Ⅱ 銃士隊の剣士

 それは、敵対する隣国エルドラニアとの国境線沿いで、らある小競り合いが起きた時のこと。


 その紛争の解決には、戦時に竜騎兵(※銃火器を使用する兵)として運用される銃士隊と当地の国境警備隊、それにあえて王に名乗りをあげた近衛隊が派兵された。


 家督を継げない貴族の次男以下や身分の低い者達で構成される銃士隊に対し、近衛隊は名門貴族や跡継ぎの長子のみが入隊できる由緒正しき上級部隊である一方、その実力や功績は遥かに劣り、市井での評判も〝家柄だけの七光〟であった。


 そこで、今回の紛争を簡単に解決するできる案件と見るや、常々銃士隊をライバル視する近衛隊の隊士達は、その手柄と名声を横取りしようと画策したのである。


「──では、我々近衛隊を含む本隊は正面で対峙したまま敵を惹きつけるゆえ、銃士隊は隊を二分し、渡河して左右から挟撃するというのではどうだろう?」


 陣に建てられた大きなテントの中、近衛隊の隊長が軍議でそんな策を提案する。


「承知。なれば明朝、早速に……ジャン、わしが第一部隊を率いて右から行くゆえ、そなたは第二部隊を率いて左から攻めかかれ」


「ハッ!」


 その作戦に当時の銃士隊隊長も大きく頷くと、一隊の指揮を実力あるジャン・バティストに託した。


 以前からの紛争地である平原に侵入したエルドラニア軍は、現在、浅くて広い河を挟んで友軍と睨み合った状態にいる……囮の本隊に気を取られている隙に、それを銃士隊が左右から奇襲しようという作戦である。


「──音を立てるな! 気づかれたらすべておジャンだぞ!」


 翌日未明。まだ日が昇る前に第一部隊同様、ジャン率いる第二部隊も静かに河を渡り、敵軍側面左側の配置につく。


 いずれもブロードソード(※レイピアよりも幅広の剣)とマスケット銃で武装し、ハーフアーマー(※銃弾に耐えうる分厚い鉄板で胴体だけを覆う鎧)の上に例の青い陣羽織サーコートを羽織り、つば広帽の代わりにモリオン(※帽子風の兜)を被るといった当世風のよく見る武装だ。


「……よし。全員配置についたな? このまま合図があるまで……ん?」


 だが、その地に身を伏せ、攻撃の合図を待とうとしていたその時、彼らは予想外の光景を目にすることとなる……そこには、周囲を取り囲むかのようにしてエルドラニア兵がいたのだ。


「しまった! 奇襲は失敗だ! 全員、迎撃態勢をとれ!」


「かかれえーっ! 罠にかかったフランクルネズミは皆殺しだーっ!」


 敵の待ち伏せに気づき、ジャンが号令をかけるも時すでに遅く、包囲するエルドラニア軍は総攻撃を開始する。


「クソっ! なぜバレた……うぐあっ!」


「隊長は…第一部隊はどうなっている!? くっ……ぐはっ…!」


 マスケット銃の一斉射の後、パイク(※長大な槍)で突撃してくるエルドラニア兵に対し、勇猛果敢に立ち向かうジャン達銃士隊ではあったものの、取り囲まれての熾烈な猛攻にあえなく次々と討ち取られてゆく……。


 その状況は、隊長率いる第一部隊の方でも同様であった……ただし、渡河が遅れてまだ配置についていない内に戦闘が始まったため、包囲されなかったのが第二部隊よりは幸いであったろう。


 じつは、功名を独り占めしたい近衛隊がわざと敵に情報を流し、その犠牲を顧みずにむしろ銃士隊を独断で囮にしたのである。


「距離をとれば狙い撃ちされるぞ! 乱戦に持ち込め! 懐に潜り込めばパイクは不利! 各々散開し、接近して剣で討ち取れ!」


 それでもジャンは仲間達を鼓舞し、パイクの針の山を掻い潜って懸命に戦う。


「フランクルに栄光あれっ! …うがっ…!」


「このクソ野郎めがぁぁぁーっ! …ぐふっ…」


 だが、完全に嵌められた第二部隊は一人、また一人と虚しく命を散らしてゆく……。


「…うく……最早、これまでか……」


 最後に残ったジャン自身も己の血と敵の返り血に真っ赤に染まり、全身無数の傷を負うとついには意識を失った……。




「──こいつはまた血だらけだな……ま、洗えば売れるか……」


「…う、ううん……」


 次に気づいた時に聞こえてきたのは、そんな子供の声だった。


「うわっ! ……ま、まだ生きてる……」


 ガチャガチャ…と頭からモリオンを外そうとする手にジャンが薄目を開くと、眼前には腰を抜かした小汚い少年の姿がある。


「……そなたは……戦は……戦はどうなった?」


「ご、ご、ご、ごめんない! て、てっきり死体だと思って……」


 意識を取り戻し、むくりと起き上がった血塗れのジャンに、顔面蒼白の少年は平謝りに謝る。


 その後、話を聞いてみると、彼は近郊の村の豪農に小作人として買われてきた孤児で、名前をポールといった。


 なんでも貧しい生活から逃れるため、戦で死んだ兵士達の甲冑やら武器やらをこっそり剥ぎ取り、それを売って金に変えようと考えていたらしい……。


「生きてるとわかっちゃあ放ってもおけないか……仕方ない。さ、起きてください。お仲間のとこまで連れてきます」


「……戦は……敵は……エルドラニア兵はどこへいった?」


 迷惑そうな顔をしながらも肩を貸してくれる少年に、瀕死のジャンはか細い声で戦いの趨勢を尋ねる。


「戦なんかとうの昔に終わってます…ふぅ……お味方の大勝利っすよ?」


 その問いに、ジャンを抱えてゆっくりと歩きつつ、何を今さらと言った様子で少年はそう答えた。


 少年の言う通り、戦はあの後、銃士隊に兵力を割いていたエルドラニア軍に近衛隊を中心とした本隊が突撃。敵軍は呆気なく敗走してフランクルの勝利に終わっていたのだった。


 その混乱の中、全身血塗れのジャンは死んだものと誤認され、エルドラニア軍が退却したことで辛くも命を長らえたのである。


 ちなみに第一部隊も被害は大きかったものの、隊長以下全滅は免れたようだ。


「──なぜ黙っているのですか!? 奴らが銃士隊をハメたのは明らかです!」


 それから一週間ほど後。怪我もなんとか歩けるにまで回復したジャン・バティストは、痛々しい包帯姿で銃士隊の隊長に詰め寄っていた。


「仕方なかろう。わしとて同じ想いだが、訴えたところでいかんせん証拠がない。相手は近衛隊の貴族さまだしな。一笑に付されるのがオチだ」


 だが、厳しいしかめ面をした隊長は、自身も納得していない様子ながらもジャンの不満をきっぱりと突っぱねる。


 実際はジャンら銃士隊の多大な犠牲を対価とした勝利であったが、表向き、すべては近衛隊の活躍によるものと世間では吹聴されている……無論、銃士隊としては到底納得がいかないものの、身分の低い彼らの主張が聞き入れられることはないのだ。


「そんな……」


 近衛隊の卑劣な野心のせいで、自分も死にかけたばかりか、あんなにも仲間が命を落としたというのに……ひどく落胆した彼は、この一件によってつくづく宮仕えが嫌になった。


 そこで、すぐさま銃士隊を除隊すると、心機一転、昨今話題の〝新天地〟へ渡ってみることにしたのだった。

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