12話

 王都へと帰ってから数日後。


 屋敷にはすっかり元気になったアルギスの姿があった。


 自室のソファーに腰かけたアルギスは、読んでいた本から顔を上げると、不満げに口元を歪めながら後ろを振り返る。


 

「……バルドフ、いつまでそうやってるつもりだ?」



「己より強い者が坊ちゃんの侍従となるまで、でございます」



 キッパリとした口調で言い切ったバルドフは、静かに頭を下げる。


 取り付く島もないバルドフの態度に、アルギスの表情は一層渋くなった。


 

「つまり、止める気はない、ということだな?」



「…………」


 

 アルギスが問いかけても、バルドフは腰を折って以降、口を開こうとしない。


 しばしの沈黙の後、アルギスは諦めたように再び本に目線を落とした。


 

(こんなはずじゃなかったんだがな……)



 気もそぞろにページを捲りながら、数日前の出来事を思い出す。


 ――――アルギスが屋敷へと戻った翌日、思いつめた表情のバルドフは、ソウェイルドの執務室へとやってきていた。



「今回の一件、全ては己の監督不行き届きによるもの。如何なる処罰も受ける所存にございます」



「ふむ……」



 平服に身を包み、決然とした態度で腰を折るバルドフに対し、執務室の椅子に腰かけたソウェイルドは、眉間に皺を寄せ、頬杖をつく。


 執務室のソファーに座り、2人のやり取りを黙って眺めていたアルギスは、あまりにも突拍子のない話の内容に耳を疑った。



(……は?バルドフが騎士団を辞める?聞き間違いか?) 

 


 アルギスが茫然としている間にも、バルドフは刑の執行を待つ罪人のような面持ちでソウェイルドの言葉を待っている。


 痛いほどの静寂が執務室を包み込む中、ついにソウェイルドが口を開いた。



「お前は、此度の責任をどの程度のものだと考えている?」



「はっ!何卒、己の首で手を打っていただきたく……」



「――待て」



 バルドフの言葉に狼狽えたアルギスは、ソウェイルドに先んじて声を上げる。


 すると、小さく口角を上げたソウェイルドは机に両指を組みながら、ゆっくりとアルギスに顔を向けた。


 

「何か、言いたいことがあるのか?」



「……今回の一件におけるバルドフの処罰を、取り止めて頂きたいのです」



「っ!」 



 ソファーから立ち上がったアルギスは、意を決して頭を下げる。


 思わず頭を上げるバルドフと、頭を下げ続けるアルギスを見比べたソウェイルドは、ニヤリと笑みを深めた。



「ほう?では、理由を話せ。場合によっては考えてやろう」



「はい。……今回の件では、私の力不足もまた大きな原因。全ての責を臣に押し付けることは、避けたく思います。ご一考を」



 試すようなソウェイルドの声色に身を固くしながらも、アルギスは一息に理由を話しきる。


 再び静寂が支配する執務室で、ソウェイルドは満足げに頷きながら、背もたれに寄りかかった。



「クックック、聞いたか?バルドフよ」



「……己には、何も言えませぬ」


 

 震える体で俯いたバルドフは、目頭を押さえて黙り込む。


 一方、机に肘をつき、前のめりになったソウェイルドは含みのある笑みを浮かべた。

 


「いいだろう。アルギスに免じて、今回の処罰は保留とする」



「!感謝いたします」



 提案がすんなりと受け入れられたことに、アルギスは思わず顔を跳ね上げる。


 すると、目線の先ではソウェイルドが、バルドフを射抜くようなまなざしで睨みつけていた。



「バルドフ、お前は王都に残り、アルギスを護衛しろ。……次は無いぞ?いいな?」



「はっ!肝に銘じております!」



 九死に一生を得たバルドフは、冷や汗を掻きながら深々と頭を下げる。


 ――――こうしてソウェイルドを了承を得たことで、アルギスはどうにかバルドフを引き留めることに成功したのだった。


 

(しかし、いくら何でも息が詰まるぞ……) 



 微動だにせず、後ろに控えるバルドフを背中に感じつつ、小さくため息をつく。


 そして、読んでいた本をパタリと閉じると、ソファーから立ち上がった。



「……王都へ散歩にでも行くとするか」



「では、直ちにご準備を」



 キビキビと腰を折ったバルドフは、馬車と護衛の用意をするため、扉へと足を向ける。


 不満そうに腕を組んだアルギスは、部屋を出て行こうとするバルドフに声を掛けた。

 


「待て、最後まで聞け。……今日は、1人で外に出る」



「許可できませんな」



 意気込むアルギスに対し、バルドフは呆れ顔で首を横に振る。


 しかし、話を途中で遮られたアルギスは、眉間の皺を深めながら、バルドフの顔を見上げた。



「最後まで聞け、と言っているだろう。なにも付いてくるなとは言わん」



「……それは一体どういった意味でしょう?」


 

「そのままの意味だ、後ろから尾行するでも、隠密に監視するでもかまわん。要は、私が市井の者のように1人で外を歩いてみたい、ただそれだけだからな」



 真意を探るように目を眇めるバルドフに対し、アルギスは軽く肩を竦める。


 そして、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべると、一拍置いて言葉を続けた。



「それとも、近くで囲まなければ護衛もできないか?」



「……隠密の護衛が付き、かつ王都内の商業区内であれば」



 あからさまなアルギスの挑発に、バルドフは難しい顔で唸りながら妥協案を絞り出す。


 交渉の結果、アルギスは1人で散歩へと行く予定を取り付けたのだった。



 


 王都の商業区へとやってきたアルギスは、普段と異なり、装飾のないシンプルな服装に身を包んでいた。


 巨大な闘技場の近くを進んでいると、周りに立ち並んでいた露店から大声が聞こえてくる。


 

「坊主!オーク肉の串焼き食わないか!?」



「……1本いくらだ?」



「お、買ってくれるのか?1本、銅貨5枚だ」



 アルギスがフラフラと近寄っていくと、腕まくりをした体格のいい露店の店主は嬉しそうに笑う。


 ジュウジュウと焼ける串に目を奪われたアルギスは、ポケットを漁り、急いで銅貨を取り出した。

 


「4本くれ」



「おっと……ちょうどだな。はいよ、1本サービスしといたぜ」



 素早く銅貨を確認した店主は、男くさい笑顔と共に串を包んだ紙袋を渡す。


 袋を受け取ったアルギスは、返事もそこそこに串を取り出すと、食べながら散策へと戻っていった。



(……ふむ、オーク肉、悪くないじゃないか。それにしても、こうして見るとゲームの背景まんまだな)

 


 アルギスが商業区を進んでいくと、街の様子は平民街に近づくにつれて、徐々に移り変わっていく。


 馬車や大人数の集団は数を減らし、徒歩や少数のグループが増えていく中、アルギスは風に揺れる、フラスコのようなマークの看板が目に入った。


 

「……間違いない。このマークだ」



 ゲームにおいて、アイテムを意味するアイコンの店を見つけたアルギスは、緊張気味に扉へ手を掛ける。


 そして、ゆっくりと扉を引き開けると、店内には金髪に緑色の瞳をした青年がニコニコと笑いながらカウンターに立っていた。



「ようこそ、”メリンダの工房”へ!本日は、なにをお探しで?」



(……人物だけじゃなく、台詞まで同じなのか)



 ゲームと全く同じ対応をされたことに動揺したアルギスは、ピタリと動きを止める。


 茫然としたまま、挨拶に返事を返さないアルギスに、青年は不思議そうな顔で首を傾げていた。



「あれ?聞こえてなかったのかな?……ようこそ!」



「大丈夫だ、聞こえている。……どんなアイテムがあるか、見せてくれないか?」


 

 再び始まる青年の挨拶を止めたアルギスは、店内を見回しながら、カウンターへと近づいていく。


 棚に薬品の置かれた店内は、暗めの照明に照らされ、花々や薬草の香りが混ざり合っていた。



「おや?坊や、お使いじゃないのかい?」



「ああ、ちょっと興味があってな。ダメか?」



「いやいや、そんなことないさ。君も冒険者に憧れているクチだろう?」



 目を丸くしていた青年は、アルギスの問いかけを聞くと、訳知り顔でうんうんと頷きだす。


 青年の生暖かい目線と勘違いに気が付きつつも、アルギスは首を縦に振った。

 


「……ああ、実はそうなんだ。それで、見せてくれるか?」


 

「もちろん!冒険者はお得意様だからねー。将来のお得意様には優しくするさ!」



 パッと顔を輝かせた青年は、カウンターの引き出しから、ごそごそと羊皮紙の巻物を取りだす。


 そして、閉じていた紐をほどいて広げると、待ち遠しそうにしているアルギスへと手渡した。



「うちが常時、扱ってるのはこんなものかな。もちろん、依頼してもらえれば、これ以外も大丈夫だよ!」



「……なるほどな」



 目録を受け取ったアルギスは、食いつくように目線を落とす。


 すると、反対側から目録を覗き込んだ青年は、円を描くように一部を指さした。



「冒険者に必要なのは、この辺りだね」



「へぇ……」 



 青年の指さす先を見れば、概ねゲーム序盤のラインナップと同じアイテムが記載されている。


 そして、ポーションや魔道具の中には、家庭で使用する常備薬のようなものも記載されていた。



(薬局のような役割も兼ねているらしいな。知らないアイテムがある)



 ゲームと異なる点に目を細めながら、アルギスは目録を読み進めていく。


 やがて、一通り確認し終えると、カウンターに肘をついて待っていた青年へと目録を返した。



「助かった」



「いやいや、気にしないで!あと紹介が遅れたけど僕はハンス、よろしくね!」



 目録を仕舞った青年――ハンスは、軽い調子でアルギスに右手を差し出す。


 気の良いハンスの態度に、アルギスもまた上機嫌に右手を差し出した。


 

「アルギスだ」



「……うん、アルギス君だね。今日は、何も買わなくて大丈夫かい?」



 アルギスの手を握りしめたハンスは、一層笑みを深める。


 店を出ようとしていたアルギスは後ろの棚に置かれた、フラスコのような瓶を指さした。



「……そうだな、あれを1つくれ」 



「ん?ああ、もちろん!1つ1000Fだよ」



 後ろを振り返ったハンスは、アルギスの指さす先にある、緑色の液体で満たされた瓶を手に取る。


 ポケットを漁っていたアルギスは、ハンスの置いた瓶と取り換えるように、カウンターの上に銀貨を乗せた。



「これだけで大丈夫だ。世話になった」



「うん、またのお越しを!」



「ああ。……またな」 



 満足げな表情で踵を返すと、小さく手を振るハンスを背に店を出て行く。


 そして、商業区の通りに戻ると、片手に持っていた瓶をじっと見つめた。



(《傲慢の瞳》よ、詳細を表示しろ)



――――――――



『回復ポーション』:《傲慢の瞳》により、このポーションは回復ポーションであると判明。このポーションは低級のものであり、体力を少量回復できる。



――――――――



(思わず買ってしまった。まあ、1000Fだから、そう高価なものでもないんだが……)



 先日の一件でレベルの上がった傲慢の大罪により、アルギスの体は殆どポーションの類を必要としなくなっている。


 しかし、実物を触りたいという抗いがたい欲求に負け、購入してしまったのだ。


 

「誰かにやればいいだろう。あって困るものでもない」



 言い訳がましく呟いたアルギスは、王都の光景に胸を躍らせながら、通りを進んでいく。


 しばらくの間、当てもなくフラフラと街を彷徨っていると、再びゲームで見たことのある看板に目が留まった。


 

「ハンマーは確か……武器屋だったな」



 懐かしげに目を細めながら、高い煙突のある建物に近づこうと足を向ける。


 すると次の瞬間、怒鳴り声と共に勢いよく開いた扉から見覚えのある武器屋の店主が、スキンヘッドの男を引きずって出てきた。

 


「二度とウチに来るんじゃねぇ!次は容赦しねぇぞ!」


 

「……俺にこんなことして、どうなるかわかってるんだろうな!覚えとけ!」


 

 通りに放り投げられたスキンヘッドの男は、ヨロヨロと立ち上がると、足を引きずりながら去っていく。


 遠ざかってくスキンヘッドの男の背中を、アルギスは茫然と見つめていた。



「な、なにが起きたんだ……?」



「おう、坊主。大丈夫か?」



 店へと戻ろうとした店主は、アルギスに気が付くと、顔を流れる血を拭いながら近づいてくる。


 血だらけの店主を見て我に返ったアルギスは、動こうとする護衛を止めるため、慌てて片手をあげた。



「少し驚いただけだ。……お前こそ、大丈夫か?」



「ああ、見た目ほどじゃないんだ。しばらくすれば血も止まるしな」



 男くさい笑みを浮かべた店主は、気にした様子もなく、オレンジ色の短髪をガシガシと搔く。


 未だ流れる血を見かねたアルギスは、あきれ顔で持っていたポーションを差し出した。



「……やろう、回復ポーションだ。低級のものだが、無いよりはましだろ」



「え?いや、そんなの悪いぜ。坊主は関係ないのに」



 途端にキョトンとした顔になった店主は、遠慮がちに手を振る。


 しかし、不満そうに眉を顰めたアルギスは、店主の手にポーションを押し付けた。



「だからといって無視もできんだろ。安心しろ、たまたま買っただけで特に必要なものではない」



「そうか?そこまで言ってくれるならもらうけど……」



 躊躇いながらもポーションを受け取った店主は、蓋を開けて一気に飲み干す。


 すると、体が淡く緑色に輝き、血の流れていた傷は、まるで早送りのように塞がりだした。



(なるほど、外傷に対してはこう作用するのか)



 実際にポーションが使われる様子を確認したアルギスは、満足げな様子で頷く。


 すっかり顔に血の気が戻った店主は、残った血をゴシゴシと拭きながら、アルギスに笑いかけた。

 


「助かったよ、ありがとな。でも、ほんとに良かったのか?」



「問題ない。だが代わりといっては何だが、お前は武器屋だろ?剣をみせてくれないか?」



「そんなことでいいなら、お安い御用だ。……ちょっとばかし中が散らかってるけど、気にしないでくれな」



(……ちょっとばかし、ね)


 

 店主の不吉な言葉と共に扉をくぐったアルギスは、店内の光景を見回して、思わず顔を顰める。


 壁に飾られていただろう武器は床に落ち、重厚な木製のカウンターは、店の端に転がってひび割れていた。



(何があったら、天井に剣が突き刺さるんだ?)



 然程低くもないはずの天井に刺さった剣を避けながら、アルギスは店内を片付けていく店主を見守る。


 やがて、全ての武器を拾い終えた店主は、慌ててひび割れたカウンターを店の真ん中に置いた。


 

「待たせてごめんな!」



「……気にするな。それで、剣はどこだ?」



「ああ、ちょっと待っていてくれ」

 


 舞い上がった埃を手で払うアルギスに、店主はくるりと背中を向ける。


 そして、店の奥へと走っていったかと思うと、すぐに数本の剣を両手に抱えて戻ってきた。


 

「剣は、この辺りだな。坊主が剣を使うんだよな?」



「そうだ。……まあ、本職じゃないがな」



 カウンターに並べられた剣の中から1本を手に取ったアルギスは、鞘から抜いて剣身をじっと見つめる。


 ややあって、持っていた剣を鞘に納めると、目を細めながら残りの剣を確認し始めた。


 

「じゃあ剣は予備か」



「そんなとこだ。好きなんだが、そればかりともいかない」



「向き不向きなんて、そんなもんさ。ただ、剣を持つなら信用できるもんを持ちな」



 苦笑いを浮かべた店主は、穏やかな口調で諭すようにアルギスへと声を掛ける。


 やがて、アルギスが全ての剣を確認し終える頃、店内にガラガラと扉の開く音が響いた。



「いらっしゃい!」



「……楽しかった。また来る」



 威勢よく張り上げられた声に来客を悟ったアルギスは、持っていた剣をカウンターに置く。


 そして、出口に足を向けると、新たな客とすれ違うように扉へ手を掛けた。



「またな、坊主!俺はヘルマンだ、次は剣を買いに来いよ!」



「ああ、そうしたいものだ。それと……私の名はアルギスだ」



 店主――ヘルマンの自己紹介に足を止めたアルギスは、振り返って名乗りを上げる。


 すると、アルギスと隣り合っていた客が、ピクリと震え、小さな呟きを漏らした。



「アルギス?アルギス・エンドワース?」



(こんな場所で、家名を呼ばれるとはな……)



 途端に現実へと引き戻されたアルギスは、眉を顰めながら、声のした方向を向き直る。


 訝し気な目線の先では、アルギスと変わらない身長の少女が、ローブのフードから青みがかった銀髪を見え隠れさせていた。


 

「何者だ?」



「……失礼いたしました。私はオリヴァー・ハートレス侯爵が長女、レイチェル・ハートレスと申します。お会いできて、光栄ですわ」



 ローブのフードを外した少女は、にこやかな笑みと共に、優雅な淑女の礼を取る。


 一方、店の出口を遠目に見ていたヘルマンは2人のやり取りに目を白黒させていた。

 


「えーっと、一体どういうこった?」



「……別に、大したことじゃない。ただ私も、もう少しここにいるとしよう」



 静かに首を振ったアルギスは、レイチェルと並んでカウンターへと戻っていく。


 近づいてくる2人を見比べたヘルマンは、頭を搔きながら、をしていた。



「そりゃ別にかまわんが……嬢ちゃんはどうするんだ?」



「剣が欲しいの。いくらで売ってもらえるかしら?」



 目を輝かせたレイチェルは、ローブの中から取り出した袋をカウンターに置く。


 しかし、レイチェルの姿を上から下まで確認したヘルマンは、難しい顔で腕を組んでいた。



「嬢ちゃんが剣を使うのかい……?」


 

「ええ、そうよ。問題あるかしら?」



「問題あるかしら、って言われても問題しかないが……」


 

 傷一つないレイチェルの手は、どう見ても剣を嗜んでいるようには見えない。


 どうしたものかと目線を彷徨わせたヘルマンは、困ったように顔を捻って黙り込む。



(確かに、剣を扱うようなタイプには見えないな) 


 

 気になったアルギスは、余計なお世話だと思いつつも、レイチェルへと声をかけた。



「なぜ、剣を欲しがっているんだ?」



「そうね……自ら剣を手に入れようとするくらい、熱意があることを伝えるためかしら?」



 顎に指をあてて考え込んだレイチェルは、首を傾げながら答える。


 想像以上に思い付きで行動しているレイチェルに、アルギスは頬を引きつらせて唖然とした。



「……それ以外にも熱意の伝え方はあるだろ。それに剣はそれなりに重い、危険だからやめておけ」



「あら?心配してくれているの?」



 アルギスに顔を向けたレイチェルは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら話を逸らす。


 諦めたように首を振ったアルギスは、レイチェルを無視して、ヘルマンの顔を見上げた。

 


「……ヘルマン、子供でも使える適当な短剣を2本ほど持ってきてくれ」



「へ?あ、ああ、分かった。ちょっと待っていてくれ」



 2人の会話を黙って見ていたヘルマンは、戸惑いつつも、店の奥に向かっていく。


 そして、ガタガタと何かを動かす音がした後、布に包まれた揃いの短剣を持って戻ってきた。



「これならそこまで重たくないし、物も良い」



「ふむ……いくらだ?」


 

「こりゃまあ、鞘も込みだと1本で金貨一枚だな……」



「貰おう」 



 歯切れの悪いヘルマンに対し、アルギスはすぐにポケットから2枚の金貨を取り出す。


 金貨を置いた代わりに、カウンターに置かれた2本の短剣を取り上げると、片方をレイチェルに押し付けた。



「説得材料は、これで十分だろう。受け取れ」



「まあ!今までで一番うれしいプレゼントだわ」


 

「……そうか。外に私の護衛がいる、一緒に帰るぞ」


 

「ふふ、今度はデートね」



 大切そうに短剣を抱えていたレイチェルは、腕を絡めてアルギスにぴたりと寄り添う。


 しかし、鬱陶しそうに腕を払ったアルギスは、身を引きながら、レイチェルをそっと引き離した。 


 

「やめろ、ただの帰宅だ。私の立場上、お前を無視できないだけだ」



「!……いいわ、そういうことにしておいてあげる」



 遠ざけられたことに驚きつつも、レイチェルは取り繕うようにクスリと大人びた笑みを作る。


 あくまで態度を崩さないレイチェルに、アルギスは手に負えないとばかりに、がっくりと肩を落とした。



「はぁ、私は先に行くぞ。……ヘルマン、邪魔したな」



「お、おう。また来いよ」


 

 アルギスとレイチェルの関係に目を白黒させていたヘルマンは、思い出したように声を掛ける。


 一方、途端に不機嫌そうな表情を浮かべたレイチェルは、店の出口に向かうアルギスの背中をじっと見つめていた。

 


「……なによ。聞いていた話と、全然違うじゃない」



「――何をしている。早くしろ」 


 

 扉の前で後ろを振り返るアルギスに、レイチェルの小さな独り言は聞こえていないのだった。

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