第9話 物理的にも常識的にもそれなりにぶっ飛んでいたようだ

 俺はリーダーの元へと殺到。姫井を奪い、瞳孔が大きく開ききる前にその顔面へ拳を打ち込んだ。


 不意を突かれたせいか大きな図体は派手に後方へと吹き飛ぶと、その先でゴミ袋が弾ける。

 傍では何が起こったのか把握できてないのか、姫井が目を瞬かせていた。


「て、てめぇ! リーダーになんてことを!」


 先ほど俺を拘束していた奴の一人が叫ぶ。やっぱりあいつリーダーだったのか......。


「あんたらが俺を拘束できなかったのが悪いんだろ」


 姫井を少し離れさせつつ事実を述べると、男は額に青筋をたてながら吠える。


「んだと⁉」


 雑に一人で突っ込んでくるので一足で避け、その背中を肘でえぐる。

 男は無様に頭から地面に突撃すると、そのまま伸びてしまった。あと三人か。

 その様子を見た最初に姫井を拘束していた奴のうちの一人がいち早く反応。拳を振りかざし俺へと猛襲する。だがあまりに大振りで隙だらけだった。


「調子乗ってんじゃねえぞガ、ギッ!」


 言い終える前にその顎を拳で、殴打。その近くにいたもう一人へと目を向ける。

 何やら言いたげな口元が見えるが、開かせる前に蹴りをお見舞いした。

 男二名が仲良く床に突っ伏す。お幸せに。


「おらあああああ!」


 出し抜けに叫び声が聞こえるので目を向ければ、最後の一人が鉄パイプを振り下ろしてきていた。


 避けるまでもないと俺は男の手首を拿捕。ひねり上げると、鉄の棒は俺の元へ到達することなく静かに落下していく。その様子を横目に眺めつつ、男へ膝を打ち込んだ。


 鉄パイプが地面を叩き無機質な音を響かせると、その傍らで男が倒れる。

 これで終わりかと思ったが、向こうから乾いた音が聞こえてきた。

 見てみれば、リーダーの男が起き上がろうとしている。臨戦態勢を整えるが、どうやら杞憂だったらしい。


「くそっ、んなの聞いてねェ!」


 リーダーはそう吐き捨てると、ゴミまみれで無様に敗走していった。

 そもそも聞こうともしてなかったよね。


「やっぱり強いんだ元宮」


 声がかかるので見てみると、姫井が笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄ってきた。その表情はどこか満足しているかのようにも見える。


「並みよりはな。にしてもお前、あんなところで何してたんだ?」


 尋ねると、姫井は視線を左下に落とす。


「まぁ、別にどうだっていいじゃん」


 露骨にはぐらかしてきたな。

 俺の疑念に気づいているのか気づいていないのか、姫井はすぐに話題を切り替えてくる。


「それよりありがとね元宮。掴まれた時はマジでやばいと思った」


 姫井は足元で伸びてる男を見下ろすと、それを避けるようにしつつこちらへと身体を寄せてくる。


「これに懲りたらこんな時間まで一人でほっつき歩かない事だな」

「いやでも流石に今回のは予想外すぎ。ナンパとかキャッチとかはたまに寄ってくる事はあったけど、無理やり連れていくこうとする奴なんて初めて」

「まぁ……」


 確かに、今のご時世あそこまで強引に異性を連れて行こうとする輩は珍しい。さっきはこんな時間とは言ったものの、まだ二十二時にもなっておらず表通りはまだそれなりにひとけがある。だからこそこんな裏路地に連れてきたのだと言われればそれまでだが、何となく妙だな。


「でもこういう事があったのは事実だ。これからもう少し用心するんだな」

「そうだけど……」


 姫井はやや不服そうに口をとがらせると、不安そうに目を揺らす。

 間もなくしてポケットから棒付きの飴玉を取り出すと、放送をを剥がして口に咥えた。


「お前、家まで歩きか?」

「え?」

「もし歩きなら途中まで送る。と言っても、俺とお前の関係なんて知れてるし嫌なら全然断ってくれても……」

「マジ⁉」


 言い終える前に姫井は顔を綻ばせると、俺の手を両手でつかんでくる。


「終電まではまだ時間あるしな」

「え、じゃあさ、うち寄ってってよ!」


 またこいつは突拍子もない事を。


「なんでそうなる」

「いいじゃん。お礼! てかずっと働いてたって事は晩御飯食べてないしょ? 御馳走するからさ!」

「いやいや何時だと思ってるんだ……。百歩譲ってお前のお礼に付き合う理由があったとしても、家族の人に迷惑すぎる」


 言うと、ふと姫井が視線が落とす。


「家族、か」


 俺の手を握る力が弱まった。俺の境遇を羨ましがってたくらいだし、普段から一人ってわけではないと思うのだが、何か家族という言葉にひっかかる事でもあるのか?

 いらぬ邪推をしていると、姫井が顔を上げ笑う。


「ま、あの人しかいないし、別に大丈夫と思うよ。コンビニ強盗の件でも一度会ってお礼言いたいって言ってたし、今も助けてくれわけだし平気平気」


 あの人、ね。両親を亡くして叔父か叔母に引き取られて~みたいなストーリーであれば、一人暮らしに憧れるのも納得だが。


「それでもこんな時間に急に押しかけたら非常識だろ」

「じゃあ今から聞けばいいよね」

「は? おい」


 俺の制止など聞くそぶりも見せず迅速にスマホを取り出し耳に当てた。

 まぁいいか……。流石に常識ある親なら断ってくれるだろう。


「もしもしあたし……ってあれ?」


 楽観的に構えてると、姫井は一度耳からスマホを離す。

 画面を見つめる姫井だったが、やがてぽちぽちと操作し始めた。どうやら文字を打っているようだが、なかなか速いな。空那と良い勝負するんじゃないか。あいつもかなりのスピードだからな。特に俺への返信は0コンマで返ってくるし……。ああそう言えば昼くらいにその空那から大量のメッセージ届いてたんだったな。まだ返信してないが電源を入れるのはやめておこうかナ。


 手に取りかけた携帯を再びポケットの奥底へとしまうと、姫井がスマホからこちらへと顔を向け笑みを浮かべる。


「大歓迎だって」


 姫井が画面を見せてくれるので目を向けてみると、確かに大歓迎だよ絵文字絵文字という文字列を確認できた。


「あっそう……」


 どうやら常識の無い親だったらしい。

 まぁ、この子それなりにぶっ飛んでそうだし、そりゃ親の方もどっかぶっ飛んでても不思議じゃないか……。

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