第21話

 4月20日水曜日

 6限の授業が終わり、清掃の時間に入る。

私は箒で教室の床を掃いていた。

この学校に入学してからちょうど2週間である。

 私はこの入学してからの2週間を振り返る。

正直…、当初と思い描いていたものと随分違う。

 あの家から出て、黒白院女子高等学校附属中の人たちとも関係を断ち切りただ1人で高校生活を平穏に送る。

それが私の求めていたものだった。

なのにこの私の理想の高校生活を打ち壊した人間がいる。


「橘さん、今日の放課後空いているかしら?」


 優しく包み込むような声色で私に話しかけてくる1人の生徒。

そう。この私の高校生活をめちゃくちゃにしている張本人である。


「空いてないわ。今日の予定はもうびっちりよ」


 私はいつも通り素っ気なく返事をする。


「本当かしら?」

「何?私の言葉が信用できないの?」


 美波さんは疑いを目を向けながら私に問いかける。

まぁ、基本的に美波さんにはまともな対応してないし仕方はないわね。


「放課後に橘さんと一緒に行きたい所があったのだけど…」

「それは残念ね。生憎と私は忙しいから…」


 本当は用事などないが美波さんといるとロクなことがないので適当に嘘をつく。


「そう…。橘さんこういうの好きそうだから喜ぶと思ったけど…」


 美波さんはそう言って鞄から2枚のチケットを取り出す。


「どういう意味かしら?」


 私は美波さんが持っているチケットを確認する。

それは私の予想を超える代物だった。


「ちょっと!?これって!?」

「スイーツバイキングの予約券よ」


 美波さんはいつものようにお淑やかな様子で話す。

しかし私はそうはいられなかった。

なぜならこのチケットのお店は関西圏発祥であり、今年からこの関東で展開されることになったからだ。


 私もその情報は知っていたが予約券の抽選に外れてしまって正直かなりショックだったわ。

ちなみにこのお店は関西のスイーツ愛好家なら知らない人はいないレベルの非常に人気の高い店である。

私も中学生の時、修学旅行で大阪、京都に訪れたときは一人でそのお店に行ったわ。


「なんであなたがこんな貴重な予約券を2枚も持っているのよ!」

「知り合いが運よく手に入れたみたいだけど急遽用事ができて行けなくなったみたい。それで私に譲ってくれたのよ」


 美波さんはそのまま話を続ける。


「だけどよくよく考えたら学校終わりに行くには無理があるわね」

「どういうことよ」

「さっきの休み時間にスマホで調べたけどここからだと電車で2時間はかかる距離みたいよ。明日も学校はあるし、一人暮らしをしてるから門限はないけど帰りが遅くなるのは気が引けるわね」


 美波さんはそう言って諦めたようにチケットを鞄に戻そうとする。


 しかし私が美波さんの手を掴み止める。


「何勝手に話を終わらせているのよ」

「…え?でも橘さん用事あるのよね?」

「用事なんてないわよ。今日も何もすることがないわ」

「橘さん…、やっぱり嘘ついていたのね」

「ええ、そうよ。それがなに?」

「……清々しいほどの開き直りね」


 正直に言ってこのお店には何がなんでも行きたかったのでこの偶然はありがたいわ。

美波さんと一緒なのは嫌だけどチケットの所有者は美波さんだし贅沢は言えないわ。


「学校が終わったら急いで駅まで向かうわよ」

「誘った私が言うのも変な話だけど帰りが遅くなるのは少し不安ね」


 美波さんは夜遅くに出歩いて何かの事件に巻き込まないか心配のようだ。

しかしそれは杞憂というものだ。


「問題ないわ。この私がいるのよ」


 私がそう言うと美波さんは疑問を浮かべた様子で問いかけてくる。


「橘さんだって私と同じ普通の女の子よね?」

「あなたと一緒にしないでほしいわ。私はあなたと違って小さい頃から武道もそれなりに経験しているのよ」


 合気道と空手ならそれなりに会得しているわ。


「そこまで言うなら橘さんを信じるわ。放課後、一緒にスイーツバイキングに行きましょう」

「仕方ないから今回だけ特別に行ったあげるわ」


 こうして私と美波さんは2人でスイーツバイキングに行くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る