2話
転生して数ヶ月が経ったアルギスは、相変わらず1人ベットに寝かされていた。
しかし、既に心境は変化し、最初の頃はあった”日本に帰りたい”と思う気持ちも、今ではすっかり無くなっている。
そして、この世界に慣れ始めたことで、唯一持っているスキルを使い、周りにある物の鑑定をして過ごしていた。
(《傲慢の瞳》よ、詳細を表示しろ)
アルギスがスキルを使用すると、視界に入っているベットや布団にカーソルのようなものが現れる。
そのうち最も近くにあるベットのカーソルに集中し、詳細を表示した。
――――――
『ベビーベッド』:《傲慢の瞳》により、このベビーベッドは調度品であると判明。この調度品は高品質の素材を使用し、職人によって手作りされている。
――――――
(うーん。何度鑑定しても、ただのベットだ。スキルのレベルは使っていれば上がるわけじゃなさそうだな)
この数ヶ月、暇を見つけては見えるところを鑑定しているが、未だスキルのレベルは上がらない。
詳しい仕様がわからないスキルに、アルギスはベットの表示を消して脱力する。
(……そうなると”不遜な感情に比例し、力を増す”って、どういう意味なんだ?なにか特殊な条件があるのか? )
柔らかいブランケットの端を弄びながら、こじつけのような理由を考え始めた頃、ガチャリと扉を開く音が部屋に響いた。
柵の間から音のした方向に目を向けると、メイド服を着た茶髪の女性が部屋に入ってくるのが見える。
(人の鑑定をしたことはないけど……まあ、試してみるしかないってことか)
行き詰った現状に焦れたアルギスは、これまで避けていた人物の鑑定を決意し、ニコニコと近づいてくる女性をじっと見つめた。
(ふぅー、いくぞ!《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ!)
意を決して目に力を入れると、ステータスの詳細が浮かび上がる。
――――――
【名前】
エマ・スカイラー
【種族】
人族
【職業】
メイド
【年齢】
28歳
【状態異常】
・なし
【スキル】
・清掃
・料理
・裁縫
【属性】
水
【魔術】
・補助系統
・回復系統
【称号】
・エンドワース家メイド長
――――――
(……よかった、やっぱり鑑定の表示も俺にしか見えないみたいだ)
アルギスの思った通り、ステータスの表示に、茶髪の女性――エマが気が付いた様子はない。
無事、鑑定が成功したことにホッと息をつきながら、アルギスは表示に目線を移した。
(職業は……”メイド”?見たことのない職業だ)
『救世主の軌跡』における職業は、武器による近接戦闘を得意とする”戦士職”と、魔術を扱い遠距離攻撃を主とする”魔術師職”。
そして、アイテムの作成などを行う”生産職”の3つに大別されていた。
しかし、”メイド”という職業はいずれの項目にも当てはまらない。
(まあ現実だしな……。ん?ちょっと待てよ、”系統”ってなんだ?)
考えることを止めて目線を降ろしたアルギスは、【魔術】の欄に見たことのない表記を見つけた。
しかし、悩む暇もなく、ベットを覗き込んだエマにブランケットで包まれ、そっと抱き上げられてしまう。
「さあ、坊ちゃん。ヘレナ様のところに行きましょうねー」
(……どうせ詳しいことはわからなかったんだ。スキルの仕様がわかっただけで良しとしよう)
諦めてステータスを消したアルギスへ、ニコリと微笑みかけると、エマは弾むような足取りで部屋を出ていった。
それから歩くこと数分。
アルギスが見慣れつつある廊下を眺めていると、気づけば部屋の前に到着していた。
「失礼いたします」
エマに抱えられて部屋に入ったアルギスは、ヘレナと話し込む、鋭い目つきをした家令に目が留まる。
既に老境に差し掛かりながらも、ピンと背筋の伸びた細身の体に燕尾服を着こなす姿は、まるで年齢を感じさせない。
(……ジャックもいるのか)
使用人の総括とソウェイルドの側付きを務める程の男と、一体何を話しているのだろうかと目を細める。
一方、アルギスを抱いたエマは、なにやら話し込んでいる様子の2人に右往左往していた。
「あの……お坊ちゃまをお連れしましたが……」
「――あら、エマありがとう。アルギス、こちらにいらっしゃい」
静かにヘレナの元まで近づき、遠慮がちに声をかける。
すると、エマに顔を向けたヘレナは会話を一旦止め、手を広げた。
「ほっ、さあ坊ちゃん、奥様が呼んでいますよー」
(なんの話をしてたんだ?)
ヘレナの腕に包み込まれたアルギスは、ヘレナのジャックの顔を交互に見つめる。
そして、ゆらゆらと揺れる腕の中で、再開した会話の内容に耳を傾けた。
「それで、間に合いそうなの?」
「はい。どうやらバルドフが出るようなので、問題ないかと」
再び顔を上げたヘレナは、なにやら苛立たし気に口を開く。
一方のジャックは穏やかな笑みを浮かべながら、言葉を返した。
「そう、ならいいわ」
(バルドフか、会ってみたいな……)
一転して満足そうに頷くヘレナを見ながら、アルギスは今しがた出た名前に思いを馳せる。
この世界に生まれ変わり、一度もあったことのない人物だったが、その名をアルギスは知っていた。
ゲームにおいては、巨大な大剣を携え、魔剣を以てプレイヤーを追い詰めるキャラクター、”バルドフ・フォルスター”。
(ソウェイルドは魔術でバルドフが物理攻撃だから、どちらに対しても対策が必要だったっけ……)
アルギスが懐かしい思い出に浸っていると、いつの間にかジャックとエマは退室した。
2人きりになった部屋で、ヘレナはアルギスの頭を愛おしそうに撫でながら、微笑みかける。
「ふふ、アルギス。貴方の誕生日パーティは、きっと盛大なものになるわ」
(誕生日パーティ? いつやるんだ……?)
アルギスの心の疑問に答える者は当然おらず、時は流れていくのだった。
◇
それから、さらに数ヶ月が過ぎ、アルギスがこの世界に生まれ変わって半年以上が経った頃。
夕時から行われるアルギスの誕生日パーティの準備に、屋敷の人々は慌ただしく動き回っている。
(暇だ。……そういえば、俺の誕生日って7月だったんだな)
特にやることのないアルギスは呑気なことを考えながら、ベビーベットの中で座っていた。
パーティの時間までどう時間を潰そうかと頭を捻っていると、ガチャリと扉が開く。
(……ソウェイルド?こんな時間に来たことあったっけ?)
「お前に、いいものを見せてやろう」
目を丸くするアルギスに歩み寄ったソウェイルドは、ニヤリと笑いかける。
そして、座っていたアルギスを片手に抱えると、部屋を出ていった。
(!またバルコニーに連れていってくれるのか?)
腕に抱えられたアルギスは、以前見た庭園を思い出し、心を躍らせる。
しかし、ソウェイルドが階段を降りていくのを見て、表情を怪訝そうなものに変えた。
(バルコニーは確か3階のはず……。どこに向かっているんだ?)
「……すぐに着くから、大人しくしていなさい」
やや落ち着きのなくなったアルギスを両手に抱えなおすと、ソウェイルドは回廊を進んでいく。
やがて、天井の高いホールを抜け、朝日の降り注ぐ屋敷の外へと連れ出した。
(これは……)
初めて屋敷の全貌を見たアルギスは、あまりの巨大さに言葉を失う。
見上げた先にあったのは、キラキラと輝く黒曜石のような素材を基調とする、壁にされた黄金の装飾が目にいたいほど豪奢な宮殿だった。
(凄い、まるで宮殿だ……こんなに大きかったのか)
「くくっ。楽しそうだな、アルギスよ」
目を輝かせるアルギスを見たソウェイルドは、嬉しそうに口元を歪めて笑う。
それから、しばらく美しく手入れされた花壇や水路の通った庭園を散歩した後、屋敷の裏手へと向かっていった。
(結構遠いな。次はなんだろう?)
初めて見る外の景色に、すっかり上機嫌になったアルギスは、あちこちに視線を彷徨わせる。
そして内庭へと辿り着いた時、城壁の側に立つ無骨な建物へと近づいていることに気が付いた。
背の高い尖塔を併設する石造りの城館は、扉の前に槍を持った騎士が立っている。
「!これは旦那様。いかがされましたか?」
ソウェイルドに気が付いた騎士は、身を固くしながらも、きびきびと腰を折った。
対するソウェイルドは、アルギスを片手に抱えながら、見下ろすように顎をしゃくる。
「バルドフはいるか?竜種の討伐は済んだと聞いたが」
「はい。フォルスター団長は、本部でお休みになっております」
「そうか。では成果を見せてもらうとしよう」
「はっ!」
騎士の返答に満足げな笑みを浮かべると、建物の中に足を進めた。
建物の中に入るとすぐに、広々としたロビーを見上げたアルギスは、壁の側に掛けられた武器や鎧に目を奪われる。
(本物だ……実際に見ると、少し怖いな……)
ゲームでは見慣れた武器や鎧に、恐怖を感じながらも目を離せない。
奇妙な感覚に襲われるアルギスを連れて、ソウェイルドは建物の奥に繋がる廊下へと進んでいく。
(バルドフと竜種か……)
興奮を抑えきれないアルギスは、鼓動が早くなるのを感じながら、バルドフや竜種との対面を心待ちにする。
それから歩くこと数分。
遂に建物の裏手にある、開けた空間へと辿り着くのだった。
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