18話

 時は巻き戻り、アルギスが中庭をぐるぐると歩き回っていた頃。


 パーティーメンバーを集め終えたルカは、既にダンジョンの内部へと足を踏み入れていた。


 

「これが学院のダンジョンかぁ」



「――ファウエル様、改めて感謝いたします。……エドワードも感謝を」



 辺りを見回すルカに、アリアは柔和な笑みを浮かべ、ウィンダム伯爵家のエドワードと連れ立って頭を下げる。


 一方、突然頭を下げられたルカは、大粒の汗を流しながら慌てて手を振った。


 

「いや、感謝だなんて、そんな……!」 



「僕だけじゃ、適切なメンバーを集められなかったからね。ファウエル君が同じクラスで助かったよ」



 困惑するルカに苦笑いを返すと、エドワードはどこか誤魔化すように頬を搔く。


 穏やかな雰囲気に包まれる3人をよそに、レベッカは待ちきれないとばかりに声を上げた。



「ねぇ、さっさと進みましょうよ!」



「あははは……。そうだね、そろそろ進んでみようか」



「なら、俺が前に出よう」 

 


 盾を構えたシモンが先頭へ進み出ると、5人は警戒を強めながら奥へと向かっていく。


 やがて、広場のような空間へと辿り着いたルカは、中央でうろつく魔物の姿に足を止めた。



「皆、魔物だ。油断しないようにいこう」



「やっとね!」



 緊張感を湛えたルカの声に、レベッカは持っていた杖を握りしめながら、やる気を滾らせる。


 5人がそれぞれ表情を引き締める中、これまで無言を貫いていたシモンが、はたと口を開いた。



「作戦は、どうするんだ?」



「……また始まった。あの程度の相手に作戦なんかいらないでしょ」



 シモンの問いかけに、レベッカは大きなため息をつきながら首を振る。


 しかし、眉間の皺を深めたシモンは、納得がいかないとばかりに言葉を重ねた。



「不測の事態に備えて、緊急時の行動くらいは決めておくべきだ」



「だから、不測の事態なんか起きないわよ!」 



「そんなに睨みあわないで、ね?」



 まなじりを吊り上げて睨み合うレベッカとシモンの間に入ったルカは、曖昧な笑みを浮かべながら2人を宥める。


 すると、2人が言い合いをしているうちに、後ろからやってきた生徒たちが広場の魔物と戦い始めたのだ。


 次々に倒されていく魔物を見たレベッカは、顔を赤くして広場を指さした。



「ほら!シモンが遅いから先に倒されちゃったじゃない!」



「……俺のせいにばかりするな。レベッカがなかなか作戦の必要性を理解しないからだ」



 責めるようなレベッカの口ぶりに、シモンは苦々しげに顔を歪める。


 再び言い合いを始める2人に頭を悩ませたルカは、助けを求めるようにアリアとエドワードへ顔を向けた。



「アリア王女とウィンダム君は、どうすべきだと思いますか?」



「そうですね……。とりあえず、一度奥まで行ってみませんか?」



「僕もそれが良いと思うな。通路はいくつかあるみたいだし」



 広場から分岐する通路を見比べると、エドワードは小さく肩を竦めながらアリアに追従する。


 2人に釣られるように通路を見据えたルカは、ややあって、未だ睨み合うレベッカとシモンへ向き直った。



「レベッカとシモンもそれでいいかな?」



「ええ。でも、途中の敵は倒すわよ!」



 ルカの問いかけに、レベッカはふくれっ面で声を張り上げる。


 一方、ルカへ頷きを返したシモンは、盾を構え直して隊列の先頭へと戻った。



「リーダーはルカだ。任せる」 



「よし。じゃあ、進もうか」 


 

 意見の纏まった5人は、未だ戦闘音の響き渡る広場の隅を静かに抜けていく。


 それからしばらく薄暗い通路を進んでいくと、岩陰からコボルトの群れが姿を現した。



「シモン!右手にコボルトが3体だ!」



「任せろ」



 ルカの指示に、シモンは盾を握りしめ、コボルトたちをそのまま弾き飛ばす。


 反撃しようと頭を振るコボルトに、真っ赤に燃える火の玉が直撃した。



「キーキキー……!」


 

「よし!次!」 



 魔石を残して消えていくコボルトから目線を外すと、レベッカは獲物を求めて辺りを見回す。


 しかし、残っていたコボルトは、既にルカによって切り伏せられていた。



「ふぅ……」 



「……シールドバッシュの威力が弱かったか?」



 魔石を拾うルカをよそに、シモンは真剣な表情で戦闘の考察を始める。


 不満げに頬を膨らませつつも、レベッカはルカ同様、落ちていた魔石を拾いあげた。



「結局、ルカばっかり」



「あはは、たまたまだよ……」



 レベッカに睨まれたルカは、曖昧な笑みを浮かべながら、魔石を袋へと仕舞う。


 コボルトを倒し終えた3人が余韻に浸っていると、後ろからパチパチと拍手が響いた。


 

「さすがは英雄派、武勇については折り紙付きですね」



「うんうん、まさしく英雄だ」



 コボルトとの戦いを後ろで見ていたアリアとエドワードは、満面の笑みで3人を誉めそやす。


 過剰な賛美を送る2人に、ルカは顔を赤くしながら、落ち着かない様子で目線を彷徨わせた。

 


「はは、そんなことないよ」 



「さっさと行きましょ!」



「……慌てるな、レベッカ」


 

 前に出ようとするレベッカをシモンが抑えながら、5人はダンジョンの奥へと進んでいく。


 やがて、5人が洞窟の最奥へ辿り着くと、2階層へと繋がる階段の前に立つ講師は、目をぱちくりとさせていた。



「おお、君たち随分早くここまで来たね。一番乗りだよ」



「ほんとですか!?」



「やったわね。ルカ!」



 講師の言葉に顔を見合わせたルカとレベッカは、手を取り合って飛び跳ねる。


 喜びを分かち合う5人に、講師は頬を緩めながらルカへと声を掛けた。



「まあ、時間はまだある。集中力が続くなら、もう少し探索してみるといい」



「そうしてみます!ありがとうございました」



 深々と頭を下げたルカは、踵を返して元来た道へ足を向ける。


 再び隊列を組みなおすと、5人は揃って探索へと戻っていった。



 


 5人がグルグルと洞窟を歩き回り、ゴブリンとコボルトをそれぞれ数体ずつ倒した頃。


 見覚えのある場所へと辿り着いたルカは、思わず足を止めた。



「ここにも繋がっていたんだ」



「うん、地図の作成が出来てるよ」



 最後尾にいたエドワードは、地図を片手にルカへ近づいていく。


 エドワードが作成していたという地図には、1階層のほとんどが記されていたのだ。


 

「すごいな、ずっと作っていたのかい?」



「うん、低層の地図が既に作成されているのは知ってるけど、今日は持っていないみたいだったから」



 尊敬の眼差しを向けるルカに、エドワードははにかみながら頬を搔く。


 しかし、すぐに表情を引き締めると、持っていた地図の空白を指さした。



「あとは……ここだけだね」



「さっきの広場ね、行きましょ!」



「レベッカ、落ち着いて……」

 


 エドワードへ地図を返したルカは、前のめりになるレベッカを宥めながら洞窟を進んでいく。


 広場へと戻る道中、レベッカは代わり映えのしない通路に目を細めた。



「それにしても1階層のくせに広いわね」



「全部で何階層あるかもわからないらしいからね。1階層もきっと広いんだよ」



 不満げな声を上げるレベッカに、ルカは振り返って笑顔を見せる。


 ルカの言葉を聞いたアリアは、不思議そうな顔で辺りを見回した。



「100階層まであったりするのでしょうか?」



「アリア王女、それは見てからのお楽しみ、というやつですよ」



 エドワードの地図を頼りに、5人はわいわいと話しながら通路を進んでいく。


 やがて5人が戻ってきた広場は、魔物が全て倒され、ただ広いだけの岩場となっていた。



「やっぱり、もう全部倒されちゃったみたいね……」



「いいじゃないか、次回は2階層以降も入れるみたいだし」


 

 悲し気に肩を落とすレベッカを励ますと、ルカはシモンに続いて広場へ足を踏み入れる。


 そのまま広場を通り抜けようとした5人の前に、突如黒い穴が渦を巻くように広がり始めた。



「みんな!落ち着いて!」



 予想外の事態に慌てながらも、ルカは油断なく聖剣を構える。


 その横から盾を構えたシモンが、アリアを守るように一歩前に進み出た。

 


「……王女アリア、お下がりください」



「ええ。……しかし、これは一体」



 広がりきった黒い渦からは、這い出るように1匹の魔物が姿を現す。


 1.5メートルほどの小柄な体に岩を張り付けた魔物は、皮膜のついた翼をはためかせながら、5人の前に降りてきた。



「が、ガーゴイル……?」



「ガアァァァア!」

 


 威嚇するように叫び声を上げたガーゴイルは、異様に長い腕を振り上げてルカへと襲い掛かる。


 予想外の魔物に全員が茫然する中、シモンは振り下ろされるハンマーのような拳を無理矢理横に逸らした。



「……くっ!重いな。油断するなよ、ルカ」



「ごめん、助かったよ!ありがとう、シモン」



 シモンの声で我に返ったルカは、聖剣を中段に構えながらガーゴイルを警戒する。


 ガーゴイルが再び飛び掛かろうとしゃがみ込んだ瞬間、レベッカが2人の後ろから声を上げた。


 

「2人とも、避けて!――火球!」


 

「うわ!」



「!」 


 

 ルカとシモンが飛びのくと同時に、メラメラと燃え盛る火の玉はガーゴイルの顔に直撃する。


 しかし、2、3度軽く頭を振ったガーゴイルは、まるで効いた様子もなく、一直線上にいるレベッカを睨みつけた。



「ガァァ!」


 

「っ!レベッカ!」



 ガーゴイルがレベッカへと駆けだすと、ルカは動きを止めようと聖剣を突き出す。


 しかし、聖剣で斬りつけられたはずの腕は、岩だらけの表面に僅かな切れ込みが入っただけだった。



「硬い!」


 

「ガアアァ!」



「離れろ」


 

 死角に移動していたいたシモンは、勢いをつけてガーゴイルの側面から盾を叩きつける。


 ルカに気を取られていたガーゴイルは、強烈なシールドバッシュを受け、たたらを踏んだ。


 

「ガアァ!?」



「今だ!レベッカ!」



「――炎よ、焦土を残し、敵を焼き尽くせ!熾烈なる猛火!」



 呪文を唱え始めていたレベッカは、術式の完成と同時に、真っ赤な魔力を体から溢れさせる。


 レベッカから噴き出した魔力が猛烈な勢いでガーゴイルへ迫ると、広場はたちまち爆炎に包まれるのだった。

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