッカは、寂しそうに笑うルカに目を丸くする。


 すると、ルカは笑みを困ったようなものに変えながら、レベッカに向き直った。



「エンドワース君達は先に行っちゃったんだ、と思ってね」



「……そうね」



 アルギスの名前に、レベッカは何か言いたげな素振りを見せつつも、嫌な顔をしただけで静かになる。


 しばらくして4人がダンジョンを出ようとした時、大慌てでエドワードと最奥にいた講師の男が広場へ駆けこんできた。



「こっちです!……ってあれ?」



「ウィンダム君!よかった、無事だったんだね」


 

 状況を理解できず口をぽかんと開けるエドワードに、ルカはパァッと表情を輝かせる。


 3人が口々にエドワードの生還を喜んでいると、講師の男が周囲を警戒しながらルカに詰め寄った。



「ガーゴイルが出現したと報告があったが、事実か?」



「はい、事実です。……これを」



 半信半疑で問いかける講師の男に、ルカは神妙に頷きながらガーゴイルの魔石を手渡す。


 こぶし大はある魔石を受け取った講師の男は、その大きさに思わず息を呑んだ。



「確かに、1階層に出現する魔物ではありえないサイズだ。これを持って君たちはエミリアに詳細を報告してくれ、俺は見回りをしてくる」



「わかりました」


 

 講師の男が駆け足で去っていくと、ルカ達は疲れ果てた身体で広場を後にする。


 5人が油断なくダンジョンを抜ける道中、最後尾にいたエドワードが突如ルカの隣に並んだ。



「……そういえば、ガーゴイルはどうやって倒したのかな?」



「実はエンドワース君のパーティが助けてくれたんだよ。僕らだけの力じゃないんだ」


 ガーゴイルとの死闘を思い出したルカは、気まずそうに頬を搔く。


 ルカの口から出た理由に、エドワードは不愉快そうに顔を顰めた。



「……エンドワース家が、人を助ける?何かの間違いじゃないのかい?」



「そうよ!何か理由があるに決まってるわ!」 



「あはは……。そんなに悪い人じゃないと思うんだけどなぁ……」 



 まるでアルギスを信用しない2人に、ルカは苦笑いを浮かべながら通路を進んでいく。


 それから少しして、出口へ辿り着いたルカ達が巨大な扉をくぐると、外はすっかり夕暮れ時となっていた。



「……生きて、帰って来られたな」 



「うん。後はエミリア先生に報告するだけだね」



 しみじみと呟くシモンに、ルカはくたびれた笑みを返す。


 珍しく背中を丸めたレベッカは、崩れ落ちそうになる体を杖に預けた。


 

「さっさと探しましょ。さすがに疲れたわ」 



「そうですね。まさか、こんな事になるなんて……」 


 

 どこか茫然とした様子のアリアは、未だ震える手に目線を落とす。


 ルカ達がげっそりとした顔で辺りを見回していると、エミリアが騒ぐ生徒たちを掻き分けて姿を現した。



「1階層にガーゴイルが出現したと報告があったが?」



「はい。突然黒い渦から現れ、僕たちだけでは太刀打ちできませんでした……」



 難しい顔で腕を組むエミリアの問いかけに、ルカは尻すぼみに声を小さくして首肯する。


 しかし、ルカ達をぐるりと見回したエミリアの表情は、柔らかいものに変わった。



「全員が無事だったようで何よりだ。……それで、問題のガーゴイルはどうした?」



「……それが、僕らが戦っている時に――」



 悔し気に俯いたルカは、ポツリポツリとガーゴイルとの戦いについて語り始める。


 すると、ルカの報告が進むにつれて、エミリアの眉間には再び深い皺が寄っていった。



「わかった、これについては学院でも調査するように要請する。……エンドワースには説教が必要かもしれんな」



 ガーゴイルの魔石を受け取ると、エミリアは肩を怒らせながら去っていく。


 報告を無事終えた事に安堵の息をつきながらも、ルカは一層拳を強く握りしめた。


 

「……悔しいなぁ」



「全員が生き残れたんだ。今は喜ぼう」 



 後ろで報告が終わるのを待っていたシモンは、俯くルカの肩に手を置く。


 2人の間に割り込むと、レベッカは腰に手を当てて胸を張った。



「次は絶対に勝つわよ!」



「……うん、そうだね!」 


 

 ニカリと歯を見せて笑うレベッカに、ルカもまた、つられるように笑みを浮かべる。


 すぐに再挑戦を誓う3人を少し離れた所で見ていたアリアは、眩しいものを見るように目を細めた。



「……行きましょうか、エドワード」



「はい」


 

 小さな呟きと共にアリアが歩き出すと、エドワードは粛々と頭を下げて後ろに付き従う。


 しばらくして、元気を取り戻したルカ達3人は、傷だらけの顔に充実感を湛えて寮へと戻っていくのだった。

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