11話

 アルギスの乗る馬車に気が付いた男たちは、通りの端に寄り、頭を下げて通り過ぎるのを待っている。


 ゆったりとした速度で進む馬車がボロボロの少女の隣を通りかかった時、窓の外を眺めていたアルギスは、向かいに座る使用人へと顔を向けた。


 

「……おい、馬車を止めさせろ」



「は、はい!」 



「どうしたの?アルギス?」


 

 慌てて御者に指示を出す使用人と、不機嫌そうなアルギスにヘレナは目を丸くする。


 しかし、馬車が止まったことを確認したアルギスは、何も言わず外へと飛び出していった。


「……貴様らは何者だ?名を名乗ることを許してやる」


 通り過ぎると思っていた貴族の馬車から少年が降りてきたことに男たちは顔を青くしながらも、慌てて背筋を伸ばす。



 そして、3人の中でも最も年上だろう男が、より一層身を固くして声を上げた。



「は、はっ!わ、我々は王都巡回兵を務めております。自分はドーンと申します!」


 

「同じく、王都巡回兵を務めております。ダンガードと申します」



「お、同じく、ミルラと申します……」



 ドーンに続き他の2人も名乗りを上げるが、3人の表情には隠しきれない恐怖が浮かんでいる。


 場に緊張感が漂う中、3人の所属を聞いたアルギスは、土にまみれて地面に伏している少女へと目線を移した。



「お前たちが巡回兵だと?巡回兵がなぜこんなところで子供を引きずって歩いている?」



「こ、この者は王都商業区にて盗みを働いたため拘束されているのです!我々もこのようなことは不本意なのですが、気を失っているため仕方なくこのような形で連行している次第です!」



 アルギスの高圧的な口調に対し、ドーンは一息に言い切ると背筋をピンと伸ばして静かにアルギスの言葉を待っている。


 ドーンと少女を交互に見比べたアルギスは、難しい顔で顎に手を当てた。



(……扱いはともかく、犯罪行為で連行されているのであれば、口出しもしづらいな)



 このまま見捨てたくもないが、これといった言い訳も思い浮かばない。


 どうしたものかと首を捻っていると、ふと少女のステータスを鑑定することを思いつく。



(まあ、大した意味はないんだろうが……)


 

 さほど期待できないだろうと思いながらも、アルギスは《傲慢の瞳》を使用した。


 

――――――――



【名前】

(マリアンナ・ハルディン・エクアリタス)

【種族】

ハーフエルフ

【職業】

 ――

【年齢】

 8歳

【状態異常】

・衰弱

【スキル】

・逃走

・空腹耐性 

【属性】

  影

【魔術】

 ――

【称号】

 ―― 



――――――――



(な、なんだと!?”マリアンナ・ハルディン・エクアリタス”……?)


 ステータスの名前を見たアルギスは、思わず気を失っている少女を睨みつけてしまう。


 なぜならば”マリアンナ・ハルディン・エクアリタス”というキャラクターは、アルギスが転生したと考えていた『救世主の軌跡』には登場しない。


 同じ制作会社の発売している『巡礼者の追憶』という別のRPGに、暗殺者として登場するキャラクターなのだ。


 最初はちょっとした同情心で声を掛けたアルギスだったが、ステータスを見た今、完全に話が変わっている。


 

(……あれが”マリー”なら、ここは『救世主の軌跡』の世界ではない?)



 新しく生まれた大きすぎる疑問にアルギスは内心、頭を抱えていた。


 それでも、冷や汗をかいている巡回兵と首を傾げるヘレナの手前、いつまでも黙っているわけにはいかないと静かに口を開く。



「……これは面白い。そいつをこちらによこせ」



「は、はっ!」 



 少しでも情報が欲しいアルギスは、巡回兵に少女――マリアンナを差し出させる。


 そしてアルギスが後ろを振り返り、騎士へと指示を出そうとした時、これまでじっと黙っていたヘレナが声を上げた。



「駄目よ、アルギス。いくらなんでも、そんなゴミを屋敷に持ち帰ることは許可できないわ」



(くっ、さすがに止められるか。ただ……)



 ヘレナに待ったをかけられたアルギスは、一瞬顔を顰める。


 しかし、すぐに表情を引き締め直すと、一縷の望みにかけて小さく言葉を返した。


 

「……母上、私の”眼”を信じてください」



「!……いいわ。ただし、私の目には入らないように持って帰ってちょうだい」



「ご理解いただき、感謝いたします。……おい、それが死なないように屋敷まで持ってこい」



「はっ!」 



 護衛の騎士に指示を伝えたアルギスは、満足げな表情でヘレナと共に馬車の中へと戻っていった。


 2人が馬車に乗り込むのを見た巡回兵たちは、ようやっと緊張状態から解放され、大きく息を吐く。



「ふぅー……なにか、やらかしたかと思ったぜ」



「ええ、処罰を覚悟していました」



「な、何事もなくてよかったー……」



 巡回兵達が無事生き延びたことを実感していると、アルギスから指示を受けた騎士たちが近づいてくる。


 その内の1人である初老の騎士は、苦笑いを浮かべながら巡回兵に歩み寄った。



「すまないな。それは、うちの坊ちゃんが持って帰るそうだ。……ほら、さっさと持っていけ」



「はっ!」 


 

 指示を受けた部下の騎士たちは首輪を外した少女を素早く布でくるみ、魔道具の積まれた荷馬車へと持っていった。


 一連の流れを恐怖の入り混じった表情で見つめていたドーンは思わず口から疑問が零れる。



「いえ、構わないんですが……あんなもの何に使うんでしょうかね?」



「さあ?私はそれを知る必要も、権限もないからな」


 

 怯える巡回兵に対し、初老の騎士はキョトンとした顔で肩をすくめた。


 そして、一拍間を置くと、手に持っていた革の袋を巡回兵1人につき1つずつ渡していく。


 

「これは?」


 

「中を確認してくれて構わんよ」



「え……!?」


 

 そして、躊躇いつつも中身を確認した3人は、中に入っていた5枚の金貨――50万Fという月給に相当する額の金貨に、驚いて顔を跳ね上げた。



「それは貰っておいてくれ。こちらの都合で君たちの仕事を奪ってしまったからな」



「本当に、よろしいので……?」


 

ドーンとミルラの2人がポカンと口を開けて固まっている間に、我に返ったダンガードは訝し気な表情で騎士を見つめる。


しかし、なおも困ったような笑みを浮かべていた初老の騎士は、仕事を終えたとばかりに、3人には見向きもせず踵を返した。



「ああ。それと、もし上官から何か言われたら、”エンドワース家の屋敷まで来い”と伝えてくれ」



 手を振って去っていく騎士の背中を、巡回兵たちはただ黙って見ていることしかできなかった。



 ◇

 


 一方、進み始めた馬車の中では先程とは打って変わり、アルギスとヘレナの間には重たい沈黙が続いていた。


 相変わらず窓の外を眺めるアルギスに、額に手をついたヘレナは呆れたように首を振る。


 しばらくは無言で見守っていたヘレナだったが、遠目に屋敷が見え始めた頃、痺れをきらしてアルギスの肩を叩いた。



「……それで、どうするの?」



「とりあえずは屋敷に置いておきましょう。……捨てることは、いつでも可能ですから」



 街の景色から目線を外し、難しい顔で振り返ったアルギスは、繕うように口角を上げる。


 すると、不快げに眉を顰めていたヘレナは、表情を緩め、諦めたように頷いた。



「はぁ、わかったわ。……ソウェイルドへの説明は貴方がなさいね?」



「はい、承知しております」



 マリアンナを手に入れることを決めたアルギスは、粛々と頭を下げる。


 やがて、アルギスがソウェイルドへの言い訳を考えていると、馬車は徐々に減速を始めた。

 


(もう着いてしまったのか……)


 

 屋敷へと戻って来たことに気が付いたアルギスは、ゆっくりと開く漆黒の門扉に目を向ける。


 良い案が浮かばす困り果てるアルギスをよそに、門扉を抜けた3台の馬車と騎士たちは、敷設された石造りの通路を進んでいった。


 

 しばらくして再び停車した馬車から降りたアルギスとヘレナは、屋敷の前に立つジャックと使用人たちに出迎えられる。


 

「お帰りなさいませ奥様、坊ちゃん。魔道具店はいかがでしたか?」



「ええ、欲しいものは手に入ったわ。それに、アルギスがマジックアイテムを見つけたのよ!」



「それは、それは」 



 まるで自分のことのように喜ぶヘレナに、ジャックは穏やかな笑みを浮かべる。


 しかし、近くで話を聞いていたアルギスの表情は晴れない。



(いくらマジックアイテムを見つけていても、人を拾おうっていうんだから交渉材料としては弱いが……)



 説得する機会は今しかないと考えたアルギスは、ヘレナのドレスの裾を掴む。


 そして顔を見上げると、拳を握りしめて口を開いた。


 

「母上、その件について、後ほど父上に報告をしてもよろしいでしょうか?」



「ええ、もちろんよ。では部屋に戻りましょうか。……ジャック、主人にアルギスが会いたがっている、と言伝しておいてちょうだい」



「かしこまりました」



 ジャックに指示を出したヘレナは、頭を下げる使用人たちの横を通り抜け、スタスタと屋敷の中へ入っていく。


 少し遅れて、アルギスもまた屋敷へと戻っていった。


 

(それにしても『救世主の軌跡』と『巡礼者の追憶』の世界観を結び付けるような設定があるのか?)



 勇者の成長と冒険が主題の『救世主の軌跡』と、荒廃した世界で森に迷い込んだ旅人の活躍が主題の『巡礼者の追憶』。


 関係性の分からない2つのゲームに、アルギスは頭を悩ませる。



(……とりあえず、少し休もう)


 

 何も思い浮かないうちに部屋へと辿り着くと、重たい体を引きずるように中へと入っていった。



 それからしばらくの間、ソファーに倒れ込んで面会の許可が出るのを待っていると、部屋の扉がノックされる。


 慌てて飛び起きたアルギスは、何事もなかったかのように座り直した。


 

「入っていいぞ」



 アルギスが許可を出すと、ガチャリと扉が開き、ジャックの姿が現れる。



「失礼いたします、坊ちゃん。旦那様がお会いになるそうです」



「わかった」



 ソファーから立ち上がったアルギスは、鏡で身だしなみを整えると、虚偽の腕輪を手にソウェイルドの執務室へと向かう。


 やがて執務室の前までやって来ると、先を歩いていたジャックが扉をノックした。

 

「――入れ」


 

「……どうぞ。坊ちゃん」



「ああ」 


 

 ジャックの開けた扉をくぐったアルギスは 羽ペンを持ち、机に向かって書類作業をしているソウェイルドの姿を目にする。


 アルギスが近づいていくとソウェイルドは、動かしていた手を止め、机から顔を上げた。



「お前から会いたいとは珍しいな。どうした?」



「報告と……相談がございまして」



 ソウェイルドの視線にやや気後れしながらも、アルギスはじっと見つめ返す。


 すると、楽し気に目を細めたソウェイルドは、机に肘をつき、前のめりになった。


 

「ほう?聞かせてみろ」



「実は――」 



 覚悟を決めたアルギスは、魔道具店でマジックアイテムを発見したことと、帰路でハーフエルフの少女を連れ帰ったことを報告する。


 そして、ソウェイルドの机に近づくと、持っていた虚偽の腕輪を置いた。


 

「なんとか、公領の屋敷へと連れ帰る許可を頂けないでしょうか?」



 しばしの沈黙の後、ソウェイルドの表情を確認しようと、恐る恐る顔を上げる。


 しかし、アルギスの予想とは異なり、腕輪を手にしたソウェイルドは獰猛な笑みを浮かべていた。



「……お前は、鑑定系スキルを持っているのか?」



「え……?」



 唐突な質問に、アルギスは言葉を失う。


 一方、更に前のめりになったソウェイルドは、先ほどとは比べ物にならないほどの眼力でアルギスを睨みつけた。



「どうなんだ?答えろ」



「は、はい。……鑑定系スキルと呼ぶのが正しいかはわかりませんが――」 



 言葉を待つソウェイルドに、混乱しながらもアルギスは《傲慢の瞳》について説明する。


 すると、話が進むにつれ、徐々にソウェイルドの口角が吊り上がり始めた。



「 ……想像以上だ。素晴らしいぞ、アルギス」



「は、はい……?」



「まさか【大罪スキル】を所持しているとは……。もう少し、確認すべきだったな」



「……父上、【大罪スキル】とはなんでしょうか?」



「む?ああ、【大罪スキル】とはその名の通り大罪を冠するスキルだ。この世に7つだけ存在し、他のスキルとは一線を画す能力を持つとされている――」



 ソウェイルドの説明によれば、この世界には7つの【大罪スキル】と呼ばれるスキルが存在し、所有者は圧倒的な力で他者の支配すら可能だという。

 

 しかし、自己の持つ暗黒面の強大さに比例し、力を増す性質上、基本的に自ら名乗り出ることはないとのことだった。


 故に、公的に記された記録としては、最も新しいもので400年前に小国の王が”強欲の大罪”を以て侵略戦争を繰り返すことで大国へと成り上がった、というものらしい。



「――くくく、これは嬉しい誤算だ」


 

(……失敗した。そんなに珍しいスキルだと知っていれば、隠していたんだがな)



 嬉しそうに額に手を置き、天を仰ぐソウェイルドと対照的に、俯いたアルギスは悔し気に顔を顰める。


 しかし、ハッと目を見開くと、すかさず顔を上げた。



「父上、拾ったハーフエルフについてなのですが……」



「む?……ああ、そんなことも言っていたか」 


 

(機嫌が良い間に、さっさと許可を取ってしまおう)


 

 既に気持ちを切り替えたアルギスは、機を逃すまいと話題を移す。


 重ねて尋ねられたことで、ようやっと思案し始めたソウェイルドだったが、すぐにヒラヒラと手を振った。


 

「まあいいだろう。好きにしろ」



「……感謝いたします」



 想像以上にあっけないソウェイルドの返事に、身構えていたアルギスは拍子抜けする。



(すんなりいって良かったが、なんだか釈然としないな……)



 内心で眉を顰めるアルギスに対し、未だ上機嫌なソウェイルドは机の端に腕輪を置いた。


 

「このマジックアイテムについては、お前がそのまま着けていて構わん」



「承知致しました。……では、私はこれで失礼いたします」



 机から腕輪を取り上げたアルギスは、再度頭を下げて扉へと足を向ける。


 すると、既にペンを手にしていたソウェイルドが、思い出したように口を開いた。


 

「ああ、それと……明日はパーティのために王城へと向かう。準備をしておけ」



 背中からかけられた声にピタリと足を止めたアルギスは、ゆっくりと振り返る。


 そして、歪みそうになる口元を必死に抑えながら、精一杯の笑顔を見せた。



「かしこまりました。楽しみにしております」


 

「……そうか、楽しみか。では下がって良いぞ」



「はい、失礼いたします」



 今度こそ執務室から出たアルギスは、マリアンナのこととパーティのことで頭をいっぱいにしながら自室へと戻るのだった。

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