第25話

 4月22日金曜日

終礼の時間が終わり、クラスのみんなは急いで部活へと向かう。

私は部活に属していないので今から帰るところだ。

 教室を出ようしたところで美波さんに話しかけられる。


「橘さん。今帰りかしら?」

「ええ、そうよ」

「一緒に帰りましょう!」

「嫌よ。1人で帰りなさい」


 私はいつものように素っ気なく言葉を返す。


「そんなつれないこと言わないで一緒に帰りましょう」


 美波さんはまったくめげずにそう言ってくる。

実際彼女とは同じアパートなのでどっちにしても帰りのルートは同じである。


「はぁ…、分かったわよ」


 私はため息混じりで快諾した。


 私たちは学校を出て帰路につく。

帰り道で美波さんはいつものように他愛のない話をしている。

いつもなら適当に流すが今回は一つだけ気になる点があった。


「ねぇ、アンタなんで2日前のこと何も聞いてこないの?」


 それは2日前、私も美波さんがスイーツバイキングの帰りで起きたことだ。

あの時、駅で話しかけてきた人は私が元々いた黒白院の同級生だった。

 私はもう黒白院の人たちとは関わりたくなかったから美波さんを連れて強引にその場から離れたが美波さんからしたら疑問だらけだったかもしれない。

それなのに美波さんはその後もいつもと変わらない様子で特にそのことについては触れてこなかった。


「橘さん、過去のことについて触れられたくない感じだったからあえて聞かなかったわ」


 私のその返答を聞いて、ありがたいと思う反面で癪に触る感じがした。

この女に気を使われているみたいで不快だったからだ。


「なんか…むかつく」


 私がそう言うと美波さんは一瞬だけ驚いた表情をする。

そして控えめに声を上げながら笑い出した。


「フフ…、やっぱり橘さんは面白いわね」

「何よ。それ」

「橘さんが言いたくなった時に言えばいいわ。それまで私からは橘さんに過去の話を聞いたりはしない」

「悪いけどアンタに話す日なんか絶対にこないから」


 そんな会話をしながら家の近くまで来る。


「あ…、そういえば食料のストックだいぶ無くなっていたわね。橘さん、私家に帰る前にスーパーに寄って行くわ」


 彼女がそう言った時、私にはある事が頭によぎった。


「美波さんまたいっぱいカップ麺を買うつもりかしら?」


 私がそう言うと美波さんはバツの悪そうな顔をする。


「…たまにお惣菜とかも食べるようにしてるわよ」

「別に美波さんのことだから私には一切関係ないけどそんな食生活してたらいつか体調崩すわよ」

「それは問題ないわ。身体は昔から頑丈なのよ」


 私の指摘などお構いなくと言った様子だ。


「そう…。言っとくけど風邪ひいたりしても看病なんかしてあげないからね」

「橘さんったら相変わらず冷たいこと言うわね」

「私はちゃんと栄養管理も考えて自炊してるのよ」

「そこまで言うなら今日は橘さんの栄養満点の料理が食べたいわね!」

「は…?何言ってるのよ」

「橘さんの手料理すごく美味しいしまた食べたいって思っていたのよ」

「絶対に嫌よ!!本来なら誰にも食べさせるつもりなんてなかったんだから」


 私は断固として拒否した。 

普通の人ならこれぐらいはっきりと断ればそれを受け入れるはずだ。

しかし目の前にいる美波さんはそうではなかった。


「ふーん…。それは残念ね。仕方ないから今日は一人寂しくスーパーのお惣菜を食べようかしら」

「いいじゃない。高校生で一人暮らしをしているのだからそれくらい我慢しなさいよ」

「そしてその後はクラスメイトの子と電話しようかしら。橘さんとケーキバイキングに行ったことや甘いものを食べてる時の可愛らしい様子を全部———」

「ちょっと待ちなさい」


 私は美波さんの言葉を遮る。


「何かしら?」


 私が何を思っているのかわかっているはずなのに小賢しくわかってないように振る舞っている。


「アンタ…、なにクラスの人たちに余計なこと言おうとしているのよ」

「あら、そんなことないわよ。橘さんの良さをみんなに伝えようとしてるだけよ」


 コイツ…、やっぱりウザいわね。

上手いこと口止めしておかないとクラスメイトに変なこと言いそうね。

別にクラスメイトにどう思われようがどうでもいいけどわざわざ自分から面倒なことにする必要はないわ。


「…分かったわよ。今日が最後だからね」

「え?」

「だから!私の手料理食べさせるのは今回が最後だからね!」


 私がそう言うと美波さんは揶揄うような笑みを浮かべる。


「なによ!」


 私は美波さんのその表情が気に食わなかった。


「橘さん、そんなこと言いながらまた何度でも作ってくれそうだから」

「絶対に作らないから!!」


 ついにムキになってそう反論してしまった。

私の声はアパートの前で響き渡るのであった。

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