第34話

 2015年6月


 3年生になり2ヶ月が過ぎた。この期間に生徒会長選挙などが終わり、新たな生徒会が発足した。

引き継ぎなども無事に終わり、これをもって私は生徒会長を引退した。


「終わってみたらなんだがあっという間でしたね。会長」

「そうね。いろいろと面倒ごとが多かったけど今日から解放されると思うと少し寂しいわね」

「今日から放課後に生徒会室に行かなくていいんですね」

「すぐに帰れるからいいじゃない」


 私がそう言うと平沢さんは少し頬をふくらませる。


「会長、なんだがドライですね」

「冗談よ。…ただ本音を言うなら少しホッとしてるわね」

「え?」

「歴史があり、他の学校とは一線を画しているこの黒白院では生徒会長の権限が強かった。だからこそ周囲の人の視線や期待、プレッシャーを感じることが多かった」


 普段はこんな弱音は絶対に言わない。

けどなんでだろう…。平沢さんにはこう言うことを言えてしまう。


「私が生徒会長をやり遂げることができたのはこの1年間、平沢さんが支えてくれたおかげよ。ありがとう」


 そう感謝の言葉を伝えると平沢さんは照れたような表情をする。


「会長がそこまで言ってくれるなんて嬉しいです。私も副会長として頑張ってきた甲斐があります」


 普段言えないことを話してなんだがお互いにこそばゆくなる。


「せっかくだし、今から2人でカフェにでも寄って帰らない?」


 私の提案に平沢さんは快く快諾してくれた。



〜〜〜〜


 カフェに入り、私たちは向かい合って座る。

私はメニュー表を確認する。


「今日は引退祝いだし、自分にささやかなご褒美をあげないとね」


 メニュー表にあるスイーツ一覧を物色する。


 うん♪

今日は特別だし、思い切ってこれを頼みましょう!


 私は頼むものを決めて、平沢さんに何を頼むのか確認を取る。


「平沢さんはもう決めたかしら?」

「はい。私はメロンクリームソーダにします。会長は何にするんですか?」

「私はこれにするわ」


 そう言いながら、メニュー表のデザートに指を指し示す。


「じゃ、ジャンボホットケーキですか?…会長、中々に重めのやつ食べるんですね」


 平沢さんは若干引いている。


「今日は特別だからいいのよ。あとクリームソーダも頼もうかな」


 店員を呼んで注文を伝え終える。

そのあとは他愛のない会話を続ける。


「生徒会は終わりましたけど会長はこれからどうするんですか?」

「うーん。そうね。とりあえずは部活にはちゃんと参加しようとは思っているわ。今までは生徒会活動があってあまり参加できてなかったし」

「会長はキャプテンでもあり、レギュラーですもんね」

「そんなの形だけよ」


 まぁ、けど今の時期に私がチームに合流していいのかは少し考えてしまうわね。

サッカーは好きだから今まで続けていたけどこれからはサッカーだけに時間を割くことは難しい。

現に中学では生徒会業務もあって満足にサッカー部の練習に参加することもできなかったし。

 高校に進んでもおそらくお父さんや家の者からは人の上に立つことを求められるだろう。だから多分生徒会も高校で引き続きやらないといけなくなると思う。


 本音を言えば、人の意見を聞いて皆を束ねるのは私には向いてない。


 もっと自由に…、誰からも束縛されない人生を送りたいものね。


 平沢さんとの会話中、そんなことを考えていると頼んでいたものがきた。

店員がテーブルにジャンボホットケーキが乗せられたプレートを置く。


 直で見ると迫力があるわね。

鼻腔をくすぐる甘い香りがあたりに蔓延する。


 うん!今日は特別な日よ!

そう!チートデイよ!

今日だけはカロリーなんて言葉忘れるんだから。


 ナイフで一口サイズ切り、フォークで口に運ぶ。

 口に入れた瞬間、口内に広がる甘さ、ふんわりとした食感、調和をとれているシロップ。

控えめに言って最高だった。

 私はどんどん口に運んでいった。瞬く間にジャンボホットケーキは残り半分くらいまでになる。


「橘さんって甘いもの好きなんですね。本当に美味しそうに食べますね」


 私の様子を見て平沢さんがそう言ってくる。

 人から指摘されると少し気恥ずかしくなる。


「べ、別にそれほどじゃないわよ」

「本当ですか?私、橘さんのそんな楽しそうな顔初めて見ましたよ」

「そ、そんなことないわよ!学校でもそれなりに楽しんでいるし」


 私がそう言うと平沢さんは少し神妙な面持ちへと変わる。


「…本当ですか?実を言うと私、橘さんだけは黒白院の他の生徒とは違うと思っているんですよ」

「どういう意味かな?」

「黒白院はやっぱり持って生まれた人が多いじゃないですか。私みたいに一般家庭の人は持たずに生まれてきたというか…」


 平沢さんはそのまま話を続ける。


「正直、この黒白院に来たことを私はずっと後悔してます。明らかに分不相応なので…。

最近は高校は外部受験することも視野に入れています」


 それを聞いて私はいてもたってもいられなくなる。


「ちょっと待ってよ!平沢さん、高校は黒白院に進学しないの!?それにあなたは——」

「可能性の話ですよ。まだそうと決めたわけではありません」


 平沢さんはあえて私の言葉を遮る。


「平沢さん、確かにあなたには黒白院は辛い場所かもしれない。だけど…、これは私のわがままだってことはわかる。それでも私はあなたと黒白院で一緒に高校生活を送りたいわ」

「会長…」

「私は黒白院の生徒の風潮はおかしいと思ってる。たとえ生まれが財閥や大企業の令嬢だとしてもそれは本人の力ではないわ!

平沢さんは己の力で道を切り開いている!

私はそんな平沢さんの事を素直にすごいと思っているわ」


 普段の私なら絶対にこんなことは言わない。

だけど目の前にいる平沢さんは私にとって特別な存在だった。


「会長…、ありがとうございます」


 私の言葉を聞き終えた後、平沢さんは静かにそう言った。


「なんだか重たい話をしてしまいましたね。話題を変えますか」


 そのあとはいつものように他愛のない話をするだけだった。

 だけど私の受け答えはどこかぎこちなかっただろう。


〜〜〜〜


 喫茶店を出た後、私たちは分かれ道まで歩いた。


「今日はなんだかすいません。あんな暗い話してしまって」

「気にしなくていいわよ。平沢さんは溜め込みすぎよ。これからはもっと私に頼ってよ」

「会長は…本当に優しいですね」


 平沢さんのその言葉を聞いて、私はある疑問を抱いた。


「そういえば平沢さん、いつまで私のこと会長って言うつもりなの?」

「あ!…確かにそうですね。私たちもう生徒会は引退しましたね」


 平沢さんにとっての会長呼びはそれくらい当たり前になっていたのだろう。


 私はそこである提案をする。


「せ、せっかくだし。お互いの呼び名変えてみない?これからはお互いのことを下の名前で呼び合うのはどうかな?」

「下の名前ですか?」


 これは完全に私の希望だった。

昔から仲のいい人と下の名前で呼び合いたかった。


「私たち1年間、生徒会を共にしたのになんだか他人行儀なところあるじゃない。これを機に変えるものいいかなって…」


 自分でもわかるくらいしどろもどろに話している。


「そ、そのダメかな?」


 自分でもわかるくらい緊張している。

いきなりこんなこと言ったら気持ち悪いかな。

私の気持ちとは裏腹に平沢さんは至って冷静だった。


「確かにそれもいいかもしれませんね。じゃあ、私は会長じゃなくて季月きづきって呼んでいいんですね」


 私はその瞬間、柄にもなくテンションが上がってしまう。


「そう!そうよ!私も平沢さんのこと智子ともこって呼ぶから!」

「ふふ、なんだか照れ臭いですね。ただ私は会長呼びに慣れてしまったので…。まずはその癖が抜けるようにしますね」

「いつでも大丈夫よ。私は今からあなたのこと智子って呼ぶことにするわ」

「はい。それでお願いします」



 そしてお互いに自分の帰路へと向かう。

私は最後に平沢さん…いや、智子に話しかける。


「今日は楽しかったわ!また明日学校でね!智子!」

「はい。また明日学校で会いましょう」


 私たちはそう言って別れるのであった。


 















  


「何か勘違いしてるわね。…アイツ…」


 智子は1人、誰にも聴こえない声でそう呟いた。


 私の知らぬところで状況は最悪へと向かっていた。

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