第29話

 5月11日水曜日


 この百合ヶ丘第三高校に入学して1ヶ月が過ぎた。皆、新生活にも慣れきた頃だ。

私もこの高校での生活が日常となっていた。


 休み時間中、私はスマホをいじりながら時間潰しをしていた。私は横目で教室内を見渡す。

 仲のいい人同士で群れてくだらない話で盛り上がっている男子に流行りのアイドルやドラマの話で盛り上がってる女子。

皆それなりにグループを結成し始めてる。


 ちなみに私はどのグループにも属してない。そんなことをしても時間の無駄だからだ。

群れるのなんて1人では何もできずに体裁だけ気にしてるような人達よ。


 クラスの雰囲気は賑やかだが一部の生徒は休み時間にも関わらず勉強をしている生徒もいる。

その理由は明日から試験週間に入るからだ。

 高校に入学して初めての試験なので人によっては気合いが入っている。

定期テストでしっかりと高得点を取っていたら評定も自然と高くなる。

評定が高ければ推薦などで有名大学の枠をもらうことができる。

人によっては早い段階からそれを見据えている人もいる。


 まぁ、私は試験が近くなってから慌てて勉強する奴らとは違って普段からしっかりと勉強しているから問題はないわ。

ただ一つの懸念点は美波さんに勝てるかどうか。


 そう思考を巡らせているとある生徒から声をかけられる。


「あ、あのっ!」


 私は話しかけてきた人の顔を見る。


「何…?」

「こ、この英文の和訳教えてくれませんか?」


 彼女はそう言って問題集を出してきた。


「悪いけどあなた誰?」


 どうやら彼女は私のことを知っているようだがあいにく私はクラスの人に関心なんてない。はっきり言ってクラスメイトの名前なんて誰一人も覚えてない。(一方的に絡んでくる美波さんを除く)


「あ、いきなりすいません。藤沢です」


 下を向きながらオドオドしながら彼女はそう言った。

それを聞いて思い出す。そういえばよく先生に授業中に当てられている生徒ね。

答えられないか正解していても声が小さすぎてなんて言ってるか分からないけど。


「なんで私に聞くのよ。聞ける人は他にもいるでしょ」


 私が強めな口調で言うと藤沢さんは萎縮してしまう。


「あ、い、いや橘さん頭すごくいいので…」


 下を向きながら藤沢さんはそう答える。


 私は藤沢さんが聞いてきた問題を確認する。

内容的にそれなりにつまずきやすいところだった。難易度も今回の試験範囲の中では難しい部類だ。


 今ここで普通に教えることはできる。けどそれをしたら彼女はまた私に勉強を聞いてくるようになるだろう。

藤沢さんはおそらくいつも1人でいる私には話しかけても行ける度思ったのだろう。

 はっきり言って気に入らなかった。


「悪いけどこれぐらいの問題が理解できない人に教えられることなんてないわ」

「え…」

「あといつも1人の私だったら話しかけたら友達になってくれるとでも思ったのかしら」


 私がそう言うと藤沢さんの表情が怯えていく。


「はっきり言って不愉快よ。金輪際、私に話しかけないで」


 私が冷たくそう言うと藤沢さんは下を向いて何も話さなくなる。

沈黙の中、1人の部外者が話に割って入った。


「ちょっと!!あんた何よ!その言い方は!」


 そう言いながら割り込んできた生徒に私は見覚えがあった。

名前は知らないが彼女は以前体育のサッカーの授業で同じチームになった人だった。

そういえば試合が終わった後に私にフォローしてきたわね。


「別に思ったことをそのまま言っただけよ」

「それが問題なのよ!アンタ何様のつもりなのよ!!」


 どうやら彼女は私の藤沢さんへの対応が気に入らなかったようだ。

なぜ藤沢さんより彼女の方が怒っているのかは理解できないが私は彼女の琴線に触れたのだろう。


「あなたは何にそんな怒っているの?私はあなたの気分を害することは言ってないわよ」

「そういう問題じゃないわよ!あんた藤沢さんに謝りなさいよ!!」

「なぜ?私はありのままを伝えただけよ。それで傷つくなら藤沢さんの方に問題があるわ」

「アンタねぇ!!」


 私のこの発言がさらに彼女をヒートアップさせてしまう。これ以上は面倒ごとになりそうだわ。そう思った時、予期せぬことが起きる。


「ストップよ。2人とも落ち着いて」


 そう言って間に入ってきたのは美波さんだった。

美波さんの一声で先程まで昂っていた彼女の様子がすこし落ち着く。


「邪魔しないでよ。美波さん。今、私は橘さんと話しているのよ」

「頭に血が昇った状態でこれ以上話しても時間の無駄よ。一度時間を空けた方がいいわ」

「…分かったわよ」


 美波さんがそういうと彼女はおとなしく従った。

そしてその瞬間に予鈴が鳴り、先生が教室に入ってくる。

藤沢さんはそのまま自分の席に戻り、彼女も私の方を一度見て睨んで席に戻った。


「何のつもり?私に恩でも売るつもりかしら?」

「そんなつもりではないわ。橘さん、今日の夜、話があるわ」


 美波さんはそれだけ言って私から視線を外して授業を聞き始めた。


〜〜〜〜


 放課後、私は足早に教室から出て行った。

今日は面倒ごとに巻き込まれてしまった。

確かに私の発言は適したものではなかった。

そんなことは分かっている。

けどそれでいいのよ。私は1人でいい。

友達なんていらない。1人で生きていくために黒白院からこの学校に入ったのだから。


 …もうあんな思いはしたくないから。


 しかし、人生はそう簡単な話ではない。

 


 校門を出た時に私に話しかけてくる生徒がいた。


「やっぱりその制服百合ヶ丘第三高校であってたわね」


 私と違う制服をきた生徒。その制服は本来なら私も今頃着ていたはずの制服だった。


「平沢さん…」


 彼女との再会。これが私が避け続けた過去との因縁に引きずり込むこととなる。

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