『大罪人の目詩録』~悪役公子は苦労人~

五十歩百歩

一章

序文

 闇の雲が空を覆う。大地には無数の屍体が転がっている。

 

静かになった王都の城門前では、あどけなさが残る2人の青年が、不釣り合いな血生臭い戦場でじっと見つめ合っていた。

 

片や黄金に光り輝く剣と鎧を纏い、片や禍々しい長杖を手に、黒いマントを羽織っている。

 


「……もう召喚できる死霊は残っていないみたいだね」



 ぐるりと辺りを見回した後、白鎧の青年――ルカは悲痛な表情で、精緻な紋様の刻まれた剣を鞘にしまった。

 

一方、黒衣の青年――アルギスは口元を吊り上げながら、持っていた杖を霧のように消し去る。



「そういうお前のお仲間も、死にかけているようだが?」



「っ!君がやったことだろう!」



「くくっ。ならば、お前は私の父を殺したではないか」

 


 顔を赤くして叫ぶルカに対して、アルギスは皮肉気に笑いながら、首を横に振った。

 

互いに一歩も引かない2人は、それからしばらくの間、再び静かに見つめ合う。

 


 ――――この戦いは死霊術師ソウェイルド・ワイズリィ・エンドワースによる内乱に端を発していた。

 

国権の簒奪を目論み、派閥を率いて反旗を翻したソウェイルドに、王国は窮地に立たされる。


 しかし、王国を必死で守らんとする王女アリアの姿に、これまで苦楽を共にした仲間である6人の英雄が立ち上がった。

 

 聖剣に認められた勇者――ルカを筆頭とする英雄たちは、戦場で一騎当千の活躍を見せる。

 

そして、数週間にも及ぶ激闘の末、ついにルカ達はソウェイルドの軍に勝利を収めたのだ。


 旗頭を失った軍は混乱し、生き残った者が首を落とされていく中、ソウェイルドの息子として処刑が決定したアルギスは逃亡し、消息を絶っていた。

 


 それから1年の時が過ぎ、王国が復興の途中にあった頃、行方をくらましていたはずのアルギスが単身、死霊を引き連れて現れる。

 

 父ソウェイルドの仇討ちを掲げ、王都へ攻め込まんとするアルギスを止めるべく、勇者ルカは再び戦場へと降り立ったのだ。


 長い沈黙の後、下唇を噛みしめて俯くルカは、目の端に涙を溜めながら口を開く。

 


「……ねぇ答えてよ、アルギス君。なんで、こんなことをするの?あのまま隠れていてくれたら、僕は――」



「やめろ……私は、私の為すべきことを為す。それだけだ……ルカ」



 被せるように言葉を遮ったアルギスもまた、どこか寂し気に目を伏せた。

 

 そして、まるで言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を続ける。

 

 小さな声で。しかし、はっきりと言い切るアルギスに、ルカは顔を跳ね上げた。

 


「!今、僕の名前を……」



「……フッ、少しおしゃべりが過ぎたな」



 目を見開くルカを、小さく鼻で笑うと、アルギスはマントをはためかせ、体から黒い霧を噴き出す。

 

 溢れ出るような霧の勢いに、ルカは咄嗟に後ろへ飛びのきながら、腕で顔を守った。



「くっ! まだ、そんな力を残して……!」



 この時、勇者ルカ・ファウエルは、死霊術師アルギス・エンドワースの力が自分の想像以上だったことを悟る。

 

 やがて渦巻いた霧が晴れる頃、腕に骨が絡みつくような異形の剣を手にしたアルギスが、その切っ先をルカに向けていた。



「さあ、行くぞ。このアルギス・エンドワースの首、とってみせろ!」



「ぐっぅ!」

 


 名乗りを上げたアルギスは、自身の体から黒い霧を発生させ続け、ルカへと切りかかる。


 即座に聖剣を抜いたルカは、息を詰めながら、のけ反るように衝撃を受け流した。

 どうにか一度はいなしたルカだったが、体勢を整える前にアルギスの追撃が襲い掛かる。

 


「その程度ではないだろう!」

 


「くっ!当たり前だ!」



 横薙ぎに払われるアルギスの斬撃を倒れ込むように攻撃を躱すと、ルカはすぐに反撃に移っていった。


 2人の戦いは激しさを増し、叫び声と剣戟の音だけが戦場に響き渡る。

 

 そんな戦いがいつまでも続くかに思われた。


 しかし、ルカの鬼気迫る戦いぶりに聖剣が輝きを放ち、あまりの眩さに2人は弾かれるように顔を背ける。

 

 しばらくして光が治まる頃、2人が目を開けると、ルカの手にはこれまでとは比較にならないほど、美しい輝きを放つ聖剣が握られていた。



「それが聖剣の本来の力、か……」



 アルギスも思わずといった様子で剣を降ろし、目を細めている。


 光り輝く聖剣を手にしたルカは、落ち着いてアルギスへと向き直ると、天高く剣を振り上げた。



「……終わりだよ、アルギス君。全てを断ち切れ、《回帰の輝剣》!」



「…………」

 


 切りかかられる瞬間、アルギスは口元を歪めるような笑みを零した。


 そして、ルカの持つ聖剣が振り下ろされると同時に、凄まじい轟音が鳴り響き、光が地面を撫でる。


 土埃が晴れ、視界が開けるとそこには、縦一直線に伸びる、底の見えない裂け目があるだけだった。


「……倒した、のか?」

 


 剣を振り降ろした姿勢のまま、ルカは辺りを見渡すが、どこにもアルギスの姿はない。

 


「やりましたね、ルカ様!」



「やったな、ルカ」



「……うん、やったんだ」

 


 聖剣を片手に茫然と立っていたルカの元に、仲間たちが駆け寄って来た。

 

 ようやくルカは息を吐き、仲間たちと勝利の喜びを分かち合う。


 遂に侵略の死霊術師アルギス・エンドワースは倒されたのだ。

 


「……終わったんだ、これで」

 


 ルカは小さく呟きながら、厚い雲の覆う空を見上げる。


 その周りでは仲間たちが嬉しそうに肩を寄せ合う。


 ソラリア王国の平和は守られ、これからも勇者ルカと仲間たちの冒険は続いていくのだった。



 ◇

 


「やっと見つけた!」

 


 イベントが終了したのを見届けると、男はばたりと後ろに倒れこむ。

 

 満足げな表情で寝転がっているのは、桐山 悠斗という男だった。


 現在、大学の夏休み中である悠斗は、少し前に購入したゲーム『救世主の軌跡』に寝食を忘れ、夢中になっていたのだ。

 

 『救世主の軌跡』は、架空の王国を舞台とした剣と魔術の王道ファンタジーRPGで、スキルと魔術を駆使してバトルを進める。


 キャラクターの属性ごとに使用できる魔術は異なり、取得するスキルによって様々な組み合わせがあった。


 また選択できる職業も、魔術やスキルによって変化するためシナリオを進めるごとに選択肢が増えるのだ。

 

 プレイヤーは序盤、騎士の見習いとして仲間を増やしながら自身のスキルや魔術を成長させていく。


 仲間になるキャラクターには各自シナリオが用意されており、それらを乗り越えることでエンディングとなる仕様だった。


 さらに、このゲームは戦闘や探索、シナリオの選択によってもストーリーが分岐する仕様のため、隠されたシナリオやエンディングが多数用意されている。


 悠斗は俗にいう“コンプリートマニア”であり、全てのシナリオやエンディングを見るため、寝る間を惜しんでシナリオを進めていた。

 

 そしてセーブとロードを繰り返すこと丸1日、ついに最後に残ったエンディングへと辿り着いたのだ。


 悠斗はやっと目標を達成した充実感に浸りながら今しがたクリアしたシナリオの内容について考える。



「やっぱり最後のシナリオは、アルギスだったな」

 


 アルギスというキャラクターは、死霊術師であるボスキャラクターの1人息子という設定であり、主人公のクラスメイトでもあった。


 しかし、アルギスは中盤以降、パタリと登場しなくなってしまう。



「おかしいと思ったんだ。アルギスは全てのエンディングで”死刑になった”と文字で書いてあるだけだったからな」



 メインキャラクターのアルギスが文章でのエンディングとなることを不審に思い、エンディングリストを見るとまだ隠しエンディングがあるのを見つける。


 悠斗はこのエンディングこそが、アルギスというキャラクターの関わるものに違いないと考え、隠しエンディングの条件を探していたのだ。

 


「まさか、こんなに時間がかかるとは……。それにしても、残っていたエンディングが生存ルートじゃないのは、意外だったな」



 てっきり残りのエンディングが、アルギスの生存ルートだとばかり考えていた悠斗は、腕を組み、視線を彷徨わせる。



「この会社のゲームで、生存ルートのないメインキャラクターが登場するのは、初めてじゃないか?」



 メカニックの少年が国を出て冒険する物語や、旅人が森に迷い込む物語など、悠斗は以前に同じ制作会社のいくつかのゲームをプレイしたことがあった。


 それらのゲームは、世界観こそ異なっていたが同じゲームシステムを採用している。


 そして、シナリオのある全てのキャラクターに、固有のエンディングが用意されていたのだ。



「まあ、さすがにラスボスの息子じゃ助かる方が不自然か」



 独り言を言いながら、チラリとモニターに目線を送ると、画面は既にオープニングに戻っている。



「くぁ……さて、リストは全て埋まっているかな?」



 あくびをしてからノソノソと起き上がった悠斗は、綺麗にそろっているはずのシナリオとエンディングのリストを確認しようとする。


 すると、ゲームのオープニングから画面を移そうとした時、モニターがピタリと止まり、固まってしまった。



「おいおい! 嘘だろ!?」


 

 突如、動きが止まった画面を慌てて掴む悠斗だったが、ほどなくして動き出したことに安堵する。


 そして改めてリストを確認すると、そこにはまだ1つ、解放されていないシナリオとエンディングがあったのだ。



(え……? さっきのエンディングは解放されているよな……?)



 悠斗は先ほどクリアしたエンディングがリストに載っているのを見て、首を傾げる。


 しかし、すぐに残されたエンディングの内容に興味が向かい始めた。



「くっそー、コンプリートしたと思ったのに。……仕方がない、あと1つ探そう」



 どうしても残ったエンディングを見たくなった悠斗は、前のめりになると再びゲームの開始画面へと戻る。


 すると、ゲームをスタートし、最初のシナリオを選ぶ、という所で見たことのないシナリオタイトルが現れた。



「なに? ”黄昏の死霊術師”だって?」



 (この段階で選べるシナリオは、3つだけだったはずなのに……!)



 『救世主の軌跡』においてはシナリオに、それぞれのキャラクターを表すタイトルがついている。


 しかし、このタイトルはこれまで何度もクリアしてきた悠斗でも、初めて見るタイトルだった。


 ワクワクしながらタイトルを選択した悠斗だったが、その瞬間、これまでに感じたことのないほどの眠気に襲われる。


 時計を確認すると、既に針は午前4時を回っていた。

 


(さすがに体力の限界か……。続きは起きてからだな)



 悠斗は「必ずクリアしてやるぞ」と呟きながら、気を失ってしまうのだった。

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