15話

 アイワズ魔術学院に入学して2度目の週末。


 口角を吊り上げたアルギスは、期待に胸を弾ませながら次の教室へと向かっていた。



(次は魔物討伐の特別講義か。……まさか講義でダンジョンに入ることができるとは)



 アルギスが扉を開けると、教室には既に50人を超える生徒が長机に腰を下ろしている。


 居並ぶ生徒の中からレイチェルを見つけたアルギスは、軽い足取りで向かっていった。



「また会ったな、レイチェル」



「あら、アルギス様。ごきげんよう」



 いつになく上機嫌な様子のアルギスに、レイチェルは朗らかな微笑みを見せる。


 アルギスがレイチェルの隣に腰かけると、甲高いベルの音と共に扉が勢いよく開いた。



「やあ、諸君!魔物討伐の特別講義を担当するエミリアだ。これから1年間よろしくな!」



 手刀を切ったエミリアは、1つにまとめた長い真紅の髪を左右に振りながら、迷うことなく教壇に立つ。


 そして、ベルの音が鳴り止むのを待って満足げに頷くと、持っていた教材を開いた。



「では、早速魔物討伐における注意点について解説しよう。体験講義に参加していなかった者も、いるようだしな」



 エミリアが話し始めると、生徒達たちは身を乗り出して、一斉に視線を集中させる。


 生徒たちがじっと聞き入る中、エミリアはコツコツと教壇を歩き回りながら解説を続けていった。


 

「要するに魔物とは同じ種族であっても、環境によってその強さにバラつきがある、ということだ」



(……確かゲーム内だと、終盤は”狂化種”なんてのも登場していたな)



 生徒たち同様机に乗り出したアルギスは、視線をせわしなく動かして記憶を掘り起こす。


 やがて魔物の生息地や、特性の変化などについて説明を終えると、エミリアは教室内をぐるりと見回した。



「――以上が最低限度の説明となる。次週より早速ダンジョンへと向かうため、集合場所は中央広場となるので注意するように」



(今週の講義は、これで終わりか)


 

 エミリアが退室し、講義の終了を伝えるベルが響く中、アルギスはため息と共に首を回しながら席を立つ。


 すると、同じように席を立ったレイチェルがアルギスの肩をそっと叩いた。


 

「ねぇ、アルギス様、そろそろ剣が出来ているのではないかしら?」



「確かにそろそろだな。後で様子を見に行ってみるか」



 レイチェルの言葉に、アルギスは剣を注文していたことを思い出して頬を緩ませる。


 アルギスがホクホク顔で教室の出口へ足を向けると、レイチェルは嬉しそうに両手を合わせた。



「ええ。今日は、どこのレストランにしようかしら」



「……無理についてこなくても大丈夫だぞ」



 すっかりついてくることがお馴染みになっているレイチェルに、アルギスは小さく息をついて教室を出る。


 そのまましばらくの間、2人が並んで廊下を歩いていると、レイチェルは足を弾ませるアルギスに唇を尖らせた。



「……やっぱり、私も剣を頼んでおけば良かったわ」



「お前は家から持ってきた物があるだろう?」



「そうだけど……貴方の嬉しそうな顔を見てると、羨ましくなってしまうじゃない」



「ん?そんなに嬉しそうな顔をしていたか?」



 無意識につり上がった口元を撫でたアルギスは、レイチェルに合わせて歩く速度を落とす。


 キョトンとした顔で首を傾げるアルギスに、レイチェルは拗ねたような笑みを浮かべた。



「ええ。それはとても」



「そんなつもりは、なかったが……」


 

 小さく肩を竦めたアルギスは、不本意とばかりに一転して顔を顰めながら前を向き直る。


 ややあって玄関口へ辿り着くと、振り返ることなくレイチェルに声を掛けた。

 


「あまり遅くなる前に帰るぞ」



「分かっているわ」 


 

 足早に玄関を出て行くアルギスを、レイチェルは慣れた様子で追いかける。


 日も傾き始める中、そのまま正門を出た2人は、急いで商業区の鍛冶屋へと向かっていった。


 

 それから歩くこと数十分。


 2人の前には、ハンマーの意匠の刻まれた看板が姿を現していた。


 

「いらっしゃい!」



 アルギスが扉を開けると同時に、威勢のいい声が耳に入る。


 店に入ったアルギスは、ポケットから小さな紙を取り出しながら、カウンターに座るヘルマンを見据えた。



「剣の様子を見に来たんだ。出来ているか?」



「お!丁度いいところに!ちょっと待ってな」



 アルギスに気が付いたヘルマンは、踵を返して店の奥に去っていく。


 そして、ガタガタと音をたてた後、すぐに布に包まれた剣を抱えて戻って来た。



「これだ」 



「これがそうか。……いい剣だな、ヘルマン」



 剣を受け取ったアルギスは、鞘から抜いて刃を確認する。


 しばらくして剣から目線を外すと、どこか納得のいかない様子を見せるヘルマンに、不思議そうな顔を向けた。



「なんだ?不満そうだな」 



「本当に、ただの鋼剣で良かったのか?」



 満足げな笑みを浮かべるアルギスに、ヘルマンは怪訝そうな顔で腕を組む。


 ヘルマンの視線に気が付いたアルギスは、キョトンとした顔で、再び剣に視線を落とした。



「ああ、これ以上ないほど注文通りだな。それとも、なにか問題があるか?」



「いや、大したことじゃないんだが、学院の生徒たちは皆、派手なスキルを持つ魔剣なんかを欲しがるものじゃないのか?」



 アルギス達の制服とただの鋼剣を見比べると、ヘルマンは難しい顔で呟く。


 しかし、呆れ顔を浮かべたアルギスは、やれやれといった風に首を横に振った。

 


「お前は、それを数日で作れるのか?」



「い、いや無理だが……」



 アルギスの問いかけに、ヘルマンは逃げるように目を逸らす。


 すると、アルギスは持っていた剣を鞘にしまって薄い笑みを浮かべた。


 

「なら、そもそも選択肢にないだろう。この鋼剣が現状、最良だ」



「それなら、いいけどよ……」


 

 らしからぬアルギスの言動に、ヘルマンは相変わらず納得がいかなそうに首を傾げる。


 剣帯に剣を差したアルギスが店を出ようとした時、これまで黙っていたレイチェルが声を上げた。



「ねえ、私にも剣を一本作ってくれないかしら?」



「あ、ああ、もちろんだ。どんな剣にするんだい?」



 レイチェルの声で我に返ったヘルマンは、要望を聞くため、羊皮紙とペンを取り出す。


 顎に指を当てて少し悩んだ後、レイチェルは何かを思いついたようにニコリと微笑んだ。



「そうね……アルギス様と同じものでいいわ」



「嬢ちゃんも、鋼剣でいいのか?」



 レイチェルの返答に、ヘルマンは目を丸くして羊皮紙から顔を上げる。


 一方、当のレイチェルは、微笑みを浮かべたまま首を縦に振った。


 

「ええ、それが良いの」



「わかった。……ちょっと手を見せてもらえるか?」



 数回浅く頷くと、ヘルマンはレイチェルの手に触れながら、羊皮紙に何かを書き込んでいく。


 それから、2人は剣のサイズや鞘のデザインについて話し合い始めた。


 

(……結局、新しい剣を買うのか)


 

 何食わぬ顔で剣を購入するレイチェルを半目で見つつも、アルギスは後ろでじっと待ち始める。


 やがて、羊皮紙から顔を上げたヘルマンは、レイチェルに引換証を渡した。



「これでよし。そうしたら、また1週間後くらいに来てくれ」



「楽しみにしているわ」



「世話になったな。また来る」



 未だヘルマンと話すレイチェルを尻目に、アルギスは早々に出口へ足を向ける。


 そのままアルギスが店を後にすると、レイチェルは追いかけるように店を飛び出した。


 

「置いていかなくてもいいじゃない」



「人聞きの悪い言い方をするな。外で待っていただろう」 


 

 ぷりぷりと怒るレイチェルをよそに、アルギスはレストランの並ぶ通りを目指して歩き出す。


 それからしばらくして2人が冒険者ギルドの側を通りかかった時、後ろからアルギスへと声をかける者が現れた。



「お久しぶりでございます、アルギス様」



「……マリーか。ダンジョンについて、問題はないか?」



 皮鎧の上に茶色のマントを纏う冒険者然としたマリーの姿に目を丸くしつつも、アルギスは柔らかい口調で声を掛ける。


 一方、悔し気に目を伏せたマリーは、頭を下げながら震える声で報告を始めた。


 

「はい。しかしながら、未だ深層には到達できていません」



(ソロで深層に向かうつもりだったのか。……やる気があるのも考えものだな)



 ”手が空いた時にダンジョンを調査しろ”という指示だったにもかかわらず、攻略を進めているマリーに、アルギスは内心で頭を悩ませる。


 しばしの沈黙の後、呆れ交じりに首を振った。



「……中層までで十分だ。身の安全を優先しろ」



「かしこまりました。そのように」



「アルギス様?そちらの方を、ご紹介願えるかしら?」


 

 突然現れたマリーに目を白黒させていたレイチェルは、小さな声でアルギスに話しかける。


 すると、アルギスはレイチェルへ紹介するように、顔を上げるマリーの背中をそっと押した。


 

「ああ、こいつは私の従者でマリーという。マリー、挨拶をしろ」



「ご紹介に預かりました。アルギス様の従者を務めております、マリーと申します」



「……私はレイチェル・ハートレス。アルギス様のクラスメイトよ、よろしくね」


 

 ピタリと両足をつけ、使用人として頭を下げるマリーに対し、レイチェルはどこか冷たい笑みを浮かべなら淑女の礼を取る。


 ニッコリと微笑み合う2人に、アルギスはぶるりと身を震わせた。


 

(……なんだ、この空気は)


 

 一見、仲良く挨拶をしているように見える2人の間には、どこか不穏な空気が漂っている。


 得も言われぬ恐怖を覚えたアルギスは、話題を変えようと慌てて口を開いた。



「挨拶は、もう済んだだろう」



「ええ。だけどマリーについて、もっと詳しく知りたいわ」



「……私も、ハートレス様に興味があります」



 目を離すことなく笑みを深めるレイチェルに、マリーは負けじと見つめ返す。


 すると、2人の顔を交互に見ながら首を傾げていたアルギスは、はたと手を打った。



「そうか、ならば私は先に帰る。女性同士で話したいこともあるだろう」



「え?」



「いや、あの……」 



 勝手な結論を出してスタスタと去っていくアルギスを、マリーとレイチェルは茫然と見送る。


 ややあって、我に返ったレイチェルが、大きなため息と共にマリーへ向き直った。



「……おすすめのレストランがあるのだけど、一緒にいかがしら?」



「……お供させて頂きます」



 レイチェルが夕食を提案すると、マリーは深々と頭を下げる。


 会話を終えた2人は、レイチェルおすすめのレストランへと無言で向かっていった。


 

 


 王都に五度目の鐘が鳴り響く頃。


 レストランの個室へと案内された2人は、テーブルに腰を下ろして向き合っていた。



「……さっきはお恥ずかしいところをお見せしたわ」



「いえ、私こそ使用人の身分にあるまじき無礼であったと後悔しています」



 互いに謝り続ける状況がおかしくなったのか、2人は徐々に笑顔になっていく。


 そして料理がやってくる頃には、すっかり仲が良くなっていた。



「ふふ、もう謝らなくていいわ。今後は仲良くしましょう」



「はい。ハートレス様とお知り合いになれたこと、嬉しく思います」



「私の事はレイチェル、と。……ちょうどお料理も来たみたいね。食べましょう」


 

 すっかり緊張のほぐれたレイチェルは、運ばれてきた湯気の立つ料理に目を輝かせる。


 2人が舌鼓を打ちながら会話を続ける中、次第に話題はアルギスのものになっていった。



「ねえ、お屋敷ではアルギス様は、どんなご様子なの?」



「そうですね……よく本を読んでいらっしゃいます。それに――」



 それからも続けて話すマリーの話に、レイチェルは自分の知らないアルギスの姿に目を輝かせる。


 すると、今度はマリーが表情を窺うように上目遣いでレイチェルの顔を見上げた。



「もしよろしければ学院でのアルギス様のご活躍をお聞かせ願いたいのですが……」



「ええ、もちろん。と言っても、まだそこまで話せることはないのだけどね……」



 マリーの問いかけに、レイチェルは困ったように笑いながら学院でのアルギスの様子を思い返す。


 しばしの間、互いに情報を交換した2人は、無言で手を握り合った。



「ねえ、貴女さえよければなんだけど……私が冒険者登録をしたら一緒に依頼を受けてくれないかしら?」



「え、ええ、構いませんが。その、私でよろしいので?」



 唐突なレイチェルの提案に、マリーは口をぽかんと開けて戸惑いを見せる。


 しかし、対面に座るレイチェルは、真剣な表情でマリーの手を握る力を強めた。



「貴女が良いの」



「……かしこまりました。最終的にはアルギス様のご判断になると思いますが、私個人は協力をお約束します」



 レイチェルの勢いに息を呑んだマリーは、目を見つめ返しながら力強く頷く。


 握っていたマリーの手を離すと、レイチェルは頬を緩めながら席を立った。



「そうね。じゃあ、その時になったらまた聞くわ」



「はい。私もアルギス様にお会いしたら確認をしておきます」



 約束を交わした2人は、来た時とは異なる穏やかな表情で店を出る。


 そして、王都にすっかり夜の帳が降りる中、別れを惜しみつつも、それぞれの宿許へと戻っていくのだった。

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