第27話

『…そして…その地には捨てられた老婆らが眠っている…。いつしか成仏できなかった老婆の霊魂がこの辺りに彷徨うことになった。もしかしたら…あなたの後ろにも…』


 ホラー番組特有の薄気味悪い音楽が流れる。そしてナレーションで言われた直後、テレビの画面から老婆が映し出される。


「きゃああァァァァー!!!!!」


 部屋中に私の悲鳴が響き渡る。


「…あの、橘さん…痛いのだけど」

「え?」


 その言葉で我に帰ると私は思いっきり美波さんの方に体を寄せており、両手で美波さんの腕を握っていた。

恥ずかしくなりすぐに距離を取る。


「ち、ちがうわよ!…これは…」

「橘さんってホラー苦手なのね」


 美波さんは小悪魔的な笑みを浮かべながら私をからかってくる。


「べ、別に苦手じゃないわよ!!」

「私の方に身体をべったり寄せて怯えていたのに?」

「怯えてないわよ!!」

「ふふ…、そういうことにしといてあげるわ」

「あんた、バカにしてるでしょ!」

「そんなことないわよ。橘さんにも可愛いところあるのねって思ってないわよ」

「やっぱりバカにしてるじゃない!」


 迂闊だった。まさかホラー系を見ることになるなんて…。というかあんなの作り物よ。

幽霊とか亡霊なんているわけないんだから!

 私がそんなことを考えている中、美波さんは自身のスマホで時間を確認する。

時刻は21時だった。


「さて、そろそろいい時間ね」


 彼女はそう言いながらソファから立ち上がる。


「今日はありがとう。橘さん!オムライスとなめこの味噌汁すごく美味しかったわ」

「あんなの…誰が作っても一緒よ」

「もう、またそんなこと言って…。それじゃあ、橘さん。また月曜日に学校で会いましょう」


 美波さんはそう言って玄関の方を向いて出て行こうとする。


 私はその瞬間、言葉にできないが得体の知れない不安を感じる。

 ちょっと待って…。今、美波さんが帰ったらこの部屋には私1人よね。幽霊なんてはなから信じてなんかないけど…、しかも今から1人でお風呂場に行くのもなんだか怖くなってきた…。

これも全部、美波さんがホラー番組をつけたせいよ!

 だから、美波さんには今夜だけ責任を取ってもらわないとダメよ!

 そう考えた私はとっさに彼女の服の裾を掴んだ。


「あの、橘さんこれでは動けないわよ」

「美波さん、私まだ帰っていいなんて一言も言ってないわよ」

「え?」


 私の発言に美波さんは疑問を浮かべる。


「あんた、今日泊まって行きたいのよね?」


 そしてこの発言にさらに疑問を浮かべる。


「私は不本意だけど美波さんがどうしてもというなら仕方なくだけど泊めてあげてもいいわよ」

 

 私がそう提案すると美波さんは何かに気づいたかのような反応をする。


「橘さん、もしかしてさっきのホラー番組の影響で1人になるのが怖いのかしら?」

「ち、違うわよ!?アンタが泊まりたそうにしていたからよ!」


 私が必死に弁明するが美波さんは信じていない様子だった。


「ふふ、まぁせっかくだからお言葉に甘えさせてもらうわ」


 私はその言葉を聞いてほんの少しだがホッとする。


「だけど橘さんの家に予備のお布団なんてあるの?」


 あ…。ないわね。

誰かを泊めるなんて想定してなかったからそんなものないわよ。


「悪いけどないわ」

「私、今晩どこで寝たらいいかしら?」


 美波さんは少し困った様子でそう尋ねてくる。


「知らないわよ。床で寝たらいいじゃないの」

「自分から誘っておいて随分な物言いね」

「じゃあこのソファならいいでしょ」


 私はそう言ってさっき2人でテレビを見るために座っていたソファを指差す。


「ソファは少しキツイわね」


 美波さんはそう言って他にいい案がないか思考をめぐらせる。

そして何か名案が浮かんだのかこう言った。


「橘さんのベットを2人で寝るのはどうかしら?」


 美波さんがそう言ったせいで私は一瞬、いつも使っている私のベットで美波さんと一緒に寝るのを想像してしまった。


「そ、そ、そんなの絶対に嫌よ!」

「私、冗談で言ったのだけど…」


 そして美波さんはこう続けて言った。


「じゃあ、私の部屋で泊まるのはどうかしら?私の部屋なら予備の布団もあるわよ」


 それは予想外の提案だった。


「いいの?アンタの部屋に行っても」

「ええ。私は別に構わないわよ。それに私がいたら橘さんも心細くないわよね?」

「言っとくけど別にさっきのホラー番組が怖かったからじゃないから!!」

「はいはい。分かってるわよ」


 だんだん私への対応が雑になってくる。

もう絶対にホラー番組なんて見ないんだから!

私はそう決意するのであった。

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