第2話

「ええ、よろしく」


 私は彼女に視線を向けずにスマホをいじりながらそう言った。


「えーと…橘さんですよね?下の名前はなんて読むのかしら?」


 黒板に生徒の座席表が貼られていたのでそこで私の名前を確認したのだろう。


「…きづきよ。季節の季に月で季月きづき。何か文句でもあるの?」


 はやく会話を終わらせたいというのに会話を続けてきたので多少感じ悪く返答した。


「季月。いい名前ね。」


 それも意にせず彼女は笑顔を崩さず会話を続ける。


「悪いけど気やすく下の名前で呼ばないでくれる」


 私はあえてきつい返答を続ける。変に絡まれても困るからだ。


「あら、それは残念ね。じゃあまずは橘さん呼びからスタートね」

「は!?」


 なのに彼女はまったく笑顔を崩さない。

それどころかつかみどころのないトンチンカンなことを言う。


「橘さんは中学はどこだったのかしら?」

「別にどこだっていいでしょ」

「そんなことないわよ。私中学は隣の県で知り合いがいないからできればここらへんを把握してる人と仲良くなれたら心強いのよ」

「それはお生憎様ね。私も中学はここらへんではないから。あなたの期待には応えられないわ。」


 皮肉げに言ったつもりだったのに彼女は急に嬉々とした様子で私の手を両手で掴みながら話してきた。


「そうなのね!あなたも他県から来たのね

嬉しいわ。知り合いが誰もいないから不安だったの。これも何かの縁だし、お隣同士仲良くしましょう!」


 何よ!こいつ。いきなり距離近いのよ。

うざい…。


「いや、別に他県じゃないわよ。ここの地域からは少し遠かっただけよ。」

「あら。そうなの」


 不本意な形で彼女と話していると担任の先生らしき人が教室に入ってきた。


「おい。みんな一旦席につけー」


 その言葉にクラスのみんな各々席に着いた。


 先生はチョークを手に取り黒板に名前を書いた。

「このクラスの担任になった村山だ。とりあえずよろしく頼む。」


 スーツを着こなし、短髪で清潔感のある男性教諭だった。

見た感じ二十代後半ってところだ。


「今日は軽くみんなにも自己紹介をしてもらおう。」


 先生はそう言ってドア側の最前列の生徒から順番に自己紹介をするように促した。

皆順番に自己紹介を始めた。

名前、出身中学、趣味、得意科目、苦手科目をみんなに紹介していくと言う流れだった。


 自己紹介なんて正直めんどくさい。

こんなのやったところで大した意味なんてないからだ。

一人一人が自己紹介をしていくがたいしてみんな言っていることが頭に入らず気づけば自分の番になっていた。


 こんなの軽くすませておしまいね。

私はそう思い、立って自己紹介を始めた。


橘季月たちばなきづきです。黒白院女子高等学校附属中学出身です。趣味は特にないです。得意科目も苦手科目もありません。以上です」


 自己紹介を終えてすぐさま椅子に座った。

しかしクラスの雰囲気は先ほどとは変わっていた。

皆私を珍しそうな視線を向けていた。


「うそ!?あの子黒白院女子高等学校の附属中にいたの?」

「びっくり!!超お金持ちなんじゃないの?」

「けどなんでわざわざ内部進学しないで百合ヶ丘に来たのかな?」


 数人の女子が一斉にヒソヒソ話を始めた。

当然のことだ。

さすがに珍しがられても仕方がなかった。


 黒白院こくびゃくいん女子高等学校とは有名なお嬢様学校だ。歴史ある学校であり、名だたる大手企業の社長令嬢も多く在学しており富裕層の家庭の子が多い。

私はそこの中等部に通っていた。

本来なら内部進学でそのまま高校に上がることができたがあえてその選択はしなかった。


「はーい!みんな静かにしろー。まだ全員の自己紹介は終わってないぞ」


 先生はそう言ってクラスメイトを注意する。


「よし。次の人自己紹介をしてくれ」


「はい」


 私の次はさっき異様に話しかけてきた隣の彼女だった。


美波恭華みなみきょうかです。中学は他県の学校に通ってました。趣味は体を動かすことです。得意科目は英語で苦手科目は数学です。宜しくお願いします。」


 彼女が自己紹介した後クラスの男子たちが歓喜の声を上げているのが聞こえてきた。


「よっしゃぁ!ラッキー!新入生代表の挨拶をしてた美波さんと同じクラスになれたぜ!」

「俺あとで話しかけにいくわ」


 1人2人ではなくクラスの男子多数がこんな感じだった。


 まったくお気楽な連中はいいわね。


 みんなの自己紹介が終わった後先生が話し始めた。


「今年の新入生は近年に比べて非常に優秀な成績で入学してきた生徒が多かったと聞いている。特にこのクラスには主席合格と次席合格がいるからな。」


 先生はそう言ってこちらに視線を向けてきた。


「期待してるぞ!美波さん。橘さん」

「はい。先生の期待に応えられるよう精進します。」


 先生のめんどくさい言葉も彼女こと美波さんはしっかりと返事を返した。


「よし。今日はここまでだ。明日から学校が始まるがみんな良いスタートがきれるよう頑張ってくれ。以上だ。」


 先生はそう言って教室から出ていった。


 はぁ、疲れたわ。

さっさと帰ろうと思い、私は席を立つ。

すると隣の美波さんが私に話しかけようとするが

クラスの男子や女子が美波さんに押し寄せた。


「ねえ!美波さん!この後時間ある!よかったら俺と帰らない?」

「おい!抜け駆けすんなよ」

「男子!うるさい!美波さんはこれから私たちと一緒にお茶しに行くのよ!」


 他人事ながらすごい人気だった。 

確かに客観的に見て美波さんの見た目が常人の数段飛び抜けているのは明確だった。

冗談抜きで下手なモデルよりも上かもしれない。


 私が遠目で美波さんを見ているとそのうちの数人が私にも声をかけてきた。


「ねえ橘さんだよね!あなたもこの後一緒にどこか寄り道しない?」

「それいいね!私黒白院の話聞きたい!」


 そう言って勝手に盛り上がっていた。


 大勢に囲まれているなか美波さんもこちらを気にかけていた。


 普通ならここで誘いになるのが正解なのだろう。けど私はそんなことはしない。


「悪いけどこの後用事あるから」


 私はそれだけ言って、1人教室を出ていった。

微かにクラスメイトの声が聞こえる。


「何あれ?なんか感じ悪くない?」


 そんなこともおかまいなしに校舎から出ていく。

これでいい。

何もかもをリセットするために私はここに来た。

友人などいらない。

私は1人でも問題なく生きていけるのだから。

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