第12話 俺の事

 姫井の家から自宅へ戻ると、案の定家主がいないにも関わらず窓からは光が漏れ、鍵は開いていた。


 あまりの無警戒さ呆れかえりつつ部屋へと踏み入ると、空那が座卓で突っ伏し自分の腕の中に顔を埋め込んでいた。


 手にはスマホが握られ、その傍らには写真と同じカッターナイフがあった。

 念のため入念に周りを観察し、リストカットなどには及んでいない事を確認し、耳を澄ましすやすやと小さな寝息を立てている事を確認する。


「ま、そりゃそうだよな」


 最悪の事態を引き起こす度胸など空那には備わっていない。分かり切っていた事だ。


 まぁそれはいいとしてこの無防備さは少し問題だな。鍵もかけずに眠って仮に誰かが侵入して来たらどうするつもりだ。ここは確かに俺の住処には間違いないが、俺のように客人を守る術は持ち合わせていないし守ろうとする意志も……。


「守ろうとする意志、か」


 守るという発想の中に淀みを感じ、つい一人ごちる。

 俺の中にある守ろうとする意志は確かに守るという意味では間違っていない。


 だが、その手段は自らが盾になる事ではなく矛になるというもの。要は害を成すものがあればそれを排除すれば害はなくなるよね、という考え方だ。

 故に俺は中学の頃一つの過ちを犯した。


 思い出せば今でも怒りを覚える。当時、空那はいじめを受けていた時期があった。無論、その事も腹立たしいといえば腹立たしいのだが、それよりも俺は自分のしたことの方がよっぽど腹立たしい。



 何せ、俺は空那を守るため、いじめの主犯格を自殺未遂にまで追いやっている。



 当時の俺は空那がいじめを受けている事に対し憤り、様々な手段を用いていじめていた連中を追い詰めた。結果、いじめは無くなり、一部の生徒からは英雄視されることもあったが、主犯格が自殺未遂を図った事で全てが変わることになる。


 身近にいたすべての人間が俺を非難するようになり、学校では俺がしでかした事が大きな問題となった。一時期停学処分を受けた事もある。


 まぁ妥当な扱いだろう。なんなら足りないくらいかもしれない。未遂とは言え一歩間違えていれば人一人の命を刈り取るところだったんだ。

それでも当時の俺は自らの境遇を不当だと喚いていたんだからほんと、どうしようもない人間だと思う。


 あれから二年くらい経ったか。奈良には居づらく環境を変えこの西東京に来た今では、自らの認知が歪んだものであると自覚できるくらいにはマシになった。

 だが今でもたぶん俺の本質は変わっていない。空那と距離を置く理由の一つがそれだ。俺の中にある感性はきっと敵味方問わず傷つける。


 机で横になっている顔へと視線を移せば、泣いていたのかやや目じりは紅くなっているものの、口元はあどけなく半開きになっており、案外気持ちよさそうに眠っていた。何にせよまずはこれをどうにかしないとな。


「起きろ空那」


 声をかけてみるが反応は無い。

 仕方ないので揺するべく身を屈ませると、座卓の足に見知らぬ箱が立てかけられている事に気づく。


 リボンが付いているようだがただの飾りらしく、わざわざ切らずとも蓋を開けられそうだ。


 勝手に中身を確認してもいいものか迷うが、我が物顔で居座りぐっすり眠りこける空那の姿を見ていると、若干の悪心が芽生え箱を開いてみる。


「……」


 箱の中でこれ見よがしに鎮座しているのは、水玉柄の布地だった。

俺は無言で蓋をそのまま閉じ、その箱で空那の頭をひっぱたく。


「ふぇ」


 空那が小さく声を漏らすとはたかれた場所を手で抑える。


「ようやく起きたか」

「まーくん……!」


 空那はこちらを見るやいなや、小さな身体で急にタックルしてくる。

 変に耐える事でケガをさせないよう、やや後ろへ身を引き勢いを殺しながら受け止めたので、床に軽くしりもちをつく形になってしまった。

空那は胸にうずまっていた顔を上げると、涙目で訴えかけてくる。


「どーして返信くれなかったの⁉」


 まぁそうなるよな……。これで煩わしいので電源を切っちゃいましたなんて言った暁には非常に面倒な事になると思われるので、ここに来るまでに予め用意していた言い訳を口にする。


「充電し忘れてたみたいで休憩に入った時にはつかなくなってたんだ。バイト終わってすぐにバッテリー買って充電はしたんだが、そのせいで見るのが遅れた」


 言いながらスマホの画面を見せ、バッテリー残量が少ない事をアピールする。

 もちろん嘘だが、信憑性を高めるためにここに来るまでに無理やり充電を減らし、わざわざモバイルバッテリーとコードも買っておいた。姫井宅を出てからすぐにバイト延長と充電についての返信も送ってあるので、出先でわざわざ返信するために充電したというストーリーも成り立つ。


「むむ……」


 バッテリー残量と俺の顔を見比べ、不服そうにむくれつつも口を開く。


「今度から充電忘れたら怒るからね」

「ああ、約束する」

「絶対だよ」

「絶対だ」


 念を押してくるので頷くと、空那はどこか満足そうに微笑む。チョロい。


「でもなんでこんなに帰ってくるの遅かったのまーくん」

「返信にも書いたと思うが、店長にまだいといてくれないかって頼まれ……」


 ありのもまま伝えようとするが、思いとどまる。これだと何故断らなかったんだといった具合にまたヘイト俺にが向く可能性があるな。それは困る。


「というか命令されて仕方なく残業だ」


 実際上司からの要請なんて命令も同然だからな。間違いは言ってない。


「酷い! その店長死ねばいいと思う!」

「あー、うん。まぁ、どうだろうな……」


 憤慨しながら急に暴言を吐く空那につい半目になる。

 流石にそこまでは言ってやるなよ。確かにあのバーコード言動の端々に鬱陶しさ感じるけどもね……。


 髪の間から浮く油混じりの汗を思い出し、げんなりしていると、ふと腹部を弱く締め付けられる。


「ぎゅ~……」

「何してるんだ」


 視線を落とせば、空那がべったり抱き着いて来ていた。接触する面積が増える事で、空那の体温がじんわりと伝わってくる。


「今日ずっと会えてなかったのでまーくん分補給してます」

「なるほど」


 なんだこの子。可愛いかよ。……間違えた。何を考えてるんだ俺は。空那はただの幼馴染だろう。


「そよれりも……」


 意識をどうにか逸らせないかと辺りを探ると、自らの手の中に箱があったのを思い出す。


「とんでもないものを部屋に置いてくれたな」


 空那は俺にくっついたまま顔を上げ箱へと視線を向けると、はっとした表情をして頬を紅潮させる。


「も、もしかして洗わない方が良かったかな⁉」

「……」


 とりあえず今日の所は俺がこんなものを欲しているという誤解を解いてから帰ってもらうか。

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