第12話 ファイアードラゴンの猛威【3】

 街から森へ逃げたファイアードラゴンは、威嚇し炎を吐いた。眼下の樹木が炎に呑み込まれてゆく。炎が生き物のように大地を這うと、周囲はあっという間に赤々と燃え上がった。


 カルは、炎に向かって強風を吹かせる魔法を放った。


 強風によって煽られた炎が大海原のように波を打つ。その炎が勢いよくファイアードラゴンに押し寄せた。自分で吐いた炎に巻かれ、地上に落下した。大きな双翼を激しくばたつかせながら悶えている。


 「自滅しろ!」

 

 数人の魔法使いが自分たちに金属の魔法をかけて、両手を空にかざし、雷を吸収し、地上に放出させた。すると大地に深い亀裂が入り、その周囲が崩れ落ちた。隕石が落下したかのように大きく窪んだ大地へ、鳴き声を上げるファイアードラゴンが落ちてゆく。


 大型の鳥類に乗って飛行しているドーリヤとマッサが、背中に背負った大きな剣を鞘から抜いて、悶えているファイアードラゴンの頭上に移動した。他の肉体派の者たちも鞘から剣を抜いて構えた。


 魔法使いたちは彼らが持つ剣に、強度と攻撃力が増す魔法を放った。魔法がかかった剣が光を放つと、彼らは一斉に攻撃に出た。


 ドーリヤとマッサは、剣の先端を下に向け、ファイアードラゴンの脳天を目掛けて、鳥類の背中から飛び降りた。剣はファイアードラゴンの頭蓋を貫通し、脳に突き刺さった。


 「斬首刑にしてやる!」と声を張り上げた他の者たちは、ファイアードラゴンの首に剣を走らせた。脊髄が断ち切られたファイアードラゴンの首が大地に滑り落ちた。


 たったいま斬られたばかりの首からは真っ赤な血が流れ、その周囲に池のように大きな血溜まりを作った。生気を失っても鋭い目は生前と同じように恐ろしいものを感じさせるが、生命線が断ち切られているため二度と動くことはない。


 魔法使いたちは、まだ燃え続ける首のないファイアードラゴンに水を放った。魔力を帯びた赤い鱗は、彼らの生活の糧だ。焦げてしまっては高値で取引できない。このように特別に巨躯なファイアードラゴンは、爪も鋭くて大きいため、最高の武器として加工できる。


 カルは手から光を放ち、ファイアードラゴンの体を確認する。光に反射した赤い鱗がルビーのように光り輝いている。

 「焦げた箇所は少ないようだ。上物だ。高値で取引できる」


 ジンは大きくて鋭い爪に触れた。

 「こっちも問題ない」


 「いい金になりそうだ」


 きょうは長い戦いだった。早く酒を飲みたい。

 「解体しようぜ。さっさと売りに出して、さっさと休みたい。てゆうか、酒場に行きたい」


 「俺も最高の酒が欲しい」


 「あと最高の女」


 「いいね、それ」


 ひと仕事終えたあとは、酒を飲み、娼婦を抱く。いつもこの繰り返しだ。だが、いまの生活に不満はない。それなのに……ラーラの顔がちらついた。


 別れてから十年以上経つ。あんなにも真剣に想ってくれる人いるだろうか……


 俺も本命はあれ以来いない。


 だが……もうラーラに会うわけにいかない。彼女には幸せになってほしい。いまの俺に彼女を幸せにすることはできない。


 俺たちはもうとっくの昔に終ったんだ。


 「どうした? さっさと始めよう」


 手から放った光で大きな剣を作り、解体作業を開始した。

 「ああ」


 同じように魔法で剣を作り、ファイアードラゴンの体に突き刺した。

 「早く終えて酒飲むぞ」





・・・・・・・




 

 街の魔法使いらと共に消火活動に当たっていたユタナの許に、ファイアードラゴンの退治が終った知らせが届いた。


 ユタナは気まずい気持ちはあったものの、ラーラに事情を話した。幼い自分を助けてくれたカルにどうしても両親の最期を訊きたい。いま訊かなければ、一生カルには会えない気がした。


 事情を聞いたラーラは、一緒に行ってあげたい気持ちはあったものの、もうカルとは顔を合わせるわけにはいかない。恐れていたファイアードラゴンの退治も終ったので、危険はないだろうと判断した。


 「わかったわ」


 ほうきに乗ったユタナはカルの許へ急いだ。上空から街を見下ろすと、ずいぶんと家屋が燃えてしまった。まるで悲惨な木炭画のようだ。前方に見える森も、広範囲で木々が燃えてしまった。最悪の山火事だった。この辺一帯の炎はドラゴンハンターが消してくれたが、森が再生するまでには、復興と同様にかなりの時間がかかるだろう。


 森の上空に辿り着くと、ドラゴンハンターたちの姿が確認できた。


 ジンから聞いたカルの特徴は、銀色の髪に、珍しい紫の眼だ。


 どこにいるのだろう? 周囲を見回し、カルを探そうとするも、魔法使い全員が似たような黒頭巾なので見分けがつかない。


 そのとき、ほうきに乗って空を飛んでいたジンと、偶然目が合った。

 「あの……」


 ジンもユタナに気づく。

 「あれ、お嬢ちゃん」


 「カルさんに会いに来ました」


 地上で解体作業を行っているカルを指した。

 「あいつだ。一緒に行こう」


 「はい。ありがとうございます」


 ふたりはカルの許に降り立った。


 ジンはカルに声をかけた。

 「おい」


 作業を中断し、こちらに顔を向けた。

 「なんだ」


 「この子」ジンはユタナに目をやった。「俺らが若いころに、この辺りで出たファイアードラゴンの被害に遭った親子、覚えているよな? おまえが生き残った子供を診療所に連れて行っただろ、それがこの子だよ。おまえに訊きたいことがあるんだって」


 額の汗を拭ったカルは、ユタナに訊いた。

 「俺に何の用だ? 忙しいから手短にな」


 やっと訊くことができる。長年に渡り思い詰めるくらい考えていたことだ。幼い頃のよう災害のあとではなく、もっと別の場所で訊けたらよかったのだが、彼はドラゴンハンターだ。あのときのようなドラゴンの被害がないと現れない。


 「あたしはあなたに助けられたユタナです。どうしても両親の最期を知りたいんです。あたしのせいでふたりは死んだ。どのように死んだのか知りたいんです」


 カルはあのときの状況を話した。

 「俺は君を助けていない。君を助けたのは君の両親だ。俺たちが到着したとき、すでに君の両親は死んでいた。正確に言うと、君を守るためにソウルストーンという魔法を使い、炎から身を守るためのシールドを張り続けていた」


 命と引き換えに放つ魔法であることはユタナも知っている。

 「ソウルストーン……」


 若かりし頃、自分も同じように両親を失った。カルはまるで自分に言い聞かせるように言った。未だに死という重い心の枷から解き放たれることはない。


 「どうしても君を守りたかったんだ。だから、君のせいで死んだわけじゃない。両親は君のことを心から愛していたんだ。その想いをわかってあげてほしい。自分を責めるな」


 死を意味するソウルストーンは苦痛はなかったのだろうか……ユタナの目から涙が零れ落ちた。

 「痛くなかったのかな……苦しくなかったのかな……」


 「ソウルストーンは放つときもそのあとも痛みも苦しみもないんだ。君の両親は苦しまずに天国に逝った」


 「ママ……パパ……」と呟いたあと、急な眩暈を感じ、意識を失った。


 カルはユタナの体を咄嗟に抱き寄せた。

 「魔力の使いすぎによる気絶だな」


 ジンは心配そうにユタナの顔を覗いた。

 「雨も降ってるし、よけいに体力を奪われたのかな」


 「俺らと同じ魔法使いだ。よく寝てよく食えば回復する」


 「それもそうだけど、俺らよりは繊細だろう。診療所に運んだほうがいいな」


 いまでもラーラが診療所で看護師をしていると思っているカルは、自らユタナをそこに運ぶのは抵抗があったため、ジンに頼んだ。


 「俺はドラゴンの解体を続ける。この子を診療所に運んでくれないか?」


 「かまわないよ」と返事したジンは、ユタナのほうきに話しかけた。「診療所までついてきて」ほうきが宙に浮いた。


 ユタナを抱きかかえたジンは、空へ浮上し、凄まじい速度で森を越え、街へと辿り着いた。


 上空から街を望む。


 住民たちで消火を行っている。自分たちドラゴンハンターが放つ水の魔法に比べると、規模が小さい。雨が降っているとはいえ、これでは鎮火までに時間がかかる。ユタナを診療所に届けたら、消火の手伝いをしてあげようと思った。


 (俺って超いいヤツ)

 

 街の診療所に降り立ったジンは、看護師にユタナを託し、ほうきに跨がって低空飛行で街なかを回り、火災が酷い場所を中心に水の魔法を放った。


 住民たちはジンに感謝し、「ありがとう」と彼に声をかけた。


 「いいんだ、これからの復興作業、頑張れよ」と返事し、炎を消した。


 するとそのとき、他のドラゴンハンターたちも街に集まり始めた。


 ジンは彼らに尋ねた。

 「ドラゴンの解体は進んでるの?」


 手から水の魔法を放ちながら返事した。

 「ああ。人数も足りてるから、こっちの手伝いに来たんだ。俺らなら素早く火を消せるからな」


 「そうか、だったらさっさと消しちゃおうぜ」


 



・・・・・・・





 診療所のベッドで眠っていたユタナは目を覚ました。


 すると目の前にはラーラがいた。

 「あたし、意識が無くなったみたいで……」


 「魔力を使いすぎたの」


 「でも、どうしてここに?」


 「ユタナちゃんが診療所に運ばれたって聞いたから心配できたのよ」


 嬉しかった。こんなにも気を使ってくれる。身を案じてくれる。涙が零れ落ちそうになったので、布団の中に潜って泣いた。

 「いつも心配してくれてありがとう……」


 「いいのよ。だって友達じゃない」


 友達……神の子にいるナキたちも友達として扱ってくれる。みんな温かい。自分はひとりだと思っていたけれど、いまは違う。


 ラーラは布団の上からユタナの体を優しく撫でながら尋ねた。

 「両親のこと訊けたの?」


 「はい。ソウルストーンを使ってあたしを守ったそうです。だけど……やっぱり考えてしまうんです。あの日、あたしさえ街に誘わなければって……」


 「それは違うわ。ユタナちゃんのせいじゃないのよ」


 過去を乗り越えなければ、未来にある幸せを掴むことはできない。どのようにすれば、ユタナが前を向けるのか……こんなとき、ナキならユタナにどのような言葉をかけてあげるのか……


 神の子のみんなの愛の力で彼女の心が救われますように、と、両手の指を組んで祈った直後、十年前にユタナがこの診療所に運ばれてきたときのことを思い出した。


 あのときもここで、ユタナの幸せを祈った。


 そしていまも祈っている。


 十年前と同じだ。


 あのときはカルがユタナをここに運び、“俺のことは忘れろ” と言われた。そして彼は去っていった。そしてきょうも同じ台詞を言われた。そして十年前と同じように去っていった。


 自分の人生って同じことを繰り返している。


 最低の堂々巡り……


 これが執着という魔物に取り憑かれる、ということなのだろうか……そう考えると怖くなった。


 だけれど、執着という魔物から解放されることを選択した。それは一歩、前進した証拠だ。それに恋愛以外は進歩している。とくに仕事は完璧だ。いまはおもいっきりふられたばかりだから落ち込んでいるだけ……


 「あなたの両親はあなたを愛しているのよ」


 ユタナの反応がなかったので、耳を澄ますと、寝息が聞こえた。ふたたび寝たようだ。ユタナが始めて放った水の魔法は魔力を消費するので疲れたのだろう。


 ラーラは口元に笑みを浮かべた。

 「ゆっくり休んでね」

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