1話
次の日の朝、いつも通り起きて顔を洗おうと思った悠斗は、見たことのない場所で目を覚ました。
(ここはどこだ……? 昨日の夜は、ゲームをしながら寝落ちしたはず)
寝ころんだままあたりを見回すと、木の柵のようなもので囲われた場所だと気が付く。
(というか、なんだか体が小さくないか?)
起き上がって部屋をよく見ようとするが、体は思うように動かない。
焦って自分の体を確認すると、そこにあったのは記憶とはかけ離れた体だった。
全体的に丸くて小さな体に、ぷにぷにとした赤ん坊の手を見た悠斗は絶句する。
(……夢だな)
少し考えたがそれ以外の答えが出なかったため、目を瞑って夢から覚めるのを待った。
しかし、いくら経っても一向に夢から覚める気配がない。
痺れを切らして動きまわっていると、突如ブランケットで包まれ、抱き上げられた。
(うわぁ!)
突然のことに驚いた悠斗は目を開け、キョロキョロと辺りを見回す。
すると、いつの間にかやってきていた女性が目じりを下げ、微笑んでいるのが目に入った。
(だ、誰だ!?……え、メイド服?)
「あ……。ごめんね、起こしちゃったよね……」
モゾモゾと体を動かして女性の姿を確認すると、白いエプロンのついたメイド服をきっちりと着こなしている。
目を白黒させる悠斗を抱えなおした女性は、ポンポンと背中を叩きながら部屋を出ていった。
(どこに連れていかれるんだ?)
不安げにあちこち視線を動かす悠斗をよそに、豪奢な絨毯の敷かれた廊下を進んでいく。
やがて目的の部屋に着くと、部屋の前に立っていたメイドが数回ノックした後、無言で扉を開けた。
「失礼いたします。奥様、お坊ちゃまをお連れいたしました」
「まあ、早いわね。こっちに連れてきてちょうだい」
部屋に入り女性が声を上げると、レースが掛けられた天蓋付きのベットから返事が返って来る。
(奥様ってことは、まさか母親か……?)
悠斗が混乱している間にも、女性は軽い足取りでベットに近づき、純白のレースをくぐる。
するとベットの上には、20代前半だろうと思われる美しい女性が、上体だけを起こして本を読んでいた。
腕に抱かれた悠斗を見つけると、読んでいた本をパタリと閉じ、両手を開く。
「さあ、アルギス。こちらへいらっしゃい」
(変だな……。綺麗な女性に抱かれているはずなのに……)
懐に抱き寄せられた悠斗は、情欲よりも安堵感を感じていることに疑問を抱く。
そして、女性の顔を見上げると、その先には妖しげな紫色の瞳と、キラキラと光を反射するシルバーブロンドの髪が輝いていた。
「あら?今日は大人しいわねー」
目の合った女性は、ニコニコと笑いながら悠斗を腕ごと左右に揺らし始める。
(それにしても、ここはどこなんだ……?)
腕の中で揺られながら、悠斗は膨らみ続ける疑問に頭を悩ませていた。
ここまで来る途中の廊下を見る限り、掛けられた絵画や見るからに柔らかそうな毛の長い絨毯など、家の裕福さは相当なものだと想像できる。
「くぁ」
(……なんだか、眠くなってきたな)
少しの間、天井や壁に視線を彷徨わせていた悠斗だったが、揺られる腕の中で、いつの間にかスヤスヤと寝息を立て始めるのだった。
しばらくして目を覚ました悠斗は、相変わらずベビーベッドに寝かされていることに気が付く。
(……おかしい。夢なら、そろそろ覚めてもいいはずだ)
予想外の状況に困惑しながら視線を彷徨わせていると、扉の開く音が聞こえてきた。
音もなく部屋に入ってきた人物は、真っすぐに悠斗の寝かされているベットまでやってくる。
(さっきのメイドじゃないのか)
ベットを覗き込まれた悠斗の目に映ったのは、金で装飾された漆黒のローブを纏う、20代半ばほどの男だった。
暗く輝く長い黒髪を後ろでゆるく一つに束ね、嬉しそうに細められた目の奥には、青い瞳がギラリと光っている。
(あれ? どこかで見たことがあるような……)
柵に肘をかけて相好を崩す男に、見覚えのあった悠斗は、手足をばたつかせながら必死で記憶を掘り返す。
すると悠斗の内心を知ってか知らずか、男は満足げに頷きながら口を開いた。
「アルギスよ、今日も元気そうでなによりだ」
(……は? 今、なんて言った?)
男の言葉に悠斗は、頭を殴られたような衝撃を受ける。
目の前の男は、確かに”アルギス”と呼んだのだ。
(アルギス? ということは、この世界は『救世主の軌跡』に関係があるのか?)
唐突な情報に混乱する頭で悠斗が情報を整理していると、男の表情は次第に不快げなものに変わっていく。
「やはり、この私に息子と会わせないなど許されることではない。……仕方がない、父上の提案を飲むか――」
(何ということだ……ゲームの姿よりだいぶ若いが、あの男は間違いなく、ボスキャラクターのソウェイルド・ワイズリィ・エンドワースだった)
記憶を掘り起こして顔を青ざめさせる悠斗の耳に、離れていく男の呟きは聞こえていなかった。
男の正体が、つい昨日まで夢中になっていた『救世主の軌跡』に登場するキャラクターだと気が付いた悠斗は、同時にある可能性へと行き当たる。
この世界は、気を失う直前までプレイしていたゲームに酷似した世界であり、自分はラスボスの息子、アルギス・エンドワースに生まれ変わってしまったのではないか、と。
(一体、これからどうしたらいいんだ……)
事実を確かめることのできない悠斗は、1人きりになった部屋で頭を抱えるのだった。
◇
やがて日が経ち、しばらくは目が覚めるたびに落ち込んでいた悠斗だったが、いよいよ現実を受け入れ始めていた。
というのも、赤ん坊のため、基本的に1日中ベットに寝ているだけなのだ。
泣くことと寝ることしかできない状態を何日も繰り返せば、嫌でも環境に慣れてくる。
今日も相変わらず、ごろりと寝転がっていると、時間を報せるための鐘の音が鳴り始めた。
(4回目の鐘か……。たぶん夕方くらいなんだろうな)
屋敷から出たことない悠斗は、唯一外から聞こえてくる厳かな鐘の音に耳を澄ませる。
そして鐘が一定間隔で鳴り響く中、小さく息を吐いた。
(はぁ。それにしても、”アルギス”か……)
”アルギス”は『救世主の軌跡』のボス、ソウェイルドの一人息子であり、父同様死霊術を扱う。
常に不敵な笑みを浮かべ、優秀だが傲慢で常に人を見下すキャラクターとして描かれていた。
最終的には、ゲームの終盤で反乱を起こす父のソウェイルド共々、エンディングで死亡が約束されているのだ。
(なんで、よりにもよって生き残るルートが無いキャラクターなんだ……)
数いる登場キャラクターを思い浮かべた悠斗は、”アルギス”の悲惨な結末に身を震わせ、小さな手で顔を覆った。
しかし、折れそうな心を奮い立たせて、必死でゲームのシナリオを思い返す。
(勇者に関わらないのは決定事項だな。あとは内乱をどうやって止めるかだ……)
『救世主の軌跡』は、ストーリーに分岐がある性質上、シナリオごとの関連性は少ない。
つまりシナリオごとのエンディングで完結するため、ソウェイルドが内乱のシナリオを始めなければ、処刑のエンディングもなくなるのだ。
悠斗が顔を青くして唸っていると、扉の開く音が聞こえてくる。
(もうそんな時間か……)
くるりと寝返りをうち、柵の間から扉の方を見ると、やはりというべきかソウェイルドが部屋に入って来るのが見えた。
ベットの近くまでやってきて中を覗き込むソウェイルドを見れば、歯を見せて楽しそうに笑っている。
「うむ、今日も元気そうだな」
(……相変わらず、赤ん坊に向ける笑顔じゃないな)
いつも通り、口元を吊り上げるような笑みを向けられた悠斗は、大人しくソウェイルドが立ち去るのを待つ。
しかし、悠斗をそっと抱き上げたソウェイルドは、指輪のついていない指で頬を撫でた。
(え?どこに連れていかれるんだ?)
抱きかかえられたことに混乱する悠斗をよそに、部屋を出るとズンズンと長い廊下を進んでいく。
驚く使用人たちを無視して階段を上がり、バルコニーのついた部屋に入っていった。
「どうだ、アルギス。私の庭園は?」
(これは……凄いな)
ソウェイルドに抱かれた悠斗の目の前には、手入れのされた芝が敷かれ、通路と思われる石畳の配置された庭園が、どこまでも広がっていた。
綺麗に整えられた花壇の中心にある噴水からは、今も水が吹き上がり、夕暮れ時の太陽がキラキラと虹をかけている。
(夢みたいだけど……それにしてはリアル過ぎる)
非現実的な光景に固まっていた悠斗だったが、そよそよと揺れる草花と肌を撫でる空気に現実だと思い知らされたのだ。
それからしばらく、悠斗がじっと庭園を見つめていた時、冷たい風がびゅうと吹く。
すると、着ていたローブの前を開いたソウェイルドは、悠斗に当たる風を避け、くるりと踵を返した。
「あまり外にいては体を冷やしてしまうな。……ヘレナには内緒だぞ」
(……もう少し見ていたかった)
名残惜しそうに外を見つめる悠斗を抱き直し、小さく呟いたソウェイルドは、そそくさと廊下を進んでいく。
再びベットに寝かしつけられた悠斗は、俄然、この世界への興味が湧いていた。
(この世界でシナリオに従う必要はないんだ……)
到底夢とは思えない体験をした悠斗は、遂にこの世界が現実だと認めたのだ。
そしてシナリオに決められた運命を変えるため、ソウェイルドの内乱を阻止し、生き残ることを誓う。
悠斗はアルギス・エンドワースとして生きる覚悟を決め、拳を握り込んだ。
(そうと決まれば……)
『救世主の軌跡』では各キャラクターが独自の属性を持ち、職業を選択することでキャラクターを育成するシステムだった。
悠斗――アルギスは、自身にも属性があるはずだと考え、確認する方法が無いか探し始める。
「あうぅあぅ……」
(だめだ。座ることすらできない……)
ゲームではコントローラーで画面を操作できたが、当然、現実にコントローラーなどない。
それどころか、まともに動くことすら、できなかったのだ。
(はぁ、当分は大人しくしてろってことか……。ステータス! ……なんてな)
しばらくジタバタしていたアルギスは、出鼻を挫かれた気分になりながら、パタリと力をぬく。
しかし、どうにも諦めきれずに頭の中で強く念じると、目の前に突如、半透明の画面が現れた。
「うぁ!?」
(1回、消えろ!)
表示されいてる画面を慌てて消し、首を左右に振って部屋の中を確認するが、そこに人影はなかった。
(危なかった。誰もいないタイミングで良かった……)
もう一度よく周りを見回してから、ステータスを表示する。
――――――
【名前】
アルギス・エンドワース
【種族】
人族
【職業】
――
【年齢】
0歳
【状態異常】
・なし
【スキル】
・傲慢の大罪 Lv.1
【属性】
闇
【魔術】
――
【称号】
――
――――――
(わかるのは……これだけか)
寝転がりながらじっとステータスを見るアルギスは、表示された項目の少なさに表情を曇らせた。
それというのも、ゲームの時は、HPやMPなどわかりやすい基準が存在していたが、現実となった今、それらの項目はなくなっている。
(まあ、実際の人間を数値化するのも変か? いや、でも属性や魔術はあるんだよな……)
現実のようでありながら、属性や魔術の存在が、どうしてもゲームを連想させた。
短い首を傾げて、あれこれ考えながらステータス欄の詳細に目を向ける。
(え? もうスキルがある……)
既にスキルがあることに気が付いたアルギスは、呆けたように目を丸くした。
なぜなら『救世主の軌跡』において、スキルとは職業に応じてレベルが上がることで取得するものだったのだ。
(見たこともないスキルだな……)
興味を惹かれたアルギスがスキルの欄に触れると、画面が変更され、詳細が表示される。
――――――――
傲慢の大罪:不遜な感情に比例し、力を増す大罪スキル。スキル自体が持つレベルの上昇に伴い複数の能力が解放される。
Lv.1《傲慢の瞳》:詳細な鑑定ができる。また魔力を消費することで偽装や隠蔽を無効化できる。
Lv.2《傲慢の加護》:???
――――――――
(うわぁ!)
驚きながらも切り変わったステータス画面を確認すると、そこには”傲慢の大罪”というスキルの説明が表示されていた。
(【大罪スキル】……?スキル自体が持つレベル……? )
詳細に表示されたスキルの内容にアルギスは言葉を失ってしまう。
前世で幾度となく『救世主の軌跡』をクリアした記憶の中にも、レベルを持つスキルなどなかったのだ。
しばらくの間、スキルの詳細をじっと見ていたアルギスだったが、ステータス画面を消すと目を瞑る。
(とりあえず鑑定ができるんだ。どうにか、この世界の情報を得なくては……)
この世界について、より詳しく知る方法を考えながら、アルギスは眠気に身を任せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます