9話

 王都へとやってきて2週間が経ったある日。


 朝日が降り注ぐ中、アルギスの姿はアイワズ魔術学院の正門にあった。



「ここからが、本番か」


 

 雲をかき分けるように聳え立つ円柱状の塔を見上げたアルギスは、両脇に警備員の立つ門をくぐり、学院の敷地に足を踏み入れる。


 堅牢な石畳で舗装された通路の先には、中心で噴水が今もキラキラと水を噴き出し、辺り一帯に緑の映える中庭が広がっていた。



(……確か、図書館は校舎の左手だったな)


 

 他の受験生が揃って校舎へと向かう中庭で、1人足を止めたアルギスは、左右に忙しなく目線を動かす。


 少しの間、初めて実際に見るアイワズ魔術学院に心を躍らせていると、後ろから肩を叩かれた。


 

「ごきげんよう、アルギス様。お久しぶりね」



「……ああ、久しいな。ハートレス嬢」



 すっかり夢中になっていたアルギスは、横へ並んだレイチェルにハッと我に返って校舎へと歩き出す。


 視線を合わせようとしないアルギスに、レイチェルは肩を落とし、大げさに落ち込んだ様子を見せた。



「あら?冷たいのね。私は楽しみにしていたというのに」 



「気味の悪い冗談はやめろ」



 ぶるりと体を震わせつつも、アルギスは足を止めることなく、試験会場へと向かっていく。


 隣を歩くレイチェルは、にべもないアルギスの態度に、苦笑いを浮かべた。



「冗談ではないのだけれど……それにしても、随分と余裕なのね」



「……そう見えるか?」 



 試験会場の前で立ち止まったアルギスは、真剣な表情で、レイチェルの目を見つめる。


 そして、息を呑むレイチェルに、ニヤリと口角を上げると、勢いよく扉を開いた。



「まあ、そうでなければ、こんなところにはいないな」



「……あなたの隣は、大変そうね」


 

 去っていくアルギスから目線を外したレイチェルは、教壇を中心として扇状に配置された机の中から、急いで指定された席を探し始める。


 やがて、会場が受験生で埋まりきる頃、黒髪に無精ひげを生やした男と淡い黄色の髪をした少女が入ってきた。

 


「初めまして受験者諸君、ようこそアイワズ魔術学院へ。今回試験監督を務めることになった、俺はライアン、こっちはイリスだ」



 教壇に立ったライアンは、隣に立つイリスを紹介しながら、会場をぐるりと見渡す。


 少しの間が空いて、室内がシンと静まり返ったことを確認すると、ゆっくりと三本指を立てた。


 

「君たちはこれから3つの試験を受けることになる。まずは筆記の試験からだ、机の中から箱を取り出してくれ」



 ライアンの指示に、受験生たちは一斉に縦横30センチほどの木箱を取り出す。


 再びぐるりと会場を見渡したライアンは、静けさを保つ受験生たちを見て満足げに頷いた。



「よし、全員手元にあるな。中には問題と解答用紙、そして筆記用具が入っているはずだ。確認してくれ」



(……学院のエンブレムか。懐かしいな)



 木箱の蓋に刻まれた、六芒星を8つの円が囲む学院の意匠に、アルギスは思わず頬を緩める。


 しかし、すぐに表情を引き締め直すと、木箱の中身を取り出して、小さく息をついた。



(これでいい。後は、問題を解くだけだ) 



「これも問題なし、と。箱は蓋をしないで仕舞っておいてくれ。試験開始は鐘が鳴るまで待機だ」



 教壇の端から椅子を引っ張ってきたライアンは、役目を終えたとばかりにドカリと腰かける。


 次の瞬間、受験生たちの緊張が高まりきった会場に、甲高いベルの音が鳴り響いた。


 

「――それでは試験、始め!」



 ライアンが声を張り上げると、ベルの鳴り止んだ会場には、パラパラと問題用紙をめくる音が響き始める。


 受験生たちが必死で問題と睨めっこを繰り返す中、アルギスはつまらなそうにペンを走らせていた。



(なんだ、これは?問題の量が多いだけで、内容はまるで拍子抜けだぞ)


 

 30ページを超える問題用紙には、細かな文字でびっしりと設問が記載されている。


 しかし、設問の内容は、アルギスが幼少期に屋敷で学んだものと、そっくり同じだったのだ。



(……灰色の記憶にも価値はあったか。まあ、二度とごめんだがな) 



 自嘲気味な笑みを浮かべたアルギスは、嫌な記憶を振り払うように、集中して問題を解き進めていく。


 すると、解答用紙はみるみるうちに空欄が無くなり、30分が経つ頃には、すっかり文字で埋め尽くされていた。



(こんなものだろうな。……試験が終わるまで、少し休むか)



 解答の確認を終えたアルギスは、机に頬杖をつくと、気が抜けたように瞼を閉じる。


 やがてアルギスが寝息を立て始めた頃、未だにカリカリとペンを動かす音が聞こえる会場に、試験の終了を報せるベルが鳴った。



「筆記試験はここまでだ。全員、さっきの箱に解答用紙を入れて蓋をしておいてくれ。一度閉めると開かないから注意しろよ」



(……この箱は不正対策だったのか) 



 明らかになった木箱の用途に驚きつつも、アルギスはライアンの指示通り、解答用紙を仕舞って蓋を閉める。


 ややあって、受験生たちが解答を仕舞い終えると、ライアンは椅子から立ち上がってイリスを指さした。



「それでは解答用紙を仕舞い終えた者から、イリスの指示に従ってくれ」



「次の試験は魔力量の測定になります。会場へご案内しますので、ついてきてください」 



 ライアンと入れ替わるように声を上げたイリスは、教壇を降りてスタスタと会場を出ていく。


 慌てて席を立った受験生たちは、イリスを追いかけてぞろぞろと出口へ向かい始めた。



「思っていたほど、生易しい場所ではないようだな」



 少し遅れて席を立ったアルギスは、学院の対応に目を細めながら会場を出ていく。


 すると、会場を出た先の廊下では、既にイリスが次の会場へ向けて歩き出していた。



(随分と不親切だが、これは……)


 

「一列に並んで移動してください」



 先頭を歩くイリスは、時折振り返って指示を出しながら、受験生たちを誘導していく。


 そして、廊下の半ば過ぎまでやってくると、くるりと身を翻して元来た道を戻り始めた。



「会場はこちらです」


 

 不可解なイリスの行動に、受験生たちは立ち止まってコソコソと話し出す。


 しかし、不満げに口元を歪めたアルギスは、1人受験生たちをかきわけ、乱れだす列から飛び出した。



(明らかに不自然だ。これも試験の一環だろうな) 



 アルギスがイリスの後ろに付くと、受験生たちは多少尻込みしつつも、吊られて後を追いかける。


 それから黙って廊下を歩くこと数十分。


 筆記試験の会場近くまで戻ってきたイリスは、遂に次なる会場の扉を開いた。



「失礼いたします。201番から338番、欠員無しです」 



「お!この班は脱落者なしか。さすがだな、イリス」



 会場の入り口にいた試験官は、声を弾ませながらイリスの肩を叩く。


 笑顔を見せる試験官に対し、両手を横に揃えたイリスは、どこか悔し気に小さく腰を折った。



「恐縮です」



(……ふん、何が”3つの試験を受けることになる”だ) 



 意図せず仮説が証明されたアルギスは、苛立たしげに鼻を鳴らす。


 しかし、会場の中に目線を移すと、怒りに歪んでいた表情を一変させた。


 

(これだけの数の”魔感知の水晶玉”を用意するとは……。しかも、見たことのない大きさだぞ)



 大広間のような会場には、100を超える机に、1人ずつ試験官が腰掛けている。


 そして、ズラリと並べられた机の上では、人の頭部ほどもある巨大な”魔感知の水晶玉”が、その存在を主張していた。



「よし、そうしたら201番の者から順に向かってくれ。机はどこでも大丈夫だ」



(……201番。行くか)



 自らの番号を確認したアルギスは、辺りを見回す受験生たちを離れ、入り口から最も近い机へと向かっていく。


 アルギスが椅子を引いて腰を下ろすと、白衣に身を包んだ試験官は、ニコニコと笑いながら片手を差し出した



「私はフィオナ。短い付き合いだけど、よろしくね!」



「ああ。それで、どうすればいい?」



 気もそぞろにフィオナの手を握り返したアルギスは、落ち着かない様子で水晶玉に視線を落とす。


 すると、水晶玉を挟んで対面に座るフィオナは、羊皮紙を片手に身を乗り出した。



「じゃあ、まずは簡単な質問から。名前と受験番号をどうぞ!」



「……名はアルギス・エンドワース。番号は201番だ」



 やたらと元気のいいフィオナに辟易としたアルギスは、淡々と必要な回答だけを返す。


 しかし、当のフィオナは気にした様子もなく、手に持った羊皮紙とアルギスを見比べながら質問を重ねた。


 

「ズバリ、志望は騎士?術師?はたまた治癒師?」



「術師だ」


 

「よーし。そしたら、測定いってみようか!この水晶玉に手を置いてー」



「これでいいのか?」 



 待ちくたびれていたアルギスは、言われるがままに水晶玉へ手を乗せる。


 羊皮紙にサラサラとペンを走らせると、フィオナはアルギスへ歯を見せて笑った。


 

「うん。あとは魔力を込めてくれれば大丈夫!」



(確か、前回測った時は青だったが……) 


 

 公都での測定結果を思い出しつつ、アルギスが魔力を込めると、水晶玉はぼんやりと光り、徐々に色づき始める。


 やがて、水晶玉が赤紫色に染まると、フィオナは齧りついて目を見開いた。


 

「む、紫だ……!入学試験で初めて見た!」



「そうか。それで、次の会場はどこだ?」



 水晶玉から手を離すと、アルギスは席を立ってフィオナを見下ろす。


 しかし、顔を上気させたフィオナは、未だ赤紫に光る水晶玉をじっと見つめていた。



「ねえ、もっと喜びなって!皆に自慢出来るぞー?」



「次の、会場は?」


 

 軽口をたたくフィオナに、アルギスは語調を強めて質問を繰り返す。


 すると、顔を上げたフィオナは、アルギスの表情を確認して額に汗を浮かべた。



「あ、ハイ。……術師志望は校舎の西口から外に出てね、案内役がいるはずだから」



「では、これで失礼する」



 次の指示を聞きだしたアルギスは、逃げるようにフィオナへ背を向ける。


 そのままアルギスが会場の出口へと歩き出すと、フィオナは口元に手を添えて声を張り上げた。


 

「ねぇ!合格したら私の講義とってね!」



「ああ、考えておくよ……後ろ向きにな」


 

 誰にも聞こえない呟きを零したアルギスは、うんざりした表情でフィオナから離れていく。


 そして、魔力の測定会場を出ると、真っすぐに次の試験会場を目指すのだった。 

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