11話

 突然押しのけられたマリーは、地面に手をついてよろめきながらも、慌てて後ろを振り返る。


 そして、苦しげな表情で倒れているアルギスを見つけると、顔を真っ青にしてしがみついた。



「アルギス様!」



「……私だけでは死なん。貴様らも道連れだ」



「っ!」 



 がさがさとした不快な声にマリーが顔をはね上げると、そこには自我を取り戻したアルドリッチの姿がある。


 下半身から朽ちていく中、アルドリッチは藻掻くように2人に向かって手を伸ばした。



「……既に魔力も満足に扱えない、か」



 しかし、手に紫色の魔力を集めただけで、小さく呟きながらパラパラと崩れ落ちていく。


 アルドリッチが跡形もなく消えたことを確認したマリーは、急いでアルギスの体を揺り動かした。



「アルギス様!アルドリッチは消滅しました、ワタシ達の勝利です!」



(ああ、勝ったのか……)

 


 不安げなマリーを横目に、アルギスは力が抜けていくのを感じながら目を閉じる。


 動くことすらできない苦痛の中、この世界に生まれ変わってからのことについて思い返していた。



(もう9年か、早かったな。……最初は、死にたくないと思ってたはずなのに)



 すぐそこまで近づいてきている死を感じながらも、どこか自虐的な笑みを浮かべる。


 だが、同時にアルギスの心には、かつてないほどの怒りが沸き上がってきていた。



(……死ぬ?この私が、この程度の状況を、支配できないというのか?)



 メラメラと燃え上がる怒りの炎は、猛烈な速度で膨れ上がる。


 そして、ついに堪えきれなくなったアルギスは、つんざくような声を張り上げた。



「私の死に場所は、私が決める!それを、たかが魔物風情が決めようなど、おこがましいぞ!」



 アルギスの怒号と共に、体の中には、”カチャリ”と鍵の開くような音が響く。


 徐々に体が楽になり始めたことで、アルギスは再びゆっくりと目を瞑った。


 

(……ああ、いよいよか)



「アルギス様!アルギス様っ!」


 

 穏やか表情で笑うアルギスに、マリーは泣きじゃくりながら悲痛な表情で抱き着く。


 ――――それから数分が経ち、マリーのすすり泣く声だけが聞こえる中、アルギスはカッと目を見開いた。



「どういうことだ!?」



「きゃあ!」



 アルギスが跳ね起きると、すっかり死んでしまったとばかり思っていたマリーは、驚いて飛び上がる。


 しかし、すぐにアルギスの体をペタペタと触ると、顔をくしゃくしゃにして抱き着いた。



「あ、アルギスさま……!死んでしまったかと、思いました……!」


 

「ああ、私もそう思ったぞ」



 しゃくり上げるマリーの背中を撫でながら、アルギスはしみじみと頷く。


 少しだけ落ち着きを取り戻したマリーは、ぐしぐしと涙を拭いながら、不思議そうに首を傾げた。



「それにしても、なぜ急に元気になられたのです?」



「さあな、私にも詳しいことはわかっていないんだ。今、生き返ったところだぞ?」



 肩を竦めたアルギスは、原因を確かめようと、ステータスを表示する。



――――――――



【名前】

アルギス・エンドワース

【種族】

 人族

【職業】

ネクロマンサー

【年齢】

 9歳

【状態異常】

 ――

【スキル】

・傲慢の大罪 Lv.2

・血統魔導書

・第六感 

・剣術 

【属性】

 闇

【魔術】

・使役系統

・強化系統 

【称号】

 ―― 

 


――――――――


(……状態異常の欄が何もなくなっている。それに、”傲慢の大罪”のレベルが上がっているな)



 見覚えのないステータスを訝しみつつも、表示された”傲慢の大罪”に手を伸ばした。



――――――――



傲慢の大罪:不遜な感情に比例し、力を増す大罪スキル。スキル自体が持つレベルの上昇に伴い複数の能力が解放される。


Lv.1《傲慢の瞳》:詳細な鑑定ができる。また魔力を消費することで偽装や隠蔽を無効化できる。


Lv.2《傲慢の加護》:呪いや洗脳を含む状態異常を無効化し、常時体力と魔力を回復する。


Lv.3《傲慢の威光》:???



――――――――



「なるほど、《傲慢の加護》か。どうやら、これで解呪され、回復が始まったようだな」



 体の中に意識を向ければ、既に体力と魔力は回復していることが分かる。


 おおよその効果を確認し終えたアルギスは、膝に手をついて立ち上がると、マリーへと手を差しのべた。



「さて、ここはいつまで持つかわからん。崩れる前に、さっさと出るとしよう」



「!はい」



 アルギスの手を取りつつも、マリーはへたり込んだまま、立ち上がらない。


 すぐに地面に両手をついて立ち上がろうとするが、マリーの腰が上がることは無かった。


 

「も、申し訳ございません。直ちに……」



(……よく考えたら、体力がほぼないのか)



 見かねたアルギスは、ため息をつきながら振り返ると、マリーに背中を向けて腰を下ろす。


 しかし、目を丸くしたマリーは、ワタワタと手を振りながら、のけ反るように距離を取った。



「あ、アルギス様?い、一体なにをされているのです?」



「それはこっちの台詞だ。せっかく生き残ったのに、生き埋めになる気か?」



 呆れ交じりの目線を向けたアルギスは、マリーの手を取って肩に回す。


 アルギスに背負われながらも、マリーは躊躇いがちに視線を彷徨わせていた。



「しかし……」



「……これ以上、私を待たせるな」



「っ!申し訳ございません!」



「かまわん。……行くぞ」 



 マリーが体重を預けたことを確認したアルギスは、ゆっくりと立ち上がり、ボロボロになった部屋を出ていく。


 所々が崩れた通路を進んでいく中、アルギスの背中にしがみついていたマリーは、小さく口を開いた。



「……あの、重たくはありませんか?」



「いや、軽いくらいだな。屋敷の食事は少ないか?」



 首を横に振ったアルギスは、モゾモゾと動くマリーを背負いなおして歩き続ける。


 恥ずかしげに頬を赤く染めたマリーは、アルギスの背中に顔を押し付けながら口を開いた。



「い、いえ、お恥ずかしながら、毎日お腹いっぱいにいただいております……」



「そうか。ならいい」



 尻すぼみに声が小さくなるマリーに言葉を返したアルギスは、それ以降、無言で通路を歩いていく。


 やがて、魔術陣の敷設された通路に繋がる分岐を見つけると、眉を顰めながら立ち止まった。



「……呪術による隠蔽とはな」



「出口、ですよね……?」 



 アルギスの背中から通路を覗き込んだマリーは、暗闇の先に光る小さな点を不安そうに見つめる。


 元来た通路を見据えたアルギスは、警戒しつつも見覚えのない通路へと足を向けた。



「恐らくはな。とにかく、行ってみるしかないだろう」



「は、はい……」 


 

 表情を引き締め直した2人は、歪んだ魔術陣が敷かれた薄暗い通路を、小さな光点目指して進んでいく。


 やがて、遠目に見えた光の正体に気が付く頃、1階へと繋がる階段に突き当たった。



「なるほど、光源用の魔道具だったのか」



「やっぱり、出口みたいですね!」



 階段の先にある、古びた扉を見上げたマリーは、嬉しげに顔を綻ばせる。


 光る鉱石のついた松明のような杖から目線を外したアルギスは、マリー同様、階段の先を見上げた。



(これで外に出られるといいがな……) 

 


 不安を抱えなながらも、立ち止まることなく、古びた石造りの階段を登り続ける。


 すぐに薄明かりが差し込む扉へと辿り着くと、ドアノブに手を伸ばし、一気に開け放った。



「……ここは教会だったのか」



「はい。ただ、使われている様子はありませんが……」 

 


 扉をくぐった2人は、眩し気に目を細めながら、朽ちかけた礼拝堂を見回す。


 そして、壁にあいた穴から光が差し込む中、礼拝席の間を抜けていった。



(それにしても、ひどい場所だ……)


 

 動きに合わせて埃が舞い上がる床に、アルギスは顔を顰めながら、古い木製の扉を押し開ける。


 不愉快な音をたてて扉が開くと、既に高く昇りつつある太陽と、荒れ果てた村落を囲う柵が2人の目に飛び込んできた。


 

「……人の気配はありませんね」



「ああ。とりあえず、どこか休める場所を探すぞ」 



「でしたら、ワタシも探します。……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」



 これまで背中に背負われていたマリーは、アルギスの肩に手を置き、ゆっくりと体を起こす。


 すると、その場で立ち止まったアルギスは、地面に降りようとするマリーの足を放した。


 

「そうか。……だが、単独行動は無しだ。一緒に行くぞ」



「わ、わかりました」 


 

 すぐに歩き出すアルギスに気後れしながらも、マリーはキョロキョロと周囲を見回しながら、散策し始める。


 やがて、ぐるりと村を周り終えると、額の汗を拭ったアルギスは、崩れた囲いの出口へと向かっていった。


 

「村に井戸がないということは、近くに何か水場があるはずだ。そこで休む」



「はい」



 村を出て、鬱蒼と茂る森の中を進んでいた2人は、静かに流れる水の音を耳にする。


 顔を見合わせた2人が慌てて音のする方向へと向かっていくと、そこには太陽の光を反射して輝きを放つ、美しい小川が流れていたのだった。


 

 小川を目にしたマリーは、パッと表情を輝かせて一目散に駆け寄る。



「アルギス様!やりましたね!」



「ああ……」 


 

 小川から目線を外したアルギスは、気のない返事をしながら空を見上げた。


 そして既に昇りきった太陽に焦りを感じつつも、マリーの隣に腰を下ろす。



 (さて、ひとまず水は手に入ったが、ここからどうするか……) 


 

 それからしばらくの間、2人が体を休めていた時、マリーは川の向かいを指さした。



「アルギス様、あの方は……」



「ん?あいつは?」



 口元に手を当てじっと考え込んでいたアルギスは、マリーの声に顔を上げる。


 マリーの指さす先では、エンドワース騎士団の鎧を纏った騎士が、何かを探すように周囲を見まわしていた。



(ここは、王領のはずだが……) 

 


 場所にそぐわない騎士の存在に、アルギスが眉を顰めていると、2人に気が付いた騎士は、急き込むように首にかけていた笛を取り出す。


 甲高い音笛の音が森の奥へと消えていくと同時に、アルギス達の後ろから巨大な影が飛び出してきた。

 


「な、なんだ!?」



「坊ちゃん!よくぞ、ご無事で!」



 涙で顔を濡らしたバルドフは、目を白黒させるアルギスを、勢いよく抱き上げる。


 一方、突然宙ぶらりんになったアルギスは、呆れ顔でため息をついた。



「はぁ……一旦、下ろせ」



「……大変、失礼いたしました」



 落ち着きを取り戻したバルドフは、膝を折りながら、恭しくアルギスを地面に下ろす。


 そして、誤魔化すように大きな咳ばらいをすると、土埃に塗れたアルギスとマリーの顔を見比べた。



「それにしても坊ちゃん。今まで、どこにいらっしゃったので?」



「ああ、それが話すと長くなるが――」



 アルギスが事の顛末を話そうとした時、遠くからドシンと木をなぎ倒す音が響きわたる。


 徐々に大きくなる音と倒れていく木々に、バルドフは顎を撫でながら振り返った。



「どうやら、いらっしゃったようですな」



「なに?」 


 

 つられて顔を向けたアルギスの目線の先は、木々を破壊しながら進む、顔のない半身半獣の死霊の姿があった。


 獅子の首が人間の上半身に置き換わったような2体の死霊は、腰に太い鎖を巻き付け、黒い骨で組み上げられた馬車を牽いている。



(な、なんだ、あれは……)



 腕の一振りで木をなぎ倒しながら一直線に近づいてくる死霊と禍々しい馬車に、アルギスは頬を引きつらせた。


 すぐにアルギスの目の前までやってきた死霊と馬車は、それまでの速度が嘘のようにピタリと急停止する。


 そして次の瞬間、勢いよく扉の開いた馬車の中から、必死の形相をしたソウェイルドが髪を振り乱しながら飛び出してきた。



「おお、アルギスよ……!可哀そうに、こんなにも傷ついて……」



 ローブが汚れることも厭わず膝をついたソウェイルドは、そのままアルギスを抱きしめる。


 予想外の状況に目を丸くしながらも、アルギスはソウェイルドをそっと抱きしめ返した。


 

「……父上、ご心配をおかけしました。アルギス・エンドワース、ただいま帰りました」



「うむ……さあ、屋敷に帰ろう。ヘレナも随分と心配している」



 立ち上がったソウェイルドは、側に控えていたバルドフを呼び寄せる。


 そして、アルギスの手を引くと、再び死霊の牽く馬車の扉を掴んだ。


 

「私達は馬車で向かう。……お前が護衛をしろ」


 

「はっ!」



 額に汗を滲ませたバルドフは、拳を握りしめながら頭を下げる。


 一方、ソウェイルドに手を掴まれたアルギスもまた、別の意味で額に汗を流していた。



(……まさか、これで街に入る気なのか?)



 ギシギシと軋みながら、まるで生き物のように蠢く馬車に乗せられたアルギスは、禍々しすぎる内装に眉を顰める。


 アルギスの心配をよそに、騎士たちへ指示を出し終えたバルドフが乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出すのだった。


 

 ◇

 


 数時間が経った頃、王都の屋敷へと向かうアルギスは、相変わらず馬車に揺られていた。


 しかし、窓の外を眺める表情には憂いがなくなり、すっかり肩の力は抜けている。


 というのも、アルギスを乗せた死霊の馬車は、騎士たちの拠点に合流した際、見慣れた馬車へと乗り換えられていたのだ。



(乗り換えてくれて本当によかった。流石に、あの馬車で王都に入るのは気が引けるからな……) 



 胸を撫でおろしたアルギスは、既に目前に迫っている王都の城門へと目線を向ける。


 しばらくして、王都へと入った馬車は、真っすぐにエンドワース家の屋敷へと進んでいった。



(なんとか、帰ってこられたか)



 貴族の屋敷が立ち並ぶ通りを進む中、屋敷が見えてきたことで、アルギスは改めて生き残れたことを実感する。


 やがて、屋敷の前に到着した馬車からアルギスが降りると、外に出て待っていたヘレナが、目の端に涙を溜めながら駆け寄った。



「ああ、アルギス……!もう会えなかったらどうしようかと……」



「大変、ご心配をおかけして申し訳ありません」



「いえ、いいの。無事に帰ってきてくれたなら、それで」



 頭を撫でられたアルギスは、ソウェイルドとヘレナに連れられて、屋敷へと戻っていく。


 玄関の扉を開け放たれると、中に控えていたジャックと使用人たちは、一斉に腰を折った。



「使用人一同、ご帰宅を心よりお待ちしておりました」 



(……想像以上に心配させていたみたいだな)



 エントランスホールに入ったアルギスは、ズラリと並んだ使用人たちの間をゆっくりと進んでいく。


 そして、頭を下げる使用人の中にエマを見つけると、躊躇いながらも、その場で足を止めた。



「……エマ、マリーについて伝えることがある」



「はい。どのような、ご用件でしょう?」



 ハッと息をのんだエマは、頭を下げたまま、身を固くする。


 緊張した面持ちで言葉を待つエマに対し、アルギスは不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


 

「以前話していたマリーをメイドにする件だ。喜べ、許可してやる」



「!……しかし、まだ教育が済んでおりません」



 顔を跳ね上げたエマは、すぐに悔し気にエプロンを握りしめながら、震えた声を上げる。


 前を向き直ったアルギスは、ヒラヒラと鬱陶しそうに手を振った。


 

「構わん。奴は今回の件で功を挙げた、その褒美だ」



「かしこまりました。では、そのように」



「……ただ、あくまで身分を変えてやるだけだ。教育はきっちりと済ませろ、いいな?」



 アルギスに釘を刺されたエマは、表情を引き締めて、再び深々と頭を下げる。


 そして、先程とは異なる、はっきりとした口調で答えた。


 

「必ずや、ご期待にお応えいたします」



「ならばいい」



 やる気に満ちたエマの返事に、満足げな頷きを返したアルギスは、そのまま自分の部屋へと戻ろうとする


 しかし、不機嫌そうに腕を組んで待っていたソウェイルドが、歩き出したアルギスの腕を掴んだ。



「――話は済んだか?では、すぐに治癒師の下へ向かうぞ」 



(……体は特に問題ないんだがな)



 ソウェイルドの眼差しに何も言えなくなったアルギスは、引きずられるように屋敷の廊下を歩いていくのだった。

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