第7話 りほのお願い
そんなりほと、三日間を過ごしたのだが、結局最後まで身体を重ねることはなかった。てっきり、松阪を慕ってきてくれたと思っていたが、それは肩透かしだったようだ。この間の展望レストランでの話の中で、田舎に帰ってしまった理由は話してくれたが、肝心の、
「どうして、こちらに、しかも、松阪に連絡を取ってくれたのか?」
ということは、ハッキリとは言わなかった。
確かに、話をしてくれそうな雰囲気は感じたが、本当なら話をしようと思ったのかも知れないが、最後にどこかで躊躇したようだった。
それを思うと、逆にこちらから聞いてしまうと、完全に冷められてしまうという思いが残ってしまい、何も言えなくなってしまったのだ。
松阪は、この三日間楽しかったのは楽しかったが、その部分が聞けなかったので、本当なら、あっという間に過ぎるはずの時間を、変な気持ちの中で、時間的にはあっという間だったということではなかったことが、微妙ではあるが、複雑な心境になっていたのだった。
彼女が帰って行ってしまったことで、数日は少し放心状態だった。だが、それから一週間ほどしてから、りほから、また電話があったのだ。
一週間というのは、
「りほからきっと連絡がもらえる」
と思った松阪にとって、正直長かったのだが、本当に連絡が入ると、中途半端な時間だった。
というのは、この一週間が長かったとずっと思っていたのに、連絡が入ると、今度は、あっという間に過ぎたような気がした。まるで彼女が帰っていったのが、昨日のことだったような気がしたからだ。
もっとも、彼女が帰ってから連絡を貰えるのが一週間というのが、中途半端な期間だったからだ。
お礼であれば、翌日か、少なくとも三日の間にあってしかるべきであるし、それ以外で、友達としてまた話をしたいと思うのであれば、もっと長くてもいいはずだ。
彼女もそれくらいのことは分かっているのではないかと思うのだが、それを見越しても、一週間というのは、彼女の中で、特別な感情が沸いていないと、中途半端ではないか?」
と思うのだった。
それでも、彼女から連絡が絶対にあると思っていただけに、嬉しくないはずもない。ただ、その反面、何をそんなに一週間という中途半端な時期に連絡をくれたのかという不自然さも考えないではなかった。
「松阪君、この間はありがとうね。あの三日間は本当に楽しかったわ」
というではないか。
「いやいや、りほちゃんが楽しかったのなら、それでよかった。せっかくこの街に、そして僕を選んでくれたのだから、精いっぱいのことはしたいと思ったんだよ」
と、あくまでも、まだどうして彼女が自分を選んでくれたのかということにこだわりを持っていて、わざと聞いたのだった。
「うん、私がこっちに帰ってくる時、松阪君が、複雑な表情をしていたのが気になって……。まるで何かを言いたいのかなって思ったんだけど、それで、松阪君に遭いたいと思ったのよ」
とりほは言った。
どうやら、松阪よりも、りほの方が、何か違和感を抱いていたようだ。りほにはりほなりの考えがあって、当然松阪に連絡を入れてきたのだが、まさかそういうことだったとは、松阪もその当時の心境を思い出そうと思ったが、それができない気分になっていたのだった。
どうやら、りほも、松阪の口からハッキリと聞きたいことがあってきたのに、そのことを察することなく、自分のことだけを考えて、捻くれていた自分が、松阪は情けない気分になったのだった。
「そうだったんだね。それは申し訳なかった。でも、いいわけではないんだけど、僕もその時の心境が正直思い出せないんだ」
と言って、松阪は、ハッとした。
「この間のりほも、今の自分のように、松阪の気持ちを分かっていなかったのかも知れない。自分のことならなんでも分かってくれるというような勝手な思い込みをしてしまった俺って、本当に恥ずかしいよな」
と、松阪は感じたのだった。
そういえば、りほが見た松阪の夢というのはどういうものだったのだろう?
松阪は、必要以上なこととして、それ以上は聞かなかったが、いい夢であってほしいと思った。
そして、その次に感じたのは、
「夢がもし、いいものだったとすれば、会いに来て、その期待に及ばなければ悪いことをしたと、またショックを覚えることだろう」
と思った。
もっとも、嫌な夢だったら、会いに来ることはなかったであろうし、会った時の様子も違和感はなかったので、期待を裏切るようなことはなかったと思っている。
りほが一週間してから連絡を取ってきた真意がどこにあるのか分からないが、連絡をくれたのは嬉しかった。やはり、会いに来てくれた時、少なくとも期待を裏切ることはなかったということだと思うと、また会いたくなってくるのは、困ったものだった。
この間、彼女が帰っていくのに、駅まで見送った時、
「今度は、俺の方から会いに行ってみたいな」
というと、
「うん、ぜひ、来てほしいな」
と言われた。
昨年旅行で近くまで行ったことがあるのを、敢えて言わなかったのは、彼女の住んでいる街の界隈に行ったことがあるというのを知らせた方が知らせない方がいいのか、それを迷っていたからだった。
知らせる方がいいという方と、知らせない方がいいことの、どちらのメリットが強いのかを考えてみることにした。
知っているというと、彼女がもし、郷土愛があれば、話が弾むだろうが、もし郷土に対して愛情が少なく、大学に行っていた時のことを懐かしく思い、後悔でいっぱいだったとすれば、気持ちを逆撫でしそうな気がするのだった。
あくまでも考えすぎだとは思ったが、りほのことをどれほど自分が理解しているかと思うと、話をするという方に踏み切れない気持ちもあった。
りほが今回遊びに来てくれた時、大学時代の話を少しはしたが、思ったよりも、たくさん話をしたという感覚ではなかった。どちらかというと、全体的に会話は少なめで、無言の気まずい時間帯もハッキリいってあったのではなかっただろうか。
どうしてりほの会話が少なかったのかを考えると、大学時代もあまり会話をする方ではなく、松阪も饒舌というわけでもなかった。
しいて言えば、二人とも、地方から出てきていて、地元の人間ではないということで、意気投合したと言ってもいいだろう。
「松阪君は、最近、何かで後悔したことがある?」
と聞かれて、
「後悔まではいかないかも知れない。でも、後悔と言っても、難しいよね。やりたいけど、二の足を踏んで、勇気を持てずにできなかったことを後悔する場合、迷った末に行動して、結局うまくいかずに、失敗し、後悔をする場合だね。後ろ向きな後悔と、前向きな後悔といえるんじゃないかな?」
と、松阪は答えたが、
「そうかしら? 松阪君は、しなかった場合と、失敗して後悔する場合と、どっちが後ろ向きだと思っているの?」
と聞かれて、
「それはやっぱり、しなかった場合の後悔なんじゃないかな? 一歩でも踏み出して、行動したから、後悔したという場合は、前向きだと思うし」
「そうなのかな? 踏み出してしまって、後悔したのであれば、その後悔というのは、踏み出したことに対してなんでしょう? だったら。それは、前向きと言えるのかしら? 考えが浅かったのだと思うと、後ろ向きなんじゃないかって私は思うんだけど」
と、珍しく、りほが力説していた。
今まで、りほが何かで力説しているところなど見たことがなかった。
「うん、そうなのかも知れないね。確かに、浅はかだというのは分かるけど、俺は一歩踏み出すというところの勇気に敬意を表したいし。そう思うことが、成長なんじゃないかって思うんだ」
というと、りほは、少し鼻で笑ったように思え、
「そんなのきれいごとなんじゃないからしら?」
と、言い放った。
ただ、やけくそで言っているというよりも、開き直りからだと思うのは、その力説に、こちらを納得させようという気概のようなものを感じるからだった。
「りほさんは、そんなに後悔にどうしてこだわるんだい?」
「私は、ここ最近、ずっと後悔しているような気がするの、やることなすことすべてにね」
というのだった。
「じゃあ、その後悔していることを、夢に見たりするかい?」
と聞くと、りほは目をパチクリさせながら、最後は、目を見張った。
「そうね。夢に見たりすることもあるかも知れないけど、覚えていないわ」
というのだった。
「じゃあ、見ているのか見ていないのか分からないということだね? 自分の感覚では見ているけど、忘れているという感覚はあるかい?」
と聞いてみると、
「ええ、その感覚はあるわ。でも、私は夢を見る時に覚えているのは、怖い夢を見た時だと思うので、覚えていないというのは、ちょっと違うんじゃないかと思って。だから、本当に見ていないんじゃないかって思うの」
とりほは答える。
「でも、それって、後悔することが自分にとって怖いという意識はないということになるのかな?」
「僕は少なくともそう思っている。怖いという意識の元で、夢の中に出てきてもおかしくないと思うし、実際に後悔しているという感覚を持ったことの夢を見たりしているんだよ」
「そうなのね? でも私は少し違うと思う」
「どういうこと?」
「後悔することが、すべて怖いことだとは思わないのよ。後悔から学ぶこともあると思うし」
「だったら、余計に夢に見るんじゃないかい? 学ばなければいけないことを思っているから、忘れられないという意識から、夢を見るということではないかって思うんだよ」
「そうとも言えるかも知れないわね。でも、そうだとすると、あなたのいうように、夢に見るのが怖い夢しかないという理屈とは矛盾しているように聞こえるんだけど、違うかしら?」
「そうかも知れないね。君のいうとおり、確かに、怖い夢じゃないものも夢に見るということになる。だけど、怖い夢という基準って何なんだろうね? 一口に怖いと言ってもいろいろある。忘れられないほど意識してしまうのを、ある意味、怖いというのかも知れないし、楽しいこと以外で、夢に見るものをすべて、怖いと表現するのかも知れない」
「ということは、夢というものの本質は、本当は億臆病なもので。臆病だからこそ、怖いと意識して夢を見るのかも知れない。そうなると、怖いという概念を変えなければいけなくなるかも知れないわね」
「夢の中で僕は、覚えている夢と忘れてしまった夢があるということで、忘れてしまったって、どうして分かるんだろうか? って思うことがあるんだよ」
「それは、起きた時、覚えていないだけで、夢を見たという感覚が余韻として残っているからじゃないかしら> ただ、それがどんな夢だったかということより、どんな種類の夢だったのかというのも覚えていないというのが、不思議な気がするのよ」
「僕もそれは思うんだ。だから、夢というのは、睡眠の数だけあって、本当に完全に忘れてしまうユメオあるんじゃないかと思ってね」
「それは夢を見たということすら、意識にないということね?」
「うん、そうだよ。りほさんは、そうは思わないか?」
「そう思ったこともあるけど、正直分からないのよね。その答えを見つけてしまってはいけないんじゃないかって思うくらいなのよ」
とりほがいうと、それを聞いた松阪は、何も言えなくなった。
「会話の最後は自分で締めくくりたい。それが自分の男としての使命のようなものだ」
と考えていたのだった。
それをりほは、知ってか知らずか、彼女も黙り込んでしまった。
お互いに、
「言い過ぎたかな?」
と思ったかも知れない。
お互いに持論を展開することで、ちょっと興奮してしまったところがあった。だが、幸いなことに松阪もりほも、こういう話をするのが好きで、
「お互いがお互いを高めている」
という感覚が、相手の奥の感情を引っ張りだしているようで、その分、余計に自我が強くなっているかのように思えたのだ。
今回の夢に対しての激論も、その一つで、激論をしているうちに、別の世界で、お互いの本心が冷静に話をしている気分になった松阪だったが、
「きっと、彼女も同じことを感じているんだろうな?」
と思った、
それは彼女も同じことが言えるようで、笑顔のタイミングが合うことで、意識が高まってくるのを感じた。
そんなことをふと思い出していると、急に我に返った。
「そうだ、電話中だったんだ」
と、電話を耳に当てていたことすら意識の中で曖昧になってしまったほど、どうかしていたのかも知れない。
「実はね。松阪君にお願いがあるんだけど」
と、申し訳なさそうにいうではないか。
今まで、りほがお願いなどしてきたことはなかった。だから、
「お願い」
などという言葉を聞くと、緊張してしまった。
複雑な気持ちになったというか、まずは、当然のごとく、気になる相手からお願いされるということは、実に嬉しいものだということで、男冥利に尽きるという感情がこみあげてきた。
しかし、その一方で、りほのような気丈に見える女性が、敢えて自分に、
「お願いがあるの」
などと言ってくるということは、よほどのことではないかと思い、ビックリさせられたのだ。
不安に感じるというか、何を言いたいのか、彼女のことだから、ハッキリと口に出して言えるかどうか、それが気になってしまうのだった。
「一体、お願いって何なのだい?」
声が自分で上ずっているのが分かった。
それがりほに伝わっているのだろうか?
「実はね。いきなりで悪いんだけど、明日、松阪君、何か予定ある?」
と言われて、
「明日? いや、別にないけど」
と、心の中では、
「本当にいきなりだな」
と感じていた。
「じゃあ、申し訳ないんだけど、明日、私の実家のある街まで来てくれるかな?」
というではないか。
「えっ、それはどういうことだい?」
まったく話が見えない。
何を言いたいのかというよりも、普通、
「このようなことをいきなり言い出す女の子だっただろうか?」
と感じたが、考えてみれば、りほという女の子は、確かに自分から言い出すような女の子であった。
融通が利かないほど真面目なところがあるかと思うと、急にいきなり、自分だけ素っ頓狂な話を初めて、まわりを引っ掻き回すようなこともあった。
「りほほど、両極端な性格の人もいないよな」
と思ったほどだ。
確かに女性というと、男性よりも極端だとは思っていた。
性格的な面よりも、思春期では肉体的な違いが、致命的なほど男女で違いを感じさせる。
今の令和の時代のように、男女平等の時代では、少しでも、女性蔑視であったり、劣等生を感じさせるようなことを、したり言ったりすれば、すぐに、
「セクハラだ」
と言われてしまい、
「これほど実に生きにくい時代もあったものでもない」
と思わせた。
ネットの普及によって、ちょっとしたことが、すぐに世間に拡散されてしまう。一歩間違えれば、社会的地位を失いかねないそんな時代とは違い。今では言わなくなった、
「看護婦」
「婦警さん」
「スチュワーデス」
などという言葉、女性から見ても、憧れの職業だったはずなのに、言ってはいけないというわけではないが、世間の風潮が、
「いってはいけない」
ということになっているのは、実に寂しいことであった。
思春期というと、どうしても、時代として男女の差が開いてしまうことではないか。男女雇用機会均等法が悪いわけではないか、言葉を使用不可にするほどのものなのかと、正直感じていた。
それにしても、いきなりで、今までの彼女を見ていれば、普通ならそんなことを言い出す女の子ではないと、他の人なら思うだろうが、松阪は最初は驚いたが、すぐに冷静になると、
「りほらしいともいえるかな?」
と感じた。
ただそれはあくまでも、
「りほの性格を分かっている」
という意味でだけで、決して、ホッとできる内容ではなかった、
むしろ、気になることであり、それだけ彼女が、
「何かで切羽詰まっている」
ということである。
というのも。普段はあまり人に頼る方ではなく、頼みごともしない。
それだけに、おとなしい性格に見えて、決して目立つことはない。だが、たまに弱弱しく見えたり、フラフラしている時がある。そんな時が危なっかしいのだ。
寂しさが極度になってくると、人恋しくなるようで、
「私、男に騙されやすいのかも知れないわ」
と言って、笑っていたことがあった。
ひょっとすると、彼女の結婚の話も、実は騙されたのかも知れない。
それは彼女自身の問題ではなく、家族が相手側に騙されたか何かして、彼女の人生が狂ってしまったのかも知れない。
彼女は、決してそんな時、親に少しは文句をいうだろうが、むやみに逆らったりはしないだろう。彼女は結構したたかなところがあり、
「これで、親に貸しができた」
というくらいに感じているかも知れない。
もちろん、それは勝手な想像だが、この三日間一緒に過ごしていて、家族の話が出た時、
「あの人たち」
などという一見他人行儀であるが、完全に上から目線で、しかも、他人事に見えたことから、親に対して、何か絶対的な立場を持っているだろうと感じたのだ。
その内容は、彼女の口から、教えてもらった。
「田舎に帰ってから、結婚する予定だった」
ということから分かった気がした。
どの時点で破局し、どのような形になったのかは分からないが、親の勇み足だったのだろうということは想像がついた。
そんな状態において、それでも、家から出ようとはしなかったのだから、絶対的な優位を持って家にいる方が得だということになったのだとすれば、彼女のしたたかな面から、よく分かるのだ。
「人に頼ることと、今回のことは違う」
と思うことで、いずれは家を出ようと思っているかも知れないが、とりあえず今は家にいることにしたのだろう、
仕事は、地元の小さな事務所で事務員をしているという話だったが、気楽に仕事をしながら、結婚相手を探しているのかも知れない。
彼女は雰囲気的に、一見美人タイプに見えるが、それはおとなしくしているからであり、たまに、自分がまわりの中心にいなければ気が済まないような時があり、そんな時の彼女の笑顔は、幼く見えて、可愛らし系になっているといえるだろう。
この松阪の想像が当たっているとすれば、彼女は、今何か自分の中で問題を抱え、普段は相談をすることもなく、一人で何とかしようとしているところ、自分だけでは解決できないことが勃発し、松阪を頼ってきたのではないだろうか。
だから、松阪とすれば、
「明日は、行ってあげなければならない」
そう思い、
「自分の想像が外れていることを願う」
と、翌日は自分の行動が無駄足になってほしいというくらいに感じた。
一年生の頃、彼女との関係は、いつもこんな感じだっただろうか。よく相談をされ、何かあった時に呼び出され、いつも、無駄足だったことを思い出した。
その時電話がなければ、きっとそのことをずっと忘れていたことだろう。
そう思うと、自分が、彼女にとって、
「願いを叶えるナイトのようなものだ」
ということだったのを思い出した。
そして、その願いは、そっくりそのまま、何もないことを願うことに繋がってくるのだった。
その日、松阪は、いつもより早く目が覚めた。約束の時間までかなりあるにも関わらず、一度目が覚めて、早いからと言って二度寝してしまうと、寝過ごしてしまうという気がしたからだ。
幸いにも、目が覚めた時間は、普段の朝よりも少し早いくらいだったので、そのまま目を覚まし、シャワーを浴びた。自分でも何を考えているのか分からないまま、入念に身体を洗った。
何かを食べようとは思わなかった。普段から朝食は摂らない。
実家にいる頃、あれほど、朝食というと、毎日、嫌というほど、判で押したような、
「ごはんとみそ汁」
正直、すぐに飽きてしまった。
「なんで、そんな当たり前のことにうちの親は気づかないんだ。バカなのか?」
と思ったほどだが、口が裂けても言えなかった。
そのせいで、朝食を食べるという習慣は自分の中でトラウマとなり、食べれなくなった。ただ、喫茶店のモーニングや、ホテルの朝食バイキングなどでは、洋食として、トーストや卵料理にコーヒーなどは好んで食べることが多かった。
ただ、これも、起きてからしばらくするから食べれるのであって、実家にいる頃のように、起きてからすぐであれば、洋食にしたところで同じだったに違いない。
そのせいなのか、ある程度年を取ってくると、コメの飯を食べるのがつらくなってきた。これは、朝食のトラウマから来ていると思っているが、逆にみそ汁は好きだった。
もちろん、朝食として食べれるわけではないのだが、それ以外で食するのであれば問題ない。流し込む食事だからかも知れなかった。
そんなこんなで、朝食を食べる習慣のない松阪は、少々早めに家を出た。
駅まで歩いてくると、まだまだ寒さの残る時期だったので、暖まるというわけでもないので、電車までの時間、少し時間があるので、駅前の喫茶店に寄ることにした。
その店は、午前七時から営業している店なので、ちょうどよかったのだ。
駅前のその店は、何度かモーニングを食べに寄ったことがあるので、馴染みの店でもあった。その日は、コーヒーだけでは口が寂しい気がしたので、モーニングを食べることにした。
ベーコンエッグのモーニングが好きで、ベーコンは、固くなるまで焼くのではなく、やわらかい状態、タマゴは白身が固まるくらいの焼き加減で注文した。正直白身のねっとりしたのが大嫌いなので、残っていると、いつも、フォークで、避けている。ある意味、こだわりのある食べ方だ。
親からすれば、
「そんな汚い食べ方よしなさい」
などというのだろうが、
「なんで嫌いなものを、金払ってまで食わなきゃならんのか?」
と言いたいのはこっちである。
実に合理性のないことではないか。これをわがままだというのであれば、
「考え方が違う」
と放っておいてほしいものだと考える。
学生時代から、人のことにいちいち口を出すやつとは、付き合いきれないと思ったのは、きっと親とのトラウマがあるからではなかろうか?
モーニングを食べながら、普段はあまり読まない新聞を見ていた。
まだまだ電車までには時間があったからだ。新聞を久しぶりに見ると、一面には、近々、衆議院選挙があると書かれていた。
「そういえば、俺も二十歳になるんだから、初めての選挙権を持った選挙になるんだな」
と感じた。
大学に入った頃は、選挙権を得たら、選挙にはすべて行こうと思っていたが、それもいつの間にか、どうでもいいと思うようになっていた。大学というぬるま湯に浸かってしまったことが、今の世の中をどうでもいいと考えるようになったのか、自分でもよく分からなかった。
大学に入ったら、友達をたくさん作り、彼女もできるだろうから、それなりの大学生活を夢見ていたものだ。
だが、いつの間にか、そんな夢は崩壊していて、彼女ができないことが、その崩壊の象徴のようになったのか、それとも、学校に行くことを嫌だとも感じないほど、無関心になったのかも知れない、
ただ、バイトをして、旅行に行ったり、たまに趣味として小説を書いてみたり、そんな毎日が、今の自分の生活だった。
そこには何も目標もない。ただ、将来、就職に対する不安と、その前に控えている就職活動。ここにも不安がある、
「不安がある就職のために活動する就活にも不安があるって、何重苦なんだ」
と感じる。
どうでもいいと、世の中を思っていながら、不安を感じないわけにはいかない。そんな状態で、情緒不安定にならないわけもない。何もしないで、刻々と大学時代という時間が無駄に過ぎていくのだ。
どうすればいいのか、頭の中を整理することはできない。だからこそ、必要以上に何も考え合いようにしているのかも知れない。
ただ、その日は、そんな思いが普段にも増して強かった。そんなおかしな朝だったのだった……。
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