6話

公都の屋敷を飛び立ったスカルヴァルチャーは、遂にソウェイルドの元へと辿りついていた。


 空からソウェイルド達一行の野営地を見つけると、停車していた馬車の屋根へと降り立つ。



「ギャァ、ギャァ!」



「……これは!?」



 野営地の警備をしていた騎士たちは、ソウェイルドの死霊に気が付き、目を見開いた。


 そして、すぐに死霊の足についていた手紙を取り外すと、急いで報告に向かう。



「旦那様、死霊が!屋敷から、死霊が手紙を持ってきております!」



「なんだと!?さっさとよこせ!」



 座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がったソウェイルドは、ひったくるように騎士の手から手紙を奪いとった。


 手紙を読み進めるにつれ、ソウェイルドの顔はみるみるうちに赤くなり、怒りの形相へと変わっていく。



「おのれ、我らが血の研鑽に群がる害虫どもめ……」

 


 歯ぎしりをしながら、ワナワナと震えるソウェイルドに、使用人と騎士は口を噤むことしかできない。


 やがて顔を上げたソウェイルドは、苛立ち交じりに手紙を握り潰し、大きく息を吐いた。



「……もういい、馬車で戻るなど時間がかかって堪らん。ここからは私一人で帰る」



「旦那様、お考え直しください!」



「そうです!坊ちゃんだけが狙われているとは限らないのですよ!」



 死霊を召喚しようとするソウェイルドを、ジャックとベルナルトは2人がかりで必死に止める。


 すると、昂った感情を抑え込んだソウェイルドは、唸るように口を開いた。



「……手紙を用意しろ。バルドフに指示を出す」


 

「かしこまりました。直ちに、お持ちいたします」



 命令を受けたジャックは、駆け足で使用人のテントへと向かっていく。


 ソウェイルドが席につき、少しだけ落ち着きを取り戻した野営地で、ベルナルトは難しい顔をしていた。



「……旦那様がいらっしゃらない時期を狙っていたのでしょうか?」



「わからん。捕らえた者も下級構成員らしいからな」



「〈リヴェナンス〉については私もかなり警戒していました。公都に、その影は見られなかったのですが……」



「とりあえず、バルドフに公都のネズミを狩らせる。……誰の物に手を出したのか、わからせてやる」



 底冷えするような声で呟いて以降、ソウェイルドは目を瞑って黙り込んでしまう。


 ベルナルトもまた口を閉じ、痛いほど沈黙が場を支配する中、テントからジャックが戻ってきた。



「旦那様、手紙とペンをお持ちしました」



「よこせ」



「こちらに」


 

 ジャックから手紙とペンを受け取ったソウェイルドは、サラサラと指示を書いていく。


 そして先ほど送還したスカルヴァルチャーを再び召喚すると、足に手紙をつけた。



「行け、スカルヴァルチャー」



「ギャァァ」 



 一路、公都の屋敷を目指して、スカルヴァルチャーは元来た空へと戻っていくのだった。



 ◇



 時は流れ、場所は公都の屋敷。


 マリーは与えられた部屋で、寝る前の日課となった無属性魔術の練習をしていた。


 

「こうじゃないのかなぁ……」



 うんうんと唸りながら魔力を手のひらに集めようとしても上手くいかない。


 毎晩のように練習していたが、何度試みても何も起こらなかった。



「……よし!もうちょっとだけ頑張ろ」



 しかし、マリーは諦めることなく気持ちを切り替えて集中し始める。


 そして再び体にある魔力を意識すると、これまでわからなかった感覚が分かるようになっていたのだ。

 


「……え!?」



 戸惑いながらもアルドリッチに教えられた通り、全身に魔力を広げていく。


 やがて全身を強化することに成功したマリーは、震えながら自分の両手を見つめた。



「やった、成功した!……ステータス!」



 ――――――



【名前】

 マリー

【種族】

ハーフエルフ

【職業】

 メイド

【年齢】

 12歳

【状態異常】

・なし

【スキル】

・逃走

・空腹耐性

・清掃 

【属性】

 影

【魔術】

・強化系統 

【称号】

・―― 



 ――――――



「ちゃんと増えてる!」 


 

 ステータスを確認し、【魔術】の項目に”強化系統”が記載されているのを見てマリーは満面の笑みを浮かべる。


 アルギスに同行するため、すがるように力を求めたマリーはついに魔術を手に入れたのだ。


 

「はぁ……」


 

 ステータスを消すと、すっかり気の抜けたマリーは、そのままベットに寝転ぶ。


 そして幸せそうに微笑んだまま、スヤスヤと寝息を立て始めた。



(……ハッ!)


 

 まだ日も登らない早朝に目を覚ましたマリーは、慌ててステータスを表示する。



「よかった、夢じゃなかった……」

 


 しっかりとステータスに系統が増えているのを確認して、安堵したように頬を緩めた。


 上機嫌にベットから飛び降りると、身支度を整え、使用人用の食堂へと向かっていく。



(少し、遅くなっちゃったな)


 

 しばらくしてマリーが食堂に着いた時には、他の使用人たちは既に簡素な長机に座り、いつものように朝食をとりながら会話を楽しんでいた。



「おはよう、マリー」 



「!おはようございます、エマさん」


 

 食堂の奥から歩いてきたエマに気が付いたマリーは、あたふたと頭を下げる。


 すると、出口に向かおうとしていたエマは、思い出したように足を止めて振り返った。


 

「そういえば、今日の仕事なんだけど、騎士館に向かってもらってもいいかしら?」



「もちろんです」



「ありがとう。じゃあ、詳しいことはフォルスター様に聞いてね」



「はい、分かりました」


 

 食堂を出て行くエマを見送ったマリーは、急いで料理の置かれたテーブルへと向かう。


 そして、料理の盛りつけられたトレイを取り上げると、既に空き始めている長机に足を向けた。



「急がなくちゃ」 


 

「――おや!おはよう、マリー」


 

 空いている席を見つけ、早足で向かっているマリーに、後ろから気さくな声が掛けられる。


 すぐに足を止めて振り返ったマリーは、鼻の下に蓄えた髭と恰幅のいい体が特徴的な、コック服を着た男に頭を下げた。


 

「おはようございます、カールさん」



「うんうん。今日のメニューは、オーク肉のシチューだよ」


 

 仕事を終え、食堂を去ろうとしていた料理長のカールは、人の好い笑みを浮かべながら頷く。


 すっかり日課になっているカールとの会話に、マリーもまた、ニッコリと笑い返した。



「ありがとうございます、頂きますね!」 



 カールに別れを告げたマリーは、近くの席について、急ぎながらも丁寧に食べ進める。


 少しして綺麗に食事を食べ終えると、お茶を飲み干して、勢いよく立ち上がった。



「よし!」



 食べ終えた皿の載ったトレイを持って、既に他の使用人たちが働いている返却用のカウンターへと向かっていく。


 

「おはようございます!」



「ああ、おはよう。頑張ってねぇ」



「はい、頑張ります!」



 トレイを返却したマリーは、食堂を出て、エマの指示通り騎士館に向けて駆け出した。



 それから歩くこと数十分。


 扉の前に騎士の立つ、石造りの巨大な城壁が見えてくる。



「本日、清掃を担当します。マリーです」



「おお、話は聞いている。入ってくれ」


 

「はい、失礼します」



 警備の騎士に頭を下げ、城壁の中に入ると、真っすぐに奥の騎士団本部へと歩いていく。


 騎士団本部に入ると、中にはホールのような空間が広がり、2階につながる階段の先には、大きな木製の扉が見えた。


 

(あそこだ)



 事前に聞いていたバルドフの部屋を見つけたマリーは、軽い足取りで階段を上っていく。


 そして部屋の前までやってくると、一度呼吸を整えてから、扉をノックした。



「失礼します。マリーです」



「おお、入っていいぞ」



 声をかけるとすぐに、部屋からは厳めしくも暖かい声が返ってくる。


 ゆっくりと扉を開いたマリーは、部屋の机で書類仕事をする、バルドフの下へと近づいていった。

 


「えっと……ワタシは何をすれば?」



「ああ、そのことなんだが……寄宿舎の掃除を頼みたい。清掃が早いとエマから聞いているからな」



 緊張を隠しながら腰を折るマリーに、書類から顔を上げたバルドフは、両指を組んでニカリと笑う。


 一方、バルドフの提案にハッと目を見開いたマリーは、拳をぎゅっと握り込んで、すぐに表情を引き締め直した。



「!はい。精一杯、頑張ります」



「ははは、そう気張らなくていい。それでは、案内しよう」



 朗らかな笑みを浮かべたバルドフは、机に手をついて席を立つ。


 そのまま部屋を出ていくバルドフの後を追いかけて、マリーもまた、寄宿舎へと向かっていった。



(結構大きいみたいだから、頑張らなくちゃ……)



 3階建てほどの高さに、小さな窓がついた厚い石造りの寄宿舎は、太陽に照らされて長い影を落としている。


 やがて二重扉の玄関を抜け、ガランとしたエントランスホールに入ったバルドフは、振り返ってマリーに向き直った。



「今日は訳あって全員出払っているから、好きなようにしてくれて構わない」



「はい。ご案内ありがとうございました」



 寄宿舎の中に入ったマリーは、一層鼻息を荒くして意気込む。


 すると、バルドフは、困ったように笑いながら、マリーの肩にポンと手を置いた。


 

「気にしなくていい。では己は本部にいるから、何かあったら呼んでくれ」



「かしこまりました」


 

 横を通り抜けていくバルドフの背中に、マリーは深々と頭を下げる。


 そしてバルドフが寄宿舎を出ていったことを確認すると、顔を上げて、早速掃除に取り掛かった。



(やっぱり、広いなぁ……)

 


 それからしばらくの間、無心で廊下にモップを掛けていく。


 しかし、掃除を進めるにつれて、寄宿舎の予想外の広さと部屋の数に頭を悩ませて始めた。


 

「どうしよう……」


 

 期待を裏切るわけにはいなかないと、打開策を思案しながら、必死で床を磨いていく。


 そして、ちょうど1階の床を磨き終えた時、ふとある方法を思いついた。



「……身体強化が使えれば、もう少し早く動けるかも」



 習得したばかりの魔術が役に立つのではないかと考えたマリーは、少しずつ魔力を体に纏わせる。


 すると思った通り、魔力を纏った体は、羽のように軽くなったのだ。



「これなら大丈夫だ……!」



 自分の体ではないような感覚に驚きながらも、目にもとまらぬ速さで掃除をこなしていく。

 


 そして正午の鐘が鳴り響く頃。


 一心不乱に仕事をしていたマリーは、寄宿舎のほとんどの掃除を終えていた。



「ふぅ……なんとかなった」



 額の汗をぬぐうと、寄宿舎の中を眺めて、満足げな笑みを浮かべる。


 掃除用具をまとめて、元来た道を掃除のチェックをしながら戻っていった。



「よし、ここも問題なし、と」



 1階まで確認を終えたマリーは、掃除用具を仕舞い、騎士団の本部へと戻る。


 すぐに本部へと着き、先ほどと同様にバルドフの部屋の扉をノックすると、中から入室を許可する声が聞こえてきた。


 

「失礼します」

 


「おお、マリー。なにか、あったのか?」



 部屋にやってきたのがマリーだと気が付いたバルドフは目を丸くする。


 一方、マリーは誇らしげな気持ちを隠しながら、あくまで冷静に頭を下げた。



「寄宿舎の清掃が終わりましたので、ご報告に参りました」



「なに?もう終わったのか?」



 予想とは異なる報告に、バルドフは眉を上げて机に身を乗り出す。


 じっと目を見つめられたマリーは、少し後ろに身を引きつつも、詳細な報告を始めた。



「は、はい、寄宿舎の床と窓、空いていたお部屋の清掃は終了いたしました。ただ、騎士様のお部屋には入っておりませんが……」


 

「そうか……。いや驚いた、今日で1/4ほどでも終わらせてくれたら、嬉しいくらいに思っていたのだ」



 報告を聞き終えたバルドフは、背もたれに体を預けながら顎を撫でる。


 掃除に問題がなかったことを確認できたマリーは、頭を下げながら、ホッと息をついた。

 


「お役に立てたなら幸いです」



「ふむ。なにか、コツでもあるのか?」



 頭を下げ続けるマリーを、バルドフは顎を撫でながら、好奇心の目で見つめる。


 すると、顔を上げようとしていたマリーは、ビクリと体を揺らした。



「……その、実は――」



 しばしの沈黙の後、躊躇いながらも、正直にアルドリッチから教わった魔術を使用したことを話す。


 そして怒られることを覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。


 

「――それは、良かった」



 しかし、マリーの予想とは異なり、バルドフは先ほどよりも大きな驚きを見せた後、穏やかに微笑む。


 薄く目を開けたマリーは、バルドフの表情を確認して、あっけにとられた。



「……怒らないのですか?」



「ああ、持てる力を使うのは、悪いことではない。……良ければ、己も護身術くらいは教えよう」



 腕を組んでしきりに頷いていたバルドフは、一拍置いて、どこか気まずそうに言葉を続ける。


 バルドフの提案を聞いたマリーの表情は、花が咲くように、パッと輝いた。



「!本当ですか?ぜひ、お願いします!」



「ははは、一度断った身でこんなことを言うのも、おこがましいんだがな」



「そんなことはありません!」



 苦笑いを浮かべながら頭を搔くバルドフに対し、マリーはブンブンと首を横に振る。


 顔を上気させて喜ぶマリーに、バルドフは少しだけ、苦笑いを深めた。



「そう言ってもらえると救われる。……さて、己もこれから坊ちゃんの鍛錬に向かわねばならん。時間があるときに、また来てくれ」



「かしこまりました。では失礼いたします」



 バルドフへ頭を下げたマリーは、騎士団の本部を出ると、誰が見ても上機嫌と分かる足取りで屋敷へと戻っていく。


 そして屋敷へと戻っていく道中、前から歩いてくるアルドリッチの姿を見つけた。



(あれ?こんなところに何の用だろう?お屋敷でしか見たことないけど……) 



 身体強化のお礼を言おうと近づいていったマリーは、ふと疑問を覚えて立ち止まる。


 すると次の瞬間、身体から力が抜けていき、膝から崩れ落ちてしまった。



「えっ?なん……で?」


 必死に起き上がろうとするが身体は全く動かず、視界も徐々に暗くなっていく。


 薄れゆく意識の中でマリーが最後に見えたものは、冷たい目で見下ろすアルドリッチの姿だった。

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