12話

 翌日、日が頂点に達する頃。


 王宮の会場では、鮮やかな色彩の衣装や、光り輝く装飾品で身を飾り立てた貴族たちが、我が物顔でパーティを楽しんでいた。


 特に今年は侯爵家が3つに公爵家が2つ、極めつけは王家が参加するとあって下級貴族たちは高位貴族への挨拶回りに精を出している。



 煌びやかに照らされた大広間に笑い声が響く中、ソウェイルドとヘレナの後を追いかけていたアルギスは、どこからともなく送られる視線に気が付いた。



(ん?誰か見ているな?)



「……奴らとは関わってはならん」



 辺りを見回すアルギスを、ソウェイルドは隠すように抱き寄せる。


 そして、しばらくの間会場を歩いていると、くすんだ金髪をした貴族に気が付き、足を止めた。



「これは、これは。ソウェイルド様」


 

「おお、ヨアヒムではないか」


 

「お久しぶりでございます。……ご子息殿は初めましてになりますな」



 柔和な笑みを浮かべた男は、恰幅の良い体を揺らしながら腰を折る。


 一方、スッと目を細めたソウェイルドは、周囲を警戒しつつ、小さく口を開いた。


 

「ちょうどいい、例の件について直接話したいと思っていたのだ」



「……私も同様にございます」



「ふむ、どうだ。あちらで――」



 ソウェイルドが上機嫌に会話を始めた時、会場にファンファーレが響き渡る。


 同時に、これまで話し込んでいた貴族たちが会話を止め、扉へと顔を向けた。



(……来たか) 



 空気の変わった会場に、アルギスはつられて扉に視線を送る。


 すると、扉の横に立っていた王城の近衛騎士と思われる男が声を張り上げた。



「国王陛下、王妃殿下、並びに王女殿下の御入場です!」



 言い終えると同時に大きな扉が開き、3人の王族が入場してきた。


 先頭を歩くのは国王ライナース・フェリクス・ディヴァイン・ソラリア。


 次に王妃のグロリアーナ・ヨーゼファ・ソラリアが続き、やや遅れて、王女アリア・ソラリアが入場する。



(やはり、国王の特徴も一致している。……ただ、ゲームの時もよりも、かなり元気そうだな)


 

 玉座へと向かうライナースの姿は、アルギスの記憶にある通り、青い髪に白金の王冠を載せ、鮮やかなマントを羽織っていた。


 しかし、ゲームと異なり、血色の良いライナースが朗らかな笑みを浮かべるていることに、アルギスは首を傾げる。


 

(シナリオによっては、病床に臥せっているという描写すらあったはずだが……) 


 

 アルギスが頭を捻っている間にも、 貴族たちは身分の低い者から玉座についたライナースの元へと向かっていく。


 やがて殆どの者が挨拶を終えた頃、表情の抜け落ちたソウェイルドが口を開いた。


 

「……仕方がない、行くぞ。ヘレナ、アルギス」



「はい、あなた」



「かしこまりました」



 チラリとアルギスのヘレナの2人を確認したソウェイルドは、既に挨拶を済ませた貴族たちの間を抜け、玉座へと向かう。


 そして、ライナースの目の前までやってくると、微笑みをたたえながら、優雅に腰を折った。

 


「お久しぶりです、陛下」



「久しいな、ソウェイルド。その子が此度、祝福の儀を終えた息子か?」



 ニコニコと人の好い笑みを浮かべたライナースは、ソウェイルドからアルギスへと目線を移す。


 するとアルギスを横目に見たソウェイルドは、そっと背中に手を当てた。


 

「はい。……おい、アルギス、ご挨拶を」



「――お初にお目にかかります。ソウェイルド・ワイズリィ・エンドワース公爵が嫡男、アルギス・エンドワースと申します。以後、お見知りおきを」



 押し出されるように前に進み出たアルギスは、慣れた様子で膝を着き、ゆっくりと頭を下げる。


 しかし、アルギスの挨拶を見たライナースは、すぐにソウェイルドへと向き直ると、疑うような目つきで腕を組んだ。

 


「……その子は、まことに5歳か?」



(マズイ、やりすぎてしまった)


 

 ライナースから目線を逸らしたアルギスは、内心で顔を青くして俯く。


 年齢にそぐわない行動を反省するアルギスに対し、後ろに立っていたソウェイルドは、肩をすくめて首を横に振った。


 

「当たり前でしょう。私の息子を、凡百の輩と一緒にされては困りますな」



「そうか……」


 

 表情を変えることなく言い放つソウェイルドに、ライナースはあっけにとられ、その場でなにも言えなくなってしまう。


 何とも言えない空気が場を支配する中、これまで黙っていたヘレナが、見かねて助け舟を出した。


 

「……陛下、失礼ながら王女殿下をご紹介いただいても?」



「おお!そうであったな。アリア、お前もこちらでご挨拶なさい」



「!はい」


 

 ライナースの隣に座っていたアリアは、急に視線が集まったことでピンと背筋を伸ばす。


 そして、すぐに椅子から立ちあがると、たどたどしく淑女の礼を取った。


 

「お、おはつにおめにかかります。ソラリア王国第一王女アリア・ソラリアと申します。よろしくおねがいします」


 

「これはアリア王女、ご丁寧に。私はソウェイルド・ワイズリィ・エンドワース。王国にて公爵位を賜っております」


 

「!は、はい」


 

 アリアの前に進み出たソウェイルドは、胸に手を当てて少しだけ腰を折ると、恭しく名乗りを返す。


 しかし、目尻を下げて頷くライナースとは対照的に、仮面のような笑顔と冷たい目線でアリアを見つめていた。


 やがて、アリアが椅子に座り直したことを確認したライナースは、ソウェイルドへと向き直る。

 


「ではパーティを楽しんで帰ってくれ」



「ええ、是非にでも。……それでは、私共はこれで」


 

(……王家か。あまり関わりたいとは思えないな)


 

 チラリと王家の面々を一瞥したアルギスは、内心で顔を顰めながら玉座を離れていく。


 そして、あちこちで会話の聞こえるパーティ会場へと戻っていくのだった。


 

 ◇

 


 アルギス達が再び会場に戻って以降、ソウェイルドの下には貴族たちが絶え間なく挨拶にやってきていた。


 

(いい加減、疲れたな……)


 

 貴族がやってくるたびに挨拶をする機械のようになっていたアルギスは、小さく息をつく。


 そろそろアルギスの表情筋が限界に達する頃、隣に立っていたソウェイルドの雰囲気が変わった。

 


「来たか、ヨアヒム」


 

 先程別れたヨアヒムの登場に、ソウェイルドの表情は一瞬で抜け落ちる。


 するとソウェイルドのすぐそばまでやってきたヨアヒムは、片手で口元を隠した。



「……先ほどは本題に入れませんでしたので」


 

(ん?何の話だ?)



 ソウェイルドの変化を感じ取ったアルギスは2人の会話に耳をそばだてる。


 しかし、会話が始まると同時に、ヘレナはアルギスの身体の向きを変え、貴族の子供が集まっている場所を指した。



「アルギス、いい子だから、しばらくあちらにいる子供たちと遊んでらっしゃい」



「……はい」



 背中を押されたアルギスは、断ることもできず、しぶしぶ子供たちの集まる場所へと歩いていく。


 アルギスがトボトボと遠ざかっていく、会場の一角に目線を移したソウェイルドは、不快げに目を細めた。



「それで……あれが、勇者の卵とやらか」



「ええ、ファウエル子爵の嫡子のようで」



 隣に立つヨアヒムもまた、感情の抜け落ちた顔で他派閥の貴族たちを見据えながら頷く。


 しばらくして勇者の生まれ変わりと噂されるルカ・ファウエルからヨアヒムへと向き直ったソウェイルドは、張り付けたような笑みを浮かべながら口を開いた。


 

「それで、”聖剣”の情報は手に入ったのか?」



「それが、どうにも相当に警戒しているようでして……」



 ソウェイルドの言葉に、ヨアヒムは小さく首を横に振る。


 すると、これまで微笑みを浮かべていたソウェイルドの表情は一瞬で冷たいものに変わった。


 

「……ファルクネスの老いぼれか?」



「もしくは、シュタインハウザー家かと」


 

「おのれ、武功に取りつかれた野蛮人共め……」



 沸き立っている英雄派の貴族たちを遠目に見たソウェイルドは、怒りを押し込めるように息を吐く。


 そして、すぐに口元に微笑みを湛えると、ヨアヒムへと視線を戻した。


 

「……まあいい。なにか分かったら、即座に報告しろ」



「かしこまりました。必ずや……」



 ソウェイルドの眼光を正面から受けたヨアヒムは、身を震わせながら頭を下げる。


 しかし、ヨアヒムに指示を出し終えたソウェイルドは、すぐに笑顔を優しいものに変えた。



「話は済んだな。ではアルギスの下へ向かうとするか」



「はい。お供させて頂きます」 



 話を切り上げると、ヨアヒムとヘレナを引きつれ、会場を歩き始める。

 


 一方その頃、ソウェイルド達と別れたアルギスは、難しい顔で貴族の少年と対峙していた。



(……面倒くさいことになったな) 


 

 辺りを見回せば、集まっていた子供たちは既に去り、場には残っているのはアルギスを含めた3人だけになっている。


 目の前で固まる少年と、側に控えるように立つもう1人の少年を横目に見たアルギスの脳内には「どうしてこうなった」という思考だけがグルグルと巡っていた。


 

 ――――事の始まりは、数十分前に遡る。


 子供たちの集団に近づいていったアルギスは、中でも1人の少年が大きな声で威張り散らしているのが目に入った。


 声を上げている少年は、アルギスが「誰が着るんだ」と思っていた金ぴか衣装よりも、なお派手な金ぴか衣装を纏っている。



(随分と眩しい奴がいるな……なんだかご利益すらありそうだ)


 

 会場の照明を反射するような衣装に、アルギスは思わず足を止め、目を細める。


 それからしばらく遠目に眺めていると、アルギスに気が付いた少年が肩で風を切りながら近づいてきた。



「おい、お前」


 

「……なに?」



 顎をしゃくり上げ、見下すような少年の態度に、アルギスはピクリと眉を動かす。


 しかし、目の前で腕を組んだ少年は、アルギスの表情の変化に気が付くことなく言葉を続けた。



「俺はメイソン・グリューネだ、お前の名前はなんだ?」



(グリューネ侯爵家か……。それにしても、これほど砕けた態度を取られたのは初めてだな……) 



 少年の家名に聞き覚えのあったアルギスは、納得したように頷く。


 そして、内心の驚きを隠しつつ、不思議そうに首を傾げた。


 

「私はアルギス・エンドワースだが?」



「え……?」 



 アルギスが軽い自己紹介のつもりで名前を伝えると、金ぴかの少年――メイソンはピタリと動きを止める。


 名乗りを無視するようなメイソンの態度に、アルギスの顔はすぐに不快げなものに変わった



「なんだ?名前を聞いておいて、今度は無視か?」


 

「…………」


 

 アルギスが先を促しても、メイソンは固まったまま動こうとしない。


 これまで威張っていた少年の変わりように皆が驚いている中、くすんだ金髪をした少年がアルギスへと近づいてきた。



「――エンドワース様、恐らく少々行き違いがあったものかと」

 


「ほう?それで、お前は何者だ?」



 顔を寄せ、囁くように情報を話す小柄な少年に、アルギスは目線を移す。


 声を掛けられたことでハッとした少年は、一歩後ろに下がると、胸に手を当てゆっくりと腰を折った。



「申し遅れました。僕はヨアヒム・セルヴァン伯爵が三男、グルトス・セルヴァンと申します」



「ヨアヒムの息子か……」



 グルトスの家名に、先程別れた貴族の顔が浮かんだアルギスは、無意識に名前が口から滑り落ちる。


 すると、アルギスの返事を聞いたグルトスは、嬉しそうに上気した顔を上げた。


 

「父をご存じなので?」



「……ああ、父上と話しているのが記憶に残っていてな」



 失言を誤魔化すように肩をすくめたアルギスは、慌てて目を逸らす。


 繕うような理由を話すアルギスに対し、グルトスは頬を緩めながら両手を合わせた。

 


「それは、それは。父も、大層お喜びになることでしょう」



「そうか……」

 


 アルギスとグルトスが会話をしている間にも、貴族の子息たちは、巻き込まれまいと逃げるように場を去っていく。

 


 ――――そして、すっかり人のいなくなった空間で、メイソンと対峙したアルギスは、どうしたものかと頭を捻っていたのだ。


 

(さて、コイツをどうするか……) 



 前に目を向ければ、未だ口をパクパクさせるメイソンの姿が目に入る。


 少しの間、難しい顔をしたアルギスが黙って見つめていると、我に返ったメイソンは、なんとか再び動き出した。



「お……私はランディ・グリューネ侯爵が嫡男、メイソン・グリューネと申します!先ほどは大変、失礼いたしました!」



「そうか……では教えてくれ、メイソン・グリューネ。私に、何の用かな?」



 声のうわずっているメイソンに、微笑を浮かべたアルギスは優しく問いかける。


 しかし、アルギスの表情を見たメイソンは、顔を青くして冷や汗を流していた。


 

「い、いえ、その、大したことでは……」 


 

「ほう?大した意味もなく、この私をお前呼ばわりか」



「っ!」 


 

 アルギスの容赦のない追及に、メイソンは目の端に涙を溜める。


 そして、ついには下を向いて黙り込んでしまった。



(……はぁ、もう十分だろう。これで面子とやらが守れていればいいんだがな)



 ソウェイルドの指示とメイソンへの同情心で板挟みになりながら、アルギスは追及を止める。


 すると、静かになった3人の下にジャラジャラと体中に宝石を纏った貴族が近づいてきた。


 

「ち、父上……!」



「おや、どうしたんだ、メイソン」 


 

(コイツがランディか)


 

 涙を拭いながら顔を上げるメイソンに、アルギスもまた、つられて宝石を纏った貴族――ランディ・グリューネを見つめる。


 すると不機嫌そうに周囲を見渡していたランディは、目を見開き、メイソンそっちのけで腰を低くしてアルギスへと駆け寄った。



「!これは、エンドワース家の嫡男殿。ひょっとして、うちの子が何か……?」



「……いや、もう話は済んだ」



 あまりの変わり身の早さに、あっけにとられながらも、アルギスは首を横に振る。


 以降、何も言わず口を噤むアルギスに、ランディはピクピクと頬を引きつらせた。


 

「さ、左様でございますか。……では、私共はこれで」


 

「う、うぅ……」


 

 すぐに何かを察したのか、メイソンに無理矢理頭を下げさせると、手を引っ張って去っていく。


 グリューネ家の2人が去っていく中、アルギスの隣に立っていたグルトスは後ろを振り返った。



「僕たちも、迎えが来たようですね」



「……ああ、そのようだな」



 同様に後ろを振り返ったアルギスは、ヨアヒムとヘレナを伴って近づいてくるソウェイルドが目に入る。


 やがて、2人の傍までやってきたソウェイルドは、上機嫌にアルギスとグルトスの顔を交互に見比べた。


 

「おお、アルギスよ。既にセルヴァン家と友誼を結んだか」



「はい。……セルヴァン卿の顔も思い浮かびましたので」


 

「ほっほっほっ、それは嬉しいお言葉ですな。――今後とも、是非セルヴァン家を良しなに」


 

 嬉し気に体を揺らしたヨアヒムは、軽く膝を折って頭を下げる。


 一連の流れをじっと見ていたソウェイルドは、腕を組み、鷹揚に頷いた。



「ふむ。では、ここでやるべきことは全て済んだな。……私たちは帰るが?」



「……我々は、もう少し残ってみようかと思います」 


 

 会場の出口に足を向けたソウェイルドが振り返り様に声を掛けると、ヨアヒムは相変わらず柔和な笑みを浮かべる。


 頭を下げているセルヴァン家の2人を背に、ソウェイルドは前を向き直った。



「そうか、では吉報を待つ」



(もう帰っていいのか……?) 



 出口へと進み出すソウェイルドとヘレナをアルギスは、不思議そう顔で追いかけていく。


 未だに数多くの貴族が会話を楽しみ、パーティが盛り上がりを見せる中、エンドワース家は、ひっそりと会場を後にするのだった。

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