10話

 休憩を終えたアルギスとマリーの2人は、さらに奥に1つ、隣接した部屋を発見していた。


 研究室のような部屋には、乱雑にまとめられたメモと、闇属性の魔術書が所狭しと置かれている。


 本棚に収まらない魔術書の量に、アルギスは呆れ顔を浮かべながら、部屋をぐるりと見回した。

 


「よくもまあ、これだけ集めたものだ」



 感嘆交じりに呟くと、手近にあった1冊を手に取り、パラパラとページを捲っていく。


 それからしばらくの間、アルギスが魔術書の内容を確認していると、同様に部屋を探索していたマリーが、小さな手帳を持って近づいてきた。



「あの、アルギス様、これを……」



「ん?なんだ、これは?」


 

 マリーから手帳を手渡されたアルギスは、明らかに魔術書とは異なる見た目に、眉を顰める。


 訝しみながらも手帳を開くと、そこには、妻と娘を同じ病気で亡くした男の絶望と、何もできなかった自分に対しての怒りが書き殴られていた。



(なるほどな……)


 

 一通り読み終えたアルギスは、複雑な表情で手帳をパタリと閉じる。


 そして再び魔術書の確認に戻ろうとした時、不意に気配を感じ、マリーの手を引きながら儀式場へと連れ出した。



「ど、どうされたのです?」



「何かいる。何者かもわからんが、危険なことは確かだ。……どうやら、ここが正念場みたいだな」

 


 剣を構えて周囲を警戒する2人の目線の先に、ぼんやりとした黒い影が現れる。


 やがて、はっきりと輪郭を為した影は、ローブを纏う骸骨となって地面に降り立った。



「――まさか、気が付かれるとはな」 



「!その声……アルドリッチか?しかし、その姿は一体……」



 ガサガサとした不快な声に重なる、聞き覚えのある声に、アルギスは目を見開く。


 すると、変わり果てたアルドリッチは、大きく両手を開いて、楽し気に顎をカタカタと揺らした。



「ハハハ!その通りだ。そして、この姿は魔術を扱う魔物の頂点、死霊”デス・クローク”。貴様の父であるソウェイルドすら、敵ではないぞ?」



「なんだと……?」



(まさか、ソウェイルドが倒されたのか? いいや、そんなはずはない。まだゲームのストーリー開始以前だぞ?)



 自信に満ち溢れたアルドリッチの口ぶりに、ピクリと眉を上げたアルギスは、思わずゲームのシナリオと重ね合わせる。


 ひとしきり笑い終えたアルドリッチは、ローブを揺らしながら、フワリと浮き上がった。


 

「それでは、”魔導書”を頂くとするか」



「……スケルトンよ、動きを抑えろ」



 ただならぬ気配を感じたアルギスは、近づいてくるアルドリッチにスケルトンを差し向ける。


 しかし、掴みかかったスケルトンは、アルドリッチから噴き出した灰色の瘴気に触れると、一瞬で消滅してしまった。

 


「チッ!鑑定の足止めすらできないとは……!」


 

「凄まじい力だ。これならば、2人を取り戻すことだって……」



 身を震わせながら手を伸ばしたアルドリッチは、アルギスへと触れる直前で、ピタリと動きを止める。


 そして、膝から崩れるようにうずくまると、頭を振り乱して唸り始めた。



「ぐ!な、なんだ!?私は完全な魔導師になったはず。これから、ヤラなけレバならなイことガ、あるんダ!」



「な、なにが起きているんだ……?」



 突然、頭を押さえてのたうち回るアルドリッチに狼狽えながらも、アルギスは急いで《傲慢の瞳》を使用する。


 すると、見慣れたカーソルは、奇妙なノイズを走らせながら、詳細なステータスを表示した。



 ――――――



【名前】

 アルドリッチ・ブラックウッド

【種族】

 デス・クローク

【職業】

 ――

【年齢】

 42歳

【状態異常】

 ・狂気

【スキル】

 ・魔力操作

 ・詠唱省略

 ・幽体移動 

【属性】

 闇

【魔術】

 ・妨害系統

 ・補助系統

 ・使役系統

 ・破壊系統 

【称号】

 ・*リヴ%*ン□〉



 ――――――


「……状態異常が、”狂気”か」

 


 じりじりと後ずさりながらも、アルギスは所々にノイズの走るステータスを睨みつける。


 しばらくして静かになったアルドリッチは、体から紫色の魔力を噴きあげて、ゆっくりと立ち上がった。



「グゥゥギギ……」



「……アルドリッチ?」



 ぎこちない動きで指先を向けるアルドリッチを、アルギスは怪訝そうな顔で見つめる。


 しかし、次の瞬間、アルドリッチは指先を灰色に輝かせ、真っすぐにアルギスへと光線のような魔術を放ったのだ。

 


「な!?」



「アルギス様!」



 咄嗟に体が動いたマリーは、身を固くするアルギスを、突進するように突き飛ばす。


 勢いの余った2人がごろごろと転がる中、アルドリッチ――デス・クロークの放った魔術は部屋の壁を貫き、通路にまで傷跡を残していた。



「なんだ、あの威力は……」



「ハァハァ……申し訳ありません、気づくのが遅れました」



 アルギスから離れたマリーは、額に汗を浮かべ、肩で息をしながらへたり込む。


 放たれた魔術の威力に冷や汗を流したアルギスは、素早くマリーの手を引いて死体の山に身を隠した。



「かまわん。……お前がいなければ、間違いなく死んでいた。確かな働きだ」



「!ありがとうございます」



 地面を引きずられながらも、マリーは思わず頬を緩めながら顔を上げる。


 しかし、死体の陰からデス・クロークの様子を窺うアルギスの表情は、忌々しげに歪んでいた。


 

「既に意識はないようだが……このままでは遅かれ早かれだな」


 

「……はい。お力になれず、申し訳ありません」



「やめろ、私にも何もできんのだ。むしろ、お前の存在が鍵になる」



 悔し気にデス・クロークから目線を逸らしたアルギスは、真剣な表情でマリーへと向き直る。


 そして、両肩に手を置くと、静かに口を開いた。



「私が奴を引き付ける。その間に、お前は一度研究室に隠れろ。いいな?」



「いえ、ワタシが囮となります。その間にアルギス様がお逃げください」



 アルギスの指示に顔を青くしたマリーは、震える体で立ち上がろうとする。


 すると、不敵な笑みを浮かべたアルギスは、腰を上げたマリーの手を引いて、無理矢理地面に座らせた。



「勘違いするな。お前には奴の弱点を探ってもらうんだ。……安心しろ、その程度の時間は稼いでみせる」



「し、しかし、それではいざという時にアルギス様が逃げられなくなってしまいます。どうか、どうかご再考を……」



 涙を浮かべたマリーは、首を横に振りながら、追い縋るようにアルギスの服を掴む。


 しかし、錆びた鉄剣を掴んだアルギスは、不機嫌そうな顔でマリーの手を振り払った。



「くどい、私は何からも逃げん。それはアルギス・エンドワースの名に誓ったことだ!」



「グゥゥゥ……?」


 

「アルギス様っ!」 


 

 注意をひきながらデス・クロークへと向かっていくアルギスに対し、1人残されたマリーは、躊躇いつつも研究室へと転がり込む。


 一方、アルギスの姿を見つけたデス・クロークは、既に指先に灰色の光を集め始めていた。


 

「グゥギギギィ……!」



「チッ!――我が下僕よ、契約に従い、その身を現せ。死霊召喚!」 



 真っすぐに伸びる魔術から転がるように飛びのいたアルギスは、体から黒い霧を噴き出す。


 やがて、辺りに充満した霧を振り払うように、腕を振り上げた屍骸の鬼が現れた。


 

「奴を抑えろ!」



「ガァァァア!」 



「グギィ……!?」

 


 アルギスの命令を受けた屍骸の鬼は、再び指先に光を集めるデス・クロークへと掴みかかる。


 しかし、既に発動していたデス・クロークの魔術は、腕を掴まれながらも、床を一直線に薙ぎ払った。



「っ!一度離れろ!……時間を稼ぐとは言ったものの、これは相当まずいな」


 

 体を振り乱して魔術を放とうとするデス・クロークから屍骸の鬼を遠ざけたアルギスは、小さく弱音を漏らす。


 というのも、アルギスにはデス・クロークに対する効果的な攻撃がないのだ。


 辛うじて今は動きをかく乱することで時間を稼いでいるが、屍骸の鬼が斃れるのは時間の問題だった。



「グゥゥゥゥウ!」 



「くそ!このままでは、そもそも建物が持たん!」



 地下だということなどお構いなしに魔術を放つデス・クロークに、アルギスは苛立ち交じりの声を上げる。


 すぐに自らも注意をひこうと飛び出していくが、部屋の破壊を完全に止めることは出来ず、次々と穴が開いた壁は徐々に崩れていった。

 

(屍骸の鬼が斃れれば、しばらくは再召喚できない。それまでに何か見つけなければ……)

 

 アルギスが攻撃を躱しながら打開策に苦心する中、遂にその時が訪れてしまう。


 デス・クロークに掴みかかっていた屍骸の鬼が斃れたのだ。



「――行け、スケルトン」

 


 霧へと戻っていく屍骸の鬼をよそに、アルギスは死体の山から作成したスケルトンを向かわせる。


 アルギスに使役されたスケルトンは、真っすぐにデス・クロークへと近づくと、突然大爆発を起こした。



「グギィィィイ……!?」 



「……やはり、魔石に魔力を無理矢理込めると爆発するみたいだな。くくっ、やっとまともに攻撃を通したぞ」



 大きく体を揺らすデス・クロークを見たアルギスは、爆風に髪を揺らしながら、口角を吊り上げる。


 そして、体から霧を噴き出すと、山のように積まれた死体を素材に、スケルトンを作成し始めた。


 

(自爆のリスクは否めないが、こうする他ないな……。後は頼んだぞ、マリー) 



 作成された3体のスケルトンは、ギシギシと体を軋ませながら、アルギスを守るように囲む。


 土埃の晴れた先にデス・クロークの姿を確認したアルギスは、スケルトンの魔石を握りしめた。


 

「これでいい。――さあスケルトン共、特攻せよ」



 魔力を過剰に供給されたスケルトンは、デス・クロークへと向かい、次々に爆発していく。


 どうにかマリーの報告まで時間を稼ぐため、アルギスはスケルトンを作成し続けることで、文字通りのゾンビアタックを仕掛けるのだった。



 ◇

 

 スケルトンが爆ぜると、デス・クロークは悲鳴を上げながら体を揺らす。


 順調に足止めをしている様子を眺めつつも、アルギスは表情を曇らせていた。



「残りは……あと5つか」



 手に持った魔石から顔を上げると、苦々しげに跡形もなく破壊された死体の山を見つめる。


 アルギスが再び対抗策を失いつつある中、スケルトンに爆破されたデス・クロークは、輪郭を舞い上がる土埃に姿をぼやけさせて消した。



「グギィゥゥウ!」


 

「ばかな!転移だと!?」



 突如現れたデス・クロークに目を見開きながらも、アルギスは咄嗟に魔石へと魔力を込めて投げつける。


 そして、自らも吹き飛ばされるように、崩れた壁の陰へと飛びのいた。



「グギギギギ……!」 


 

「ハァハァ……なんとか逃げ出せたが……二度は使えないな」


 

 周囲を見回すデス・クロークから身を隠し、傷だらけの体で壁にもたれかかりながら呼吸を整える。


 魔術の発動を阻止するために残りのスケルトンを爆発させた時、遂にマリーが駆け寄ってきた。



「アルギス様、腹部に魔石と思われるものを発見しました」



「そうか!よくやったぞ!」



 ここにきて初めての明るい報告に、アルギスは満面の笑みを浮かべる。


 しかし、晴れない顔をしたマリーは、申し訳なさそうに、声のトーンを落として言葉を続けた。



「……ただ、どうやら体に障壁のようなものがあり、それを突破しなければならないようです。アルギス様の爆発も、その障壁によって防御されていました……」



「なに、今までは死ぬのを待つだけだったんだ。可能性が出ただけでも、十分だろう」

 


 今にも泣きだしそうな顔で伝えるマリーに、アルギスは努めて明るい声で話す。


 そして、最後のスケルトンをデス・クロークに向かわせると、黒い霧を噴き出しながら立ち上がった。



「――死霊の力を我が手に、顕現せよ。”死霊武装”」



 術式が完成すると、周囲を埋め尽くした黒い霧は、吸い込まれるようにアルギスの右手へと集まり始める。


 やがて霧が晴れる頃、アルギスの手には、黒い陶器のような質感の剣が握られていた。



 ――――――――



《屍剣:悪鬼》: 屍骸の鬼を用いた剣の死霊武装。


[付与スキル]:怪力、重撃


[等級]:???



 ――――――――



「……あとは、障壁とやらを破壊するだけだ」



 死霊武装の鑑定を終えたアルギスは、倒れそうな体に鞭を打って剣を構える。


 残った魔力を使い切るように身体強化の魔術を使用すると、デス・クロークへと切りかかった。



「グゥゥゥギィ!」


 

「くっ!そう、簡単にはいかないか!」


 

 デス・クロークの体へと届く直前で、刃はマリーの言う通り、障壁に阻まれる。


 ごろごろと転がりながら魔術をよけたアルギスは、再びデス・クロークへと剣を突き刺した。



「”重撃”!」


「グゥゥウ!」


 アルギスが屍剣:悪鬼のスキル――重撃を使用すると、ガリガリと音をたてながらも障壁には罅が入り始める。


 デス・クロークも負けじと瘴気を込めるが、障壁の罅は徐々に広がっていった。



「ハァ”!」



 アルギスが最後の力を振り絞ると、障壁と屍剣:悪鬼は、ガラスの割れるような音をたてて同時に砕け散る。


 逃げることを止めたアルギスは、デス・クロークを睨みつけながら声を上げた。



「今だ、やれ!」



「――はい!」 



 アルギスの叫ぶと同時に、光のように飛び出したマリーは、デス・クロークの背後から剣を突き差す。


 しかし、マリーの剣は魔石にぶつかったにも関わらず、刺さることなく弾かれたのだ。



「な、なんで……!?」



 失敗を悟ったマリーは、血の気の引いた顔で悲鳴を上げる。


 マリーがヨロヨロと後ずさる一方で、アルギスは振り返ろうとするデス・クロークの腕に掴みかかった。



「大丈夫だ!剣に魔力を込めて刺せ!」



「っ!はい!」



 アルギスの声にハッと我に返ったマリーは、体に活を入れ直し、ありったけの魔力を剣に込める。


 光り輝く鉄剣を両手に握りしめると、デス・クロークの魔石目がけて突き出した。



「グ、ゥゥゥゥ……」



 デス・クロークの魔石は、突き刺された剣諸共、サラサラと砂のように砕け散っていく。


 やがて、完全にデス・クロークが動きを止めたことを確認した2人は、瓦礫の無い場所を探して座り込んだ。



「……なんとか、なったようだな」



「はい、さすがはアルギス様です」



 落ち着きを取り戻したマリーは、両手を合わせて、土塗れの頬を緩める。


 すると、壁にもたれかかったアルギスは、不敵な笑みを浮かべながら首を横に振った。



「私だけの結果ではないだろう?」


 

「……ワタシは大したことをしていませんから」



 悲しげに笑ったマリーは、誤魔化すように頬を搔く。


 勝利の余韻に浸る2人だったが、ふと隣を見たアルギスの目に、マリーに向かって迫る紫色の魔力が飛び込んできた。



「マリー!避けろ!」



「え?」



 目を剥いたアルギスは、振り返ろうとするマリーを押しのけるように前に飛び出す。


 そして、紫色の魔力に包まれると、苦し気な声を上げながら力なく地面に倒れ伏すのだった。

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