19話

 息の合った連携によって、ガーゴイルが炎に飲み込まれると、広場には黒煙と土埃が舞い上がる。


 離れた場所で戦いを見ていたアリアとエドワードは、口をポカンと開けて、あっけにとられていた。


 

「す、すごいですね……」



「え、英雄派とはいえ、これほどとは……」



「――ガアァァァ!」 


 

 土埃を払いながら2人がルカ達へと近づこうとした時、ガーゴイルの叫び声と共にシモンが弾き飛ばされる。


 顔を見合わせたアリアとエドワードは、岩陰へと飛び込むように、ルカ達と合流した。



「そんな、無傷だ……」



「なんで!第三階梯の魔術が効かないの!?」



 岩陰からガーゴイルを覗き込んだルカとレベッカは、魔術を受けながらも悠々と歩く姿に顔を青く染め上げる。


 頭から流れる血に顔を歪めつつも、シモンは絶望の表情を浮かべる2人に向かって首を横に振った。



「……いや、魔術が当たる時に、ガーゴイルの体が光っていた。何らかのスキルが原因だ」


 

「シュタインハウザー様、血が……!――清らかな水よ、癒しの雨を降らせたまえ。慈愛の雨」



 シモンの頭からタラタラと流れ続ける血に、アリアは慌てて呪文を唱え始める。


 すると、アリアからあふれ出した深い藍色の魔力は、雨となってシモンの体を覆うように降り注いだ。



「申し訳ありません。王女アリア」



「いいえ、私にはこれくらいしかできることがありませんから……」



 悔しそうな表情を浮かべるシモンに対し、アリアは目を伏せて寂しげに笑う。


 ややあって広場に響き渡った生徒たちの悲鳴に、エドワードは体を震わせながらルカの肩へ手を置いた。



「……ファウエル君、僕が2階層の手前まで行って、講師を呼んでくるよ」



「え!でも、危険なんじゃ……」



 じっとガーゴイルの姿を追いかけていたルカは、唐突な提案に慌てて後ろを振り返る。


 不安げ表情で見つめるルカに、エドワードは地図を取り出しながら、ぎこちない笑みを浮かべた。


 

「大丈夫。僕には地図もあるし、戦闘は避けながら行くさ」



「……わかった。申し訳ないけど、お願いするよ。僕らは、それまで耐えてみせる」



 しばしの逡巡の後、ルカは聖剣の柄を握りしめながら、神妙に頷く。


 ルカに頷きを返したエドワードは、一層身を低くして岩陰から飛び出した。


 

「すぐに戻って来るから待っていて!」



「みんな、ウィンダム君が講師の人を連れてきてくれるまで、逃げ切ればいいだけだ。頑張ろう」



 エドワードが駆けだすと同時に、ルカは体へ魔力を纏わせながら立ち上がる。


 ルカ同様、即座に立ち上がったレベッカは、好戦的な笑みと共に杖をガーゴイルへ向けた。



「ええ、先に倒しちゃいましょう!」



「話を聞け、レベッカ」



「皆さん、回復は私に任せてください」



 シモンとアリアが2人に続いて立ち上がると、4人はそれぞれの武器を構えて戦闘態勢に入る。


 エドワードへと迫るガーゴイルに、ルカは淡く輝く聖剣で切りかかった。



「悪いけど、君の相手は僕らだ!」



「ガァ!」



 苛立たし気に声を上げたガーゴイルは、岩だらけの腕を体ごと振り回してルカの剣撃を弾き返す。


 体全体を揺らすような衝撃に顔を歪めつつも、ルカは勢いに逆らうことなく身を翻した。


 

「くっ!やっぱり硬い……!」



「ガァガ、ガアァ!」



 聖剣を構えなおすルカに、ガーゴイルは両手を翳しながら奇妙な鳴き声を上げる。


 瞬く間にガーゴイルの腕がゴツゴツとした岩で膨らみ出すと、シモンは目の色を変えてルカを突き飛ばした。


 

「危ない、ルカ!」



「うわぁ!」


 

 ルカが勢い余って倒れ込んだ直後、膨らみ切ったガーゴイルの腕は轟音と共に弾け飛ぶ。


 ガツンガツンと岩のぶつかる音が響く中、ルカは目の前で盾を構えるシモンの背中を見上げた。


 

「っ!ありがとう、シモン」



「ああ、それが俺の役目だ。それよりも、魔術まで使うなんていよいよ1階層の魔物じゃないぞ……」



 ガーゴイルの攻撃が止むと、シモンは苦々しい顔で、ルカに手を差し出す。


 シモンの手を取ったルカは、折れそうになる心を奮い立たせながら、聖剣を拾い上げた。


 

「大丈夫だよ。倒しきる必要はないんだ」



「どうする気だ?ルカ」



 明るい声を上げるルカに眉を顰めつつも、シモンは油断なく警戒を続ける。


 時折ルカの表情を確認するシモンをよそに、ルカは振り返ってレベッカの顔を見つめた。



「僕とレベッカが魔術で遠くから気を引く。シモンはレベッカを守ってほしいんだ」



「なるほど、時間稼ぎに徹するのか」


 

「納得いかないけど、仕方ないわね!」



 ルカの作戦を聞いたシモンとレベッカは、対照的な表情を浮かべながら頷きを返す。


 2人の返事にクスリと笑みを零すと、ルカは顔を青くするアリアへ目線を移した。



「可能でしたら、アリア王女には離れて回復をお願いしたいのですが……」 



「わ、わかりました!」



 一転して申し訳なさそうな表情を浮かべるルカに、アリアは震える体でどうにか立ち上がる。


 今にも飛び掛かろうとするガーゴイルから3人が一斉に距離を取ると、唯一その場に残ったルカは、光り輝く聖剣を振り上げた。


 

「さあ、始めよう。――光よ、我が力を糧として、敵を輝く閃光で討ち果たせ。聖なる一閃!」



 ルカが聖剣を振り下ろすと、黄金色の魔力は、半月状の斬撃となってガーゴイルへと向かう。


 避けることなくルカの魔術を受けきったガーゴイルの叫びが響く中、4人の戦いが始まるのだった。


 

 


 数えるのも嫌になる程の爆発音の応酬の後。


 息の合った連携でかく乱する4人は、襲い掛かるガーゴイルと危ういながらも均衡を保っていた。



「ガアァッ!」 



「っ!”鉄壁”」



「――聖なる一閃!」



「――慈愛の雨」



 攻撃を受け続けるガーゴイルの姿に、4人の心に希望が芽生えだした時、唐突に天秤は傾くこととなる。


 突如しゃがみ込んだガーゴイルの体が、光の漏れる亀裂を入れながら膨らみ始めたのだ。



「ガアァァア!」



「まずい!スキルの発動だ!――光よ、我が力を糧として、我が身を囲む守りとなせ。光輝障壁」



「王女!――大地よ、その土を我が盾として守らん。土塊の盾」 

 


 雄叫びを上げながらガーゴイルが震え出すと、ルカとシモンは慌てて防御魔術を使用する。


 次いでレベッカを庇ったシモンがスキルを使用した瞬間、ガーゴイルの体が閃光と共に纏う岩を吹き飛ばした。



「ガァッ!」 


 

「うわぁあ!」



「ぐぅ……!」 



 間近で襲い掛かる岩の破片に、ルカとシモンは苦し気な表情で膝をつく。


 ゆっくりと2人の姿を見比べたガーゴイルは、奇妙な鳴き声を上げながら、やせ細った体へ岩を纏い始めた。


 

「ガァ、ガアァ!」


 

「この!こっちを見なさい。――火球!」



 シモンを見据えるガーゴイルに、レベッカはなりふり構わず火の玉を飛ばす。


 レベッカがーゴイルの注意を引きつけながら離れる中、アリアは入れ替わるようにシモンへ駆け寄った。



「今、助けます。――慈愛の雨」



「申し訳ありません、王女アリア」 


 

 膝をついたままのアリアへ深々と頭を下げると、シモンは顔に残った血を拭いながら、レベッカを追いかける。


 一方、息も絶え絶えに立ち上がったルカは、傷だらけの体で聖剣を振り上げた。

 


「――光よ、我が力を糧として、敵を輝く閃光で討ち果たせ。聖なる一閃」



「ガァァ!?」 


 

 レベッカへ迫っていたガーゴイルは、ルカの攻撃に苛立ちながら振り返る。


 叫び声を上げてルカへと向かうガーゴイルをよそに、シモンはレベッカの前で盾を構えた。



「悪いな。遅くなった」



「ハァハァ……ホントに遅いわよ!私はウィザードなんだからね!――火球!」 



 膝に手をついて息を整えたレベッカは、苛立ち交じりに火球を飛ばす。


 頭部で爆発する火球に、ガーゴイルは地団駄を踏みながら、レベッカへと向き直った。



「ガァァァアア!」 


 

「――聖光癒輪。危なかった……」 



 頭上に現れた光の輪が傷を癒すと、ルカはどうにか立て直った戦況に安堵の息をつく。


 しかし、一歩間違えれば命を落としかねない状況に、4人の疲労は徐々に限界へと近づいていた。



(まずい。このままじゃ皆の体力も、魔力も持たない……)



 3人の様子を見回したルカは、終わりの見えない戦いに顔を顰める。


 それでも4人がガーゴイルから逃げ回っていると、ついに疲労の限界に達したアリアが膝をついた。



「はぁ、はぁ……」



「王女アリア!くそっ――大地よ、その土を……」



 動けなくなったアリアに迫るガーゴイルを足止めするため、シモンは慌てて呪文を唱え始める。


 しかし、術式が完成する直前、ガーゴイルは跳ねるように方向を変え、盾を降ろしていたシモンへと襲い掛かったのだ。


 

「ガアアァァァ!」



「なっ!?ぐぅ!」



 なんとか盾を構えつつも、シモンは真正面から衝撃に吹き飛ばされて意識を失う。


 そのまま後ろのレベッカへ目線を移すガーゴイルに、ルカは身を固くして声を張り上げた。



「まずい!レベッカ、逃げて!」



「おらぁ!」 


 

 ルカが聖剣に魔力を込めようと瞬間、横から飛び出した影がガーゴイルの顔を殴りつける。


 頭を揺らす衝撃に、ガーゴイルはレベッカへ襲い掛かる足を止め、地面へ手をついた。



「ガアァ!?」


 

「ジェイク君?どうしてここに……?」



 ガーゴイルと戦い始めるジェイクに戸惑いつつも、ルカは急いでレベッカの下へ向かっていく。


 顔を守るように腕で覆っていたレベッカは、薄く開けた目を、たちまち丸くした。



「え?どういうこと?」



「助けてくれたのでしょうか……?」



 ジェイクがガーゴイルを引き連れていく中、集まった3人は、糸が切れたように座り込む。


 しばらくの間、ジェイクが駆け回る姿を茫然と見守っていると、後ろからすっかり回復した様子のシモンが、ニアと共に近づいてきた。


 

「……すまない、不覚をとった」



「シモン!よかった、無事だったんだね!」



「心配させないでよ、まったく……」



 悔しそうに顔を歪めるシモンに、ルカとレベッカは安堵の表情を浮かべて無事を喜ぶ。


 少しだけ顔色の良くなったアリアが、シモンの後ろに隠れるニアへと顔を向けた。



「貴女が、シュタインハウザー様を?」



「はは、はい!私も一応、水属性なので!」



 穏やかな口調で尋ねるアリアに、ニアはガクガクと震えながら必死で頷く。


 すると、ニアを見上げたアリアは、目を細めてニコリと微笑んだ。


 

「ありがとうございます。私では、力不足でしたから……」 



「そんなことないです!あわわわわ……」


 

 逃げるようにアリアから遠ざかったニアは、首と手を同時にブンブンと振る。


 そして、せわしなく目線を彷徨わせていると、不思議そうな顔で首を傾げるルカと目が合った。



「ニアさんは、ジェイク君と同じパーティなの?」



「は、はい!あ、でも……」


 

 ルカの質問に飛びつきつつも、ニアは辺りを見回して言葉を区切る。


 ややあって、再び口を開こうとしたニアの声は、ガーゴイルから逃げ続けていたジェイクの悲鳴に掻き消された。



「無理だ、コイツは硬すぎる!なにしてんだ!早く助けろ、アルギス!」



「……アルギス?あなた達はアルギス・エンドワースのパーティなの!?」



 アルギスの名前に、レベッカは飛び起きてニアの肩に掴みかかる。


 がっしりと両肩を握りしめられたニアは、レベッカの鬼気迫る表情に身を固くした。



「ひぅ!は、はい、そうですぅ……」



「レベッカ……俺の命の恩人だぞ。なるべく無礼な行動は慎んでくれ」



 プルプルと震えるニアに、シモンは眉を顰めながらレベッカを窘める。


 辺りをぐるりと見回すと、レベッカは悔しそうにニアを突き放した。



「……そうね。悪かったわ」


 

「いえいえ!」 



 レベッカに謝られたニアは、笑顔で手を振りつつも、しっかりと逃げられるように距離を取る。


 苦笑いを浮かべたルカが続けて謝ろうと口を開いた時、5人の後ろから楽しげな声が聞こえてきた。



「――なにやら、面白そうなことをやっているじゃないか。私も混ぜてもらおう」



「……アルギス・エンドワース!」



 聞き覚えのある声に、レベッカは目を見開いて弾かれたように後ろを振り返る。


 レベッカの鋭い目には、レイチェルを後ろに引き連れ、不敵な笑みを浮かべるアルギスの姿が映るのだった。

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