5話

遠征から帰ってきて2週間ほど経った日の昼下がり。


アルギスの姿は公都の鍛冶屋にあった。

 


「ご子息殿、お待たせして申し訳ございやせん」

 


 アルギスと変わらない身長に、逞しい体の典型的なドワーフ――ヴィクトルは、布に包まれた剣を抱えてドタドタと店の奥からやってくる。


 大きな鼻と長いひげを蓄えた顔に焦りを滲ませながら、持っていた剣をカウンターに置いた。


 

「いかがですかね?」



「……うむ、悪くない剣だ」



 期待するような目で見るヴィクトルを無視できず、アルギスは精緻な装飾のされた鞘から剣を引き抜く。


 一度も使用されていない剣の刃は、磨かれた鏡のようにアルギスの姿を映していた。



(とは言っても、見ただけでは剣の良し悪しなど、わからないがな。……いや、待てよ?) 



 無難なことを言ってお茶を濁し、剣を仕舞おうとしたアルギスは、ピタリと動きを止める。


 そして、再度目の前に剣を持ち上げると、スッと目を細めた。



 ――――――



《ミスリル合金の片手剣》:ミスリル合金の採用により、一般的な鋼剣よりも軽量でありながら頑丈さを保っている。鍛冶師ヴィクトルによって鍛造。

 

 [付与スキル]:なし


 [等級]:希少級

 


 ――――――

 


(……なるほど、今度は折れなさそうだ) 



 剣の詳細にやや呆れつつも、アルギスは改めて剣を仕舞いなおす。


 すると、使用人から革の袋を受け取っていたヴィクトルが、不思議そうな顔で首を傾げているのが目に入った。



「どうした?」 



「いや、ご子息殿。お代の方が、だいぶ多いみたいなんですが……」



 不安げに視線を彷徨わせるヴィクトルは、両手で抱えた袋を、重さを確かめるように上下に振っている。


 ヴィクトルの問いかけに、納得がいったとばかりに頷いたアルギスは、小さく肩をすくめた。



「ああ、また来ることもあるだろう。手付金だ、取っておけ」



「おお!ありがとうございやす!」



 ホッと息をついたヴィクトルは、表情を一変させ、思わぬ臨時収入にほくほく顔を浮かべる。


 しかし、大切そうに袋を抱えなおすヴィクトルを、アルギスは複雑な表情で見つめていた。



(エンドワース領の税率は高いようだからな。多少でも還元している印象を与えなくては)



 打算にまみれたアルギスの内心をよそに、ヴィクトルは上機嫌に口を開く。



「そういえば、ご子息殿はまだ、死霊術に武具は使われないんで?」



「……なんの話だ、それは?」


 

「いや、ご領主様から時折ですね――」



 ヴィクトルの話を聞くと、なんでもソウェイルドは死霊作成の素材に武具を用いることができるというのだ。


 聞き覚えのない情報に、アルギスは思わずつり上がりそうになる口角を隠す。

 


(へぇ、死霊術の素材に武具か。……魔物の死体以外が、素材に使えるとは)



「ご子息殿?」



 口元に手を当て、じっと黙り込むアルギスに、ヴィクトルは再び首を傾げた。


 ハッと我に返ったアルギスは、使用人に持っていた剣を預けると、くるりと踵を返す。



「……ご苦労だったな。私は、これで失礼する」



「へい、またのお越しをお待ちしておりやす」



 勢いよく腰を折るヴィクトルを背に、使用人を引き連れて店を出ていった。


 そのまま、店の前に停まっていた馬車に乗り込もうと扉に手をかけた時、ふと公都を歩く人々の姿が目に入る。


 

(そういえば、出歩いたことないな……) 


 

「坊ちゃん、いかがされましたかな?」



 馬車に乗り込まず立ち止まるアルギスを、バルドフは訝し気な目で見つめる。


 すると、馬車の扉から手を離したアルギスは、遠くに見えるエンドワース家の屋敷へと足を向けた。



「気が変わった。歩いて帰る」



「……店で何か、あったので?」 



 店の前で馬車の見張りをしいたバルドフは、難しい顔で顎を撫でる。


 しかし、足を止めて振り返ったアルギスは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 

「この街の領主は父上だぞ。その息子である私が街を見たいと思うことに、何の不思議がある?」



「はぁ……おい、大人用でいいから、ローブを持ってきてくれ」



「はっ!」



 しばしの沈黙の後、説得を諦めたバルドフは、近くにいた騎士へ指示を出す。


 駆け足で使用人たちの乗る馬車へと向かう騎士の姿に、アルギスは小さく息をついた。



(ふぅ、なんとか説得できたな)


 

「では、これを着てください」



 巨体をすっぽりと隠せるほど大きなローブに身を包んだバルドフは、騎士の持ってきた大人用のローブをアルギスに渡す。


 そして、丈の余ったローブをゴソゴソと羽織るアルギスの顔をじっと見つめた。


 

「まっすぐ屋敷に帰るだけですよ」



「わかっている……歩きづらいな。いつになったら脱げる?」



 鬱陶しそうに袖を捲ったアルギスは、引きずっているローブの裾を見下ろす。


 しかし、騎士に追加の指示を出し終えたバルドフは、呆れたように首を振りながら、アルギスにローブのフードを深く被せた。



「屋敷に着いたら、ですよ。坊ちゃんはもう少し、ご自身の身分について考えるべきですな」



「そうか……」


 

 視界をフードに覆われたアルギスは、がっくりと肩を落とす。


 やがて、使用人を乗せた馬車と共に騎士たちが去った後、バルドフは後ろを振り返った。



「では、行きますか」



「ああ」 



 それからしばらくの間、2人は商店や鍛冶屋が立ち並ぶ市街地を進んでいく。


 バルドフの後を追いかけるアルギスは、初めて間近に見る街の様子に、せわしなく視線を動かしていた。



(意外と活気があるな。……思っていたよりも、ソウェイルドは悪い領主じゃないのか?)



 街を行きかう人々の表情は明るく、大通りには所せましと店が立ち並んでいる。


 予想と異なる市街地の様子に驚きつつも、アルギスはふと丘の上に建つ、エンドワース家の屋敷を見上げた。



(公都が”黒曜の都”と呼ばれている理由はこれか……) 



 市民街を抜けた先、貴族街の柵のさらに奥には、街を睥睨するような漆黒の城壁がそびえ立っている。


 太陽の光を反射するような輝きと、見る者を圧倒する巨大さは、まるで権力を誇示するようだった。



(下から見ると、また随分と威圧感のあることだ) 


 

 遠目に見える我が家を目指して、アルギスはバルドフの後を追いかけていく。


 やがて、貴族街の柵が見え始めた頃、前から小走りで向かってくる男が目に入った。


 

(……なんだ?)


 

 乱れた髪に汚れたローブを羽織っているという、みすぼらしい見た目以外に特筆すべき点はない。


 しかし、妙な胸騒ぎを感じたアルギスは、すれ違おうとする男に足をかけた。



「うお!?……なにしやがる、このクソガキ!」



 無様につまづいた男は、地面に手をつきながら立ち上がる。


 そして、腕を組んで立ち止まっているアルギスに、顔を真っ赤にして掴みかかった。



「ぶっ飛ばしてやる!」



「悪いが、それは出来ない」


 

 男の首を前から掴んで引き留めたバルドフは、そのままゆっくりと上に持ち上げる。


 すると、これまで真っ赤になっていた男の顔色は、途端に青くなり始めた。


 

「ぐえ!……は、はなせ……」 



 少しの間じたばたと藻掻いていた男は、微動だにしないバルドフの腕に、ぐったりとして大人しくなる。


 男が気を失ったことを確認したバルドフは、悲しそうに顔を歪めて、アルギスに顔を向けた。



「……坊ちゃん」



「さて、貴様のステータス、見せてもらうぞ」



 心配そうに見つめるバルドフをよそに、アルギスは力なく垂れ下がる男を鑑定した。



――――――――



【名前】

カルロス

【種族】

 人族

【職業】

 ローグ

【年齢】

 28歳

【状態異常】

・薬物依存

【スキル】

・詐術

・短剣術 

【属性】

  無

【魔術】

・強化系統

【称号】

・〈リヴェナンス〉下級構成員



――――――――



(薬物依存……?この世界にも、薬物があるのか?)



 カルロスのステータスに表示された【状態異常】を、訝し気な顔で見つめる。


 しかし、すぐに落ち込んだ様子で見つめるバルドフに気が付き、一層顔を顰めた。

 


「……おい、そんな目で見るな。ソイツは悪人だ」 


 

「それは、まことですかな?」


 

 単なるいたずらだと思っていたバルドフは、目を丸くしてカルロスの顔を覗き込む。


 一方、既にカルロスから興味を失ったアルギスは、肩をすくめてステータスの表示を消した



「ああ、状態異常欄に薬物依存とあるぞ。十分だろう」



「!それは、お手柄ですな」



 目を見開いて驚きの表情を浮かべたバルドフは、カルロスを肩に担ぎなおす。


 再び歩き出そうとした時、ふと見覚えのない【称号】を思い出したアルギスは、何の気なしに口を開いた。



「なあバルドフ、〈リヴェナンス〉とはなんだ?」



「恐れながら坊ちゃん。どちらで、その名を?」



 アルギスの質問に、ピタリと動きを止めて振り返ったバルドフは、感情の抜け落ちた顔で聞き返す。


 初めて見るバルドフの表情に、多少どぎまぎしながらも、アルギスは肩のあたりを指さした。



「今、お前が担いでいるソイツのステータスに書いてあった。下級構成員らしいぞ」



「……坊ちゃんを、誤解しておりました。恥ずかしい限りです」



 悔し気に口を固く結んだバルドフは、肩に担いだカルロスを抑えながら、深々と腰を折る。



「かまわん。とにかく、今は帰るぞ」 



 アルギスの言葉を最後に、2人は騒ぎになりつつある通りを、急ぎ足で後にするのだった。



 ◇



 屋敷の自室へと戻ってきたアルギスは、改めてバルドフから〈リヴェナンス〉について話を聞いていた。


 

「――つまり、〈リヴェナンス〉とは死者の完全な蘇生を目的とする秘密結社。死者を蘇らせ、新しい命を与えることを使命としているのです」



「そんなことが、できるのか?」



 いよいよ蘇生までできるのかと驚くアルギスに対し、バルドフは残念そうに首を横に振る。



「無論、不可能です。ですが、彼らは可能だと信じている――」



 それゆえ、数多くの〈リヴェナンス〉構成員が、エンドワース家の血統魔導書を含む、死者復活の可能性を持つ手段を求めているというのだ。


 しかし、説明を聞き終えたアルギスは、カルロスの姿を思い浮かべて首をひねった。



「私が捕まえた男は、そう見えなかったがな」



「あれは、おそらく下っ端でしょう。〈リヴェナンス〉の目的を知っていたかも怪しいものです」



 厳めしい顔を不快げに歪めながら、バルドフは再び首を横に振る。


 そして、躊躇いながらも装飾の施された小箱を机の上に置いた。



「……まさか、これを使うことになるとは」


 

(なんだ、あれ?) 


 

 小箱から取り出された、こぶし大の黒く輝く魔石を、アルギスは不思議そうな顔で見つめる。


 顔を顰めたバルドフが、魔石に魔力を込めると同時に、部屋は噴きあがった黒い煙で埋め尽くされた。



(な!バルドフは無属性だったはずだが……)


 

 バルドフが魔術を使用したことに驚きながらも、煙の勢いに負けたアルギスは、顔を腕で覆う。


 ややあって、渦を巻いた黒い魔力の煙が晴れると、骨でできた鳥の死霊が窓際にとまった。


 

「では頼んだぞ、スカルヴァルチャー」



「ギャァァ!」 



 バルドフが足に手紙をくくり付けると、骨でできた鳥の死霊――スカルヴァルチャーは窓を飛び出し、あっという間に空の彼方に消えていく。


 見覚えのある姿に、半ば予想がつきながらも、アルギスは尋ねずにはいられなかった。



「あれは、なんだ……?」



「あれは、旦那様の契約する死霊の中で、最も長距離を飛べる死霊だそうです。己は坊ちゃんの周りに”少しでも不穏な影があったら、これを使え”と仰せつかっておりました」



(……だから、バルドフを屋敷に置いていったのか)


 

 思っていたよりも自分の立場が危険であることを理解したアルギスは、顔を青くして冷や汗を流す。


黙りこくるアルギスをよそに、バルドフは険し顔で頭を下げた。


「己は今一度、あの男の所へ行って参ります」



(はあ……いつになったら、俺は落ち着けるんだ?)


 

 退室していくバルドフから目線を外すと、アルギスは1人、天井を見上げながら仄暗い未来に長いため息をつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る