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 冬の核と対面した時、真っ先に思い浮かんだのは幼少期に近所に住んでいた女の子だった。彼女は冬の核とよく似ていた。子供にしてはやけに落ち着いた声と、雪から生まれたようなその白髪は同級生たちを魅了した。だが、彼女に近づく者は誰一人としていなかった。単に近づき辛い雰囲気を醸し出していたのだ。


 冬の核は活発だ。近所の少女とは真逆だった。仮に同一人物だとすれば、成長の過程で少女のとがったような目つきを丸くする何かがあったと推測できる。彼女は小学校に上がる段階で引っ越してしまったので、成長の過程を見ることは叶わなかった。引っ越し前、彼女見納めの最後の冬に彼女が風邪をひいたときは「眺める時間が増える!」と内心喜んだものだ。


 朧げな幼少期を思い出したとて、夏の核が見つかるとも思えないけど、思い出した記憶と言うものは頭を一周するまで離れてくれない。無意味な懐古は僕を感傷的にさせた。中々離れてくれない記憶という概念、僕は結構好きだ。


 そういえば、少女が引っ越した街もこの辺りだと聞いていた。現在もここに住んでいるのかは不明だけど、会えるなら会ってみたい。しかしながら、彼女と接点の無かった僕は話すことも話せないだろう。お互い初対面みたいなものだ。僕が一方的に彼女を眺めて魅了されていただけで、話したことはただの一度もない——いや、嘘だ、たったの一度だけ話したことがある。


 唐突に思い出された記憶は頭の中を一周した。


                       *                        


 その会話は少女が風邪をひいたときにした覚えがある。彼女が病気になった事実だけを思い出し、会話したことをその後に思い出す僕は間抜けだと思う。


 会話のきっかけは実に子供らしく単純だった。


『大丈夫?』


 彼女は、コンコンとせき込みながらも純白の雪団子をせっせと作っていた。


『うん』


 彼女は口数こそ少なかったが、僕の予想に反して物腰柔らかだった。


『そっか、君はもうすぐ引っ越すの?』


 突然の話題転換に彼女は戸惑いを見せた後、頷いた。


『寂しくなるね』


 僕は言う。


『今日が初めてのくせに。話すの』


 そうだ。この指摘を受けた僕は恥ずかしくなって、せめて今までの空白の埋め合わせにでもなればいいと思って名前も尋ねたんだ。


『じゃあ、名前だけでも教えてよ。会うことがあるかもしれないし』


『名前は——』

                                               

                       *


 歩いた成果はそれなりに……


「やっぱ夏の核とかいないって。俺たち夢を見すぎてるだけなんだよ」


 無かった。寒さに耐えきれずに入ったファーストフード店、そのテーブルの一角で宇野が嘆く。チーズバーガーを頬張っているが、彼の表情からそのおいしさが伝わってくることはない。彼の顔には、明らかな疲労の色が見て取れる。


 僕はといえば、ポケットに財布を入れる人間ではなかったがために、一文無しで何も食べていない。


「早く探しに行こうよ」


 僕の向かいに座る冬の核は、退屈そうに頬杖をつく。そのムスッとした顔を見た僕は、朧げな幼少期を振り返る。このとがったような目つきはあの少女に似ている。


 ——それはともかく。


「みんな、夏の核が確実に生きてるとは限らないことを忘れてないか……? 消えてるかもしれないんだよ?」


 僕の言葉に、冬の核は大きく反応を示した。


「たしかにそうだけど、あまり信じたくはない。私は夏の核がまだ生きてるって信じたい。彼は消えてないんだ、てね」


「冬なのに夏を心配するなんて、笑える」


 僕は微笑む。


「人間も自分と全然違う性格の人を好きになったりするじゃん。核も人も変わらないよ」


「たしかにね」


 横で聞いていたらしい宇野が「難しい話はするな。飯がまずくなる」と毒づいた。初めからお前が美味しそうに食べているようには見えなかったが。


 宇野が食べ終わった。再び僕らは極寒の地に繰り出した。温かい店内との寒暖差で風邪をひくかと思った。今日休んだクラスメイトの大半はそれが原因なのかもしれない。僕らは奇跡的に健康だが、変な人探しに付き合わされるぐらいなら、学校なんて行かずに休んでおけばよかったと後悔する。


 ところで、四季と自分自身の安寧、どちらが大切かと問われれば僕は後悔したことを後悔する。僕らが夏の核を探さなければ、四季の一つが欠けてしまうのだから。


「次はどこに行くの?」


「うーん、青春が集まりそうな場所。やっぱ夏といえば青春じゃん。まあ、冬の象徴である私も雪山にいるわけじゃないんだけど」


 冬の核はそれから少し歩いた後、「でも、考えてみるとどこに行きたいのかよくわかんない」とあほ面を向けてきた。青春が集まりそうな場所なんて僕にもわからない。


「やっぱ学校だろ」


「宇野は毎日楽しそうだもんね。入学早々、彼女もできて」


 宇野は白い歯を見せる。その笑顔は青春に憂いなんて抱えていなさそうな、僕にとっては見るだけで腹の立つものだった。


「羨ましいよ」


「人の恋バナよりも核探しを手伝ってよ」


 冬の核が膨れる。


「まあ、学校に行けば何かあるだろ。他に夏の核がいそうな場所はほぼ回ったし……ここまでしたのに、実はこの街に居ましたってオチは勘弁してほしいけどね」

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