二章

序文

 夜が更け、月明かりが薄暗い光を投げかける頃。


 ソラリア王国王都近くの森の奥、巧妙に隠された洞窟内の部屋で、とある秘密結社の集会が行われようとしていた。


 真っ白の仮面とローブに身を包んだ集団が、決して広いとは言えない岩肌の見える空間に、続々と集まってくる。


 

 やがて、集まってくる人の波が途切れる頃、唯一意匠の刻まれた仮面を着けた者が厳かに頷いた。


 

「では、定例集会を始めるとしよう」 


 

 重く響く声に、白い仮面の構成員は皆、深々と頭を下げる。


 いつも通りに集会が始まると、意匠の刻まれた仮面を着けた者は、一拍置いて言葉を続けた。



「……うむ。では、アイテムの報告から貰おうか」 


 

「はい、首領。まずエリクサーの製造法に関してですが――」



 意匠の刻まれた仮面を着けた者――首領から投げかけられた声に、構成員の1人は慣れた様子で説明を始める。


 構成員の報告を聞き終えた首領は、憎らし気に腕を組んだ。



「そうか。やはり、本国のエルフどもから聞き出すのは難しいか」 



「はい。交易街よりも奥に進むのは、あまりに危険が大きく……」 


 

「どの国も、そうやすやすと秘匿技術は晒さぬな。……他に報告は無いか?」



「アルデンティア帝国の宝珠に関しても――」 



 軽く首を振った首領は、報告をしていた者から目線を外して、他の構成員に顔を向ける。


 そして、次々と首領への報告がなされる中、突如として雰囲気に似合わない、若い男の声が上がった。



「そういえば、同志よ!例の”血統魔導書”を追いかけていたのでは?」



「……!」


 

 突然声を掛けられた隣の男は、集中した視線に仮面の内側で顔を歪ませる。


 しかし、無言の圧力に負けると、躊躇いながらもゆっくりと頷いた。


 

「……ええ。ご助言の通り、動かせて頂いております」



「――詳しく聞かせてもらおう」 



 男の回答にピクリと反応した首領は、会話へと割り込むように口を開く。


 呼びつけられたことに顔を顰めながらも、首領の傍までやってきた男は、小さく頭を下げた。


 

「……それよりも首領。お耳に入れたいと思っていた話が」



「なに?例の”血統魔導書”よりもか?」



「はい。どうやら、ソラリア王国にて勇者の再臨……”聖剣”が発見されたようです」 


 

 首を傾げる首領に、男はここぞとばかりに”聖剣”の情報を伝える。


 小さいながらもはっきりとした声に、その場にいた皆が仮面の中で目を見開き、洞窟は大きなざわめきに包まれた。



 ざわざわと洞窟内がどよめく中、一足先に平静を取り戻した首領は、男に顔を近づける。


 

「そ、それは、確認が取れているのか?」



「……確証はありませんが、各方面からの情報を鑑みるに、調べてみる価値はあるかと」



 顔を寄せられた男は、小さく息をつき、どこか安堵したように言葉を返す。


 以降口を噤み静かになる男に対し、首領もまた、顎に手を当てて黙り込んだ。


 

「……早急に、調査しなければならぬな」



「――私がその役を引き受けましょう」



 ぼそりと呟かれた言葉に、いつも間にか近くまでやってきていた若い声の男が、すかさず手を挙げる。


 すると、かけられた声で我に返った首領は、慌てて首を縦に振った。

 


「!そうか。ならば、頼むとしよう」



「はい。任せてください」

 


「――では、本日の集会は解散とする。各自、計画を進めてくれ」



 集会が終わると、構成員たちは足早に洞窟の出口を目指す。


 仮面の奥で目を細めた首領は、同様に出口へと足を向ける男の肩を軽く叩いた。



「……聖剣について、よく報告してくれたな、同志よ」



「いえいえ。……それでは、私はこれで」 



 心ここにあらずと言った様子で言葉を返した男は、挨拶もそこそこに出口へと歩き出す。


 ひたすらに前だけを見つめる瞳には、狂気の色が浮かんでいた。



「ここまできて邪魔されてなるものか。……アイナ、マーサ、もう少しだ。もう少しで会えるぞ」



 自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟きながら、洞窟を後にする。


 

 一方、首領と2人きりになった洞窟で、遠ざかっていく背中を見つめていた若い声の男は、苛立ち交じりに鼻を鳴らした。


 

「ふん……勇者とやらがいなければ、監視がつけられたものを」 



「フィリップ様、いかがされましたか?」



 若い声の男――フィリップの苛立ちを感じとった首領は、これまでの高圧的な態度が嘘のように腰を屈める。


 すると、落ち着きを取り戻したフィリップは、大きくため息をついた。



「はあ……いえ、勇者と聖剣について、どうしたものかと思いましてね」



「私の方でも、動きますか?」 



「いいえ。君はこれまで通り、黙って蘇生術に関わる情報を集めていれば良いのです。余計なことを考える必要はありません」



「し、失礼いたしました」 


 

 フィリップのきっぱりとした否定の言葉に、首領は冷や汗をかきながら頭を下げる。


 しばしの沈黙の後、フィリップは諦めたように再び息をついた。



「一先ず、帰るとしましょうか」



「はい」 



 フィリップの態度が軟化したことで首領は、思わず安堵の表情を浮かべる。


 すぐに連れ立って出口へと歩き出した2人は、洞窟の闇へと溶けるように消えていくのだった。

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