9話

 太陽が地平に沈み、王都には灯りが燈り始める頃。


やっとの思いで王都の屋敷へと到着したアルギスは、既にソウェイルドと別れ、部屋の1つに案内されていた。


 部屋の壁には色鮮やかな織物がかけられ、床には毛並みの長い豪華な絨毯が敷かれている。


 アルギスがあちこちに目線を彷徨わせていると、横に立っていたメイドは静かに頭を下げた。



「では、失礼いたします」


 

(疲れた……。これで、やっと休めるな……)


 

 去っていくメイドには目もくれず、アルギスはソファーへと半ば寝転がるように浅く腰掛ける。


 そして、旅の疲れにウトウトし始めた時、ガチャリと扉の開く音が聞こえてきた。



(……誰だ?)



 目をこすりながら、音のした方向に顔を向けると、頬を膨らませたヘレナが近づいて来るのが目に入る。


 何やら不機嫌そうな様子の母親にパッと目を見開いたアルギスは、ソファーから跳ね起きた。



「これは、母上どうされました?」


 

 近くまでやって来たヘレナに、動揺しながらも声を掛ける。


 すると、唇を尖らせていたヘレナは、拗ねたように口を開いた。



「屋敷へ着いたなら、そろそろ会いに来てくれてもいいんじゃなくて?」



(こんなに時間が経っていたのか……。気がつかなかったな)


 

 ヘレナの言葉に、チラリと壁にかけられた時計のような道具に目を向ければ、屋敷に着いて既にかなりの時間が経っている。


 予想以上にソファーでまどろんでいたことに気が付いたアルギスは、背筋を伸ばして頭を下げた。


 

「……申し訳ありません。思っていたよりも長く休息をとってしまったようです」



「ふふ、冗談よ。かなり無理をしたんでしょう?」



 頭を下げたままピタリと止まるアルギスに、これまでむくれていたヘレナは、いたずらが成功したように微笑む。


 そして、両手で頬を包み込んで顔を上げさせると、アルギスに目線を合わせた。



「……無理だとは思いませんが、不慣れであったことは確かですね」



「でも、おかげで衣装の準備には間に合ったのだから良かったわ」



(……忘れていた。そんなことも言ってたな)



 顔を弄ばれながら、アルギスは嫌なことを思い出したとばかりに気が重くなる。


 旅の疲れもあり、ヘレナとのパーティ衣装の作成について、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


 パーティに思いを巡らせて憂鬱な気持ちになるアルギスの内心をよそに、ヘレナは楽しそうに話し続ける。



「もう、いくつか候補は選んであるのだけど、実際に着ているところを見てから決めたいと思っているの」



「……ありがとうございます」



 まるで自分の事のように話すヘレナに、アルギスは精一杯の笑みを浮かべた。


 すると、優し気に目を細めたヘレナは、ぎこちなく笑うアルギスに対し、慈愛に満ちた表情を見せる。



「いいのよ。私がやりたくてやっていることだから」



(……”候補”、か)



「それじゃ、明日を楽しみに」


 

 微笑みながらアルギスの頬をそっとなでると、部屋を去っていった。


 少しの間、ヘレナの出ていった扉をじっと見ていたアルギスだったが、軽く頭を振って気を取り直す。



「今日は、もう寝よう……」 


 

 疲れたように呟いたアルギスは、用意された着替えを手に取ると、寝室へと向かっていった。

 


 そして次の日の朝、朝食をとり終えて間もない頃。


 昨日と同じ部屋のソファーで休憩していたアルギスの元へ、ヘレナがやってきていた。


 

「アルギス、行くわよ」



「はい、母上」



(……行くか)



 覚悟を決めたアルギスは、読んでいた本をパタリと閉じて部屋を出て行く。


 そして、ヘレナの後を追いかけるように部屋の1つへと入っていくと、そこには仕立て屋だろう、40代程の女性が立っていた。



 精緻な刺繍の施されたドレスを身に纏う女性は、ヘレナの姿を認めると、優雅な礼を取りながら声を上げる。



「本日はお招きいただき、大変光栄に存じます」



「気になくていいわ、ローズ。それよりも、頼んでいた衣装はどこに?」



「はい、こちらに用意してございます」



 腰を折った女性――ローズはそのまま、扉の奥に目を向ける。


 するとメイドたちが、ずらりと大量の服がかかった衣装ラックを運んできた。



(相変わらずだな。それにしても、今回はまた多い……)


 

 ラックにかけられた衣装の中に、金ぴかや鳥の羽まみれの衣装を見つけたアルギスは眉を顰める。


 しかし、一方のヘレナは表情を輝かせて、ラックに駆け寄ると衣装に触り始めた。

 

 そして少しの間があいた後、茫然としているアルギスへと振り返る。



「さあアルギス、好きなものから着ていいわよ?」



「ええ、では……」



 ニコニコと笑うヘレナに促され、アルギスも渋々適当な服を選び始めた。


 ――――それから、数時間に及ぶアルギスの長い戦いが始まったのだった。


 時は流れ、正午を報せる鐘が再び鳴り響く頃。


 らんらんと目を光らせるヘレナが、アルギスの肩に両手を置き、声を上げる。


 

「これね、これだわ!アルギスもそう思うでしょう?」



(やっと終わった……)


 

 鼻息荒く問いかけるヘレナに、疲れ果てたアルギスは噛みしめるように頷いた。


 

「……はい、母上の仰る通りかと」



「そうよね!じゃあこれと、これとこれと、あとこれも残しておいて……」



 賛同を得たヘレナは、アルギスの狙い通りに肩から手を放す。


 しかし、再びラックに顔を向けると、掛けられていた衣装を次々に手に取っていった。

 


「まぁ!ありがとうございます」



(はぁ……。しかし、あの金ぴかや鳥の羽まみれは着るやつがいるのか?) 


 

 使用人に衣装を預ける母とニコニコと笑うローズを遠目に見つつ、アルギスはこっそりため息をつく。


 そして候補(?)の中にあった派手過ぎる衣装を思い返しながら、自身の姿を映す鏡へと目を向けた。


 

(これでも派手だが……まあ、これ以下になることは無いだろうな)


 

 身に纏う黄金の装飾がされた黒いジャケットとパンツに顔を顰めながらも、ラックの衣装と見比べたアルギスは、諦めたように鏡から目を反らす。


 すると、すぐに普段通りの服装に着替えさせられ、既に他の衣装を選び終えたヘレナに手を引かれた。


 

「さあ、行きましょう、アルギス」



「はい」



(次の予定は、いよいよ”祝福の儀”か……)



 衣裳部屋を出たアルギスは、部屋へと戻る廊下で”祝福の儀”に思いを馳せるのだった。



 ◇



 王都での日々は平和に過ぎ去り、パーティ衣装が決まってから数週間が経ったある日。


 ”祝福の儀”を受けるため、アルギスはソウェイルドと共に、馬車で教会へと赴いていた。



(ゲームと同じならいが……)



 徐々に近づいてくる教会と、目前に迫った職業の選択に思わず拳を握り込む。


 すると、表情を硬くしているアルギスに気が付いたソウェイルドは、優しく頭を撫でた。



「なに、さほど難しいことではない。祭壇に置かれた剣へと祈りを捧げるだけだ」


 

(……まあ、何とかなるだろう)


 

 少しだけアルギスの表情が柔らかくなると同時に、馬車は教会の前で静かに停車する。


 馬車から降りたアルギスは、正面玄関の精緻な彫刻の施された壁やステンドグラスを見上げた。



(これが、この世界での第一歩だな。……行くか) 



 初めて見る教会の威容に感慨深いものを感じながら教会の敷地内へと進んでいく。


 そして、すぐに入り口の側に立っていた神父を見つけて、近寄っていった。


 

「ようこそ、東方トゥエラルタ教会へ。式場は、こちらでございます」 



「ああ。わかった」 

 


 神父の案内に従って教会の中へと入ると、中央部には広い通路が広がっている。


 奥に目を向ければ、美しい柱やアーチ、聖歌隊席に座るローブを着た聖歌隊など神秘的な雰囲気に包まれていた。



(もう、結構な人数がいるな)



 聖歌隊席の近くにある礼拝席を見ると、既に同い年の子供たちが集められている。


 空いている席を見つけた腰かけたアルギスは、目を瞑って儀式が始まるのを待ち始めた。

 


「ようこそ、私たちの教会へ。私は司祭のオーガスと申します――」



 しばらくすると、穏やかながら教会内に響き渡るような声が聞こえてくる。


 パチリと目を開けたアルギスは、壇上に立つ、簡素なローブを着た老人をじっと見つめた。



(始まるみたいだな……)

 


 職業についての説明を期待して前のめりになると、オーガスが壇上に置かれていた聖典を取り上げる。



「この世界の始まりは、天の悪い神さまカナリアと、地の善い神さまのトテラの2柱が喧嘩を――」



(……すぐに職業を決めるわけじゃないのか) 



 アルギスの期待をよそに、パラリと聖典の表紙を開いたオーガスは、幼い子供でも理解できるような、平易な言葉でトゥエラルタ教について語り出した。


 やがて、一章を読み終えると聖典を閉じ、ゆっくりと席についた子供たちを見回す。



「では、これよりトテラ様へと祈りを捧げて頂くことになります。その際、祈っていただく言葉ですが――」


 

(よかった。システム自体はゲームと同じだな)



 オーガスの説明を聞き終えたアルギスは、人知れず、ほっと胸を撫でおろした。


 少しだけ余裕ができたことで、最奥にある剣の飾られた祭壇へと向かった子供たちが、祈りを捧げる様子に目が向かう。


 段々と席についている人数が減っていく中、遂にアルギスの順番が回って来た。



(……大丈夫だ)

 


 覚悟を決めて席を立ったアルギスは、自分に言い聞かせながら祭壇へと向かう。


 そして、祭壇の目の前までやって来ると、片膝をついて頭を下げた。



「”神よ、我が魂の求める職業へと導き給え”」


 

 オーガスに説明された通りの言葉を発すると、目の前に灰色のボードが浮かびあがる。


 中空に浮かぶ石板のようなボードには、ゲームで見慣れた職業とアルギスの選択できる職業を表す文字が光って表示されていた。



(ネクロマンサーは……これか)



 数ある表示の中から、アルギスはソウェイルドに指示されていたネクロマンサーの職業を見つける。


 ホッと息をついて、なぞる様に文字に触れた瞬間、ボードから溢れた光に包まれた。



――――――


【名前】

アルギス・エンドワース

【種族】

 人族

【職業】

ネクロマンサー

【年齢】

 5歳

【状態異常】

・なし 

【スキル】

・傲慢の大罪 Lv.1

・血統魔導書

【属性】

 闇

【魔術】

・使役系統

【称号】

 ――


―――――― 



(!職業の補正効果が適用されたのか?……表示されないだけで、能力値やパラメータのようなものも存在しているのかもな)


 

 ステータスを確認したアルギスは立ち上がると、既に殆ど人のいなくなった礼拝席を抜けて、元来た廊下へと戻っていく。


 やがて教会を出たアルギスが馬車を探していると、すぐにジャックが駆け寄って来た。

 


「お疲れ様でございます、坊ちゃん。祝福の儀はいかがでしたか?」



「まずまずだ」



「それは、よろしゅうございました」



 不敵な笑みを浮かべるアルギスに一瞬驚いたジャックだったが、すぐに暖かい眼差しに変わる。


 どこか嬉しそうなジャックに連れられ、アルギスはソウェイルドが待つ馬車へと戻っていった。


 

「父上、お持たせして申し訳ありません」


 

「いや、かまわん」

 


 馬車へと乗り込むアルギスに、頬杖から顔を上げたソウェイルドは、首を横に振る。


 しかし、アルギスが隣に座ると難しい表情で、グイと顔を寄せた。



「……それで結果は、どうなった?」


 

「無事、ネクロマンサーとなることが出来ました」



 じっと目を見つめられたアルギスは、ソウェイルドの圧力に耐えるように言葉を絞り出す。


 すると、顎に手を当てたソウェイルドは、満足げに頷き、アルギスから顔を放した。


 

「……ふむ。よくやった」


 

「ありがとうございます」 



 問題がなかったことを確認したアルギスは、安堵の表情を隠すように頭を下げる。


 緊張状態から解かれ、眠たそうにするアルギスと、珍しく笑顔のソウェイルドを乗せ、馬車は屋敷へと帰っていった。

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