8話
王都へ着いた翌日の昼下がり。
ソウェイルドの指示通り、アルギスは王都の魔術協会にやってきていた。
「アルギス様、到着いたしました」
「ここが魔術師協会か……」
馬車から降りたアルギスは、貴族街と商業区にまたがる巨大な角柱状の建物を見上げる。
しばらくして正面玄関へ目線を落とすと、憂鬱そうに首を回しながら足を進めた。
「すぐに戻る、ここで待っていろ。……お前は登録証を用意しておけ」
「はい、こちらに」
小さく頭を下げたマリーは、金属製のカードを手にアルギスの後を追いかけていく。
正面玄関を抜けた先では、ローブに身を包んだ女性が受付に座り、ニッコリと微笑んでいた。
「魔術師協会へようこそ。登録証はお持ちでしょうか?」
「ああ。……マリー」
「こちらを」
アルギスが顎をしゃくると、マリーはすかさず受付嬢の進み出て2枚のカードを差し出す。
2人の登録証を受け取った受付嬢は、慣れた手つきで小さな金属の箱へ翳した。
「……確認致しました。どうぞ中へお入りください」
(なるほど。ここは、そういう場所か)
手元に置かれた淡く明滅するカードを拾い上げたアルギスは、普段見る魔道具とは一線を画す技術力に舌を巻く。
そして少しだけ上機嫌になりつつ、受付嬢の横を抜けて建物の内部へと繋がるゲートをくぐると、青々とした中庭が目に飛び込んできた。
(このサイズの建物をくりぬいている?いや、違うな……あれは全部別の建物だ)
1つの角柱に見えていた協会の建物は、中庭を中心として7つの塔がコの字型に並んで建てられている。
塔の中から最奥の中心に位置する塔を見据えると、アルギスはわき目も振らず真っすぐに向かっていった。
「――待ちたまえ。ここから先は立ち入り禁止だ」
「立ち入る気はない。これをマリオン・クロフォードとやらに渡してくれ」
入り口の前に立つ警備の男に軽く手を振ったアルギスは、懐からソウェイルドの手紙を取り出す。
すると、警備の男は2人の前に突き出していた手を降ろして、アルギスと手紙を交互に見比べた。
「クロフォード様に?」
「ああ、なんでも”ワイズリィ”からの要望だそうだ」
胡乱な目で見つめる警備の男に、アルギスは手紙を弄びながら言葉を返す。
アルギスの正体に気が付いた警備の男は、慌てて態度を変え、恭しく手紙を受け取った。
「大変、失礼いたしました。こちらは責任を持ってお預かりいたします」
「……さて、お使いは終わりだ。戻るぞ」
「かしこまりました」
(冒険者ギルド……。実物は、一体どんなところだろうか?)
塔に背を向けたアルギスは、無意識につり上がる口元を抑えながら、元来た道を戻っていく。
そして魔術師協会の玄関前に停めてあった馬車に飛び乗ると、対面にマリーが乗り込むや否や声を上げた。
「次は冒険者ギルドだ。出せ」
アルギスの指示が出ると、馬車は冒険者ギルドへ向けて、商業区の通りを走り出す。
馬車がガタガタと音をたて、石畳の上を進む道中で、アルギスは向かいに座るマリーの様子に目を細めた。
「随分と嬉しそうだな。どうした?」
「いえ。ただ、アルギス様がこれほどご期待なされるとは、と驚いておりました」
顔を伏せつつも、マリーは一層嬉しそうに笑みを深める。
マリーの返事に目を丸くしたアルギスは、思わず口元を覆いながら窓の外に目線を移した。
「……そう、か。そうだな、楽しみだよ。非常にな」
楽し気に笑う2人を乗せた馬車は、街行く人々が中を抜け、通りを進んでいく。
やがて、高いアーチ型の扉を持つ煉瓦造りの建物が近づくと、徐々に速度を落とし始めた。
(実物が、これほど大きいとはな……)
停車する馬車の中から外を眺めていたアルギスは、イラストと見比べても、なお迫力のある建物の姿に茫然とする。
尻ごみしつつも馬車を降りたアルギスが扉をくぐると、入り口の側には受付エリアが配置されていた。
「王都冒険者ギルドにようこそ。本日は、どういったご依頼でしょうか?」
「ダンジョンに関する情報が知りたい」
「……冒険者証は、お持ちでしょうか?」
カウンターへ身を乗り出すアルギスに、受付嬢はぎこちない笑顔で首を傾げる。
すると、アルギスはピクリと眉を上げ、上着の襟を正しながら身を引いた。
「いや、持っていないな……」
「それですと、ダンジョンの情報についてギルドからお教えすることは出来かねます」
小さく安堵の息を吐きつつも、受付嬢は申し訳なさそうに目を伏せる。
ややあって、再びカウンターに手をついたアルギスは、難しい顔で受付嬢の顔を見つめた。
「……今、作成することは可能か?」
「はい。13歳以上の方であれば、どなたでも登録可能でございます」
元通りの笑顔を浮かべた受付嬢は、片手を挙げて別室を指し示す。
受付嬢の指す先を一瞥すると、アルギスは何も言わずに出口へ足を向けた。
(来るのが、少しばかり早かったな)
「あの、よろしければ私が登録して参りましょうか……?」
トボトボと肩を落として歩き出すアルギスに、マリーはおずおずと声を掛ける。
はたと立ち止まったアルギスは、目を輝かせながら後ろを振り返った。
「ああ、登録して話を聞いてこい」
「かしこまりました。では、行って参ります」
静かに頭を下げると、マリーは受付嬢の案内通り、別室へ向かっていく。
一方、マリーと別れたアルギスは、立ち止まったまま天井を見上げ、辺りをぐるりと見回した。
(中は、ゲームと同じだ。冒険者も、依頼の貼りつけられたボードも全部……)
天井からランプの吊られたギルドホールでは、今も武器を携えた冒険者が木製の掲示板の前で話し合っている。
そして、埃っぽいホールの奥に用意された幅の広い螺旋階段もまた、ゲームと同様に上の階へと繋がっていた。
「2階にも行ってみるか」
誰にともなく呟いたアルギスは、期待に胸を膨らませながら階段を登っていく。
ギシギシと音をたてる鉄製の階段を抜けた先には、分厚いガラス張りの窓から夕陽の差し込む待合所のような空間が広がっていた。
(アイテムショップ以外にも、こんなにいろいろあったのか)
初めて実際に見るギルドの光景に、アルギスはキョロキョロと忙しなく目線を彷徨わせる。
長机と椅子の置かれた待合所には、アルギスもよく知る、ポーションなどを扱うアイテムショップが看板を立てていた。
しかし、実際のギルドはアイテムショップだけでなく、簡易的な酒場や食事処、武器を研ぎ直す出張鍛冶屋まで併設されていたのだ。
「はぁ」
予想以上の待合所の広さに驚きつつも、アルギスは近くにあった椅子へと腰かける。
しばらくの間、ボーっと辺りの様子を眺めていると、後ろの席に座った2人の冒険者の会話が耳に入ってきた。
「おい聞いたか、ジャンゴ。ブラッドの野郎がまた生き残ったってよ」
「お、そうだったな。俺も見に行ったけど、今度は魔剣が折れてたぞ」
大柄な冒険者が肘でつつくと、細身の冒険者はどこか自慢げに言葉を返す。
すると、大柄な冒険者は、だらしなく背もたれに体を預けながら、天井を見上げた。
「……チクショウ。金が無くても、やっぱ見に行くべきだった」
「ははは、残念だったな、モリス。剣を振り下ろした処刑人の顔、見ものだったぜ」
(一体、何者なんだ?)
アルギスがバレないように耳を傾けていると、2人はその後も”ブラッド”なる人物の話を続ける。
曰く、どんな剣も魔術も効かない。曰く、怒鳴り声で逆に処刑人が死んだ。
(眉唾な話ばかりだな。そんなやつ、本当にいるのか?)
あまりにも強烈な逸話の数々に、作り話を疑いつつも、アルギスはじっと冒険者達の話を聞く。
ひとしきり話し終えた2人は、これまでの笑みを潜め、少しだけ声のトーンを落とした。
「しかし、あいつもよくやるよな」
「ああ、貴族への不敬でとっ捕まってから、もう12回目の処刑だぜ?」
呆れ顔を浮かべるモリスに対し、ジャンゴはぼんやりと中空を眺めながら不安げに呟く。
反射的に後ろを振り返ったアルギスは、しみじみとする2人の冒険者を視界にとらえた。
「そいつは、今どこに捕まってるんだ?」
「うお!?」
突然かけられた声に、2人は飛び上がるように、びくりと肩を揺らす。
しかし、モリスはすぐに立ちあがると、アルギスを見下ろしながら睨みつけた。
「坊主、勝手に人の話を聞いちゃいけねぇぜ?」
「ああ、その詫びも兼ねて、そこの酒場でなにか奢ろう。どうだ?」
立ち聞きを注意されたことを気にする様子もなく、アルギスは併設された酒場を指さす。
つられてアルギスの指さす先を見た2人は、じっと見つめ合った後、揃ってニンマリと相好を崩した。
◇
待合所に併設された酒場では、汚れたエプロンをかけた店主が大樽から酒を注いでいる。
傷の目立つ粗末なカウンターに腰かけたアルギス達は、”ブラッド”について話し込んでいた。
「3年前、王都のギルドであいつが貴族を殴ったんだ」
「ああ、あれは胸がスッとしたね」
身振り手振りを交えながら楽しそうに話す冒険者たちに挟まれながらも、アルギスの顔は晴れない。
というのも、話を聞いていくうちに、かなりの貴族嫌いだということが分かったのだ。
(権力では、どうにもならなそうだが……)
一筋縄ではいかない現状に、アルギスはじっと考え込む。
すると、今まで楽しそうに話していたジャンゴは、困ったような笑みを浮かべ、アルギスの肩に手を置いた。
「ま、今はもう数ヶ月に1回の処刑でしか顔を見られなくなっちまったからな」
「ああ。でもその代わり、処刑場は毎回大盛り上がりだぜ」
悲しそうに酒を流し込むジャンゴに対し、モリスは相変わらず楽しそうに言葉を引き継ぐ。
モリスの奇妙な物言いに、アルギスは腑に落ちない表情で顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「どういう意味、って。市場に掲示が出るだろ?あれだよ」
モリスによれば、なんでも市場でされる掲示にブラッドの処刑があると王都の市民は、皆処刑場に集まる。
更に、それだけに留まらず、どう生き残るのかを予想する賭け事まで行われているというのだ。
「ただ、今流れてる噂じゃ、次は武闘大会の優勝者に首を斬らせるらしいぞ」
「そうなりゃ、あいつも最後かもなぁ……」
(死ぬ前に一度、会ってみたいものだ。王国の武闘大会といえば、年の終わり頃のはずだが……)
腕を組んで唸っている2人を尻目に、アルギスは大盛り上がりとまで言われるブラッドの処刑に思いを巡らせる。
少し間があいて、再び2人に話しかけようとした時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「アルギス様、こちらにいらっしゃったのですね」
「ああ、暇だったからな」
後ろを振り返ったアルギスは、少しむくれた様子のマリーに肩を竦めながら席を立つ。
そして、ポケットから数枚の金貨を取り出すと、2人の座るカウンターの上に重ねた。
「……楽しかったぞ、また聞かせてくれ」
「おい!こんなに注文してないぞ」
金貨をじっと見つめながらも、ジャンゴは立ち去ろうとするアルギスへ慌てて声を掛ける。
しかし、アルギスは振り返ることなく、軽く手を振って歩き出した。
「情報料も込みだ、取っておけ。マリー、行くぞ」
「はい」
騒ぎ立てるモリスとジャンゴを無視して酒場を後にすると、2人は並んで階段を降りていく。
やがて、1階へと戻ったアルギスは、足を止めることなく口を開いた。
「……それで、どうだったんだ?」
「登録は完了しております。また情報についても、ご要望のものを調べてまいりました」
「ならば、なぜ浮かない顔をしている?」
「それが、どうやら冒険者としての等級に応じて、得られる内容に制限があるようでして……」
訝しむアルギスに頭を下げたマリーは、弱々しい声で言葉を返す。
冒険者ギルドの規則に眉を顰めつつも、アルギスは横を歩くマリーへ顔を向けた。
「わかった限りで構わん。話せ」
「かしこまりました。不完全な情報ではありますが――」
申し訳なさそうに前置きをすると、マリーは手に入った王都近辺のダンジョンについて報告を始める。
やがて、地下へと繋がる洞窟と草木の生い茂る森という2つのダンジョンの詳細な情報を伝えると、立ち止まって頭を下げた。
「――以上が現在入手可能な魔物とダンジョンについての情報になります」
「十分だ。よくやった」
「ありがとうございます!」
(これで”始まりの洞窟”と”緑の迷宮”の情報は、手に入ったな)
報告を聞き終えたアルギスは、期待していた情報が手に入ったことで嬉しそうに頷く。
そのまま、ギルドから出ようと扉の前に向かうと、2人の後ろから声が上がった。
「あら?アルギスとマリーじゃない。王都で何してるの?」
(誰だ?)
思い当たる人物のいないアルギスは、警戒交じりに声のした方向へ振り返る。
すると、公領で襲われていたシャーロットが近づいてきていた。
「お前こそ、何をしているんだ?」
「なにをって……君が王都に報告しろって言ったんでしょ!」
アルギスの不愛想な物言いに、シャーロットは怒りで顔を赤くしている。
一方、鬱陶しそうに顔を歪めたアルギスは、シャーロットから目を逸らしてため息をついた。
「私はあくまで”公都のギルドには報告するな”と言っただけだ。王都のギルドに報告しろとは一言も言っていない」
「なっ!?コイツ!」
一層顔を赤く染め上げたシャーロットは、目を見開いてワナワナと震えている。
しばらく黙って見ていたアルギスは、諦めたように肩を落とすと、再び大きなため息をついた。
「はぁ……それで、報告した結果どうなったんだ?」
「それは、他のギルド支部について調査した上で連絡するって。ただ今は王都のギルドも忙しいみたいだから、いつになることやら……」
肩を怒らせていたシャーロットは、ギルドからの連絡を思い出すと、一変して疲れた表情になる。
しかし、報告を聞いていたアルギスは、掴みかからんばかりにシャーロットへと詰め寄った。
「おい、ちょっと待て。なぜ王都のギルドが忙しい?」
「ちょ、落ち着いてよ!このあたりの魔物の活動が活発化してきているらしいの。それで人手が足りないんだって」
必死な様子のアルギスに身を引きつつも、シャーロットはギルドから伝えられた事情を説明する。
そして、説明を終えると、うんざりした表情で首を振った。
「最近は依頼ばっかり。嫌になっちゃうわよ」
(魔物の活性化は、単なるエーテル量の増加か?もし、ゲームではテキストだけだった魔物の大侵攻が発生すれば……)
愚痴をこぼすシャーロットをよそに、危険な可能性に突き当たったアルギスは、背筋に嫌な悪寒が走る。
しばしの沈黙の後、思いつめたように顔を上げると、シャーロットを見つめた。
「これまでに、同じようなことはなかったのか?」
「さあ?少なくとも、ここ最近はないんじゃない?私も聞いたことないし」
軽い調子で返事をすると、シャーロットは興味が無いとばかりに肩をすくめる。
改めてギルドのホールを見渡したアルギスは、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、くるりと踵を返した。
「……報告、ご苦労だったな。私達はこれで失礼する」
「え?ちょっと!アルギス?マリー?」
「では、また」
アルギスが歩き出すのと同時に、マリーもまた、軽く会釈をして去っていく。
ポツンと1人残されたシャーロットは、2人の出ていった扉を茫然と見つめていた。
「……なんなのよ。もう」
「――ねえ、シャル。今の子、誰?」
不満げに頬を膨らませるシャーロットの耳元に、いつの間にか近づいていた受付嬢が顔を寄せる。
急に声をかけられたシャーロットは、ビクリと肩を跳ね上げて後ろを振り向いた。
「……何度も言うけど、急に話しかけないでよ、リリス」
「あんなに馴れ馴れしく話してるんだもん。気になるじゃない」
いたずらっぽい笑みを浮かべたリリスは、悪びれる様子もなく、シャーロットに顔を近づける。
しかし、不満げに腰へ手を当てたシャーロットは、軽口をたたくリリスをじっとりとした目で見つめた。
「知らないわよ。どうせ、どっかの商人のお坊ちゃんとかでしょ?」
「なーんだ、つまんないの」
途端に興味を失くしたリリスは、唇を尖らせ、両手を頭の後ろに組む。
いつにも増して子供っぽいリリスに、シャーロットは呆れ顔で首を振った。
「面白い関係なわけないでしょ。全く」
「じゃ、面白い話があったら教えてね!」
「はいはい……」
言葉もなく別れた2人は、片やギルドの受付へ、片やギルドの2階へと向かっていく。
2人が仕事に戻った王都の冒険者ギルド本部は、夕暮れ時にもかかわらず、慌ただしく動き続けるのだった。
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