5話
ソウェイルドの背中を追いかけるアルギスは、2日前と同様に地下へと向かう階段を降りていた。
(また、あの儀式場に行くんじゃないだろうな……)
チラリと後ろを振り返ったソウェイルドは、疑うようなアルギスの目線に気づくこともなく、2日前とは反対の方向へと歩き出す。
鉱石のような灯りに照らされた薄暗い廊下を進んでいく中、黒光りする全金属製の扉の前でピタリと立ち止まった。
「……ここは?」
「ここは死霊術の鍛錬場だ。危険度の高い死霊術は、ここで鍛錬することになる」
(……地下である必要があるのか?)
慣れた様子で扉を開け、部屋へと入っていくソウェイルドに続いて、アルギスはキョロキョロと辺りを見回しながら扉をくぐる。
すると、目に飛び込んできたのは、見たこともない黒い金属で覆われた床や壁と、広大な空間の奥に立てられた的だった。
廊下と同様、一定の間隔で壁に設置された鉱石のような灯りが空間を照らし、磨かれたように光を反射する床が異様な雰囲気を醸し出している。
(……これが、死霊術の鍛錬場?)
「今日は初回だからな。座学から始めるとしよう」
初めての入る鍛錬場の光景に茫然としているアルギスをよそに、ソウェイルドはどこか上機嫌な足取りで、真っすぐに鍛錬場の端にある扉へと向かっていく。
遠ざかっていくソウェイルドに気が付いたアルギスもまた、慌てて小ぶりな扉に駆け寄っていった。
(ここは、鍛錬場というより図書室だな。……いや、それにしては少し小さいか)
開かれた扉の中に入ったアルギスは、部屋全体を囲むように置かれた巨大な本棚を見上げて、目を輝かせる。
しかし、視線を落とせば、10メートル四方はある部屋にもかかわらず、本棚以外は簡素な椅子と大きな木机しかない。
奇妙な部屋の光景に、せわしなく目線を動かしていると、振り返っていたソウェイルドと目が合った。
「そこに座りなさい」
「……かしこまりました」
ペコリと頭を下げたアルギスは、大きな木机の側にある、簡素な椅子の1つによじ登る。
そして、椅子に上り切る頃には、ソウェイルドが少し離れた所にあった、もう1つの椅子を持ってきていた。
「さて、それでは魔術について話すとするか」
(遂にきたぞ……)
隣に置いた椅子へと深く腰かけるソウェイルドに対し、アルギスは椅子に手をつきながら、前のめりになる。
すると、熱心な態度に気をよくしたのか、ソウェイルドは少しだけ口元を吊り上げた。
「……では、まず魔術の根幹たる魔力について説明してやろう――」
(さあ、ゲームの魔術と、どれほど差がある?)
より一層表情を引き締めたアルギスは、『救世主の軌跡』における魔術のシステムを思い出しながら、説明にじっと耳を傾ける。
「――魔力とは、魔物を含む全ての生物が内包するエネルギー源だ。ただし、この魔力には種類がある」
一度説明を止めたソウェイルドは、ローブを袖を捲り、そっと右腕を差し出す。
唐突な行動にアルギスが首を傾げている間に、ソウェイルドの手の周りには陽炎のような揺らぎが生まれ始めた。
(な、なんだ?これが魔力か?)
「これが単なるエネルギーとしての魔力、”純魔力”だ。……だが、我らが扱うべき魔力は、この程度のモノではない」
「な!?」
言い切るが早いか、ソウェイルドの手を包む透明な魔力は徐々に黒く浸食されていく。
徐々に黒煙のような姿へと変わっていく魔力に、アルギスは目を見開いた。
「――これこそが、闇の”属性魔力”。我らがエンドワース家たる由縁だ」
「闇の、”属性魔力”……」
「フッ、その通りだ。……なに、お前にもすぐに使えるようになる」
噴きあがる黒煙に目を奪われ、同じ言葉を繰り返すアルギスに、ソウェイルドは口元を歪めて笑う。
そして、数回軽く頷くと、手を振って黒い魔力を散らした。
「……いつ頃、使えるようになるでしょうか?」
「くく、そう逸るな。まずは闇属性の持つ”系統”について説明を聞け。話はそれからだ」
(!”系統”か。やっと、この世界の魔術の仕様が分かるぞ)
ソウェイルドに窘められながらも、初めて触れるこの世界の魔術に、アルギスは顔をほころばせる。
頬を赤らめて喜ぶアルギスに、ソウェイルドもまた楽し気な笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「闇の”属性魔力”が使用できる”系統”は補助、妨害。そして、使役だ」
「……父上、そもそも”系統”とは、一体何なのですか?」
「む?そうだな……”系統”とは、平たく言えば各属性ごとに与えられた特性だ」
アルギスの質問にピクリと片眉を上げたソウェイルドは、少し悩んだ後、言葉を選びながら話し始める。
続く説明によれば、人の扱える魔術には原則7つの”系統”が存在し、”純魔力”による強化系統を除く6つの系統の内、特定の3つが各属性に割り当てられているという。
”系統”ごとの性質について簡単な説明を終えると、ソウェイルドは小さく息をついた。
「……話を戻すぞ。それで、闇の”属性魔力”における系統についてだが――」
(なるほど、同じ系統でも属性によって効果が変わるのか……)
一拍置いて再開されるソウェイルドの言葉を、アルギスは聞き漏らすことなく、必死で頭に刻み込んでいく。
しかし、内容が魔術の鍛錬に移ると、説明はより難解なものへと変わっていった。
「――つまり、自身の持つ属性と”系統”への理解こそが魔術制御の肝となるわけだ」
(”系統”ごとに体内の”属性魔力”を選り分ける、か。……全く意味が分からない、これはゲームに登場しないのも頷けるな)
あまりにも感覚的な説明に頭を捻ったアルギスは、思わず腕を組んで考え込む。
それからしばらく唸っていると、隣に座っていたソウェイルドにそっと頭を撫でられた。
「さあ、座学はここまでだ。続きは実際に魔術を扱いながら説明してやろう」
「!はい」
アルギスの頭から手を離したソウェイルドは、静かに立ち上がり、椅子を元の位置へと戻す。
一方、”実際に”という言葉に、パッと表情を明るくしたアルギスは、椅子から飛び降りて部屋の出口に向かっていった。
(ソウェイルドの死霊術はゲームでいくつか見たことがある。それを見られればいいが……)
不安半分、期待半分の思いで、鉱石の光を反射する鍛錬場を進んでいく。
やがて、鍛錬場の中心へと辿り着くと、ソウェイルドはアルギスから少し離れたところで向き合った。
「……お前は少し離れていなさい」
「かしこまりました」
「――我が闇の力を以て、仮初の命と為す。死霊作成」
不思議そうな顔をするアルギスを遠ざけ、呪文を唱え始めると同時に、ソウェイルドの身体からは黒煙が噴き出す。
そして、立ち昇るように大きさを変えると、黒煙は徐々に実体を伴い、形を成し始めた。
「ギギギィィィ……!」
(これが、俺にも使えるようになるのか?)
「――我が闇の力を以て、死霊を支配下とせん。死霊使役」
煙が消え、代わりに鎧を装備した骸骨が目の前に現れたことで、アルギスの目は釘付けになる。
じっと目を奪われていると、流れるようにソウェイルドの呪文が続けられた。
魔術の行使と共に、再び噴き出した黒煙が骸骨へと吸い込まれると、ピタリと動きを止める。
「――跪け。……さて、見ていたな?これが死霊術の基礎にして神髄。使役系統の第一階梯だ」
(第一階梯?どういう意味だ?)
ガシャンと音を立てて膝をつき、騎士のように頭を垂れる骸骨の挙動を見つめながら、アルギスは首を傾げた。
しかし、ふと骸骨から目線を上げると、眉間に皺を寄せているソウェイルドに気が付き、慌てて頭を下げる。
「!申し訳ありません。しかし、第一階梯とは……?」
「ふむ、顔を上げなさい。魔術の習得難易度は、各属性の”系統”ごとに第一階梯から第十階梯までと、更に上位の特位階梯の11段階にわけられている――」
アルギスの質問に表情を緩めたソウェイルドは、軽く肩をすくめると、事も無さげに話し始めた。
それから魔術の鍛錬と習得難易度についての解説が続く中、自身の持つ知識とは全く異なる情報の連続に、アルギスは内心で頬を引きつらせる。
(……魔術に関してゲームの知識は役に立つどころか、むしろ邪魔だな。一度忘れよう)
ゲームの知識を思考の外に追い出したアルギスが必死で情報を整理していると、説明は終盤に差し掛かっていた。
「――大まかな説明は以上だ。……もっとも今お前が集中すべきは使役系統。他の”系統”は後回しで構わん」
「後回し……よろしいのですか?」
「ああ。使役系統さえ習得していれば、ネクロマンサーの”職業”は得られるからな」
手を振って骸骨を消滅させたソウェイルドは、キョトンとした顔で見つめるアルギスに、ニヤリと笑いかける。
上機嫌な様子のソウェイルドに対し、アルギスはゲームにおける”職業”の仕様を思い出しながら、つられるようにぎこちない笑みを返した。
(……そうか。ネクロマンサーはゲームに登場しない隠し職だな)
『救世主の軌跡』における職業は誰でも選択可能な基本職、別の職業からの転職の際に選択可能な上級職。
そして種族やスキルなど、特定の条件をクリアすることで表示される隠し職の3種類が存在していた。
(この世界では”系統”も転職の条件に含まれるのか。……まさか職業の選択方法は変わっていないだろうな?)
職業の仕様もゲームのままではないと知ったアルギスは、背筋に冷たいものが走る。
しかし、黙り込んでいるわけにもいかないと、意を決して口を開いた。
「父上。ちなみに職業の選択方法はどのように……?」
「む?教会に行って祈りを捧げるだけだが?」
(ふぅ、よかった。聞く限りでは同じ仕様みたいだ)
不思議そうな顔をしているソウェイルドと対照的に、安堵のため息をついたアルギスは表情を緩める。
すると、これまで少し離れた位置に立っていたソウェイルドが不敵な笑みを浮かべながら向かってきた。
「お前もいずれは魔導師の称号を得るのだ。下らない職業に就いてはならん」
「魔導師、ですか?」
「うむ、その通りだ。己の持つ全ての”系統”において第八階梯の魔術を修めた術師は、魔導師を名乗ることが許される」
表情が入れ替わるように思案顔を浮かべたアルギスに、ソウェイルドは鷹揚に頷く。
一方、魔導師の意味を聞いたアルギスもまた、納得がいったとばかりに首を縦に振った。
(ゲーム内で魔導師に憧れているキャラクターがいたが、称号のことだったのか)
意図せず、ゲームに関わる情報を得たアルギスは、過去を思い出し、ふと懐かしい気持ちになる。
しかし、ポンと頭に置かれたソウェイルドの手によって、非情な現実へと引き戻された。
「だが、それはもうしばらく後の話だ。先程も伝えた通り、お前が専念すべきは、近く王都で行われる”祝福の儀”でネクロマンサーの職を得ることだ」
(”祝福の儀”?……職業選択のために、わざわざ王都まで行くのか?)
公都の教会で職業を選ぶだけだと思っていたアルギスは、聞き慣れない単語にピクリと反応する。
そしてゆっくりと顔を上げると、口元を吊り上げて笑っているソウェイルドと目が合った。
「そのために、少しばかり手助けをしてやろう。……力を抜きなさい」
「え?」
しゃがみ込んだソウェイルドは、黒い魔力を手のひらに集めると、そっとアルギスの心臓付近へと触れる。
しばらくして集められた魔力は、少しずつアルギスの身体へと吸い込まれ始めた。
(な、なにをしているんだ?痛みはないみたいだが……)
ソウェイルドの行動に困惑しつつも、アルギスは流れ込む黒い魔力へと視線を送る。
それから少しの間、体の様子を気にしながら黒い魔力を見つめていると、ソウェイルドが何かを引き抜くように素早く手を後ろに下げた。
すると、アルギスの身体から引きずり出されるように、黒い霧が溢れ出る。
「う、うわぁ!」
「くくく、はははは!魔術を使えないにもかかわらず、既にこの魔力量……!素晴らしい。素晴らしいぞ、アルギス」
辺りに黒い霧がたちこめる中、立ち上がったソウェイルドは獰猛な笑みと共に、片手で口元を覆い隠していた。
慌てふためくアルギスをよそに、堪えきれない喜びをむき出しにしている。
しかし、止まることなく流れ出る魔力に、アルギスは徐々に倦怠感を覚えていた。
(くそ!……見つけたぞ、これだ!)
重たくなっていく体にいら立ちながらも、神経を集中させていると、魔力の流れに気が付く。
そして蓋をするように霧を体に閉じ込めることで、ようやく魔力の放出が止まった。
「ハァ、ハァ……」
「それが魔力を過剰に消費した状態だ、己の限界を超える術式の行使は命に関わる。覚えておきなさい」
すっかり元の表情に戻っていたソウェイルドは、くるりと踵を返してアルギスに背を向ける。
そのまま、出口に向かって歩き出そうとするソウェイルドを、アルギスは肩で息をしながら引き留めた。
「ハァハァ……お待ちください」
「なんだ?」
「……”血統魔術”を、見せては頂けないでしょうか」
「!ほう、いいだろう。――顕現せよ、”エクリプス・ロッド”」
振り返ったソウェイルドは、アルギスの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。
そして、呟くように一言呪文を唱えると、先ほどとは比べ物にならない程の黒煙が渦巻いた。
(くっ!なにも見えん……)
想像以上の黒煙の量に、アルギスは思わず腕で顔を覆い隠す。
やがて視界が晴れる頃、目を開けるとそこには、禍々しい長杖を持ったソウェイルドが立っていたのだ。
(あの杖は……!)
アルギスが杖に目を奪われている内に、ソウェイルドは奥に立てられた的へと杖を向ける。
すると、杖を向けられた的の1つが、突然跡形もなく消え去った。
「これこそ、我が血統魔導書に記されし第五階梯、”死霊武装”。死霊を基に武器を作成し、素材とした死霊のスキルを使用可能とする魔術だ」
(間違いない、あの杖はボス戦でも持っていたものだ。……やはり、ゲームに登場する魔術もあるみたいだな)
的を消し飛ばした禍々しい長杖に見覚えのあったアルギスは、スッと目を細める。
そして顎に手を当てて考え込んでいると、ソウェイルドが持っていた杖を煙に変えた。
「さて、今日はここまでだ」
「ありがとうございました」
「うむ。では戻るとしよう」
頭を下げるアルギスに軽くうなずくと、ソウェイルドは鍛錬場を後にする。
それからしばらくの間、無言で地下の廊下を歩いていると、不意に後ろを歩くアルギスの方を振り返った。
「言い忘れていたが、鍛錬場への出入りは原則、私が屋敷にいる時のみ許可する。それ以外は立ち入るな」
「承知しました。……それと、魔術書についても許可頂けるでしょうか?」
ペコリと会釈をしたアルギスは、ここぞとばかりに魔術書の許可を求める。
すると、前を歩いていたソウェイルドは、振り返ることなく口を開いた。
「む?…… まあいいだろう。いくつか見繕っておいてやる」
「ありがとうございます」
(……これで、とりあえず予定が立てられるな)
思いのほか色よいソウェイルドの返事に、アルギスは再度、ペコリと頭を下げる。
そして拳を固く握りしめると、今後の計画を立てながら険しい顔で廊下を進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます