11話

 入学試験から1ヶ月が過ぎ、少しだけ暖かくなった風の吹く、穏やかな陽気の中。


 学院へと向かう馬車に揺られていたアルギスは、真新しい制服に目線を落とした。



(これを、実際に着ることになるとはな) 



 純白の生地で仕立てられた詰襟の制服は、正面に金色のボタンが二列に配置され、胸には学院のエンブレムが金糸で小さく刺繍されている。


 さらに目線を下に落とせば、上着同様真っ白のスラックスが、窓から漏れる朝日を反射していた。



(こんな服でも皮鎧程度の性能はあると書かれていたが……うーむ)



 制服の上下を軽く叩いたアルギスは、合格通知に同封された納品書の内容を思い出し、首を傾げる。


 以降も袖や裾をつまんで制服を確認するアルギスに、対面に座るマリーが声を掛けた。



「その、アルギス様、そろそろ……」


 

「ああ、そうだな」 


 

 マリーの声で窓の外に目を向けたアルギスは、学院が近づいていることを確認すると、制服のポケットから手紙を取り出す。


 やがて馬車が正門の前で停車すると、扉を開けて待つマリーに続いて馬車を降りた。


 

「マリー、この手紙と例の魔物をローズ・テイラーズに届けておけ」



「かしこまりました。……いってらっしゃいませ、アルギス様」



 手紙を受け取ったマリーは、正門へと向き直るアルギスに、深々と頭を下げる。


 マリーに続いて頭を下げる使用人たちの声の背に、アルギスは軽く身なりを整えると、学院へと歩き出した。


 

(さあ、始まるぞ)



 アルギスが正門を抜けると、中庭へと続く通路は、アルギス同様真新しい制服を纏う生徒たちの活気に包まれている。


 辺りを見回す生徒の列に交じったアルギスは、そのまま中庭を抜け、校舎の中へと入っていった。



(……ご丁寧に、まあ)


 

 新入生で混み合う校舎の玄関ホールには、クラスごとに方向を指示する案内板がたてられている。


 1人生徒の流れから外れたアルギスは、案内板の指示する方向へと向かっていった。


 

「どうやら、ここのようだな」



 指定された教室に辿り着いたアルギスが扉を開けると、室内には一列に10人は座れるだろう長机が整然と配置されている。


 しかし、四列もある長机には、僅かに6人の生徒がバラバラと散らばって座っていた。



(短い茶髪に仏頂面……シモンか)



 教室の最前列に目を向けたアルギスは、窓際に、勇者パーティの1人――シモン・シュタインハウザーを見つける。


 ややあって、難しい顔をしたシモンから目線を外すと、二列目で微笑みながら手を振るレイチェルが目に入った。



「あら、アルギス様。ごきげんよう」



「……ああ、お前もな」


 

「相変わらず、冷たいのね」


 

 軽く挨拶を返したアルギスが横を通り抜けると、レイチェルは後を追うように席を立ち上がる。


 そして、アルギスを追い越すように、誰もいない最後尾の列に座り直した。



「そんなに避けなくても、よろしいんじゃなくて?」



「避ける意図はない。同時に横に並ぶ理由もない、ただそれだけだ」



 不満げに頬を膨らませるレイチェルを訝しみつつも、アルギスは諦めたように隣へ腰かける。


 すると、レイチェルはわざとらしく口元に手を当てて、悲し気に目を伏せた。


 

「まあ、先日は一晩を共にしたというのに……」



「ちょっと待て、食事をしただけだろうが。なにが一晩を共に、だ」



 小さく呟かれたはずの言葉に教室全体の空気が変わことを悟ったアルギスは、これ以上の被害を避けるため、即座に口を開く。


 珍しく慌てた様子のアルギスに、レイチェルはいたずらっぽい笑みを浮かべて、顔を上げた。


 

「一晩、食事を共にしたじゃない」



「……ならば、そう言え。誤解を招く」



 きちんと訂正されたレイチェルの言葉に、アルギスはホッと安堵のため息をつく。


 再び教室を穏やかな雰囲気が包み始めた時、バンッと音を立てて勢いよく扉が開かれた。



(今度はなんだ?) 



 アルギスが何事かと顔を向けると、オレンジ色の髪を2つに束ねた少女と、黄金のような金髪を持つ少年が目に入る。


 まなじりを吊り上げた少女は、困惑する少年をグイグイと引っ張りながら教室の中へと入ってきた。



「ほら!やっぱり、もうみんな来てる!」



「そ、そんなに急がなくても大丈夫だよ、レベッカ」


 

「ルカはそう言って、いっつも最後じゃない!」



「そうかも知れないけど……」



 必死に宥めつつも、ルカは不機嫌そうなレベッカに引きずられていく。


 そのまま最前列に座った2人は、先に待っていたシモンと親し気に話し始めた。



(ルカとレベッカか。性格も、そのままみたいだな)



 懐かしさすら感じるやり取りに、アルギスは思わず目を細める。


 そのままぼんやりと3人を眺め続けるアルギスに、レイチェルは不思議そうな顔をしていた。



「英雄派なんかに興味があるの?」



「……いいや、騒がしい連中だと思っただけだ」



 レイチェルの声で我に返ったアルギスは、つまらなそうに3人から視線を外す。


 2人の会話が終わってしばらくすると、再び扉が開き、快活な笑みを浮かべる大柄な男が姿を現した。



「入学おめでとう、お前たちは10人しかいないSクラスだ。そして俺はこのクラスの担任になったブランドン・グリフィス、1年ないしは半年の間よろしくな」



(10人……ゲーム内の登場キャラクターが5人と考えれば妥当か) 


 

 教壇に立ったブランドンの言葉に、アルギスは改めて3人の後ろ姿を見つめる。


 一方、片手に持っていたバインダーへ目線を落としたブランドンは、一度顔を上げて教室を見回した。



「お前らにも名前と職業くらいは自己紹介をしてもらおう。名前を呼ばれたら前に出てくるように、まずは……ルカ・ファウエル」



「は、はい!」



 いきなり名前を呼ばれたルカは、調子の狂った返事と共に慌てて席を立つ。


 そして、顔を赤くしながら教壇へ向かうと、緊張交じりに口を開いた。


 

「名前はルカ・ファウエルといいます。職業はナイトです、よろしくお願いします!」



(……勇者も、魔族も関係ない。俺は反乱を阻止するだけだ)


 

 ルカが頭を下げて元の席へ戻ると、アルギスは俯いて拳を握りしめる。


 それから数人の自己紹介が終わった頃、ふと顔を上げると満面の笑みを浮かべたレベッカが壇上に立っていた。


 

「名前は、レベッカ・ファルクネス!職業はウィザード。そして未来の魔導師よ、よろしくね!」


 

(……ああ、本当に、そのままなんだな)


 

 小ぶりな胸を堂々と張るレベッカに、アルギスは眩しいものを見るように目を細める。


 しかし、アルギスの視線に気が付いたレベッカは、キッと睨みつけ、そっぽを向いて席に戻っていった。



(俺、なにかしたか……?)



「次、レイチェル・ハートレス」


 

 アルギスが既にクラスメイトから嫌われている事実を悲しんでいると、レイチェルの名前が呼ばれる。


 隣に座っていたレイチェルは、静かに立ち上がると、どこか思案顔で教壇へと歩いていった。



「レイチェル・ハートレスよ。職業は……ウィザードね」



「本来であればアリア・ソラリアもこのクラスだが、本日は公務で欠席だ。よって次は……最後だな、アルギス・エンドワース」



(俺が最後だったか……途中、あまり聞いていなかったな)


 

 名前を呼ばれたアルギスは、内心反省しつつ席を立つ。


 席に座るレイチェルと入れ替わるように教壇へと向かっていった。



「アルギス・エンドワース。職業はネクロマンサー、以上だ」



「……さて、自己紹介も終わったところで入学式だ。地下のホールへ向かうから、ついてきてくれ」



 アルギスが席へ戻ると、ブランドンはバインダーを小脇に抱え、教壇を降りる。


 そのまま扉を開けて教室を出るブランドンをSクラスの面々が追いかける中、レベッカが前を歩くアルギスの肩を掴んだ。


 

「あなたがアルギス・エンドワースね!」



「ああ、そうだが。それがどうした?」



 突然名前を呼ばれたアルギスは、不思議そうな顔で後ろを振り返る。


 すると、レベッカは鼻息を荒くして、首を傾げるアルギスをビシっと指さした。



「私はあなたに、絶対負けない。その宣言をしに来たの」



「……好きにしてくれ」



 レベッカのよくわからない宣言に、アルギスは目を白黒させた後、がっくりと肩を落とす。


 一方、アルギスの態度に顔を真っ赤にしたレベッカは、地団駄を踏んで去っていった。



「見てなさい。その余裕、いつまでも続かないわよ!」 



「なんだったんだ、一体……」 



 肩を怒らせてズカズカと去っていくレベッカの背中を、アルギスは茫然とした表情で見つめる。


 隣でアルギスを待っていたレイチェルは、クスクスと楽しげな笑い声をあげた。

 


「早速ライバル認定なんて、人気者なのね」 


 

「おちょくっているのか?」



 レイチェルに顔を向けたアルギスは、眉を顰め、ありありと不満を露にする。


 しかし、レイチェルは笑みを崩すことなく、ひらひらと手を振った。


 

「まさか。あの子は次代の”ワイズリィ”を狙っているみたいだから、貴方に興味があるのよ」



「私は別にそんなものを、欲しがっていないんだがな」



 やりきれない状況に嘆息したアルギスは、重い足取りで廊下を歩き出す。


 最高位魔導師の称号にまるで興味の無いアルギスに、レイチェルは目を剥いて驚いた。


 

「ワイズリィをそんなもの呼ばわりするのは、きっと貴方くらいよ?」



「……そうか」 



 レイチェルの視線に居心地の悪くなったアルギスは、無意識に歩く速度を上げる。


 そして、遠くなってたブランドンの後を追いかけ、入学式会場のホールへと急ぐのだった。

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