第8話 またこの女はトラブルに巻き込まれているのか

 イレギュラーに延長したバイトを終え帰路に就く。

 なんで高校生で限界社畜の気分を味わわなければならないんだと天を仰げば、空はすっかり暗くなっていた。おまけに建物の照明やら信号やら街灯やらの光源のせいで晴れてるはずなのに星もあまり見えない。奈良なら北極星もはっきり見えるんだがな……。


 今日は廃棄商品も出ず手ぶら。そうなってくると自ずと今日の晩飯について考える必要が出てくるが……安く済ませるなら圧倒的に自炊だよな……。

 そんな事を考えながら駅へと向かっていると、ふと広場の中央でがらの悪い男たちがたむろしているのが目につく。


 触らぬ神に祟りなしと素通りする予定だったが、間から見知った顔が見えたためつい足を止めてしまった。


「いいじゃん遊ぼうよ」

「無理、興味ないしどっかいけ」


 不遜に言いながら男たちを睨みつけるのは姫井だった。なんでいるんですかね……。


「まーま、とりあえず付いてきちゃいなって」

「は、ちょ」


 不意に二の腕を掴まれ、姫井は振り払おうとすると、勢いで缶から零れたエナドリが一番がたいの良い男にかかる。


「あーあ、どうしてくれんだよこれ」

「は? 知らないし!」

「こりゃ追加料金払ってもらわねェとなー」


 がたいの良い男の言葉にやいやい騒ぎ立てる男達。他の反応を見るにこいつがリーダー的存在なのだろう。


「連れてくぞ」


 リーダーが言うと、姫井がその他二人に隣を固められ拘束される。仕方ない、行くか。


「触んなっ……!」


 もがく姫井だが、流石に成人男性二人に掴まれては意味を成さない。

そのうち手からエナドリ缶が離れ落ちていくので、俺はそれを手で受けキャッチした。


 男たちの視線が手に集中すると、そのまま俺の顔へとスライドしていく。

数は五人。辺りを見渡してみれば遠巻きにこの状況を眺める人間こそあれ、ほとんどの人は我関せずといった具合で素通りだ。

 ま、鹿ならともかく鹿じゃない赤の他人が絡まれてても関わろうとは思わないよな。ソースは奈良。ちなみに奈良で鹿をいじめたらそいつは死ぬ。


「元宮⁉」


 姫井が声を上げると、男の一人がこちらへメンチをきってくる。


「んだお前?」

「彼女の知り合いです。とりあえずそいつから離れてもらっていいですか」


 缶を地面へ置き、言葉遊びはせず単刀直入に用件を伝える。


「どうしますかこいつ」


 男の一人が言うと、リーダーの男が値踏みするような視線でこちらを見やった。

ややあってうっすらと笑うと、あごをしゃくる。

 それが合図だったのか、他の二名がすぐに俺の両脇を陣取り腕を掴んできた。


「付いて来てもらうぞ」

「どこへ?」

「あ? 黙ってついてきやがれ。ヒーロー気取りの痛々しい馬鹿が」


 瞬間、俺のみぞおちに拳が突き刺さるので全身から力を抜いてみる。


「ぐっ、ウー」


 呻いてみせると、リーダーの男は満足そうに口の端を吊り上げた。棒読みになったと思ったのだが案外いけるもんだな。演技の才能あるかもしれん。

 そのまま男たちに身をゆだねると、姫井と共に人気の無い路地裏へと連れていかれてしまう。

 リーダーの男が姫井へと近づいていくと、姫井が解き放たれリーダーの腕に収まった。


「さて、と。ここに囚われたいたいけな姫が一人ィ!」


 リーダーの男が天を仰ぎながら言うと、取り巻きがウェイウェイ囃し立てる。


「そしてそこにィ! 英雄ごっこをしようとしてまんまと捕まってる馬鹿が一人ィ!」


 男は俺の事を指さし心底馬鹿にしたような視線を向けると、取り巻きがブーブーと野次を飛ばしてくる。


「そしてこの物語をどんな結末にしようか、主導権を握ってるのは俺達だァ!」

「ウェエエエエエエエイ!」


 その言葉に、取り巻きはここ一番の盛り上がりを見せた。


「さぁて、周りに人は誰もいなぁい」


 男は目を見開くと、今にも舌なめずりをしそうな湿っぽさで言う。


「ここなら心置きなくやれるってもんだなァ?」

 

 姫井をより近くに抱き寄せると、男の顔が姫井の首筋へとゆっくり近づいていく。

 

「ほんとにその通りですね」


 言って、俺は拘束していた二人を力づくで振り払った。

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