第13話 そして両者が邂逅するが誰が悪いのかは明々白々だろう

 テスト休みの期間中はバイト三昧だったため忘れかけていたが、俺は都内の高校に通う学生だ。

 ただでさえ忙しい現場で長時間労働。併せて姫井の教育も重なり非常に目まぐるしく日々を過ごしていればあっという間に終業式の日になっていた。


 が、それはつまり今日が姫井とでかける日である事も意味する。

終業式の日である今日は登校日であったためシフトが入っていなかったものの、そのせいで気分は完全に出勤日。非常に億劫だ。


 とは言え、一度取り決めた予定をドタキャンするほど不義理なつもりはない。

 うだるような暑さからなるべく逃れるため日陰を選び、集合場所の駅で待っていると、やがて姫井が姿を現す。


 例の如く丈の短いスカートに丈の長い黒のTシャツを着ているが、今日は肩がかなり空いているタイプで幾らか涼しそうではある。


 姫井の方もこちらに気づき顔を綻ばせたのも束の間、すぐに怪訝な表情へ変わった。

 一瞬立ち尽くす姫井だったが、すぐ早足でこちらへと黒いポシェットを揺らしながら歩いてくる。


「なんでそんな奴連れてるわけ⁉」


 姫井が俺ではなくその隣を指さす。


「っ……!」


 指さされた人影は俺の腕を引き寄せ密着すると、


「もしかしてこいつがまーくんに付きまとってるストーカー!」


 どうやらとんでもない誤解をしているようなので、すぐさま訂正する。


「いや違う。こいつは俺のバイト先の同僚だ」

「という事はつきまとってるストーカーだよ!」


 いやどういう事だよ。


「さっきから聞いてればなんなのあんた?」


 姫井から圧をかけられ、そそくさと俺の背後に隠れる盾にするのは空那だった。メイクのせいか性格のせいかは知らないが、睨むとまあまあ迫力がある。


「まーくんは空那のものなので! べっ!」


 空那は後ろから顔を覗かせ憎たらしく舌を出すと、また俺の背後へと引っ込んだ。言うだけ言って隠れるとか卑怯な奴だな。


「ねぇ元宮。こいつあれでしょ? 幼馴染」

「よく分かったな」

「……んまぁ、普通に考えたらそうだよね」


 どこか歯切れが悪そうにする姫井だったが、すぐにこちらを睨んでくる。


「ってか、そういう事じゃないんだけど?」

「はて」

「絶対おかしいの自覚してやつじゃんその反応」


 なるほどこの女、勘所は悪くない。

 ここは正直にありのまま伝える事にする。


「悪いな。俺らが制服な事から分かるように終業式から直接だからごまかしようが無かった。言ってなかったと思うが俺とこいつは同じクラスで普段から登下校も共にしてるんだが……もっと詳しい説明は必要か?」


 説明するのも億劫だ。


「いい。要するにこの女が勝手についてきたって事でしょ?」

「勝手じゃないもん!」


 姫井の言葉に空那がすかさず顔を覗かせ反駁する。


「そうなの元宮」

「勝手にしろとは言った」

「なるほど? じゃあやっぱり勝手じゃん」


 正直今回は別についてきても良いぞという意味で勝手にしろと言ったため珍しく空那の主張は正しいのだが、どうやら姫井は都合の良いように解釈してくれたらしい。


「ちょっとどいて」


 姫井は俺をやや強引にどかせようとするので、無駄な抵抗はせず大人しく従う。


「この際はっきり言わせてもらうけど、今日はあたしと元宮で約束してるから、悪いけど帰ってくれる?」


 姫井がノーガードとなった空那を睨みつける。

 俺という盾がなくなった事でやや心もとなそうにして瞳を揺らす空那だったが、おもむろに口を引き結ぶとやや身を乗り出した。


「か、帰るならあなたが帰ればいいでしょ!」


 空那はやや唇を震わせながらもはっきり言い放つと、姫井の事を睨みかえす。意外とやるじゃないか。


「は? 意味わかんないんだけど。あたしあんたの事誘ってないから。どう考えても帰るのはあんたでしょ」

「そんな事無い! あなたに誘われてまーくんも迷惑してるから帰って!」

「いやいやどう考えても迷惑なのはあんたでしょ。さっきあたしの事ストーカー呼ばわりしてくれたけどそれあんただからね? 幼馴染が引っ越したからってそれを追いかけて近くに住む女とかキモすぎ」

「キモくないもん! まーくんと空那が一緒なのは普通だもん!」


 お互い一歩も引かずにらみ合う。

 まったく、聞いてて頭痛がするような言い争いだ……。お互い非論理的な主張をぶつけるだけでまるで話が進展しない。どちらかというと空那の方があれな気がするが……。


 なんにせよ、人間同士の争いはかくも醜いものか……と天使だか悪魔だか神だか分からない謎目線になりながら達観しつつも、あまり膠着が続いても面白くないのでここは仲介に入るとする。


「まぁ付いて来てしまったものは仕方ない。今日の所は三人で行かないか姫井」

「は? 絶対嫌なんだけど」


 即答だな。姫井をなだめるのは無理そうなので空那の方へと目を向ける。


「じゃあ悪いが空那、先に帰っといてくれないか」


 言うと、空那は目を丸くして涙目でこちらに詰め寄ってくる。


「酷い! なんでそんな事言うの⁉」

「だって絶対嫌って言ってるし」

「だからって言う事聞く必要ないよね⁉ こんな奴無視して帰ろまーくん!」

「でも行くって約束してたからなぁ」


 これ見よがしに言うと、空那は傍らでおれたちのやりとりを静観していた姫井を指さす。


「こいつと空那どっちが大事なの⁉」


 お、意外とすぐに引き出せたな。その問いを待っていた。


「それは空那だな」


 淀みなく答えると、予想外だったのか空那が言葉を詰まらせる。



「えっ……え?」

「何か間違った事言ったか?」

「あ、そ、そーだよね! まーくんは空那の方が大事だよね。えへへ~」


 不機嫌な様子から一転、空那はふにゃりと笑みを浮かべ頬に手を当てる。


「というわけで帰る」

「いやいやいや、ちょっとまって? なんでそうなるのか意味わかんないだけど。あたしとの約束破るわけ⁉」


 帰ろうとすると、やや余裕そな表情から一転、狼狽しながら今度は姫井がこちらに詰め寄ってきた。


「そうだな。空那の方が大事だし」

「いやいや、流石にそれはおかしいでしょ。人としてどうなのそれ」

「最低だろうな。嫌われても仕方ないと思う」

「何開き直って……」


 言いかける姫井だったが不意に言葉を途切れさせると、ふと納得したように口を開いた。流石に露骨過ぎたか。


「あーなるほどそういうこと。そういう事言うんだ」


 姫井はしばらく考える素振りを見せると、一つ頷く。


「うん、分かった。今日は三人で行っていいよ」


 姫井はあっけらかんと言い放つと、ぐっと俺の耳元へと顔を近づけてきた。


「で、後悔させたげる」

「一体俺が何に後悔するっていうんだ?」


 未だ幸せそうに頬を手を当て体をくねくねさせる空那をしり目に尋ねる。


「さぁね? でも……」


 俺が空那の方に意識を向けているのに気づいてか気づかずしてか、姫井は面妖な視線を空那の方へと向けた。


「人ってけっこう簡単に壊せるよ」

「……」


 何を言うかと思えば大仰な事を。

 まるで今から誰かを壊すような言い草だ。実に浅はかだな。

 そんな思考ではいつか足元を掬われ、自分が壊される側になるかもしれないというのにまるで考慮していないらしい。


 あるいは。

 既に壊された後だから考える必要が無いだけかもしれないが。

 姫井から目を離し、再び空那の方へと視線を向ける。

 やはりまだデレデレしながら現実に帰ってきてないようだ。


「やっぱり遊園地行くことにした」

「えぇ⁉」


 声をかけると、我に返ったか空那は素っ頓狂な声を上げ目を丸くさせる。


「なんで⁉ どーして! 空那の方が大事って言ったのに置いていくんだ! まーくん酷い!馬鹿! サイテー!」


 すごい言われようだな……。

 ただ少し誤解もあるようなのでひとまず解くとする。


「誰が置いていくって言ったんだ。空那も一緒について来てくれ」

「え」


 一瞬呆気にとられたように口を開ける空那だったが、やがて顔を紅潮させ口をぱくぱくさせる。


「そ、そ、そ、それはもしかして、デートのお誘い……!」


 何故そうなるんだろう。

 純粋に疑問に思っていると、胡乱な眼差しの姫井が横から顔を覗かせる。


「んなわけないじゃん。デートするのはあたしと元宮だし」


 どうしてそうなるんだろう。

 純朴に疑問に感じていると、空那が口をひん曲げる。


「はぁ~~? まーくんは空那と行くって言ったの聞こえなかったんですかあ? ぶんもうおつ~!」


 ぶんもう……文盲もんもうって言いたかったんだろうな。掲示板でレスバふっかけて負けまくってそう。


「何言ってんの? 今回だけが特別にあんたも付いてこさせてあげるってこと。つまりサブ。脇役。モブ。分かる?」

「それはあなたのほう!」

「は?」


 姫井が低い声で聞き返され、心なしか身体を縮こます空那。その姿はいじめられていた中学時代の姿と少し重なる。


 やはりあの頃の感覚はまだ抜けきっていないようだが、言い返すことすらままならなかった当時に比べれば大分強くなった方だろう。まぁ、語彙の使い方は酷いものだが……。


「じゃ、俺先行っとくから」

「え、ちょ」

「まーくん⁉」


 不毛な口論は不要だと間髪入れずに歩き始めると、遅れて二人が追いかけてくる。

 が、当然仲良く一緒になんてことは無く、追い付いてからはしっかり俺を壁にしてのにらみ合いが始まった。


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