6話

 初めて魔術に触れてから1ヶ月が経った頃、アルギスは鍛錬場の隅に置いた椅子へと腰かけ、ソウェイルドから渡された魔術書を読んでいた。


 

「詠唱の練度が魔力の消費量にも影響するのか……?」


 

 魔術について調べていたアルギスは、ゲームと現実の差に頭を悩ませる。


 『救世主の軌跡』における戦闘はコマンド選択とターン制だったため、違うのは消費MPとダメージだけだった。


 しかし、現実となった今では魔術を使用するためには精密な魔力制御を必要とし、呪文にも上手い下手が存在するのだ。



「詠唱省略のスキルがあれば無詠唱も可能らしいが……取得方法は書かれていなかったしな」


 

 詠唱省略というスキルがあることまでは調べられたが、当然、どのように取得するかまでは書かれていない。


 しばらく、じっと文章を追いかけていたアルギスは、魔術書をパタリと閉じると、椅子から立ち上がった。



「まあいい。いずれ手に入れてやる」



 誰にともなく呟きながら、椅子に魔術書を置いて鍛錬場の中心へと向かっていく。


 そして、足を止めると、集中力を高めるために目を閉じ、魔力の流れを感じる瞑想に入った。



 やがて、魔術を行使する準備が整ったアルギスは、魔力を内に秘めたまま心の中で術式を思い浮かべながら、口を開く。


 

「――我が闇の力を以て、仮初の命と為す。死霊作成」


 

 呪文の完成と同時に、アルギスの体から噴き出した黒い霧は、少しずつ形を変え始める。


 ややあって、霧が晴れる頃には、何も装備していない、ボロボロの黒い骸骨が1体立っていた。



「ギギギィ……!」


 

「――我が闇の力を糧として、死霊を支配下とせん。死霊使役」



 再び体から溢れ出た魔力は黒い霧のようになり、作成していた骸骨へと纏わりつく。


 そして霧が骸骨に吸い込まれ、糸が繋がるような感覚を覚えたアルギスは、支配を終えたことを確信した。



「ギィ……」



「さて、スケルトンよ。――しゃがめ」



 指示を出すと、スケルトンが意図通りに動いていることを確認し、満足げな表情を浮かべる。

 


 その後、しばらくスケルトンを操っていたが、魔力の残りが少なくなったのか、体がズシリと重くなるのを感じた。


 魔力量の少なさに顔を歪めたアルギスは、苛立たし気に手を振ってスケルトンを消滅させると、隅に置かれた椅子へと戻っていく。


 

「チッ、魔力の量が増えたと思ったが、この程度ではな……」



 毎日のように魔術の鍛錬をしていたアルギスは、この1ヶ月で魔力量を倍以上に増やしている。


 しかし、どうやら死霊術は魔力の消費量が多いらしく、連続で使用できる時間は限られていたのだ。


 

「まあ、最初の魔力量では死霊術をマトモに扱えなかったからな。……魔力量が後天的に伸びることがわかっただけでも、良しとするか」


 

 再び椅子に腰かけたアルギスは、大きくうなずきながら、自分へと言い聞かせるように呟く。


 そして、どこか祈るような表情で、ステータスを表示した。


 

――――――


【名前】

アルギス・エンドワース

【種族】

 人族

【職業】

 ――

【年齢】

 5歳

【状態異常】

・なし

【スキル】

・傲慢の大罪 Lv.1

・血統魔導書 

【属性】

 闇

【魔術】

・使役系統

【称号】

 ――


―――――― 



「……よし」


 

 【魔術】欄に”使役系統”の文字を確認すると、思わず拳を握りしめる。


 その後、手を振ってステータスを消したアルギスは、目を瞑り、固い背もたれに寄りかかった。

 


「1ヶ月か……予定よりもかかったな。だが、どうにか”祝福の儀”には間に合ったぞ」



 疲れたように息を吐き、鍛錬の日々を思い出して、渋面する。


 しかし、既に1か月後に迫っている”祝福の儀”に間に合ったことを思い出すと、すぐに満足げな笑みを浮かべた。

 


(それにしても、5歳になった貴族の子息が初めての職業を得る儀式か。初めての外出だが、さてどうなるか……)



 初めて会う同じ年頃の子供や、『救世主の軌跡』の舞台でもある王都に思いを馳せつつ、ピョンと椅子から飛び降りる。


 そして、魔術書を抱えると、椅子を元の部屋に戻して、鍛錬場の出口に足を向けた。



(ん?あれは……)



 鍛錬場を出て、廊下を歩いていたアルギスは、カツカツと響く足音と、ぼんやりと現れた人影に足を止める。


 しかし、壁際の灯りがソウェイルドの姿を照らし出すと、慌てて駆け寄っていった。



「これは父上、どうされました?」



「最近は随分とやる気を見せているようだからな。少し様子を見に来たが……今日の鍛錬はもう終わりか?」


 

 魔術書を抱えなおして頭を下げるアルギスに、ソウェイルドはやや遠く見える鍛錬場の扉に視線を向けながら、問いかける。


 すると、顔を上げたアルギスは、一瞬バツの悪そうな顔をしつつも、どこか得意げに胸を張った。


 

「はい。今日は使役系統を習得し、キリが良かったので早めに切り上げました」



「ほう!既に使役系統を習得したか。さすがは私の息子だ」



 優し気な微笑を浮かべたソウェイルドに頭を撫でられたアルギスは、無意識に目を細める。


 しばらく黙って頭を撫でられる中、ふと忘れかけていた前世の記憶が甦ってきた。

 


(前世で、これほど認められたことはなかったな……)



 少しずつ遠くなっていく記憶を辿っていたアルギスは、内心で自嘲する。


 悠斗として生きていた頃は、様々なことを諦めてきた。


 その上、現在の自分がこれほどの結果を出せたのは、生まれ変わった体のおかげなのだ。



(……それに、まだ反乱が起きないと決まったわけじゃないんだ。気は抜けない)


 

 自身の状況を思い出し、奥歯をグッと噛みしめて緩んでいた表情を引き締めなおす。


 一方、顔を上げるアルギスの頭から手を降ろしたソウェイルドは、くるりと体の向きを変えた。



「では上に戻るとするか」



「はい」



 ソウェイルドがゆっくりと歩き出すと、いつも通りアルギスは後ろに付き従う。


 そして廊下を進み、1階へと上がる階段に差し掛かった頃、思い出したように小さく声を上げた。



「そういえば最近、母上の姿が見えないのですが……」



「ああ、ヘレナなら既に王都に向かっている。今頃、パーティでお前に着せる服でも作らせている頃だろう」



「……なるほど。ありがとうございます」



 ピシリと表情を固めたアルギスは、軽く会釈すると、以降無言で階段を上っていく。


 やがて2階へと辿り着くと、まっすぐに執務室へと向かうソウェイルドと共に廊下を進んでいった。



「では、これからも励め」


 

「はい。失礼いたします」



 数人の使用人とすれ違い、執務室についたソウェイルドは、チラリとアルギスを一瞥すると部屋に入っていく。 


 執務室の扉が閉まると、アルギスもまた下げていた頭を上げ、自室へと戻っていった。



(はぁ……またパーティがあるのか。この国は派閥争いの真っただ中らしいから、あまり出たくないんだが……)



 下がった気分でトボトボと廊下を進んでいく途中、王国の政治について思い返す。


 ソウェイルドによれば、ソラリア王国では3つの勢力が互いに睨み合うことで均衡を保っているという。

 


(”勇者”の家は、別の派閥らしいからな。なるべく最初から関わらない方がいいだろう)

 


 少しでも処刑や討伐の運命から離れるため、王都へと向かう前に注意すべきことについて整理している内に、アルギスは気づけば自室の前に着いていた。

 

 部屋に入ると、すぐに机から革の装丁がされた大判の手帳を取り出し、椅子へと腰掛ける。



「さて、とりあえず魔術はひと段落したか」



 パラパラと手帳をめくり、今後の予定について書かれたページを開くと、机に置かれた羽ペンを手に取った。


 そして、いくつかの項目に斜線を引き、ページをめくっていく。

 


「次は剣術だな……」

 


 少し悩んだ後、再びカリカリとペンを走らせ、追加の予定を決めていった。


 しばらくの間、唸りながら王都に向かうまでの予定を決めると、ペンを止める。

 


「……バルドフのところにでも、行ってみるか」


 

 顔を上げて時刻を確認したアルギスは、机に手帳をしまうと、急ぎ足で部屋を出ていった。



 ◇


 

 日も暮れかかる頃、屋敷の裏にある訓練場へとやってくると、若い男たちが鎧を身に着け、厳しい訓練を受けている。


 それぞれが剣を手に、鬼気迫る表情で汗を流しながら練習に励んでいた。



「集中して、動作を正確に行うんだ。油断すれば、仲間を傷つけることになるぞ!」



「はっ!」



 訓練場の中心には、厳格な表情を浮かべたバルドフが立ち、厳しい声で訓練を指導しながら1つ1つの動作を確認している。


 若い騎士たちは、バルドフの指示通りに、力強い足取りで剣を振り下ろした。


 そして振り回されることなくビタリと剣を止めると、身体中の力を込め、再び剣を振り上げる。



(これが……騎士か)

 


 しばらくの間、アルギスは茫然と訓練風景を眺めていた。


 すると、騎士たちに指示を出したバルドフがアルギスのもとへとやってくる。



「坊ちゃん、何か御用でも?」



「そうだな、なんというか……まあ、見学をしていたんだ」



 突然声をかけられたアルギスは、バツの悪そうに苦笑いを浮かべた。


 しかし、ポリポリと頬を搔くアルギスに対し、バルドフは厳めしい顔を嬉し気に綻ばせる。



「そうですか。宜しければ、ぜひ最後までご覧ください。本日の訓練の最後には模擬戦が行われますので」



「ならば、ゆっくりと見せてもらおう」 



 騎士たちの元へ戻っていくバルドフの言葉通り、アルギスは近くの段差に腰かけて、訓練を見学する。


 しばらくすると騎士たちは2組に分かれ、訓練場の中心に進み出た2人が戦いを繰り広げ始めた。


 

「いかがですかな?」



 模擬戦を指示し、戻ってきたバルドフがアルギスへと声をかける。


 間近でぶつかり合う騎士たちを見たアルギスは、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるような感覚を覚えていた。



(……ゲームではない。これが本当の戦闘か)


 

「くくっ、面白いじゃないか」



 ニヤリと吊り上げた口元からは、思いが自然と言葉になって溢れ出す。


 不敵な笑みを浮かべるアルギスを見て、バルドフもまた笑みを深めた。



「やはり、貴方はエンドワースの御子でいらっしゃる」



「……剣の修行について、準備を進めておけ」



 模擬戦から目が離せなくなったアルギスは、バルドフには目もくれず、呟くように口を開く。


 すると、ピンと背筋を伸ばしたバルドフが、深々と腰を折った。

 


「かしこまりました。全てを以て、事にあたります」



(いや、そこまでするほどの事ではないんだが……)

 


 やたらと気合の入っているバルドフに、アルギスは小さくため息をつく。


 しかし、せっかくのやる気に水を差す気にもならず、それからしばらく黙って騎士たちの訓練を見ていたのだった。

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