Ⅳ 船長の剣士

 こうして自分達の海賊船も用意し、これで名実ともに一味を構えることとなったジャン達であるが、その実力を轟かす事件が早くも起こる。


 それは、新天地の海域のさらに奥、キューカンバ島にあるエルドラニアの主要都市ラバーナ近郊の街をジャン一味が占拠し、海賊の常套手段として身代金を要求した時のこと……ラバーナ総督はこれを拒否すると、討伐隊の乗ったガレオン船一隻を派遣したのである。


 そのガレオンは幾門ものカノン砲で重武装されており、小規模なジャンの一味はすぐに制圧されるかに思われた……。


 ところがである。


「──砲撃を恐れるな! 船は捨てる覚悟で突撃しろ! 近接戦闘となれば我らに有利だ!」


「バカな! やつら突っ込んでくるぞ! 自殺でもする気か! ええい、構わず放ちまくれ…うわああっ…!」


 籠城は不利と見るやあっさり街を放棄し、スクナーに乗り込んだジャン達は、火を吹く無数の砲口をものともせず、迷わすガレオンへ突進すると勢いよく弦側へ体当たりを喰らわす。


「よーし! 乗り込めぇーっ!」


「……うぅ……しまった! 取りつかれたぞ! 総員、迎撃体制をとれえーっ!」


 そして、間髪入れずに相手の船に飛び移ると、甲板上で激しい白兵戦を開始した。


「くっ…つ、強い……こいつら何者だ!?」


「気をつけろ! 賊は手練れだぞ! うぐっ…」


 すると、剣の鍛錬を積んでいた彼らはエルドラニア兵を圧倒し、逆に時を置かずして討伐軍を全滅させてしまったのである。


 激しい砲撃により彼らのスクーナーは半壊し、また、残念ながら街の身代金も得られなかったものの、代わりにジャン達一味は攻め落としたガレオンを奪い、新たな海賊船とすることに成功した。


 この武勇譚は瞬く間に新天地へと広がり、ジャン・バティスト・ドローヌの名を一躍有名にしたのである。


 そして、名声とともに団員も増え、船も大きくなったジャンの一味は、さらなる大仕事へも着手する……。


 新天地の南の大陸北岸にある物資の集積地〝ウマカイボー〟の襲撃である。


 だが、強力な砲台と高い城壁を持つ砦によって港の入口は守られており、難攻不落の都市としてもウマカイボーは知られている。


「わざわざ砦を攻めるなど愚の骨頂……水路がダメならば陸路で行くまでだ」


 そこで、少し離れた位置にある湾にジャン達は船を着けると、その無人の湾に船を乗り捨て、大きくジャングルの中を迂回して徒歩でウマカイボーの背後へと迫ったのである。


 銃士隊に所属していただけのことはあって、そうした戦術を駆使するのにもジャンは長けている。


「ジャンさん…じゃなかった師匠メートル。全員配置につきました」


 そして、付近に身を潜めて日が落ちるの待った後、副船長のポールがそうジャンに連絡をする。


 そう……あのジャンを戦場で見つけたポール少年である。トリニティーガーへ渡ってから別行動をとっていた彼であるが、いつの間にやら一味に合流すると、そんな重要ポストについていたりするのだ。


 ちなみにジャンの一味では、もとが剣術の師弟集団であったことから、頭目のジャンをフランクル語で〝師匠メートル〟と呼んでいる。


「よし。攻撃開始だ! 打ち合わせ通り、一隊は城壁の破壊に回れ!」


 今宵は夜空に雲一つなく、月も明るく視界良好である……声を潜めたジャンの号令に、鉤縄をかけて高い城壁を乗り越えると、一味は背後からウマカイボーの街へと侵入した。


「一般人は放っておけ! まずは守備隊の制圧だ!」


 密かに侵入を果たしてジャン達一味は、まず第一にウマカイボーの兵力無効化を狙うため、夜警に立つ街頭の衛兵や、砦に駐屯する守備隊めがけて急襲する。


「……ん? て、て、敵襲ぅぅぅーっ! 敵襲ぅぅぅーっ!」


 予期せぬ時間、予期せぬ場所より現れた海賊の一団に、ウマカイボーの街は蜂の巣を突っついたかのような騒ぎとなった。


「ちきしょう! どっから湧いて出やがった…うがあっ…!」


「キャアァァァーっ! 神さまあーっ!」


 慌てふためく兵士達は次々に討ち取られ、住民達は悲鳴をあげると、あちらこちらへと忙しなく逃げ回る。


 敵は海から来るものとばかり思い込んでいたウマカイボーの人々は、砦の堅固さを過信するあまり、すっかり油断していたのである。


「落ち着け! 敵は少数だ! 複数で囲んで各個撃破しろ!」


 だが、敵もこれまでウマカイボーの街を、海賊達の襲撃から守ってきた戦いのプロである。次第に冷静さを取り戻すと、組織的に迎撃態勢をとるようになった。


「フン……少数精鋭という言葉を知らぬようだ」


 だが、彼らはジャン一味の実力を大きく見誤っていた……。


「いけーっ! 討ち取れーっ!」


 自身も先頭に立って戦うジャンのもとへ、ブロードソードを手にした守備兵が六名、一斉に剣を振り上げ斬りかかってゆく。


「遅い……」


 対して彼は紙一重でその刃を掻い潜ると、目にも止まらぬ速さでレイピアの剣先を宙に走らせ、通り抜け様に兵六名を一息の内にかすめ斬る。


「…………うぐぁ…!」


 一拍の後、兵達は鎧の隙間から真っ赤な鮮血を闇に噴き上げ、斬りかかったはずの六名の兵士は一瞬にして斬り伏せられた。


「さすがは師匠メートル……俺達もその弟子だ! 負けてらんねえぜ!」


「海賊めっ! 調子に乗るな …ぐはっ…!」


 また、彼の指南を受けた一味の者達も、各々にカットラスやレイピアで守備隊を一人づつ確実に討ち倒してゆく……ウマカイボーの守備隊が壊滅するまで、さほど時間はかからなかった。


「やったか……ウマカイボーの住民達に告ぐ! 街を守る兵は一人残らず始末した! だが、戦う術を持たぬ者まで命を奪おうとは思わん! おとなしく金品を差し出せば、危害は加えんと約束しよう!」


 そうして抵抗する力を奪った後、街の真ん中でジャンは声を張りあげると、家に逃げ込んだ住民達へそんな脅しを慇懃にかける……彼らの剣技と残虐性を目の当たりにした住民達は、その交換条件に素直に従った。


「さすがは富の集まる集積地。なかなかの収穫だな……」


「ジャン…もとい師匠メートル、城壁に穴開けて道できましたよ?」


 広場に集められた金銀財宝類の山をジャンが満足げに眺めていると、ポールがまたやって来てそんな報告をする。


「うむ……よーし! 急いでお宝を馬に積め! グズグズしていると近隣のエルドラニア艦隊が来る可能性もある! その前にさっさとズラかるぞ!」


 その報告を受けたジャンは一味の者達に指示を出すと、自身も手伝って掠奪品を馬の背に付け始める。


 じつは騒ぎを聞きつけてエルドラニアの援軍が来ることを懸念したジャンは、城壁の一部を破壊して運搬路を確保すると、速やかに掠奪品を持って逃れられるようにしていたのだ。


「さて、準備できたな……それではウマカイボーの皆さま方。馬も借りて行くゆえ、後でジャングルの中を探してみてくれ。では、さらばだオ・ヴォアー!」


 こうして、数頭の馬にお宝をたんまり積んだジャンの一味は、冗談混じりに別れを告げると、無事、エルドラニアの艦隊が来る前に街から逃走したのだった。


「スクナーを体当たりさせといてなんだが、この船もだいぶガタがきているからな。今回の儲けで大々的に修理をするか……いや、どうせなら魔改造を施そう」


 この後、マラカイボーで得た一財産を用い、ジャンは一味のガレオンを修理に出すと、船体内に二重の砲列乾板を備えたフリゲート艦へと改修する。


 そして、強大な火力を持つ海賊船まで手に入れたジャン・バテイスト・ドローヌは、その剣の妙技から〝海賊剣士エペイスト・ド・ピアータ〟と呼ばれ、トリニティーガーでも一目置かれる七人の有力海賊のま一人として恐れられるようになるのだった。


 さらに後年、魔導書を専門に狙う風変わりな海賊〝禁書の秘鍵ひけん団〟との出会いにより、彼は祖国フランクルとも関わりのある、世界を変える大戦・・へと巻き込まれてゆくこととなるのだが……それはまた、別のお話(森本◯オ風)。


(L'épéiste de Pirate 〜海賊剣士〜 了)

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L'épéiste de Pirate 〜海賊剣士〜 平中なごん @HiranakaNagon

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