12話

 Sクラスの面々が地下のホールへ足を踏み入れると、他のクラスの新入生たちは、既に集まりきっていた。


 金属製の壁に囲まれたホールには、奥に向かって下るように椅子が設置されている。


 そして、椅子に座った新入生の目線の先は、純白と金の布で飾り立てられた舞台が用意されていた。



(新入生は……ざっと200人弱か) 



 各段にいる生徒を数えながらホールを下っていったアルギスは、最前列の椅子へ腰を下ろすと、頬杖をついて式の開始を待つ。


 数分が経ち、後からやってきた在校生で会場が埋まると、舞台袖のカーテンから光沢のある帽子とローブを身に着けた男が現れた。



「それではこれより、第513期アイワズ魔術学院、新入生入学式典を始めます。総員、起立をお願いいたします」

 


 床をするほど長いローブをはためかせた司会の男は、不思議なほどよく通る声で入学式の開始を宣言する。


 司会の指示に、賓客を含む会場の全員が一斉に立ち上がった。



「学院旗と創設者アイワズに、礼を」



 舞台の奥に体を向けた司会の男は、被っていた帽子を外し、学院の意匠が刺繍された旗へと頭を下げる。


 しばらくして顔を上げると、同様に顔を上げる生徒たちへ向き直った。



「着席。……では、学長のご挨拶となりますので、御静粛にお願いいたします」 



 頭を下げた司会が舞台袖に入ると、最前列に座っていた小柄な女性は静かに立ち上がり、舞台端の階段を登っていく。


 プラチナ色の長髪を揺らして講壇に立つ女性を、アルギスは訝し気に見上げた。



(随分若いな。……いや、見た目だけか?) 



「初めましてだね、僕が学長のアイリーン・オールディントン。まずは皆さんご入学おめでとうございます」



 会場をぐるりと見渡したアイリーンは、ペコリと頭を下げ、鈴を転がすような声で話し始める。


 しかし、一度言葉を区切ると、目の前に座るアルギスをじろりと睨みつけた。



「一部、元気のいい子もいるみたいだけど、学院の門をくぐったら一生徒。例外は認めないよ」 


 

(……なんだ、今の寒気は)


 

 背筋に冷たいものを感じたアルギスは、肩を上げ、ぶるりと身を震わせる。


 やがて、再度頭を下げると、アイリーンは拍手に見送られながら、階段を降りていった。


 

「続きまして、新入学生代表、アルギス・エンドワースの代表挨拶に移らせて頂きます」



(……行くか)


 

 小さく息をついたアルギスは、席を立ち、舞台に上がる階段へ向かっていく。


 そのままアルギスが階段を登ると、会場はひそひそとした話し声でざわつき始めた。


 

「ご紹介に預かった、アルギス・エンドワースだ。私が新入学生を代表し、簡単な挨拶をさせていただく」



 悠々と講壇に立ったアルギスは、自己紹介と共に会場の生徒を見回す。


 そして、未だ僅かにざわめく会場の中から、最前列に座る来賓や講師を目に留めた。



「……まずはこの学院に入学するにあたって、教員の皆様をはじめとする、関係者各位に多大なる感謝を」



 ニコリと微笑んだアルギスは、講壇に手をついて深々と頭を下げる。


 慇懃なアルギスの態度に、来賓や講師たちは信じられないものを見るように目を丸くした。

 


「さて、私は今、新入生代表などと呼ばれているが、これに誇るほどの価値があるだろうか?」



 ややあって顔を上げたアルギスは、生徒たちの座る後方に目線を移しながら、落ち着き始めた会場へと語りかける。


 栄えある代表の座を、まるで価値がないものだと言わんばかりの口ぶりに、静かになった会場は、先程よりも大きなざわめきに包まれた。



「答えは否だ。入学後、成長していく中で私を超える者が現れる可能性は、十分にある。故に――」



 しかし、語調を強めたアルギスは、言葉を区切りながら、再びゆっくりと会場を見渡す。


 そして、会場の意識が集中すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「私はこの学院で切磋琢磨し、そして共に成長していけることを楽しみにしている。……以上だ。ご清聴、感謝する」



 挨拶を終えたアルギスが頭を下げると、会場は水を打ったように静まり返る。


 少し遅れて拍手が響き渡る中、アルギスはそそくさと舞台端の階段へ足を向けた。



(はぁ、あとは座っているだけで終わるな) 



「では、続きまして――」


 

 アルギスが疲れたように椅子へもたれかかると、舞台袖に立った司会の男は、淡々とプログラムを進行していく。


 それからも、在校生代表の言葉、常勤する講師たちの紹介と順調に進行を続けていった。





 開始から2時間近くが経ち、時刻は正午を過ぎる頃。


 佳境を超えた入学式は、ついに司会による閉式の言葉を待つのみとなっていた。



「――以上をもちまして、第513期アイワズ魔術学院、新入生入学式典を終了いたします」 



「……さて、そろそろ戻るとしよう」



 誰にともなく呟いたアルギスは、後方の扉に向かう生徒たちの下へ向かっていく。


 講師だけが残ったホールを後にすると、元来た道を辿り、1階の教室へと戻っていった。

 


(まあ、だろうな) 

 


 教室に戻ったアルギスが扉を開けると、既にクラスメイト達は皆、先程と同じ席についている。


 しばしの逡巡の後、疲れた表情で近づいてくるアルギスに、レイチェルは嬉しげな微笑みを見せた。



「お疲れ様。……それにしても意外だったわ」



「なにか、面白いことでもあったか?」



 レイチェルの隣に腰を下ろしたアルギスは、不思議そうな顔で首を傾げる。


 すると、レイチェルは唇の端を上げ、からかうような笑みを浮かべた。


 

「貴方にも”共に成長したい”なんて気持ちがあるなんて思わなかったもの」



「……お前は、私をなんだと思っているんだ」



 心当たりのない評価に、アルギスはがっくりと肩を落とす。


 そのまま2人の会話が途切れると、静かになった教室へ、扉の開く音が響いた。



「すまん、すまん。遅くなってしまった」



 苦笑いを浮かべたブランドンは、手刀を切りながら、足早に教室へ入ってくる。


 急いで教壇へと向かうと、勢いよく頭を下げた。



「待たせておいて申し訳ないが、今日はこれで終わりだ。各自、寮に届いている荷解きでもしてくれ」



(やっと終わったか……ん?あれは)



 教室を出ていくブランドンを見ていたアルギスは、最前列で席を立つルカ達の姿が目に入る。


 レベッカがルカとシモンの腕を引っ張ると、3人は騒がしくも楽し気に教室を出ていった。



(やはり、仲がいいみたいだな)



 想像していた通りの光景に、アルギスはストーリーを思い出して懐かしい気持ちになる。


 しかし、未練を振り払うように短く息を吐くと、椅子を引いて立ち上がった。



「では、私はこれで失礼する。……また、教室で会おう」



「あ……ええ」



 スタスタと去っていくアルギスに、レイチェルは立ち上がろうと浮かしていた腰を落とす。


 寂し気に背中を見つめるレイチェルをよそに、アルギスは1人、無言で教室を出ていった。


 

(それにしても広い学校だ。移動だけで骨が折れる)



 キョロキョロと周囲を見回しながらアルギスが廊下を進んでいくと、校舎の外へ繋がる大扉が姿を現す。


 木製のシンプルな扉を開けた先には、今も生徒たちで賑わう煉瓦造りの食堂が、煙突からもうもうと煙を上げていた。



「寮は、あのどちらかか」


 

 食堂の奥に立ち並ぶ2つの城館を見上げると、アルギスは軽い足取りで食堂の横を通り抜けていく。


 すると、各寮の玄関前には簡易的な机が置かれ、男女に分かれた新入生が列をなして並んでいた。



「右が男子寮だな」



 新入生の列を見比べたアルギスは、迷うことなく男子生徒の集まる列の最後尾に並ぶ。


 やがて、前に並ぶ人数が減り始めると、机の前で生徒たちが金属製のカードを受け取っている様子が目に入った。



(あれは、魔術師協会の登録証に似ているが……)


 

 一見、魔術師協会の登録証にも見える手のひらサイズのカードには、黄色や緑で彫られた独特の装飾が入っている。


 既視感を感じるカードにアルギスが考え込んでいると、あっという間に順番がやってきた。


 

「お待たせしたね。じゃあ、クラスと名前を教えてもらえるかい?」



「Sクラス。アルギス・エンドワースだ」



 穏やかな笑みを浮かべた男の問いかけに、アルギスは逸る気持ちを抑えながら、簡潔に言葉を返す。


 そっと顎髭を撫でた男は、碧い瞳に驚きを湛えつつも、机に置かれたケースから深紅の装飾が入ったカードの1枚を取り出した。



「そうしたら、これを」



「これは一体何なんだ?」



 カードを受け取ったアルギスは、眉を顰めながら、ジロジロと両面を観察する。


 しかし、花のような装飾と、中央に学院のエンブレムが刻まれていること以外、これといった特徴は無い。


 釈然としない顔をするアルギスに、男は優し気な口調で説明を始めた。



「これは君の学生証であり、ルームキーだ。少し、魔力を込めてみるといい」


 

「おお!」


 

 訝しみつつもアルギスが魔力を流すと、カードの上にびっしりと文字の記載された表示が浮かび上がる。


 目を輝かせて驚くアルギスに、男は微笑ましいものを見るように眉尻を下げた。


 

「そこに記載されているのが学則になる。それに、試験でも使うことになるから無くさないように」



(……もしかして、登録証にも同じような機能がついていたのか?)



 ついこの間渡されたばかりの登録証に考えを巡らせたアルギスは、話を聞き流しながら、表示された学則をじっと見つめる。


 何も言わずに考え込むアルギスをよそに、男の説明は終盤へと差し掛かっていた。



「簡単な説明は以上だ。君の部屋は516だから、奥の魔導昇降機を使ってくれ」



「ああ、了解した」



 男に頷きを返すと、アルギスはカードを上着のポケットにしまいながら、玄関口に顔を向ける。


 そのまま立ち去ろうとするアルギスに、男は思い出したように立ち上がって、手を差し出した。



「言い忘れていたが、私は寮長のグレイ。寮でわからないことがあったら、なんでも聞いてくれて構わないよ」



「これから、よろしく頼む」



 グレイと握手を交わしたアルギスは、大きな木製の扉が開かれた玄関口を抜け、ホールへと足を踏み入れる。


 そして、正面の階段下に廊下を見つけると、共同リビングで談笑する生徒たちを尻目に、ホールの奥へ向かっていった。


 

(……これが、魔導昇降機?)



 ランプの光に照らされた空間には、鉄格子のような蛇腹扉が2つ、横並びに備え付けられている。


 無骨な設備に困惑しつつも、アルギスは片方の扉を開けて魔導昇降機に乗り込んだ。



(中は殆どエレベーターだな。ボタンではなくレバーがついているのは多少気になるが、まあいい) 



 アルギスがレバーを上げた魔導昇降機は、床に振動を伝え、キュルキュルと駆動音を立てて上がっていく。


 徐々に駆動音を高くしながら3つの階を超えると、ベルの音と共にピタリと動きを止めた。



「ふむ……」



 扉を開けて外へ出たアルギスは、奇妙な違和感を感じて後ろを振り返る。


 しかし、すぐに興味を失うと、前を向き直り、指定された部屋を探し始めた。


 

「513、514、515。ここだ」 


 

 指定された部屋に着いたアルギスが、扉横の装置へと学生証を翳すと、2枚扉の中心からガチャリと音が響く。


 そして扉を開けた先には、ゆったりとしたソファや大理石のテーブルなどが備えられたリビングルームが広がっていた。



「思っていたよりも広いな。色々と調べてみよう」


 

 ソファに制服の上着を掛けたアルギスは、リビングを歩き回りながら、あちこちを観察し始める。


 家と見まがうほどの広さをもつ部屋には、寝室やバスルームだけでなく、小さいながら厨房まで用意されていた。


 

「ん?……中庭が見えるのか」



 部屋を見回る中、ふと窓際に顔を向けたアルギスは、青々と茂る中庭の芝生に目線を落とす。


 美しい中庭の光景に、現状をしばし忘れ、これからの生活への期待に胸を膨らませるのだった。

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