第35話

 翌日の朝、私は学校に登校していた。

 校門前に差し掛かったところで智子が目に入った。


「おはよう!智子!」


 私はそう言って彼女の肩に軽く手を当てる。


「あ…、おはようございます。会長」

「もう!会長じゃないでしょ!」

「あ、そうでしたね。すいません。なんだか癖になっていて」

「まぁ、仕方ないわね。長いこと会長呼びだったし」

「早めに治すように心がけます。会長」


 そう発言したあとすぐに智子は自分のミスに気づく。


「まぁ…、ゆっくり治していけばいいわよ」


 私たちはそのまま教室へと向かった。



〜〜〜〜


 放課後、私はサッカー部の副主将である根山さんに話しかける。


「根山さん。前々から言っていたけど生徒会を引退したらサッカー部に専念しようと思っていたわ。遅くなってしまったけど今日から大会まで毎日練習に参加するわ」

「橘さんがチームに合流してくれるのはありがたいです。私では上手くまとめられない時があったので…。橘さんが来てくれたら心強いです」

「そんなことないわよ。あなたが今まで頑張っていたからチームは成り立っていたのよ。

私も今まで満足に練習に参加できなくて悪かったと思っているわ。これからは私もチームのために主将として頑張るわ」


 私がそう言うと根山さんは肩の荷が下りたのか安堵の顔をする。


 彼女にはいろいろと面倒ごとを押し付けてしまったわ。

生徒会が終わったからには私もチームのために貢献していかないといけないわね。


 そう決意をするが物事は上手いようには進まない。


「あ…」


 根山さんは何かに気づいたのか声をあげる。


「橘さん、すいません。言うの忘れていました。今日はグラウンドの点検で1日練習ができないです」

「え?それって…」

「はい!今日は練習オフです」


 私の様子とは裏腹に根山さんは元気よくそう返答した。


 せっかく気合いを入れたと言うのに出鼻をくじかれるとはまさにこのことね。


 私との話を終えた後、根山さんは友人たちとそのまま教室から出て行ってしまった。

 

 練習がないならこのまま学校に残っても仕方がない。

私も学校を出ようとした矢先に後ろの方から声をかけられた。


「会長。今からサッカー部の練習ですか?」

「智子…いやどうやら今日はグラウンドの点検で練習が無いみたいよ」

「そうですか。…あの会長、大変恐縮なのですが少し時間をいただいてもいいですか?」


 智子はいつにも増して畏まった様子だ。


「どうしたのよ?何かあったの?」

「実は…さっき先生から音楽室の清掃を頼まれたのですがさすがに私だけでは時間がかかってしまうので…」

「え!?なんでそんなことを智子1人に押し付けているのよ!音楽の先生も手伝うべきだし。あそこは一年生の清掃担当のはずよ」

「どうやら今年の1年生は清掃を真面目にしていないみたいで…。しかも音楽の先生も自分が受け持ってる吹奏楽部のコンクールが近いみたいでそっちの方に行ってしまいました」


 なるほどね。あの音楽教師、智子なら生徒会も引退していて特別な用事もなく、頼めば断ることができないと思って言ったのね。


 まったく…。仕方ないわね。


「分かったわ。私も手伝うことにする」


 そう伝えると智子の表情は満面の笑みに変わる。


「ありがとうございます!会長!」

「別にいいわよ。2人ですぐに終わらせるわよ」


 そう言って私たちは音楽室に向かった。



〜〜〜〜


「まったく…、本当に全然掃除できてないわね」


 私は半ば呆れながらそう言った。


「確かにこれはひどいですね」

「こんなことなら生徒会長の時に掃除をしない生徒へのペナルティを用意しとくべきだったわ」


 少々時間はかかったが2人にしてはスピーディーに掃除をしている方だ。

おおかたの掃除を終わらせて、一息休む。


 私は智子の方に視線を向ける。

彼女の顔を見ると昨日の喫茶店での話を思い出す。

もしかしたら智子は黒白院の高等部に進学しないかもしれない…。

これまでのように高校でも2人で一緒に学校生活を送りたい。

それが私の希望だった。

これは私のわがままだってことは十分に分かってる。確かに智子にとってこの黒白院はとても居心地のいいところではない。

 成績も良く、生徒会副会長を務めた彼女は十分に優秀な生徒だ。

黒白院の生徒の大半は今だに彼女のことを認めていない。


 彼女が…、智子がこの黒白院からいなくなってしまう…。

その不安が頭の中によぎってしまう。


「何か考え事ですか?会長」

「…え?」

「すごく思い詰めたような顔をしていましたよ」

「そ、そうかしら?ごめん!少しボーッとしてただけよ。気にしないで…」


 私は内心を悟られぬように咄嗟にごまかす。

しかしそれは意味をなさなかった。


「会長…、昨日私が言ったことを気にしていますよね?」

「……!?」


 私は内心を当てられてしまい、言葉が出てこなかった。


「やっぱりそうですか。…すいません。会長にそんな気持ちさせるつもりはなかったのですが…」

「そんな…智子が謝ることじゃないわよ!」


 私がそう言うと智子は儚げな面持ちで話し始める。


「会長は本当に優しいですね。こんな私のことも気にかけてくれるなんて…」

「それは——」


 私が言葉を発しようとした時、智子はあえて言葉を被せる。


「知ってますか?会長って意外に分かりやすいんですよ」

「え?…どういうこと?」

「1年間、副会長としていつも会長のそばに居たのですごく分かるんです。普段は凛々しく、気高くて、みんなから羨望と憧れの視線を向けられています。だからこそ会長はみんなのリーダーとして立派に生徒会長を全うしました」


 智子はそのまま話を続ける。


「だけど私と2人でいる時はいろんな表情をしてくれます。笑ったり、軽く怒ったり、甘いものを食べて喜んだり。……すごく自分がおこがましいことを言ってるのは重々承知してます。それでも私は会長にとって少しは特別な存在になれたんじゃないかなと思っています」

「智子……」


 そして智子は何かを諦めたかのように天井を眺める。


「この黒白院は私の身の丈にあってませんでした。会長やみんなのような名家や富裕層の家庭出身ではないです。…私はもう…この黒白院でやっていく自信がないです」

「ちょっと待ってよ!!!」


 私がそう言い放った瞬間、2人しかいなかった音楽室は一気に静寂に包まれた。

私がいきなり声を上げて驚いたのか智子は黙り込んでしまう。


「会長…?」

「さっきからなに悲観的なことばっかり言ってるのよ!家柄とか出身なんてそんなの関係ないわよ!智子はずっと自分の力で道を切り開いてきたじゃない!」


 私はそのまま話し続ける。


「他のみんな自分の家柄に甘えて研鑽を怠っている人がいるわ!けど…智子は本当に自分の力でここまでやってきたわ!副会長としてあなたは私を支え続けてくれた!」


 感情が昂っていた。私は我慢できなかったのかもしれない。智子が自分で自分を卑下するようなことを言っていたのが…。


そして私は今まで誰にも言ってこなかったこと。ずっと1人で胸に秘めていたことを口走ってしまった。


「私は……!そんな智子のことがずっと好きだったのよ!!!!」

「えっ……」


 再び辺りは静寂する。

時計の秒針の音が無機質に鳴る。ほんの一瞬に満たないこの時間が永遠のように感じた。


 私はすぐに我に帰る。

あ、あれ?私今なんて…。

う、嘘でしょ。勢いにまかせて…わたしなんてこと言ってしまったのよ!


 私は恐る恐る智子の顔を見る。

意外にも智子は冷静な様子だった。


「会長…、それは友人としての意味での好きですか?それとも…」

「そ、それは…」


 すぐに言葉が出てこなかった。もし智子に拒絶でもされてしまったら私はもう今までの私のように生きていけない。そう思ったからだ。


「likeの方ではなくloveですか?」

「そ、その……そ、そう…です」


 恥ずかしさのあまり智子の顔を見れずにそう言った。


 すると智子は少し表情を緩ませる。


「ふふ。こんなしおらしい会長を見るのは初めてですね」

「な、なによ!それ」


 こんな経験初めてだった。

言語化することができないほど高揚とした気分だった。 


「掃除も終わりましたし。そろそろ帰りますか」


 智子はそう言って掃除道具の片付けを始める。


「あ、…待ってよ!そ、その…返事はもらえないかな?」


 今までにないほど心臓の音がこだまする。

まるで自分の体ではないみたいだ。


「今すぐには答えられないです。また後日でいいですか?会長」


 私とは対照的に怖いほどいつもの冷静な智子だった。


「そ、そうよね」


 私はそう返答するしかできなかった。

















 …そしてほんの数分前。


「まったく。誰かしら。下駄箱にこんなイタズラをした人は」


 廊下を1人で歩くその生徒は澤田さん。

平沢智子を馬鹿にしてる生徒の筆頭格だ。


 澤田さんは手に持っている紙切れに目をやる。


その紙切れにはこう書かれていた。


 (放課後、1時間後に音楽室前まで来い。でなければあなたに災いが起こるだろう。)


「災いなんて怖くないですがこの私にこんなしょうもないイタズラをするなんて。私のプライドが許せないわ」


 澤田さんは言いつけ通りに音楽室前まで来ていた。

その時、音楽室の中から声が聞こえた。


「ちょっと待ってよ!!!」


 声の主は橘さんのものだった。


 澤田さんはドアの隙間をバレないように少し開けた。


「面白いものが見れそうですね」


 澤田さんはそう言ってスマホで2人の様子を録画し始めるのであった。


 そして橘季月の日常は崩れ去る。

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ぼっちの私にクラスの超絶美少女が話しかけてきた 降谷蒼一郎 @huruyasouichirou

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