第7話 この地雷系は寝取る気満々らしい

「本気で言ってんのか?」


 まさか聞き間違いではないだろうと思いつつも、耳が信じることを拒否していたのでつい聞き返してしまった。


「当たり前じゃん? あたしはどうしてもあんたと付き合いたい」

「今までの話を覚えていてそれを言ってるなら正気とは思えない」

「なんで? その感じだと元宮とその幼馴染ってまだ付き合ってないんでしょ? てか、付き合ってたとしても関係ないか」


 そう言い姫井は俺の顎に手を添え妖美に笑う。きめこまやかな指先の感触が俺の頬を這った。


「要するにあたしがその幼馴染からあんたを寝取ればいい。それだけの話じゃん?」


 八重歯を覗かせ自信ありげに告げる姫井。


「やめとけ俺みたいな人間にかかずらうのは。時間の無駄だ」


 念は押しておくが、姫井はまるで聞く耳を持たない。


「どうかな。とりあえず元宮次休みいつ?」

「忘れた」

「嘘つかないでくれる? ま、別にこっちで確認するからいいけど」


 そう言って姫井は事務室に張り出されていたシフト表を見に行く。


「なんだ、この日休みなんじゃん」


 しっかりシフト表の場所は把握していたか。どうせ自分のシフトは個別にもらえるというのに。


「それが何か」

「どっか遊び行こうよ。あたしもこの日入ってないんだよね」

「いや行かないが」

「いやあたしの事よく知らないって言ったの元宮じゃん」


 いつから俺がお前の事を知りたいと錯覚した?


「で、どこ行く?」


 姫井はそう言いポケットから携帯を取り出すと、細長い紙が地面へと滑り落ちる。


「行く前提で勝手に話を進めないでくれ」


 言いつつ、一応落ちた紙切れを拾ってやると、どうやら個別に渡される方の簡易シフト表らしかった。姫井の名前もしっかりと記載されている。姫井陽芽莉ひめいひめり、ね。そういや下の名前は聞いてなかったな。にしてもあの店長もうシフト作ってるとか仕事速いな。できるだけ休みをとらせてたまるものかという作為を感じるね。


「落としたぞ」

「ん、ありがと」


 姫井はシフトを受け取ると、素直に感謝を述べてくる。


「まさかお前がちゃんとお礼を言うような奴だったとはな」

「なにそれ? あたしを何だと思ってんの?」


 姫井の方へと視線を向ければ、不満げに眉を顰めている。


「胸に手を当てこれまでの自分の行動を振り返ってみろ」

「んー」


 姫井は馬鹿正直にも胸に手を当てると、やがて八重歯を覗かせ指を頬に自らのあてがい小首を傾げる。


「可愛い奴?」

「マジかよこいつ」


 あまりの自信についドン引きしてしまった。


「それじゃ、この日はそこの駅集合って事で。この遊園地でいいでしょ?」


 そう言って姫井が携帯の画面を見えるように差し出してくる。TVランド、ね。

 どうしてもこの女は俺と行く気らしい。一応ここの最寄り駅からは三十分くらいでいける場所にあるのか。奈良県民が遊園地に行くと言えば旧ドリームランド跡というように、都民が遊園地に行くと言えば一人残らず夢の国ネズミーランドに行くものかと思っていたがそうでもないらしい。


 あるいは廃れすぎて入園料無料などという暴挙をずっと昔に時代にさきがけて打って出た奈良県遊園地最後の砦、生駒山上遊園地のように赤字経営上等で運営してたらSNS等で景色がきれいだとか最古の遊園地だとか朝ドラに出たりだとかで急に話題になって最近ちょっと持ち直した遊園地なのかもしれないな! 


 まぁいずれにせよまったく気は乗らないが、ここは大人しく姫井の希望通りにしておいた方がいいかもしれない。先ほどより少し状況も変わったことだし。


「分かったよ。行けばいいんだろ行けば」

「よしっ」


 押し切れたと喜んでいるのか小さくガッツポーズをする姫井だが、別に押し切られたというわけではない。ただ姫井が俺に固執してくる理由を知っておいた方がいい、そんな気がしたからだ。そのためにある程度言う事は聞くし、事の次第によっては俺と姫井が付き合うなんて事もありえない話じゃないかもしれない。


「ただその日は終業式で休みなだけだから、行くとしても午後からになるぞ」

「りょ。それじゃ、決まりって事でラインとインスタ教えて」


 待ち合わせするなら連絡とれないと不便だしな。とは言えインスタまで交換する必要あるのかは疑問符だが……。


 ただある程度姫井の言う事は聞くと決めたばかりなので、言われるがままアカウントを教えると、姫井は「それじゃまた」と言って事務室を後にした。


 連絡先に新たに追加された『♰HIMERI♰』の文字列の後に未だ溜まり続ける通知見ると、そっとスマホの電源を落とす。どんな奴であれ人間は誰しもたまに現実逃避したくなる生き物なんだ。

 すると今度は店長が入ってきた。


「元宮君……今日夕方から欠員出ちゃってさ、ごめんだけど九時くらいまでいといてくれない?」

「えぇ……」


 突然増えた労働時間につい渋ったような声が出てしまうが、遊園地に行かなければならないのは手痛い出費なので渡りに船だ。


「まぁでも分かりました」


 言うと、店長が嬉しそうに頬を朱に染めた。


「ありがと~! ほんと助かるよ~ん!」


 店長は手汗まみれの手で俺の手を取る。


「ちゃんと給料出すからねっ?」


 ウィンクし告げる店長につい半目になる。

 当たり前です……。

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