第2話 普通こんな事起こらないだろ

 この時期は言わずもがな気温が高い。

 心なしか揺れている気がする外の景色をレジから眺めていると、不意に熱風が頬を撫で子気味良い機械音が鳴り響いた。

 目を向ければ、黒マスクの女がストローの刺さったエナドリを片手に入ってくる。


「いらっしゃいませこんにちは~」


 マニュアル通りの文句を仕事モードで唱えると、その女が不意に歩みを止めこちらをじっと見てくる。


 ややゆったりとした五分丈のシャツに、丈の短いスカート、多少通気性は良いのだろうが、上下ともに黒とここまで吸熱仕様の色で染まっていると、マスクも相まって見てるこちらとしては非常に暑苦しい。いかにも地雷系といった風貌だ。黒ウサギのぬいぐるみとか持ってそうだな。


 なおも立ち止まるので、はよ入って自動ドア閉めろよという感情を隠しながら笑いかけると、女はハッとしたように目をぱちぱちさせる。


 ややあって、女はずかずかと二つに結われた黒髪を揺らしながら歩み寄ってくると、甘い香りを漂わせながらやや粗暴にストロー缶をレジカウンターに置いてきた。

 クレームか、あるいはゴミを押し付けに来たか。俺としては後者の方が楽で助かるが。


「出して」


 女は黒マスクを外し不遜に言うと、アイラインが引かれたややシャープな目がこちらを軽く睨みつけてくる。

 コンビニ強盗、ってわけでもないだろうが……。


「恐れ入りますが何をお出しすればよろしいでしょうか」

「店長。そんな事もわからないわけ?」

「なるほど」


 分かるわけ無いよね。

 だがこれは好都合。客にそう要求された以上、従業員はそれに従わなければならない。よって大手をふって面倒ごとを押し付けることができる!


「少々おまちくださいませ」


 いったんバックヤードに引っ込み、パソコンとにらめっこする店長を発見すると、胡乱気な眼差しがこちらへ向けられる。


「なに、どうしたの? 休憩まだだよ?」

「客に店長を出せと言われまして」


 ありのまま伝えると、店長はバーコード状の髪を避けるようしながら頭を掻く。


「えぇ……なにそれ感じ悪くない? 絶対クレームでしょ。今忙しいし僕は休みって事にしといてよ」


 店長は冷房が効いているにも拘わらず、手元のとうちわを手に取り扇ぎ始める。


「え、流石にそれはお客さん納得しないかと……」


 何故なら今この時間は俺と店長の二人しかいない。にも拘らず店長が休みなどとのたまえば、高校生バイトのワンオペ状態というあり得ない状況を演出してしまう事になる。


「そこはさ、元宮君がうまいことなんとかしてよ~。君優秀だし、それくらいできるでしょ?」

「いやそれはちょっと……」


 いくら何でも難易度が高すぎる。


「ダイジョーブダイジョーブ。元宮君ならいけるって。じゃ、よろしく」


 そう言って店長は再びパソコンのディスプレイへ没頭し始める。どうやらこれ以上聞く耳を持つ気は無いらしい。くそ、なんでこういう時に限って店長と二人だけなんだよ。というかそもそも一介の高校生バイトに普通クレーム対応させるか? やっぱり急募なんて書いてる求人はろくな所じゃないな。ちょっと面接しただけで即採用だったし……。なんでも人員不足が続いているらしいが、一体何がそうさせてるんでしょうねー。


 だが過去を悔やんでも仕方がない。こうなってしまった以上目先の問題の処理を最優先にしていかなければ。

 切り替え再びレジ前へと戻ると、案の定女は不機嫌そうに眉をひそめていた。


「遅い」

「申し訳ございません、ただいま店長は席を外しているようでして……」


 流石に休みと言い張るのは無理筋であるため、抽象的な表現に留める。

 だがそう言うと予測される返答は自ずと限られてくるが、


「は? ふざけんなし」


 イライラを隠すことなく女は言うと、スマホの画面を見せつけてきた。


「バイト面接今日この時間ってメールに書いてあるじゃん」

「なるほど」


 徒労とはまさにこの事だ。怒るのも納得……と言ってもちょっとトゲありすぎな気もしたがまぁいい。それよりもあのバーコード頭だ。


「もう一度探してきますね」


 再びバックに舞い戻り、店長にバイトの面接の子だったことを告げる。


「あちゃ~。そうだったそうだった」


 そう言って店長が立ち上がるので一足先にレジに戻る。


「もうすぐ来ると思うので」

「ん」


 女は短く返事すると、ポケットから棒付きキャンディーを取り出し包装を解きくわえた。

 いやマジかよ。今から面接だよね? どうすんだそれ。短時間でかみ砕くつもりなのか?


「なに?」


 不意に女が眉間にしわを寄せこちらへ視線をよこしてくる。


「いえ特には……」

「あっそ」


 そっけなく言う女だったが、その割には未だ視線は俺の方をじっと見つめてくる。

 こちらの焦点を女から後ろの方へとずらして無関心をアピールしてみるが、その視線から逃れる事はかなわない。一体なんなんだ……。


「ねぇ、あんた」

「いやあごめんねぇ? 君が姫井ひめいさんだよねー?」


 何やら女が口を開きかけたようだったが、後ろから現れた店長によって遮られる。姫井っていうのかこの女。記憶にない名前だ。


 おかげで気が逸れたか、姫井の意識がこちらから外れるのを感じる。

 が、すぐにまたこちらへと目を向けられると、キャンディーの包装とエナドリの空き缶を俺の胸へと無言で押し付けてきた。


 一応受け取るそぶりをこちらが見せると、姫井は何を言うでもなくさっさと店長とバックへと歩いていく。結局飴はくわえたままなのかよ。


 こりゃあいつとの縁もこれまでだなと押し付けられたゴミを処理していると、案の定というべきか、五分もしないうちに戻ってきた。姫井の口からは未だキャンディーの棒が姿を覗かせている、


 バックから出てきた姫井はすれ違いざまにこちらを一瞥するも、特に何か言うでもなくさっさとカウンターから出ていった。

 いくら人員不足といっても流石にこんな非常識な奴は門前払いだったか。

 自動ドアが閉まるのを確認し安堵していると、すぐにまた開いた。

 さ、仕事仕事と営業モードに切り替え笑みを作る。


「いらっしゃいま……」


 接客マニュアル通り挨拶をするつもりが、つい変なところで言葉を止めてしまった。

 だがそれも仕方ないだろう。何せ入ってきたのが、ナイフを持ったフードの人間に片手で拘束された姫井だったからだ。いや普通ないだろこんな事……。

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