1話
剣術の鍛錬が始まってから4年が経ったある日。
穏やかな陽気の中、剣を構えたアルギスは、騎士団の訓練場で平服のバルドフと向き合っていた。
(今日こそは、一本取ってやるぞ……)
意気込みつつも、緊張をほぐすため、大きく息を吐く。
すると、見計らったようにバルドフが声を上げた。
「坊ちゃん、準備はいいですかな?」
「……ああ、いつでも来い」
「――では、失礼して」
言い終えるが早いか、バルドフは地面を蹴り上げ、アルギスへと切りかかる。
しかし、構えていた剣を振り上げたアルギスは、慣れた様子でバルドフの剣閃を受け流しながら、さらに前へと踏み込んだ。
「フッ!」
「その調子ですよ!」
「チッ!」
(くそっ、ろくに動かすことすらできないとは……)
渾身の一撃を、絡めとるように容易くいなすバルドフの技量に、思わず舌打ちが零れる。
悔しげに顔を歪ませながらも、剣を握り直し、追撃を仕掛けた。
「はぁあ!」
「な!?」
鬼気迫るアルギスの叫びに呼応するように、剣は急激に速度を増し、バルドフの着ていた服を切り裂く。
パックリと斬られた上着に気が付いたバルドフは、茫然とした表情で顔を上げた。
「おめでとうございます、坊ちゃん。まさか、これほど早く剣術スキルを取得されるとは……」
(やはり近接職でなくとも、時間をかければ剣術スキルの取得は可能か……。これは収穫だな)
試合を見守っていた騎士たちから拍手を送られる中、剣を鞘に仕舞ったアルギスは、じっと両手に目線を落とす。
しばらくしてニヤリと口角を上げるアルギスに、騎士たち同様に拍手を送っていたバルドフは、躊躇いながらも言葉を続けた。
「……これからも、ぜひ修練を積んでいただきたいものですな」
「ふん、当たり前だ」
満足げな笑みを浮かべたアルギスは、持っていた剣をバルドフに押し付けて、訓練場を出ていく。
やがて、屋敷へと帰ってくると、回廊の端で辺りを見回し始めた。
(誰もいないな。……さて、ステータスはどうなった?)
――――――――
【名前】
アルギス・エンドワース
【種族】
人族
【職業】
ネクロマンサー
【年齢】
9歳
【状態異常】
・なし
【スキル】
・傲慢の大罪 Lv.1
・血統魔導書
・第六感
・剣術
【属性】
闇
【魔術】
・使役系統
・強化系統
【称号】
――
――――――――
(よし、ちゃんと剣術のスキルが増えているな。……ただ、第六感に関しては謎のままだ)
表示されたステータスに、アルギスは複雑な表情を浮かべる。
この4年間で手に入れたスキルは剣術を除けば、”第六感”という謎のスキルだけだった。
首を傾げながら、スキル欄の”第六感”に触れる。
――――――――
『第六感』:常人には感じることができないものを感じ取ることができる。
――――――――
(……何度見ても、発動条件すら分からないな)
この世界には自らの意思で使用するアクティブスキルと、使用者の意思に関係なく常時使用しているパッシブスキルの2種類がある。
表示された結果を何度見ても、アルギスにはこのスキルがアクティブスキルなのか、パッシブスキルなのかすら判断できなかったのだ。
しばらくじっと眺めた後、半ば無視するように”第六感”の詳細を消す。
「それよりもスキルは4年でたったの2つ……。いくら死霊術があっても、このままのペースではまずい……」
再びステータスに目を落とすと、遅々として進まない戦力の増強に、顔を顰めたアルギスの口から呟きが漏れた。
(レベルを上げたい時は魔物討伐、と考えてしまうのはゲームに引っ張られ過ぎか?)
前世でのレベル上げの日々と、いわゆる効率のいい狩場を思い出したアルギスは、懐かし気に目を細める。
少しの間、ぼんやりと記憶に浸っていたが、近くを横切る使用人の姿に、ハッと我に返った。
「少し、ゆっくりしすぎたな……次は、魔術の講義か」
気を取り直したアルギスは、急ぎ足で死霊術の鍛錬場へと向かう。
そして、地下へと繋がる階段を下りた先で、アルギスの身長と変わらない大きさの箱を背負っている男と出くわした。
背負っていた箱を床に置いた男は、細身の体に纏った濃い紫色のローブをはためかせて腰を折る。
「ごきげんよう、お坊ちゃま。ここでお会いするのは、珍しいですね」
「……アルドリッチか。少し来るのが遅くなってな」
濃い紫色のローブを纏う男――アルドリッチ・ブラックウッドの姿に、アルギスは小さく息をついた。
現在、魔術講師の役を担うアルドリッチは、ネクロマンサーの魔導師であり、元は王都のアイワズ魔術学院で講師を務めていた程の人物だという。
(経歴はいいんだがな……。どうにも好きになれん)
ヘレナに聞いた話しからも優秀な人物であることは疑いようのない事実だったが、アルギスは何故かいまいち信用を置けずにいた。
奇妙な感覚にアルギスが急速に気持ちを冷めさせる一方で、アルドリッチは神経質そうな顔を歪めるように笑う。
「なるほど。では共に向かうとしましょう」
「ああ……」
箱を背負いなおして付き従うアルドリッチに、アルギスは気の無い返事をして歩き出した。
遠くに見える鍛錬場の扉を見据えながら、既に見慣れた廊下を無言で進んでいく。
(……まあ、ヘレナやバルドフが許可している以上、問題ないんだろう)
言いようのない胸のざわめきを感じつつも、アルギスは気持ちを切り替えて鍛錬場の扉を開け放った。
そして、2人が並んで鍛錬場の中心までやって来ると、アルドリッチは背負っていた箱を床に倒して、アルギスに向き直る。
「それでは始めましょうか」
「ああ」
じっと見つめるアルドリッチに頷き返したアルギスは、床に置かれた箱へと視線を落とした。
足元に置かれている箱は、艶のある黒い金属と金の縁取りも相まって、まるで棺桶のような外見している。
ギギギと軋むような音を立ててアルドリッチが蓋を開けると、中にはざらざらとした質感の緑色の肌に、牙を覗かせる醜悪な顔をした死体が寝かされていた。
(……ゴブリン、だな)
ゲームでも見慣れた魔物に目を細めるアルギスをよそに、死体に巻かれていた布を取り払ったアルドリッチは、すっくと立ち上がる。
「本日は死霊の作成についての講義になります。具体的には”素材を用いた死霊の作成について”ですね」
「なるほど、このゴブリンが素材か」
「ええ、そうなります。……既にご存知とは思いますが、今一度”死霊作成”について説明いたしますと――」
アルドリッチの解説によれば、死霊には魔力によって形成される死霊と、素材を基に作成した死霊の2種類がある。
しかし、素材を基に作成した死霊でなければ、死霊術の本領ともいえる”死霊契約”が行えないというのだ。
(確か……魔力で形成された死霊は、供給が止まると消滅してしまうから、だったか)
黙って耳を傾けていたアルギスは、つらつらと続く解説の内容に、ふと以前見た魔術書の記載を思い出す。
アルギスが記憶を探るように目線を彷徨わせている間に、アルドリッチの解説は終盤に差し掛かっていた。
「――また作成する死霊によって、必要な魔力量は大きく異なります。故に、”死霊作成”は第一階梯にありながら、死霊術の神髄と呼ばれるのです」
「……死霊術の神髄か。久々に聞いたな」
「長々と、差し出がましいことを致しました」
解説を終えたアルドリッチは、申し訳なさそうに身を縮める。
ややあって、懐かしむように頬を緩めていたアルギスは、軽く手を振って口元を引き締め直した。
「構わん。さっさと始めよう」
「はい。では、こちらのゴブリンに魔力を流し込むことを意識してください」
「ああ。――我が闇の力を以て、仮初の命と為す。死霊作成」
アルギスの呪文と共に体から噴き出した黒い霧は、形を成すことなくゴブリンの身体へと吸い込まれていく。
すぐに霧が吸い込まれ切ると、ゴブリンの死体がゆっくりと起き上がった。
「――我が闇の力を以て、死霊を支配下とせん。死霊使役」
流れるように次なる呪文を唱えたアルギスの身体からは、再び黒い霧が溢れる。
緩慢な動きで辺りを見回していたゴブリンの死体は、黒い霧に包まれると、硬直するように動きを止めた。
「どうやら問題は無いようですね」
「――跪け。それで次はなんだ?」
膝をついてしゃがむゴブリンを尻目に、アルギスはアルドリッチへと顔を向ける。
すると、満足げに頷いていたアルドリッチは、ゴブリンから目線を外して口を開いた。
「次は、死霊との契約と破棄についてですね」
「!ほう」
アルドリッチの言葉に目を輝かせたアルギスは、無意識に口角が吊り上がる。
そして、堪えきれなくなったように、小さな声が口から零れ落ちた。
「……闇の力を以て、汝が偽りの魂を拘束する。死霊契約」
アルギスが呪文を唱え始めた瞬間、ゴブリンの死体はみるみるうちに黒く染まっていく。
やがて、黒く染まり切った皮膚の一部がドロリとはがれると、すっかり様変わりしたゴブリンは、なお深く頭を垂れた。
(これが死霊契約か。……ここにくるまで、随分と時間がかかったものだ)
4年の月日を思い出し、しみじみとした表情でアルギスは不気味さを増したゴブリンの死体を眺める。
しかし、アルギスの余韻を打ち消すように、アルドリッチは興奮した声を上げた。
「素晴らしい!ぜひ、”血統魔導書”で確認してみては?」
「ん?ああ、そうだな……”血統魔導書”よ、出てこい」
アルドリッチの声で現実へと引き戻されたアルギスは、促されるままに”血統魔導書”のスキルを使用する。
スキルの発動と同時に体から飛び出した魔導書は、アルギスの手に収まるとパラパラと独りでにページが開いた。
――――――――
【契約死霊】
穢鬼子
【状態異常】
・なし
【スキル】
・呪爪
【属性】
闇
【魔術】
・破壊系統
――――――――
(……予想はしていたが、レベルがないと強さがイマイチわからんな)
”血統魔導書”に記された死霊のステータスを、ゲームの魔物と比べたアルギスは、その簡略さに思わず顔を歪める。
短い間の静寂の後、顔を上げると、複雑な表情を浮かべるアルドリッチと目が合った。
「それが、”血統魔導書”ですか……。契約の破棄についても、ご存知で?」
「……ああ、問題ない。既に父上から聞いている」
得も言われぬ感覚を覚えつつも、アルギスはステータスの記載されたページを破り取る。
すると、破られたページは灰のように崩れ始め、やがてページが消えると同時に”穢鬼子”もまた、霧が晴れるように姿を消した。
2人きりになった鍛錬場で、額に汗をかいたアルドリッチは、躊躇いがちに腰を折る。
「……そうなりますと、本日の講義はこれで終了にございます」
「随分と早いが、まあいいだろう」
懐から取り出した魔道具で時間を確認したアルギスは、頭を下げるアルドリッチに背を向け、鍛錬場を後にした。
軽い足取りで地下から1階へと戻ると、すっかり夕暮れに染まったオレンジ色の廊下を進んでいく。
そして自室のドアノブに手を掛けた時、横に並んだ小さな体が目に入った。
「何の用だ?マリー」
「アルギス様、まもなく夕餉のご用意が整います」
清潔な衣服に身を包んだマリーは、ぎこちなく頭を下げる。
ボロボロだった髪は肩口できれいに切りそろえられ、痩せぎすだった体も幾分女性らしさを主張し始めていた。
「……頼んだ覚えはないが?」
「連日、お食事を簡単に済まされているようなので、本日は是非しっかりとした夕餉を摂って頂きたく……」
不満げに口をへの字に曲げるアルギスに身を固くしつつも、マリーはじっと頭を下げ続ける。
しばしの沈黙の後、マリーの圧に負けたアルギスは、諦めたようにがっくりと肩を落とした。
「はあ……今日の主菜はなんだ?」
「はい!本日のメインディッシュはゴールデンフォレストバードのグリルでございます」
気を取り直して話題を変えたアルギスの質問に対し、マリーは満面の笑みで即答する。
(こいつ、こんな性格だったか?それに、ゲーム内では冷酷な暗殺者のはずなんだが……)
ゲームのイメージとも最初の印象とも異なる姿に、内心首をかしげながらも、アルギスはマリーを伴ってダイニングルームへと向かうのだった。
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